廃墟

「……」


 そうしてお姉様に連れられてやってきたアゴイスタの中心部。

 辺りにはレストランやジュエリー等、数多くの小奇麗な店が立ち並び、非常に目を引く物ではあったのだが、私たちは辺りのそれより一層目を引く建物の前に立っていた。

 ただ……


「えっと、お姉様。ホントにここで合ってます?」


 それは辺りの放つものとは正反対の目立ち方で。

 というのも……いや、せっかくのお姉様に誘われた店だがこの際だ。はっきり言ってしまおう。

 なんの取り繕いもせず、素直な感想を言うのなら、


 その建物はまさに廃墟だったのだ。

 

 何やら正面に張り付けられていた看板の文字は剥がれ、建材の腐って空いた穴からは真っ暗な室内が顔を覗かせている。

 そんな何故こんなところに立っていることを許されているかも分からないような店が……いや、そもそも店であるかもわからない様なこの建物がお姉様の好みに合うとはとても思わないのだが。

 そんなことを考えながら、ちらり。

 目の端に移すようにしてお姉様の顔を伺えば、お姉様は、目を細めながらじっとこちらを見つめていた。

「?なんでしょう」

 目があっても一切目線を切る素振りすら見せずに微笑んでいるお姉様に気まずくなってそう訊ねると、お姉様はゆっくり口を開いてこう言うのだった。

「とりあえず、入ってみよ?」

「……」

 ……まぁ、お姉様が納得してるならいっか。




 

「お邪魔しまーす」

「……お邪魔します」


 意気揚々と蝶番の外れたドアを押し開けたお姉様に続いて、その廃墟に足を踏み入れる。

 そうして内装を見た第一印象は……やはり予想通りだった。

 辺りにはガラスの欠片やほこりが散乱し、天井の木材が腐ったことで開いた穴から漏れる光が、ぼんやりと宙を舞うほこりと辺りを照らす。

 確かに廃墟独特の良さというものはあるのかもしれないが……


 そんなことを考えながら一歩を踏み出した瞬間だった。

「ッ!!」

 突然ぐわんぐわんと波打ち始めた視界に素早く臨戦態勢を取る。

 こういった現象になら多少は覚えが有った。

 この感覚は、グランマに教わった幻惑の魔術だ。

 効果は文字通りに幻を見せるというものだが、人によっては、五感を騙す程の幻を生み出すことすらできるらしい。

 グランマに教わった具体的な使用例としては、殺したい対象を現実そっくりの幻に閉じ込め、食事だけを幻にすることで一切ことを荒げることなく餓死を狙えるというものだった。

 当時聞きながら恐ろしいと思ったのでよく覚えている。

 ただ、今回は大規模な物らしいからその心配はなさそうだが……


 そう考えながらも、お姉様の一歩前に出て辺りを睨みつけていると、だんだん辺りの歪みは収まっていった。

 そうして現れたのは……


「……え?」


 辺り一面で照り返す、黄金で出来た室内だった。

 咄嗟に振り返れば蝶番の外れた扉は、凝った黄金細工の施された扉へと変わり、辺りに散乱していたガラスやほこりは散らばった数々の宝石へ。

 天井から差していたぼんやりとした光は、うっとうしいほどに光り輝くシャンデリアへと姿を変えていた。

 ……どういうつもりだか知らないが、これほどまでに分かり易い幻も無いだろう。

 こんな強欲者が見る夢の様な建物なぞ現実に有るはずがない。

 仮にあったとしてもこの金を見せつけるためだけのような金の使い方。あまりに絶望的なセンスだ。

 そう術者をけなしつつ、その絶望的なセンスの持ち主を探そうと辺りを見回していると、

 タンッ

 と硬質な音を立て、突然お姉様が前に出た。

「ちょっとお姉様!?」

 その思いもよらぬ行動に私は思わず声を上げる。

 私のそんな戸惑いをよそに、お姉様は声を拡散するように手を口元にあて、二階に向けてこう声を上げるのだった。

「ハイドー!ごめんねー!また来ちゃったやー!!」

 すると、

「あぁ!?またか!悪びれてすらないくせにいちいち謝んじゃねーよ!」

 少し遠くからおちゃらけた様子の声が飛んできた。

 そのやり取りを不安な心持ちとともに眺めていると、お姉様はこちらに笑顔で振り返ると、こういったのだった。

「なんの説明も無くてごめんね。とりあえずは……あそこにでも座ろうか」

 そう言ってお姉様が示した指の先には例のごとく黄金の椅子とテーブルの姿。

 ただこの部屋に有るほかの黄金製の家具とは少し違うようで、材料が黄金だけということは無く、椅子の場合なら座るところと背中側には赤いクッションが組み込まれ、机にしてもプレートの部分にはしっかりと磨かれた木材が乗っていた。これなら座り心地も黄金に座るよりかはかなりマシになるだろう。全く、わざわざ別に用意する位なら最初から全部それにしておけば良いのに。

