修羅場

それからしばらくして……


「んー……おいしーねぇ」


 そこらの露店で買った串焼きを頬張りつつ、私は大通りを歩いていた。 

 はじめてする買い食いに、仕事や訓練以外での街歩き。

 マナーにうるさい先生グランマも怖かったし、そんなお金も無かったしで、私には一生縁の無いものかと思っていたのだが、いざ実際やってみると存外に楽しいものだ。

 ……とまぁ、そんな私はさておいて。


「それで?お気に召しましたか?我が愛し子ラテンクス


 そんなことを考えつつ、おどける様にして様子を伺うと、満足げな感情が伝わってきた。

 どうやら味は気に入ったらしい。

 良かった。ちゃんとご褒美にはなったようだ。

 後は、この子のお腹が膨れるようなモノを探したいんだけど……どうしようか。

 そんなことを考えて辺りを見回した次の瞬間だった。


「ーーーーーー!!!」


 辺りをつんざく甲高い悲鳴。

 咄嗟にその方向へ体を向けると、ちょうど私の目前の群衆が、とあるものを囲うように綺麗に割れていた。

 その中心には倒れ伏した血塗れの男に、それを見下ろす、刃物を持った女。

 おおぅ、ナイスタイミング。

 構図としては修羅場った男を女が……って感じかな?

 餌を探す母親としては、その位、歪んだシチュが一番ありがたかったりするのだが、まぁ、殺意を持つほどの感情だ。

 それが快楽殺人鬼シリアルキラーだろうが、修羅場の結果だろうが、餌にするにはどちらにせよちょうどいい感情だろう。

 そんなことを考えながら私は人で形作られた輪の中心へと歩みを進めた。

 そんな私を咄嗟に止めようとしたのか、群衆の中から、こちらへ半端に伸ばされた腕を見た気がしたが、それは女がこちらへ視線を向けた瞬間に硬直し、おとなしく引き下がっていった。

 そうして私はそのまま女から1mほど離れたところで立ち止まると……


「……なに?」


 そんな今にも消え入りそうな、けれど明確な敵意を持った声で女は言う。

 ……「なに」?「なに」かぁ。

 えぇ、どうしよう。

 そういわれるとなんて返したものか少し悩むのだけど……

 まさか馬鹿正直に食わせてくださいとは言えないし、そんなに嘘が得意な方ではないからなぁ。

 うーん……あ、これならいけるかも

 咄嗟に頭を回転させ、私は今しがた思いついた最善手を弾き出す。

 

「いや、危険人物が居たから取り押さえようかなと思って。」


 そう話しつつ、私は徒手で構えを取った。 

 それに一瞬、訳の分からないようなものを見る目でこちらを見てきた女だったが、理解に至った瞬間、何かが女の逆鱗に触れたのか、体をプルプルと震わせた後に目をかっぴらき、よく分からない奇声を上げなから、女はこちらへ飛びかかってきたのだった。

 

 うん、殺意も中々。

 もう自棄になってるのか、人間を殺すという行為になんのためらいもなくなってる感じだ。

 これなら一般人程度だと恐怖に負けておとなしく刺されてしまうかもしれない……が。

 私は女に大きく近づき、相手が距離感を掴んで振り下ろすよりも早く、勢いの乗った相手の腹を右ストレートで打ち抜いた。


「ぁっ!?」


 逆に言えば、恐怖に慣れてさえいれば、私程度の人間でもなんの不安もないということだ。 

 それが鳩尾に入ったらしく、体をくの字に折り曲げ、刃物を取り落とした女をある程度痛くは無いよう配慮して、私は背面から押し倒した。

 そのまま素早く後ろ手に関節を固定する。


「んっ!……んっ!!」


 自分が固定されたことに気づくや否や、よだれを垂らす口からそう声を上げ、勢いで私を振りほどこうとする女だったが、既に関節を極めた後だ。

流石にこの程度じゃびくともしない。

 うん。そろそろ頃合いかな? 

 (よーし、食べるなら今だよキッド。) 

 そう念じると、女の下にある影が味見でもするように女の肌をちろちろと舐める。

 そのまま舐めて、吸って、齧って。

 一通り味わい尽くしたかと思うと……


「あ……」


 突然女は溢すようにそう声を上げると脱力し、ピクリとも動かなくなったのだった。

 よーし、こっちは一件落着……とはいえ、だ。

 辺りを見渡すと、興味津々でこちらを眺める群衆たち。

 どう考えても目立ちすぎた。

 そんなことを考えつつこれからどうしようかと適当に目を泳がせると…… 


「あ、忘れてた。」


 女に刺され、倒れ伏している男が私の目に止まった。

 すでにかなりの量の血は流れ、顔色もすこぶる悪い。

 このままなにもしなければ、5分としない内に死ぬのは火を見るより明らかだろう。

 かといって私に医療の心得なんてものがあるはずも無い……が。

 医療ではないが、この男を救う手立てを持っているのもまた事実。 

 わざわざそこら辺の虫の生死なんか気に掛けてやる義理もないと思うが、目の前の無駄死にを見過ごすのも品性が疑われるというものだ。

 ここは力を持つものとして救ってやるのがいいと見た。

 という訳でだ。


「ごめんねキッド、ちょっとお願いしてもいい?」


 そう言葉にすると、私の影が蠢きだした。

 それはすぐに私のサイズを超え、より凶悪に、よりとげとげしく渦巻くと……

 その影から、人間のソレよりとげとげしく、ぶっとい腕が現れた。

 それと同時にどよめく群衆。

 辺りは一瞬で悲鳴と逃げ惑う市民であふれる地獄へと早変わりだ。

 そんな中、この惨状を作り出した本人はというと……

 辺りで適当に捕まえた人間を壊さない程度ににぎにぎして遊んでいた……ってコラ。


「コラ、キッド。遊ぶのもいいけど先にアレを助けてあげなさい。人間なんて一回壊れただけで2度と戻らないんだから」


 私が咎めるように放ったその言葉にしぶしぶといった感じで人間を手放すと、その掴んでいた人間に手を振った後に、今度こそ血まみれの男を影に引き込んでくれた。 

 よぅし。

 これで取り敢えずは一安心……なんだが、結局この後はどうしようか。

 さっきの腕を見せちゃったせいでさっきより目立っちゃったろうし……

 そう思いつつ辺りを見渡せば、先ほどの地獄はなりを潜めたものの、今度は今にもリンチが始まりかねない程の敵意がその場には満ちていた。

 少し耳を澄ましただけで、悪意と、恐怖に満ちた囁きが耳に入ってくる。

 万一にもやられる様な心配は無いが、襲い掛かられたら、誰も殺さずに切り抜けられる自信は無い。

 一人救って何十人殺すのもちょっとなぁ。

 そんな風に考えていたので如何に殺さずに動くかについて、今後の身の振り方を考えていた時だった。


「全員!その場で手を上げ、一歩も動くな!」


 突然辺りにそんな大声が響いた。

 とっさにそちらを見遣れば、ガチャガチャと騒音を響かせながらやってくる木偶の坊ども。

 今更遅いだろうに……

 そんな今更私の邪魔をするためだけに出てきたようなウスノロどもに冷ややかな目線を投げかけていると、私は見知った顔をその中に見た。

 その顔に気づいた私は……


「すいません!!!私が全部やりましたッ!!!」


 自分でも分かる程にへりくだった声でさっきまで馬鹿にしていたウスノロに頭を下げたのだった。

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