第35話
「おまえの弟子の魔力を少々頂いた。感謝している」
「そーかい。アンも気にしていないようだから今回の件は不問にしてあげるよ。仮にも神の使いでもあるものが誘拐なんてどうかと思うけどね」
「緊急事態だったからしかたがない。きちんと礼だってするつもりだ」
「へぇ、結構しっかりしているんだね」
「これでも使い魔だからな」
「礼って?」
ふふんと鼻を鳴らす使い魔に尋ねる。
「本来であればオレはとある神の使い魔だ。だが今は主人がいないから、たまにで良いならおまえの召喚に応じてやってもいい」
「えっ」
「先程の魔力を受け取る儀式の際にパスは繋いでおいた。オレと相性がいいおまえなら比較的楽にオレを呼ぶことができるだろう。まぁ、それ以外のときはずっとここで自由気ままに過ごさせてもらうがな」
「すごいな、アン。長年を生きてきた私でさえ神の使い魔を見ること自体三度目だというのに、まさか召喚の契約までしてしまうとは……私の見込み以上じゃないか」
ぽんとイヴに肩を叩かれたが、実感が湧かずアンドレアは首を傾げた。
「いいか。召喚術というのはな――」
そこから使い魔・ホワイトライオンによる召喚術の説明を受けた。本来の召喚術とは詳細が異なるようだが、召喚術に必要な文様を描くところは同じらしい。
ホワイトライオンことイヴにつけられたあだ名・ホワライは普段は魔力量の多く住み慣れたこの山でしばらくの間療養して、その際にもし必要なときがきたらアンドレアに力を貸してくれるという。
「この場所はホワライにとって良い場所なんだな」
「その呼び方はあまり気に食わんが……まぁ、いいか。ここは元々あいつらがいた場所だから魔力が多く残っている。だからよく屋敷内を散歩して過ごしているのだ」
「ふぅん……あっ」
「うん? どうしたんだい、アン」
「いや、もしかして男性が屋敷の中を歩いているのを見た白い影っていうのは……」
「きみか」
アンドレアとイヴの視線がホワライに向く。すると彼は少し考え込んだあと、
「オレかもしれん」
と頷いた。
なにはともあれ、これで幽霊屋敷の謎は解けた。
幽霊の正体は神父の霊ではなく、魔力が切れかけて屋敷を彷徨っていた使い魔だったのだ。白い毛並みが幽霊に見えてしまったのだろう。
「いやいや、正体が使い魔って幽霊よりすごいのでは?」
幽霊の存在は確認されていない。それと同じく、使い魔の存在は伝承などに残ってはいるものの、本物を見た人はいなかった。神々と同じ昔いたとされる生き物。
それが幽霊騒ぎの正体だったなんて、神都の人たちが知ったらさらに山を神聖な場所だと崇めそうだ。
「オレのことは他の者に言うなよ」
「言わないさ。どうせろくなことにならないからね」
「さすがだな。神々が絡むとろくなことにならないと良くわかってるじゃないか」
「私も神を見たことはないけどね」
「……なにを言っている? おまえはたしかに会ったことがあるはずだ。神というよりその子供だがな」
「……は?」
イヴが素っ頓狂な声を上げた。
イヴほど長生きをして、使い魔を見たこともあるのなら神を見たことがあってもおかしくないとアンドレアは思う。
しかしイヴは見たことないと思っているようで、ホワライの言葉にかなりの衝撃を受けていた。
「私が? いつ? どこで」
「おまえと口論した男を忘れたのか? おまえに呪いをかけたあの男がそうだが」
「…………は?」
その言葉にはさすがにアンドレアも驚いた。
イヴですら解けない呪いをかけたのは、神の子だと言う。しかもなんでもホワライを使役していた神の子供がそうらしい。
「呪いをかけた相手が人間ではないかもしれないという考え自体はあった。だがまさか神の子供とは……」
「自身にかけられた呪いについてなにもわかっていなかったのか?」
「擬似的な不老不死だとしか。まぁ、正確に言うと不老であっても不死ではないけれど」
