お姉様
そういう訳で連れられた詰所の地下にある尋問室の中。
薄暗い空間に、微かな魔術の明かりとテーブルを挟んで、私と一人の衛兵は向き合って座っていた。
「で?言いたいことはそれで全部か?」
そう言って、私の目の前にいる衛兵は鉛筆の尻で、とんとんと今書いたばかりの調書を叩く。
それに改めてけだるげな様子で目を向けると……
「修羅場に出くわしたから加害者と思われる女を制圧して、血まみれで死にそうだった男はアンタが影の中に保護した……と。何言ってんだお前」
うろんな視線で私の証言を復唱するのだった。
いやまぁ、客観的に見たら正直そう言いたくなるのも分からんでもないのだけれど……
何コイツ!めっちゃムカツク!!!
決して表には出せない理不尽な怒りを内心でぶちまける。
大体なんなの!?わざわざ私が捕まってやったって言うのに感謝の一つも無い!あの時あの場所にいた人間から話を聞いてるのなら分かるでしょ!私に何が出来るのかくらい!!その私がへりくだってやったって言うのに……あぁ、いや。私がへりくだったのは決してこんな虫ケラなんかじゃ無いのだけれど。
はぁー……
そこで一旦冷静になってため息を一つ。
せっかく捕まったのに何で私に会いに来てくれないんだろう。
先ほど見た懐かしの顔を思い浮かべながら私は独りそう想う。
確かに目が有ったのはあの一瞬だけれど、あの人が気づかない筈がないのだ。
なんせ私たちはお互いにとって唯一の身内……の筈なのだけど。
出会ったあの瞬間をふと思い返して私はつい不安に揺れる。
……あの状況にあのタイミング。今になったからこそわかるが、とても優しいあの人があの時の私の言葉に応えてくれない筈がないのだ。
だったらあれはあくまでただの嘘なのだろうか?
見るも無残な私をさらに悲しませないようについてくれたただの嘘?
キィィ……
そんなふとよぎった考えを優しく遮るように開けられた扉の音に、私は思わず顔を上げる。
そうしてゆっくりと部屋に入ってきた人影に私は目を剥いた。
滝の様に真っすぐな長い黒髪を後ろにまとめただけのシンプルな髪形に、先程も重装備の中で際立っていた半袖シャツに長ズボンというおおよそ場に似つかわしくない軽装。
そして何より、異様なきらめきを宿したその両目。
あぁ、間違いない。やっぱり……
「お姉様~~~~!!!!♡」
今まで座っていた椅子を跳ね飛ばし、私は今入ってきたばかりのその人影に向かって飛びついた。
ぼすん
私の薄い身体が柔らかいお姉様に向かってぶち当たる。
その衝撃に最初は驚いた様子のお姉様だったが、その正体が私であることを認めるとフッと微笑み、
「よしよし、久しぶりだね、サラ」
そう言って私を所謂お姫様抱っこの形に抱き上げてくれたのだった。
あぁ、久しぶりだ。この感覚。
お姉様の人より高い体温に、私をすっぽりと包み込むこの抱擁力。
そんなことをお姉様の胸に顔半分を埋めながら考えていると、お姉様は部屋でぽかんとしている衛兵に目を向け、こう尋ねた。
「この子の取り調べはもう終わったの?」
それにハッとした様子を見せると、衛兵は慌ててこう答える。
「あ、いえ!まだろくに口も割っていません!」
そう帰ってきた答えににやりと笑ったかと思うと、お姉様はこう返したのだった。
「あぁ、それならこの後はボクに任せてキミはここから離れてて。こう見えてもこの娘、結構危ないんだよ」
「はぁ……」
そう言っていたので、お姉様の胸から顔を逸らしてちらりと衛兵の方を見れば、その言葉に戸惑った様子でじっと私の顔を見つめていた。この様子を見るに、どうやら地上での騒ぎを一切知らなかったらしい。
あぁ、それであんな大胆に来たのかとか今までの態度に納得すると同時に、尋問官として失格なんじゃないかとか思ったのだが、今は何よりお姉様だ。
口ではああいっていたがその実、私に何を望んでいるのかはよく分かる。
だったら私はそれに応えねば。
なんてったって、私はお姉様の妹なのだから。
パチン
お姉様の首に片手を掛けつつ、私はもう片方の腕で軽く指を鳴らす。
先ほどお姉様が放った脅しの効果か、どこか不安げな様子の衛兵はその乾いた音にビクッと大きく体を跳ねさせた。
先ほどとは打って変わっておどおどとした様子の衛兵にどこか心の靄が晴れるのを感じつつ、私はこう言葉をつなげる。
「おいで、キッド」
そう声にした瞬間、私とお姉様の影は荒れ狂う波の様に辺りに影の飛沫を飛ばして、渦巻き始めた。
「……!!」
それは衛兵にもしっかり見えているようで、そこから何か危険を感じ取ったのか、恐る恐るといった様子で二歩ほど後ずさる。
