ミノムシ

「んーっ!!良い天気!」

 外はちょうど昼なのだろう。お姉様が伸びとともに放った言葉の通り、日は空高く上り、辺りの高級料理店にはちょっとした列ができていた。言葉にするならワイワイガヤガヤとでも聞こえてきそうな。そんなにぎやかな空気の中。

「……」

 その緩み切った空気とは裏腹に、私の気分は酷く張りつめていた。


 「あの……お姉様。結局私は付いて行っても良いのでしょうか。」


 そういった緊張の中、私は勇気を出してお姉様にそう尋ねる。

 それに少し動きを止めると、お姉様は眦の涙を拭う様子を見せて、こう言った。

「サラ。私とサラが尋問室を出る直前。その時サラが私になんて言ったか覚えてる?」

 無論、覚えている。これは今の私にも当てはまるので少し耳が痛いのだが……

「……きっと危ない、ですよね。」

 そう告げた私の答えに振り返ってこくりと頷くお姉様。

「うん。この都市が助けを求めて来るってことはやっぱりそれほど危険ってことなんだよ。」

「承知の上です」

 そうしてお姉様が尋ねて来る質問にはただ淡々と答える。

 お姉様がどういう人間かはよく知っている。必要とあればどこまでも冷徹になれる人間。それがお姉様だ。だからそんな時、お姉様のそばにいると……

「いざという時には私の盾になることもできる?」

「はい」

 私達の関係は、今とはまた違ったものになるのだ。

 確かに私の命一つで、お姉様が救われるならこれほどまでに嬉しいことはないが、この関係性になるのは少し残念だったり……

 ふと過った余計な思考を頭を振ることで追い払うと、私は神妙な面持ちで、お姉様の判断を待った。

 そうして数秒。

 はぁ……

 そんな溜め息を一つ吐いた後、お姉様は呆れたように微笑みながらこういうのだった。

「もう、分かった分かった。付いてきたいならそうしなさい。」

「~~ッ!!」

 その柔らかくなったお姉様の空気に思わずガッツポーズを取る。そんな私を見て頭を撫でると、お姉様は少し悩む様子を見せたのだった。

「とはいってもどうしたもんか。」

「何がです?」

「いやぁ、サラも知ってるとは思うけど、魔女って本来ならもういない訳じゃん?」

「?」

 そう口にしたお姉様に私は首を傾げる。

 確かに、この世界の歴史において、魔女というのは、古くに滅びたとされる存在である。

 自らの感情を分けて悪魔を産む生きる厄災。そんな怪物は、私たちの先生であるグランマを置いてことごとく滅びたのだとか。

 本来は、そのまま子供たちと共に緩やかな隠居生活でもしようと考えていたグランマだが、いつぞやに気に入った国の王にあげたなんでもするという契約書が最近になって宝物庫から見つかったらしく、この国を救える戦力をくれという願いにしぶしぶ応えて、出来たのが私たちらしい。

 そんなことはお姉様も百も承知のはずなのに、一体何が言いたいのだろう。


 その答えは、私が考える以上に単純なものだった。

 

「だから今回の依頼主になんて説明しようかと思ってね。まさか「魔女だから手伝ってもらいたい」とは言えないでしょ?」

「あぁ……」

 

 そう口にしたお姉様の答えに、私は思わず拍子抜けする。

 そうだ。依頼されているというこの状況の意味をすっかり忘れていた。お姉様はあくまで雇われ。この仕事においては、何をするにもその雇い主とやらの許可を取らないといけないのだ。

 確かに私がこっそりと同行するということもできるのかもしれないが、もし万が一そのことがバレた場合、商業都市に雇われるほどあるお姉様の信頼に泥を塗りかねない。

 そう考えれば、やはり雇い主とやらに許可を取るのが一番だ。かといって……


「うーん……」


 自分のためにお姉様の頭を悩ませたくない。

 そんな思考がぐるぐると頭を巡り、思わず「もう良い」と口にしようと息を吸った時だった。


「まぁ、最悪『辞める』でゴリ押せば大丈夫か」


 そんなシンプルな結論に至ったようで、すっきりとした顔をしながらお姉様はどこかへ向けて歩き出したのだった。


「ちょっ!ちょっと待ってくださいお姉様!!」


 そんなお姉様を説得するべくその背を追いかける。

 それにお姉様はこちらも見ずに、

 

