ラテンクス

「グランマのラテンクス!?」


 そう説明された通りの言葉を思わず叫ぶようにして繰り返す。

 あり得ない。

 その自己紹介を聞いて最初に浮かんだ感想がそれだった。

 そもそもラテンクスと言うのは魔女が自らの感情を悪魔として胎から産み落とした悪魔の名だ。

 そういった悪魔は核となった感情に忠実で、それを偽ることを酷く嫌う。加えて、欲は人の形となることは少ないため、人型のラテンクスは稀なのだが……


「?」


 目の前の女はどう見ても人間の女にしか見えない。

 自分の在り方をねじ曲げていることに対する拒否反応もなければ、過剰に魔力が漏れているなんてこともない。

 そもそも完成された魔女のラテンクスを見る機会なんて滅多に無いから比較なんてしようもないのだが、今まで見たどのラテンクスと比べてもあまりに完璧な擬態だ。

 一体何がこれを完璧足らしめているのだろう。確かにそもそも込められた感情が違うと言われてしまえばそれまでなのだが、その他にも差異は……ん?

 その完璧な擬態を参考にしようと、観察と考察を繰り返していると、突然脳裏に強い意思がよぎった。これは……キッド?出てきたいのなら別に良いけど。

 送られてきた要望通りに私は影からキッドを表に出した。

 そうして出てきたのは、灰色のシャツにと長ズボンというごく普通の服装をした15歳ほどの少年だった。

 そう、実は私のキッドも人間の皮を被ることに抵抗の少ないラテンクスなのだ。

 ただ、先ほどハイドの擬態に驚いていたことからも分かる通り、その両腕は異様に大きい上に黒く尖っており、その身体から放たれる魔力は常人ならば近くにいるだけですくみ上る程度には凄まじい量が漏れ出している。一応意識していれば短時間だけ、人間程度の出力にすることは出来るのだが、それは人間で言う呼吸を息苦しくなるほどゆっくりに吐き出すような行為らしく、苦しくなるからあまりしたくないとのこと。

 けれど「本物」を初めて目にしたからだろうか。今出てきたキッドは、その魔力を段々と小さくしながら、大きな手で私の腕を掴み、その影から覗くようにしてハイドの様子を伺っているのだった。対抗意識でも芽生えたのだろうか。ぶっちゃけ超可愛い。

 そう少し背伸びしている様子を見せたキッドの頭を撫でたくなる衝動を押さえていると、キッドは意を決したように強く私の服を握ったかと思うと、ぱっと手を離してハイドの元へ。

 そうしてその目の前で向き直ったのだった。


 「ん?どうしたおチビ」


 それに目を合わせながらそう尋ねるハイド。その顔は既にキッドに興味をひかれているらしく、どこか楽しげだ。

 一応あのグランマのラテンクスということで警戒はしてたんだが、この分だと警戒はしなくてもいい……のか?

 というのも、これはまだ私がグランマの下で勉強をしていた時の話だ。当時はグランマのラテンクス対、私達という構図での戦闘訓練が行われていたのだが、グランマの持つラテンクスの内、三柱の悪魔が私たちの戦闘訓練に使われていた。名をルイン、ニカイ、キャッスルというのだが、その三柱どれもが酷く気性が荒く、その気性に見合ったスペックを持っていた。だからこそ当時は「こんなものを産むなんてグランマに人の心は残ってないんじゃないか」と陰口が出回ったわけなのだが……


「ほぅ、そうかい。そいつぁ殊勝な心掛けだね」


 そう言ってキッドの頭を撫でるハイド。

 その笑顔は聖母さながらに、母性と優しさに満ちたモノだった。

 どうやらあの陰口は取り消さねばならないらしかった。

「紹介するのが遅れてごめんね。最初に挨拶はしたんだけど来るかもわからない奴に時間を割くのがもったいないなって思っちゃって」

 そんなことを考えていると、隣まで来たお姉様は申し訳なさそうな顔で、そんなことを言う。

 あまり覚えてはないのだが……最初に挨拶した?あぁ、そう言えばあの時言っていた名前もハイドだったような気がする。その時は確か、また来ちゃったとか言ってたっけ。

 あぁ。となると、ハイドはお姉様が言う店の店主なのだろうか。

 そう疑問に思い尋ねてみると、どうやらその考えは間違っていなかったらしい。


 「あぁ。私がここ、『魔女の大釜』の店主、ハイドさ。よろしくな、グランマの娘さん」


 そういってこちらに手を差し出してくるハイド。


「うん、よろし……」


 そうして手を握ろうとした瞬間に感じたわずかな違和感。あれ?ハイドはさっきまでキッドと一緒にいたよね?じゃあ……キッドは?