 内心そう呆れつつ、私は黄金の椅子に腰かける。

「よーいしょっ」

 その後、一つ遅れてそんな声と共にお姉様が私の対面に腰を下ろした。

 そうしてスラッとした白魚の様な指を組むと、お姉様は柔らかに微笑んでこう言うのだった。

「さて、何から知りたい?」

 何から知りたい……確かに知りたいことはたくさん有るが……最初に聞くならこれか。

「お姉様は、私達と別れた後には何を?」

 そう訊ねると、お姉様は少し驚いた様に目を開いた後、少し苦笑しながら、

「もう、のっけからそれ?普通最初に気になるのって現状か級友のみんなとかじゃないの?」

 ま、いいや。

 軽く笑った後にそう付け加えたお姉様は、少し考える様子を見せながらこう語ってくれた。

「サラも知っての通りボクってば根っからの根なし草だからね。いつもどこかをフラフラしてるんだけどあの後は……確かサンハールの辺りで傭兵家業をしてたかな。あそこは治安が悪いから稼ぎが良いんだ。まぁ、その分敵も多いんだけどね」

 サンハール。確か国を上げて傭兵業を生業としている大きな国だ。なんでも、その国では傭兵以外にまともな職業が無いんだとか。というのも、その国が位置するのはここから遠く離れた砂漠地帯であり、ロクな生物や植物が居ないため、自国での生産が壊滅的らしい。

 だから他所の国に自国の兵士を傭兵として貸付け、その報酬と、敵から奪った食料や財産で食いつないでいる様な国なのだそうだ。ただ、国が貸し出す兵士はまだしも、ここで暮らすほとんどの市民は盗賊となんら変わりない生活をしているらしく、「観光なら気をつけな」と、グランマはいつもの豪快な笑みを浮かべながらそう言っていた。

 とまぁ、そんな感じに国自体はいわゆる族国家ではあるのだが、お姉様がそこに行ったとなると、気になる点が出てくる。

 いやまぁ、確かにそこの蛮族に傷をつけられたり汚されたりしなかったかも気になるところではあるのだが、私の疑問はもっと一般的のものだ。

「それじゃあお姉様はどうして今こんなところに?」

 そう、それは単純に距離の問題である。前述のとおり、ここからサンハールまではかなりの距離がある。それをわざわざそこまで行って、半年くんだりで帰ってくるにはいささか速すぎる気がするのだ。片道だけでおよそ……2ヶ月位かな?要するに往復で4ヶ月。つまり実質的な滞在期間は約2ヶ月程度なのだ。いくらサンハールが稼げるとはいえ、そこまでの短い期間の為に行く様な所では無い筈だ。

 となれば、こちらに急用ができたと考えるのが普通だろう。

 そういう考えのもとで尋ねると、お姉様は少し悩まし気に、

「あー、どうしようか」

 そう声を出したのだった。

「どうしようというのは?」

 私はその言葉で生じた当然の疑問をお姉様に尋ねる。

 すると、お姉様は未だ悩んだ様子のまま、

「いや、サラに話しても良いものかと思ってね。」

 そういうのだった。

「……」

 その言葉に私は思わず絶句する。

 私が……義理でこそ有るものの、お姉様の唯一の身内で有る私に話せない様な事が有るなんて……

 そうショックを受けた私は自分でも分かる程の驚愕の面持ちでお姉様を見つめていると、こちらと目が有ったお姉様は慌てたようにこういう。

「あ!いや、違うよ?決してサラを信用してないから話せないとかじゃなくて。あー……」

 そういって、眉間に親指を突き立てながら少し悩んだ様子を見せると、お姉様は覚悟を決めた様子で私に目を合わせてこういったのだった。

「正直に言うよ。この都市に魔女が出たんだって」

 え、魔女?

 そのお姉様の口から飛び出た言葉に私は思わず目を見張った。

 魔女が出たも何も……私はずっとここに居るのだけれど……

 そんな考えが表情に出ていたのか、お姉様はクスっと笑うと、こう続ける。

「あぁ、いや。もちろんサラのことじゃないよ。この都市から知らせが届いたのはサラがここに来るよりも前だからね。その魔女がサラってことはありえないさ」

 そういってこちらを安心させる様に笑うお姉様。

 あぁ、やっぱり優しい……じゃなくて。

 言葉の節々から感じる暖かさに蕩けそうになった脳をかぶりを振って元に戻すと、私は意識を集中して改めて考え始める。

 魔女……私以外の魔女がここに?

