魔の繋ぎ手

かわくや

従属

「いいかいメスガキども!よーく聞きな!」


 閑静な教室に響く、そんな男勝りな女の声。

 そのすでに五十を越えているであろう声の主は、机に手を叩きつけると、こう続けた。


「あんたら『鎖』はこの国の秘密兵器だ。あたしとしちゃこんな国、滅びようが栄えようがどうだっていいが……あんたらは違うだろ?なんせこの国出身の志願兵だからねぇ。何かを守りたい者。金欲しさに志願した者。各々思うことがあってここに来たんだろう。が!そんなことはあたしにとっては一切合切関係無い。あたしの前に立ったのなら、答えは二つに一つさ!力が『有る』か、『無い』かの二つがね!」


 右手を大きく横に払うと、女は続けてこう声を轟かせた。


「力が有るものが勝ち、持たざる者は骨までしゃぶりつくされる。それが世の中の摂理だ!……ま、こんなろくでもないモノに参加してる辺り、大半のやつはすでにそのあたりは理解してるんだろ?」


 という訳で……だ。

 そう区切ると、女は口角を吊り上げ、こう嗤った。

 「そんな軟弱者諸君にあたしからとびっきりのプレゼントをくれてやろう。」

 

 「従属スレイヴァニーア


 底冷えするような声で唱えられたその呪文に、場の空気が一転する。

 どこから来たのか、いつしか教室内には煙の様な闇が立ちこみ、視界を覆っていったのだ。

 その様にどよめく生徒達だったが、闇が晴れると、それは即座に沈黙へと変わった。


 なぜなら……

 

 「――――――」


 闇が晴れたのち、気付けば女の隣に居た生物を見てしまったからにほかならなかった。


 異様に上半身の膨張した奇妙な四つ足の体に、すぐ後ろの黒板ほどある巨大な体躯。

 その上にまるで飾りの様に乗った、目と下顎の潰れた犬の頭からはよだれの様な透明の液体を垂れ流し、その頑強な身体のところどころからは骨やガラクタなどがその体を突き破っている。

 そんな化物だった。

 一目見ればわかる。

 これは私たちとは明らかに格が違う。

 どうあっても人間には手に負えない怪物だ。

 そう感じた次の瞬間。

 

 女は笑み深めると、その化物を猫か何かとでも戯れるかの様に喉元をくすぐって、こう続けるのだった。

「いいかい?これが今からあんたらに教える魔術、従属だ。ただ、先に一つだけ言っておこう。あたしは七面倒なことは嫌いでね。途中経過なんてものは一切見ない。あたしがあんたらに求めるのは結果だけ。まぁ。つまるところ……だ」

 そこまで言うと、もったいぶる様に一息置いてから女はこう声を轟かせた。

「如何なコスい手でも使えるもんならどんどん使え。その結果で勝者になれるならどんな犠牲でも払え。その上で待ってる甘ーいデザートにありつけるのはその勝者だけさ!」



 

 

「はぁ……どうしてこうなったのやら」


 教室に入るなり、そう叫び散らした先生グランマのセリフを思い返しながら、私は思わずそうこぼす。

 快晴の空模様。

 その満面の笑みのようなうっとうしい日光を避けるようにして、私は大通りに面した路地から冷えたオレンジのジュースを片手に空を眺めていた。 

 建物同士の間から覗く快晴の中。

 肩身が狭そうにわずかな影を落として漂うか細い雲はまるで私たちの様で……


「はぁ……」


 もう何度目かもわからない溜息をつきながら、私は未練たらたらでこうなった原因を思い返した。

 本来なら……決して損することの無い戦だったのだ。

 秘密兵器である私たち、『鎖』も順調に成長し、最終的には一人で敵国の大隊と渡り合えるほどの戦力がそろっていた。

 そんな(我ながら)人間離れした隠し玉が12名。

 それに加えて私が居た国、ソウラートの決して弱くはない兵士たち。

 どんな無能でも、それだけの戦力が有れば勝てるというのは想像に難くないだろう。

 が。

 どうやら私たちのトップはそんな予想を超える程の無能だったらしい。

 ……いや、この言い方は正しくないか。

 どちらかというのなら、あれは起こるべくして起こったことだった。

 簡単に言うのなら、だ。


 もともと、私たちに力を持たせることをよく思っていなかったらしい国王が最後の最後で死ねば儲けものとでも思ったのか、私たち全員を一気に敵国に差し向けたのだ。

 そんな時に、すでに国内を掌握した上で、その行動をそそのかしたらしい大臣に謀反を起こされ、国王はあっさり死亡。結局、新しい王権でも私たちは邪魔だったのか、私たちが敵国を滅ぼして帰ってきたころには、根も葉もない噂が飛び交い、すっかり国民からも敵扱いだったという寸法だ。

 

 表に伏せておくことで簡単に手のひらを返せるというメリットがあるのかと、正直感心しなくもなかったが、まぁ、それはそれで、これはこれ。

 疲れきっていて撤退せざるを得なかったが、腹いせに、国を囲う壁を粉々にしてから、私たちは方々に散らばって行ったのだった。


 そして、その後。

 私の場合、這う這うの体でこの商業都市アゴイスタに逃げ込んだ結果、今に至るのだった。

 

「はぁ……結局私たちだけが損をするような状況になっちゃったし、報酬も踏み倒されちゃったし。先生が聞いたらなんて言うことやら。やっぱり国の防衛派をねじ伏せてでも国のてっぺんからとるべきだったのかな。ねぇ?キッド。」

「_______」


 そう我が愛し子ラテンクスに尋ねるも、返ってくるのはそっぽを向くような不満げな唸り声だけ。

 どうやら酷使しすぎたことを怒っているようだった。

 うーん、そうはいってもさぁ……


「だってさーキッドー。やらなきゃやられちゃうんだよ?」


 そう。多少訓練は積んだため、そこらの有象無象よりは強いと自負している私ではあるが、私たちはあくまで鎖。

 その先につないだモノがなければ、ただの多少硬いヒモに過ぎないのだ。

 そんな意味合いを込めて愚痴るように話しかけるも、未だに納得いかないのか、キッドは不服そうな雰囲気を垂れ流していた。

 はぁ、しょうがない。

 まだ子供なんだしね。

 それに、大いに役立ってくれたのもまた事実。

 ここは母として、一肌脱いでやらねばなるまい。


「しょーがない。お金は少ないけど……なにか食べに行こうか」

「……♪」


 そんな言葉一つで、少し空気を和らげた我が子をどこか愛おしく思いつつ、私は再びうっとうしい雑踏の中に身を投じたのだった。

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