 その原因に思い至った瞬間、私は顔を上げて辺りを見渡す。……ない、居ない!私の影の中にも居ないし、本来居るべきこの部屋の何処にも居ない!

 となると、一体どこへ……


「あぁ、アンタの子どもならあそこさ」


 ほら、と言って、ハイドはこの部屋に有る幾つかの扉の1つへと指を向けた。

 指をさすと同時に開き始めたその扉の内には、黒い影にいくつもの目玉が浮かんだようなものが人型を取ったもの。すなわち擬態を解いたキッドの姿がそこには有ったのだった。

「よかった……」

 その幸せそうにぐたっとしている我が子の姿を見て思わずそう呟く。

 ホントに……いなくなったらどうしようかと……

 そう心底胸をなでおろしている時だった。瞬間的な悪寒が脳髄に直撃する。

 私は今何をした?結果的にはなるが、よりにもよってグランマのラテンクスからの握手を無視した上に、我が子が行方不明になれば真っ先に疑った?

「ごめんなさい!!」

 そう理解した瞬間、私は何かを考えるより真っ先にハイドに頭を下げた。悪魔というのは総じて誇り高く、不義を嫌う精神生命体だ。確かに例外はいるものの、基本的に悪魔と接する人間を指導するような人間は、まず基礎としてその点を強く教え込まれる。つまりこれはほとんどといっても良いほど、悪魔には誇り高い個体が多いことを示しているわけで……

「まぁまぁ、そう気にしなさんな。人間生きてりゃそんなことも有るだろ。ま、私は人間じゃないがね」

「ッ……ふぅーー……」

 ガハハ、と。

 そうどこかの鬼畜を思い出す笑い方でそんな私を笑い飛ばした声に、思わずへなへなと腰が抜ける。なまじっか命の危機すら覚悟しただけに、目の前の悪魔が女神にすら見えたという言葉が決して過言ではないというのは理解してもらえるだろう。

 そう生きていることに対する喜びを改めて噛みしめていると、お姉様は、わたしの頭をなで、肩につかまらせながらこう言うのだった。

「ねぇ、ハイド。結局何で良いと思うんだい?」

「??」

 そうお姉様の口から飛び出した言葉に首を傾げるハイド。

 その様子を見た私は咄嗟に助け船を出した。

「ほら、さっきのなんで私を連れて行っても良いのかって話」

 それにポンと手を打つと、ハイドはにこやかにこういうのだった。

「あぁ、そりゃあのグランマの娘だからね。役に立たないなんてことは無いだろうさ。それに……」

 そこまで言うと、声を一トーン程下げてハイドは、

「今回は連れてった方が良いよ。うん。私が言うんだから間違いない」

 何を想像しているのか、獰猛な笑みを浮かべてそんなことを言うのだった。

「……」

 その笑みが含んだ気迫に思わず気圧される。こんな優しそうなラテンクスでもこれとは……ホント、さっき命が有って本当によかった。

 内心冷や汗と共にそんなことを考えていると、お姉様は、不満げな顔と共に、

「あんね、そう言うこと言ってるんじゃないの。私は自分の都合でサラを連れて行っていいのかが気になってたわけで……はぁ、もういい」

 そうお姉様が話している途中にも腕を組みながら首を傾げているハイドを見て、お姉様はそう話を切り上げた。うん、まぁ……今回ばかりは私も助け船は出さなかった。そこは種族間の相違というかそう言うものだろう。

「とりあえず場所の提供はありがとね。今度は一緒におかし食べに来るから。」

「お、そうしてくれるとありがたいね。待ってるよ」

 そう納得していると、いつの間にか帰る様な雰囲気になっていたので、キッドに「帰るよ」と念じると、若干残念そうにしながらも、私の影に飛び込んできた。人見知りのキッドが残念がる程懐くとは……また連れてきてあげよう。そう決めながら、私はお姉様に付いて、金色の店を後にした。

 ……あぁ、そういえば、結局あの幻惑魔術が何だったのか聞き忘れてたや。

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