 戦争が終わってここに来たのは私だけだと思っていたのだが……実際はそうではなかったのか?いや、皆方々に散っていった中、私と同じ方面を選んだ同類は居なかった筈だ。

 加えて私の場合、寄り道なんてせず真っすぐここに来たため、前提さえ正しければ、ここには私以外いない筈なんだが……仮に可能性が有るとしたら、私がここで骨を休めているうちに誰かが来たとか?

 うん、それが一番無難に思える気がする。

 骨休めに選んだ土地が過酷で、さらに逃げてきたとか。

 普通、魔女が人間ごときに遅れをとることはないと思うが、実際に特定の条件下でないと力を出せない我が愛し子ラテンクスを持った魔女についても心当たりが有る。そういった魔女なら或いは……

 そう考えつつ、私はとりあえずもう少し詳細を聞いてみることにした。

 「お姉様。知らせが来たっておっしゃってましたけど、どういう風な文面だったんです?」

 そう尋ねると、お姉様は少し待ってね、と言った後、腰に下げた袋から小さく折りたたまれた紙を取り出してこちらに手渡した。

 それをお姉様への感謝の言葉とともに受け取って開いてみると、どうやらこう言う意味の文面で有るらしかった。

「えーっと?ウチの貧民街で謎の失踪事件が止まらない。訳有って、理由は言えないがこれは魔女の仕業によるものだと思われる。これは決して冗談等ではない。魔女は実在するのだ。この文で興味を持って頂けたのならどうかアゴイスタまで来てほしい。報酬はうんと弾もう。どうか良い返事を期待している……と。」

 ふむふむ。

 内容は取り敢えず理解したが……

 「この送り主は見所が有りますね」

 さっきのはあくまで意訳というか、大分適当に読んだのだが、本文は文字も美しく、言葉遣いもどこかの国に送るものと遜色ない程に丁寧なものだったのだ。

 その対応がお姉様に向けられたことが嬉しくて、私はついそんなことを口にしていた。

「そうだね。そこまでの丁寧な手紙はボクも初めてみたよ。それほどまでにこの問題は彼らにとって重要なのだろうね。」

 けど……

 と、手紙を元に戻しながらお姉様はこう続けた。

「ボクたちにとっての問題は魔女による貧民街の失踪事件。これだよね」

 その真剣な顔持ちで放たれた言葉に私は首肯で返す。

 そうなのだ。確かに私たちはこの存在になるにあたって「何をしても良い」とグランマに教わった。だがそれは同時に教わった「魔女の品位を下げない様な行為」であることが大前提の条件なのである。

 高位の貴族や騎士ならともかく、そこら辺に居るネズミの様な人間を攫うなどと、残飯を漁る様なことをしている魔女が居るということがグランマに知れたらどうなるかは私たち魔女とグランマの助手をしていたお姉様が一番知っていた。

 だからこそお姉様もここまで真剣なのだろう。

 なんせ生き死にどころか来世にすら響きかねないのだ。そりゃあ恐ろしくない筈が無い。

 ただ、ここで気になることが一つ。

「お姉様、さっきはどうして私に話すか悩んでたんですか?魔女のことなら私を連れて行かない手はないでしょう?」

 そう言うと、お姉様は少し困った様な顔で、

 「いやぁ、確かにサラが居てくれるといろんな面で助かるけどこれは私が受けた仕事だからね。最初はサラが何を言っても断るつもりでいたのだけど、相手が魔女だから友達だったりするんじゃないかなと思ってさ。」

 お姉様が話すその言葉にじっと耳を傾けていると、

「別に良いんでねーの?」

「ぎゃっ!!!」

 突然横から飛んできたその声に私は思わず椅子を跳ね飛ばした。

 そうしてその声の方に目を向けると……

「よぉ」

 そう気さくに液体の入った杯を軽く掲げる女の姿が有ったのだった。

「えと、どちら様です?」

 その姿を改めて確認しながら私はそう尋ねる。

 黒とまではいかないものの、多少茶色っぽい肌に、まるで流れる蜂蜜がそのまま髪になった様な艶のある黄髪。そのいたずら気に細められた目は、本人の気質をありありと語っていた。

「んぁ。初めましてか。んじゃ自己紹介だな。」

 そう言って立ち上がったその女性。

 女性はそのまま私に近づくと、私の頭をわっしと掴んでこう続けるのだった。

「あたしはハイド。グランマのラテンクスの一柱ひとりさ」

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