「大丈夫大丈夫」


 そう笑って手をひらひらさせるのだった。

 それでうまくいったことがないから私としては不安でたまらないのだが……


「はぁ……」


 今回の件に関してはなまじっか自分のことであるだけにあまり強く言えないことを恨みつつ、私はどこかへ足を向けたお姉様の後をついていくのだった。


 

「……ねえ、お姉様。もう何も言いませんからいい加減教えてくれませんか?」


 そうして少し歩いた後のこと。

 私たちはまるで区切るようにして建てられた門をくぐり、先ほどより高級感の増した空気の中を歩いていた。

 そこはいわゆる高級住宅街とか呼ばれる場所らしく、道行く人間は、どいつもキラキラとした衣装を身にまとっていた。

 ただ、そうなると当然。


「あらやだ、なにかしら。あの恰好。」

「おや、本当だ。きっと物乞いか何かだろう。直に衛兵がつまみ出してくれるだろうから僕たちはかかわらないでおこう。」


 そうでない私たちは目立つ訳で……って、


「は”?」


 自分でも出したことないほどのドスの効いた声で、思わずそう漏らす。

 一体どの分際でどんな目線から物を言ってるの?ただ持っていた硬貨と引き換えに得た物を身に着けてるだけのミノムシ風情が偉そうに。いいでしょう。そんなにお望みならあなた方の価値を改めて示すとしましょう。要するにその身に着けているゴミのランクでそんなに威張り散らしてるんでしょう?

 それならこの場でそのゴミを引き裂いて……


「ぺうっ!」


 頭に振り下ろされたお姉様の手刀に思わず頭を押さえてうずくまる。


「お姉様ぁ……なんでぇ?」


 その痛み、と言うよりお姉様に殴られたという事実に思わず涙ぐんでいると、お姉様は少し怒った様な顔をして、


「そりゃそうでしょ?今のボクたちはどちらかと言えば衛兵側なんだから。そんなことをやっちゃったら流石に追い出されちゃうよ。まぁ、でも……」


 そこまで言うと、お姉様は口元を獰猛な笑みに変えてこういう続けた。


「サラの言う通り、調子に乗りすぎてはいるよねぇ」


 その言葉と共に視線を先ほどの女に向けるお姉様。


「ひっ。な、なんですの?あの物乞い。どうしてこちらを睨みつけて……」


 ぱきぃん


 そううるさく喚く口を遮ったのは、直ぐ胸元で輝いていた大きな宝石が砕けた音だった。


「……」


 その音が鳴った胸元に目を遣って、白目を剥きながらパクパクと口を開閉する。

 それを見たお姉様は満足げにその場を後にした。


「ま、待ってくださーい」


 そんな光景を呆然と眺めていた私もその後にその後に続く。

 そうしてお姉様の隣に並んだ時だった。


「きゃああああああああああああああああ!!!!」


 そんな耳をつんざくような悲鳴が私がついさっきまで見ていた辺りから響き渡る。

 何事かと後ろを振り返れば、そこには口から泡を吹きながら白目を剥いた女の姿。

 先ほどまで醸し出していた余裕はどこへやら。

 そこにはただただ体を震わせる抜け殻と、どうすれば良いかすらわからない様で、うろうろと体の周りを歩くだけの男の姿だけが残ったのだった。

 しかし……アレだな。本当に私が言うのもなんだが、

 

 「これでよかったんです?」


 あれほど威張れるのにはやはり理由があったようで、次から次へと周囲に集まって来る召使らしい人間どもを見た私はそうお姉様に尋ねていた。


「いーのいーの。私だけならともかくサラまで馬鹿にしたんだから。全く。こんなところに住んでなかったらもう八つ裂きにしてるよ」


 そんな私の疑問に笑ってそう答えるお姉様。そう言うことじゃないんだけど……いや、お姉様が分かってないはずないか。こんなことをしたら自分の評判が下がるなんて。そのうえでお姉様は私のために怒ってくれた。うん。そう思うことにしよう。


 自分に言い聞かせるようにしてそう考えた私は先ほどより少し上機嫌でお姉様の後を付いて歩いたのだった。

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