第五夜

「い、いえ。何もしてないですよ?ただ在庫を——」


「しらばっくれんなよ。今、そこにある扉と絵を見てただろ」




 その声音に、普段とは違う雰囲気であることを感じとった。


怒気を含みつつ、しかし何か恐ろしいものを見るような目。脚が小刻みに震えているのが一目で分かった。


 時計の針が動く。その間僅か三十秒がやけに長く感じた。




「とにかく、そこから降りろ。ソレ・・には触れるな」


「……!!これについて、何か知ってるんですか!?なら、あの不気味な——」


「やめろっ!!!」




 そう叫ぶ先輩には、明らかな恐怖が見て取れる。それなら、今まで何も気にしないような素振りは……


見えていたにもかかわらず、見えないふりをしていた、ということだろうか。


 先輩の言うとおり、棚から床へと足を下ろす。その行動に先輩は安堵したのだろうか、側にあった椅子にどかっと座った。


その先輩を見ながら、隣の椅子に座る。客もいないため、丑三つ時の静けさが空間を支配していた。


 やがて、先輩が口を開く。




「やっぱり、お前にも見えてたんだな」


「お前にもってことは、先輩にも……」


「そうだよ……ていうか、アレは多分ここのバイトやってるやつには全員見えてる」




 見えているにもかかわらず、なぜ皆放置するのだろうか。そのことが頭に浮かび、先輩に質問する。




「どうして見えないふりなんかを……」


「……俺の先輩から教わった。アレは見えても見えないふり・・・・・・・・・・・・・をしろってな。正直、それ以外のことはわかんねぇよ……」


「そう、ですか」




 その後まるで何事もなかったかのようにバイトを続けた。終始見え続ける奇怪な現象を、見えないふりで通した。













         ◎◎◎













 バイトの時間が終わり、先輩の車に乗り込む。互いに電子タバコを吸いながら、夜勤からの解放と珍しく車にアイツがいないという解放感に浸っていた。


そうして帰宅している途中、先輩が急にこちらを向き、提案をしてきた。




「あの扉、開けてみないか」


「え!?でも、一体何がいるか……」


「お前も気になってたんだろ?そうじゃなきゃ、あんなことしない」




 図星である。




「俺も正直気にはなってたんだ。どうして見えてるはずのものを見えないフリしているのか。そしてこの怪奇現象を、オーナーが黙っているのか」


「……気には、なります。でも先輩は良いんですか」


「良いも何も……もしヤバそうなら、あのバイトを辞めるまでよ。そう思うとなんか、いける気がしてきたな」


「……ならやりましょう。今度も一緒、でしたよね?」


「ああ。……これで、怪奇現象なんか終わらせてやるよ……ひひっ」




 この時、もっと考えていればあんなことにはならなかったと、今でも思う。

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