第31話
時は日暮れ。地平線に近づいた太陽は神都の建物を赤く染めている。
暖かく美しい光景に心を奪われながら、アンドレアは宿屋にたどり着いた。
イヴが休んでいるであろう部屋の場所を聞こうと受付に向かうと、そこにはイヴが立っていた。受付の人となにか話している。
「やぁ、アン。観光は楽しめたかい?」
受付と話し終わったのか、イヴはアンドレアに気がつくとにこっと笑った。いつも通りのイヴだ。
「師匠こそ体調はもう大丈夫なんですか?」
「ああ、ばっちりだよ。もしかして心配かけたかな」
「いいや、べつに」
「照れなくてもいいぞぅ」
くすくすと笑うイヴに、元気になってよかったと思いつつも絶対に口に出さないでおこうと決めたアンドレアはイヴと並んで宿を出た。
「久しぶりの神都でちょっとおかしくなってしまったようだ」
「おかしく?」
宿を出たイヴが開口一言目に放った言葉にアンドレアは首を傾げた。
おかしくなった、というのはいつもよりおとなしくなったことを指しているのだろうか。
「アンくらいだったら大丈夫だろうけど、魔力保持量が多い魔法使いとかがこの街にくるとたぶん私と同じようになると思うよ」
「それは……つまり?」
どういうことかとアンドレアが首を傾げると、イヴが口を開く。
「神都周辺は空気中の魔力量が多い。体内に多くの魔力を保持している人はその空気中の魔力に触れて一時的にキャパオーバーになってしまうんだ」
「そんなことあるんですか?」
「その人の体質にもよる。私は久しぶりになった。けどもうすっかり元通りだから気にしないでくれ給え」
そう言ってイヴは目の前をくるりと一回転した。軽やかな足取りも軽快な話し方も普段通りだ。
「そうですか。体調が悪くなったとかじゃなくてよかったです。それと師匠に話したいことがありまして」
「うん?」
首をこてんと傾げたイヴに、大通りで女性たちに聞いた幽霊の出る館の話をした。するとアンドレアの予想通り、イヴは目をきらきらと輝かせた。
「幽霊屋敷か!」
「師匠は幽霊は信じるタイプですか?」
「まぁ、呪いや魔法があるくらいなんだから幽霊の一人や二人存在してもおかしくないなとは思っているけど、私自身は幽霊というものを見たことはないね」
「何千年も生きてて見たことがないなら、幽霊なんて存在しない可能性が高いですね」
「たまたま私が見ていないだけかもしれないけどね」
「何千年以上を生きててそんな見かけないものっすかねぇ」
アンドレアは苦笑してイヴのあとを追いかけた。
体調が元に戻ったイヴはさっそくアンドレアが話した噂の幽霊屋敷に向かおうとしていたのだ。
神都の街の山に面する方向に移動し、アンドレアとイヴは目の前にそびえ立つ大きな山を見上げた。
「もう夕方ですけど、今から行くんですか?」
「この手の話題は夜が定番だと思わないかい?」
「それは……そうですけど」
アンドレアの問いに堂々と答えたイヴはなにも迷うことなく山の中に入っていく。
幽霊だのなんだのが出てくる話は夜が舞台になっていることが多い。そう考えるとあとは日が落ちるだけのこの時間は幽霊屋敷に向かうのにちょうどいい時間帯なのかもしれない。
「けど、山は危険だってシヴィくんが言ってましたよ」
昼間シヴィに神都内を案内してもらったとき、山には野生動物たちがいるので山の中には入らない方がいいと忠告された。そして夜は暗くて迷いやすいとも言われたのだ。
幽霊に会うにはうってつけの時間帯でも、それ以外の危険が多いのが心配だ。
「大丈夫だよ。郷に入ればなんとやら。私は動物の殺生をする気はない。つまり飛ぶぞ」
「ああ、箒でてっぺんまでひとっ飛びですか」
なるほどとアンドレアは頷いた。
箒で山の頂上まで飛べば途中で熊や猪に襲われる危険はないし、上空から山を見渡せるので迷子になる心配もない。なにより普通に足で登るより時間も短縮できる。
「じゃあさっさとその幽霊屋敷とやらに行こうじゃないか」
「はーい」
箒の乗るイヴの後ろにお邪魔して、イヴの操縦する箒は空へと舞い上がった。
今日は風も強くないので日が暮れてもそこまで寒くない。アンドレアはイヴの運転に身を任せて足元に広がる光景を眺めながら幽霊屋敷に着くのを待った。
なにかの鳥の鳴き声に、木々はゆさゆさと揺れている。手入れされていないわけではないようだが、どちらかというと放置気味で昔人々が使っていたであろう道は雑草が生えていた。
女性に幽霊の話をした男性はおそらくこの道を通って山頂に通っていたのだろう。この道以外は獣道しか存在しない。
「見えてきた」
「本当ですか……おっ、本当だ」
イヴの言葉に視線を前に戻すと、そこには木々の隙間から大きめの館が姿を覗かせていた。随分と古そうな建物で、壁には蔦が巻き付いている。
「思ったより見渡し難いね」
「山頂は木が多いようですね」
山の麓より山頂の方が木々の量が多い。わざとなのか偶然なのか、神々に近いとされる山頂になるにつれて人の手があまり加わっていない感じがする。
「標高が高いと木を切って運ぶだけでも大変だろうからね」
「そうですね。そう考えるとこの屋敷は随分と頑張って高いところに建てた感じがします」
「熱心な神父だったんだろう。神々がいる天空に近いところから祈った方が、神々へ祈りが届きやすいと考えて山頂付近に建てたのだと思われる。住居として建てただけでなく、小さいけど教会らしきものも隣接されているようだからね」
イヴの指さす先には屋敷の隣に小さいが街にあったものと同じような構造の教会らしき建物が建っていた。こちらも蔦が伝っていて廃墟となっているのが見てとれた。
「なるほど、家兼教会として建てたってことでしょうか。昔の人は神都からこの教会まで祈りを捧げにきていたと」
「たぶんそうなんだろうね。でも年々野生動物たちが数を増やしていって、それで森に入るのは危険だと判断して山に登らなくなったんだろう」
イヴはそう言いながら箒を降下させた。地面に足をつけ、箒は影に仕舞う。
「すっかり暗くなってしまったな」
「幽霊が出るなら今すぐにでも出そうな気配ですよ」
太陽が完全に水平線に沈み、街灯などもなく暗い木々に囲まれた屋敷の周辺は妙にひんやりとしていた。標高が高いから寒いのか、それとも別のなにかの存在がいるせいで寒いのかはわからない。
「ランタンを使おう」
「はい」
アンドレアはカバンからランタンを取り出した。そこに火を灯すと、辺りが少しだけ見渡しやすくなった。
太陽の代わりに姿を見せた月明かりは木々に遮られて山の中には届きづらい。なのでこのランタンが唯一の明かりになりそうだ。
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