「その通りだ」
ホワライは頷いた。
イヴに呪いをかけたのはホワライを使役していた神、の子供で呪いはイヴの推測通り時間停止。神や使い魔ではない人間が擬似的な不老状態になっている。
ついでにいうとその呪いをかけた神の子の男性を産んだのはホワライの主の女神だという。
「つまりきみは私にかけられた呪いを解けるのかな?」
「悪いがオレにはできない」
「……まぁ、そうだとは思ったよ」
一縷の願いが込められたイヴの言葉は、遊ぶことなくホワライに否定された。
「まっ、まあまあ。ホワライにできなくても師匠に呪いをかけた犯人の素性はわかったんだし、そいつを捕まえましょうよ」
「それは無理だ」
「なんでだよ」
落ち込んでしまったイヴを慰めるために言った言葉は、最も簡単にホワライに切り落とされてしまった。
思わず突っ込みを入れてしまう。なにごとも試す前からなんとかと言い出したのはおまえじゃなかったのかと思いながらも、アンドレアはホワライに話を聞いてみることにした。
「なんで無理なんだ?」
「やつはもう死んだからだ」
「わぁ、たしかにそれは無理だわ」
犯人が死んでしまったというなら、それはたしかに無理と言わざるをえない。死人を捕まえることなど、魔術でもできやしないのだから。
「神の子供でも死ぬんだな……てっきり神々と一緒で天上の世界に行ったのかと」
「は?」
アンドレアの言葉に首を傾げたのはホワライの方だった。驚かれてばかりだったホワライがアンドレアの何気ない言葉に驚いて首を傾げてしまっている。
「おまえはなにを言っているんだ?」
眉間に皺を寄せてホワライは疑問そうにその言葉を口にした。
「知らないのかい? 神様は人々に魔法を教えて天上の世界に旅立ったそうだよ。アンはその話をしているのさ」
「そういった話が受け継がれているのはもちろんオレも知っているが、まさかと思うがイヴはそれを真実だと信じているのか?」
「なんだって?」
「あれは人が作り出した創作話だぞ」
「……は?」
なにやら難しい話になってきたのを感じてアンドレアは眉間を抑えた。イヴはきょとんとしている。
「わ、私はみんなが神々は天上の世界に行ったと、そう聞いて」
「ああ、そうか。おまえは眠っていたから知らないのか」
「すんませんけど、二人だけで話を進めないでもらえます? 俺も話に混じりたいんですけど」
動揺するイヴを座らせ、アンドレアたちは輪になって落ち着くと話を続けた。
「神々は今も天上の世界にいて、我々人間を見守っている。これが世間で知られている神々の現在です」
「まったく違う」
「私が聞いたのも同じだ」
「違う」
アンドレアとイヴの言葉にホワライはずっと首を横に振っていた。
「神々はもう死んだ」
「……は?」
「おまえと同じだ、イヴ。いくら神々であろうとも、不死の力は持っていない。不老ではあるが、不死ではないのだ。だから神々だろうと使い魔だろうと大怪我を負えば死ぬし、魔力が切れたらさっきのオレのように消えてしまう。消えることはすなわち死だ」
アンドレアたちは神は完全なる不老不死の生き物だと考えていた。これが世間一般の常識であり、熱心な神の信者でなくとも知っている当たり前の話だったのだ。
それを否定されて驚いてしまうのは無理もない。しかしアンドレアはイヴが驚いていることにも驚いた。
イヴは長寿の人間だ。イヴに呪いをかけた相手が神の子だというのなら、イヴは神々と同じ時代を生きていることになる。いや、なにより神々が人類に魔法を教えるより前に完成された魔術を使う時代を生きた人間なのだから、神々の本当の末路を知っていてもおかしくないだろう。
なのにホワライの言葉に、イヴはアンドレア以上に驚いている様子だった。
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