実際のところ、それは実に賢明な判断と言えた。
なにせ私は……
バァン
ちょうどその位置を叩き潰す様に指示を出していたのだから。
「ひ、ひぃぃぃぃ!!」
ちょうど目の前をグーで豪快に叩きつけた我が子の腕に腰を抜かし、みっともなく後ずさる衛兵。
そのあまりの無様さにもはやおかしさすら覚えつつ、私はお姉様の望みをかなえるため、次は母指の先を男に向ける。
その行動に、
「ひっ」
今度はうずくまり、男はこちらの様子を伺っているのだった。
「フッ」
その様に思わず乾いた笑いが漏れる。
私を馬鹿にしていた頃の勢いの良さはどこへやら。
いまや私の一挙手一投足に反応して悲鳴を漏らすだけの肉塊がそこには有った。
その事実に嘲笑う様な笑みを深めつつ、私は体外から集めた魔力を指先に集め始める。
バチバチバチ
そう音を立てて指先で圧縮される多量の魔力。
それを見て、勝手に自分の末路を予想したのか、指が向く先に居る男はうつむき、震えながら何かに向かって必死に祈っていた。
祈る分には結構だが、祈った程度で何かが助けに来るのならだれも死ぬことは無いわけで……
「ばーん」
胸の底から湧き上がる嫌悪感とともに、弾丸と化した魔力を指先から射出する。
瞬間、空気を切り裂いて飛んだ魔力は衛兵の耳をかすめて、その後ろにあった石畳と、その付近の地面を大きく砕いた。
「……」
その標的にされた本人はというと、ゆっくりと目を開け、自分の無事を確認した後、私から目を離すことを恐れるように、けれどあれに当たればどうなっていたのかは気になるようで、ゆっくり振り返って確認した次の瞬間……
「ーーーーーーー!!!」
手足をしっちゃかめっちゃかに振り回し、声にならない悲鳴を上げて衛兵は地上への階段を駆け上がっていったのだった。
あぁ、やっと逃げた。逃げるのなら最初から逃げてくれたらよかったのに。
それをお姉様の腕の中からただ見送ってから、私は一息ついて気持ちを改める。
すー……ぷー……
よし。
そうしてお姉様と目を合わせると……
「どうですか!お姉様!ちゃんと邪魔者は追い出しましたよ!!」
そう言ってお姉様の首元をへし折らんばかりの勢いで抱きしめたのだった。
「よしよし、ちゃんとわかってくれてよかったよ。せっかくの可愛い妹との再会にあんな無粋な輩は邪魔だったからね。本当ならボクが殺せばよかったんだけど……まぁ、流石に仕事してただけだからかわいそうかなって。それに臨時とはいえ一応ボクの部下だしね。」
その全力のじゃれつきを一切の苦も無く受け止めながらお姉様はそう笑う。
というか、アレが部下?じゃあお姉様は今……
「あー、うん。ここの軍に雇われてる形になるかな。一応。」
心底面倒なんだけどね。
たははと笑いながら、お姉様はそう口にする。
しかし、そう何気なく口にされたその言葉に私は少なからず驚いていた。
ここは商業都市アゴイスタ。そこに示された名前の通り、この都市はこの大陸の真ん中に位置し、大陸一の物資流通量を誇る大都市だ。そこにはこの大陸にあるほぼすべての国が往来するが、ここに持ち込むのは決して自国の物資だけとは限らない。
他国との因縁や、商業都市を運営することで得られる莫大な利益を狙った悪意。果てにはただ単純に輸送中の物資を狙った盗賊まで。そう言ったものから身を守りつつ、この都市を運営するにはある程度の軍事力は必須なのだ。だからこの都市は最も小さな国にも劣る僅かな領土ながらも白兵戦に優れたソウラートを圧倒するほどの軍を持っている。
それだけに今回お姉様に声がかかったことは異例ともいえるのだ。
本来、他所の干渉を許さないための武力なのだから。
確かにお姉様はどこの国にも属さない戦力ではあるが……それにしたってこの都市がどこかに声を掛けるなんてやはりおかしい様に思う。
わざわざ言うまでもないとは思うんだが……
「きっと相当危ないですよ?お姉様」
胸が張り裂けそうな程の不安を抱えながらそ話すと、お姉様は少し驚いた様な顔をした後、ニッと爽やかな笑みを浮かべ、
「まーま、せっかく会えたのにそんな鬱屈とした話ばっかじゃ疲れちゃうよ。ボクは取り敢えずここから出て行きつけのお店にでもいこうかと思うんだけど、サラはどうする?」
手をこちらに差しだしながらそう言ったのだった。
……あぁ、やっぱり、
「……やっぱりお姉様はズルいです」
それに私はブー垂れながらあまりに魅力的なその手を握ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます