第34話
「使い魔って、あの使い魔なのか?」
「他になにがある?」
世間一般として使い魔という言葉が指すのは神の使いだ。七柱いるとされる神は、一柱を除いて各々二体ずつ使い魔を使役したとされている。
七人の神に、十三体の使い魔。
子供の頃に読み聞かされる絵本では詳しく出てこない話ではあるが、図書館などで簡単に調べられる世間の常識。
自身はその使い魔の一体だと目の前のライオンは言った。
「たしかにライオンを使い魔にしている神がいたのは覚えているけど……いや、でもそう考えると魔獣が人の言葉を話せるのは納得、かもな」
どんな魔獣でも人の言葉を話すことはできない。しかし目の前の獣は実際に人の言葉を話しているのだ。ちゃんと質疑応答もできる。それくらい知性が高く、しかも魔術の存在を知っている。
それは神の使いだからだと説明されたら、それで納得できる気がした。
「じゃあ、どうして使い魔がこんなところにいたんだ?」
「オレは神々がいなくなってなお、ここに残ることにした。そこに深い理由はない。住み慣れた場所に居座っていただけだ。だが、主人を失って時間が経つごとに不調が現れた。それが魔力切れだ」
「魔獣は自分で魔力の補充ができるはずだけど……使い魔にはできないのか?」
魔獣も人と同じように、自身の上限までの魔力なら食事などで魔力量を回復できる。
魔獣より上の存在である使い魔にそれができないのかと疑問に思って問いかけた。
「できる。本来ならな。それができなくなったから不調をきたしたわけだ」
「原因は?」
「……老い、とはまた違うが似たようなものだ」
ふぅとため息をついて歩くライオンの言葉を信じるならば、彼は神がいた時代つまりイヴと同じ長寿の方に当たる。
たしかに貫禄のようなものを感じるし、それを事実だと認めさせるだけの雰囲気を醸し出していた。
だが彼が言っていることが本当なら、今更ではあるがもしかしたらアンドレアの口調は失礼に値するのかもしれない。
「そ、そうですか。じゃあ魔力が切れかけて困っていたところに俺が通りがかったって感じですかね。さっき言ってた結界ってなんのことですか?」
「なぜ急に話し方が変わる?」
「い、いや、敬語で話さないと失礼かなって」
「オレは気にせん」
「ああ、そうなの?」
神の使い魔というだけあって心が寛大なのだろうか。本人から許可を得たので敬語は外していいと判断した。
「それで、結界についてだったか。結界はオレが作り出した現実を一部切り取った世界のことだ」
「……そう」
なに言ってんのか意味わかんねえという言葉を飲み込んで、とりあえず相槌を打った。
現実を切り取るなどと言われても、魔法でも魔術でもできない芸当を理解できる気がしない。
「結界と言ったが実際にはおまえをオレの中に引きずり込んだと言うのが正しいだろう」
「俺をおま、使い魔さんの中に?」
「実際に体内に取り込んだわけではないから安心しろ。簡単に言うならばオレの心の中におまえを無理矢理連れてきたのだ」
「つまり今までいた屋敷は偽物?」
どこからどこまでが本当のことかわからないが、仮にすべて本当だとするとアンドレアはとんでもない状況にいたことになる。
使い魔とはいえ、自身の心の中に人を引きずり込むなどと不思議な力を使えるものなのだろうか。いや、実際に使っていたのだから使えるのだろうが。
「完全に心の中に入れられるほど、おまえを信用していたわけではない。それにそんなことをできるほど魔力も残っていなかった。だから住処としていた屋敷内に入ってきた二人の魔術師のうち、イヴではないおまえを心の表面あたりに引っ張った」
「なるほどなぁ。心の中にも表面ともっと奥があるのか……って、今なんて言った?」
アンドレアは納得しかけて、頷きそうになった体を止めた。
この使い魔は今、イヴではないおまえと言った。魔術師の存在に気がついたのは使い魔の力かなにかだとして、どうしてイヴの名前を知っているのか疑問に思ったのだ。
「魔力を他人から補給できたことでオレは三割程度だか力が戻った。これなら停止していた魔力変換もできるようになったはずだ。助かったぞ、礼を言う」
「待て、なんで師匠の名前を知っている? もし仮に屋敷の中に入った俺たちの会話が聞こえたとしても、俺は師匠のことをイヴだなんて一回も言っていない」
アンドレアの疑問に答えずに一方通行に礼を言った使い魔の話を切り、話題を戻す。
アンドレアの名前を知っていたとしても、それが使い魔だから耳が良くて屋敷内に侵入した人間の会話を盗み聞きしたと言われれば納得できたかもしれない。だがイヴの名前までは盗み聞きではわからないはずだ。だってアンドレアは一度もイヴの名前を呼んでいなかったのだから。
「オレはイヴを知っている。あいつもオレを知っているはずだ」
「は?」
「ついたぞ」
「え」
使い魔はそう言うと足を止めた。アンドレアの動きも止まり、視線を前に向けた。
そこには両開きの大きな扉があった。片方の扉が腐り落ちているので玄関の扉だろう。
使い魔のあとをついて行っていたら、いつの間にかあんなにも辿り着けなかった玄関ホールまで戻ってくることができたのだ。
「アン!」
「師匠!」
上空から声が聞こえたかと思うと、アンドレアの目の前に箒が降りてきた。そこには血相を変えたイヴの姿があった。
「今までどこに行っていたんだ! 急に明かりが消えたかと思うときみの姿が見えなくなって心配したんだぞ!」
「すみません、けど俺にもよくわかってなくて!」
見知った人物と会うことができてどっと安心した。安堵で体がへたり込みそうになるのを堪えて、アンドレアはイヴに先程までのことを報告した。
「なに? ……きみか。私の弟子を勝手に借りて行ったのは」
「ずっとここにいたというのにオレの存在に気がつかないとは、よほどその男の心配をしていたようだな」
「うるさいな」
目を見開いて使い魔を睨みつけたイヴはアンドレアと使い魔の間に割り入った。
「私の弟子を無断でどこかへ連れて行ってもらっては困る」
「オレも緊急事態だった」
「私でいいだろう」
「おまえは相性が良くなかったから駄目だ」
「いや、なんの話?」
イヴと使い魔の小競り合いが始まってしまったので、見るに見かねたアンドレアは二人の間に入って苦笑した。
「師匠、結果的に俺は無事ですし、使い魔に攻撃を仕掛けられたわけではないです。落ち着いて。あとおまえも師匠を挑発するようなことはするなよ」
「してない」
「私は落ち着いている」
「……」
イヴはつんと顔を逸らしてしまったが、使い魔は微動だにしなかった。本当に挑発する気はなく、イヴと話していただけのようだ。
「あー、えっと相性って?」
「魔術を使う際に相性がいい魔石があると教わらなかったか? オレもおまえも乙女の涙との相性が良いんだ。だからオレたち同士の相性も良かった。だがイヴは賢者の石との相性が良い。だからオレとの相性は良くなくて、魔力の少ないオレには相性が悪い人間との儀式は負担が大きいからイヴを呼ぶのは止めた」
「なる、ほど?」
使い魔の言葉にアンドレアは少し首を傾げながらも頷いた。
たしかにアンドレアは乙女の涙との相性が良い。だから魔術の文様を描く際に使うチョークには乙女の涙を砕いた物が混じっている。
「……ん? おまえ、魔術なんて使ってたか?」
「召喚術などという成功する確率が低い術を中途半端とはいえ成立させたのはオレがサポートしたからだ。そのときにいくらか魔力を消費している」
「ああ、そういえば任せとけみたいなこと言ってたな」
「きみたち、なんか仲良くなっていないかい?」
むっとイヴが拗ねてしまい、頬を膨らませた。
使い魔のことと少しバチバチしていたようだったが、今は落ち着きを取り戻したのか普段のイヴに戻っていた。
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