第30話
「ああ、そうだ。山の方には近づかない方がいいですよ」
「山って、街のすぐ裏にあるあの山ですか?」
「はい。山は天に近い場所。神聖な土地だと信仰している信者の方も多いのであの山での動物の殺生が禁じられているんです。もちろん緊急事態時などは別ですが」
そう言ってシヴィはバンとエア猟銃を撃つふりをした。
神聖な土地での殺生を禁じて、狩りなどを行えないようにしているということのようだ。
「狩りが行われていない。それはつまり野生動物がわんさかいるってことです。襲われたら危険なので近づきすぎないようにするのが無難ですよ」
「そのようだね」
一通り神都の説明を聞いて、昼の時間が近づいてくるとシヴィを含めて三人で昼食をとることになった。
「ここのお店は神都では比較的リーズナブルな方なんですよ。味もいいですし」
というシヴィのおすすめの店だ。
常連客なのか、店に入った途端店主はシヴィを見ていつもお疲れ様と労いの言葉をかけた。
シヴィは愛想良く笑うと席に座った。イヴとアンドレアも同じテーブルの席につく。
「おや、こちらのお二人はシヴィくんのお知り合いの方で?」
「そうです。お二人は別の町で事件解決の手伝いをしてくださったんですよ」
「それはすごい」
店主がそう問えばシヴィはアンドレアたちのことを紹介した。店主は感心して拍手した。改めて褒められるとなんだかむず痒いものだ。
「ああ、でも……そういえばお名前を聞いてませんでしたね」
「あっ」
たしかに今更だがシヴィは前会ったときに名乗ってくれたが、イヴたちはいまだに一度も名乗っていなかった。
警察署で事件の原因について話し、お腹が空いているからという理由で早々に署を出て昼食を食べると、行方不明者が全員見つかったことを知ってそのままカイリたちの元に戻ってしまったのだ。
だから次の町に行くときも警察署には顔を出していないし、警察官たちも事件後の対処で忙しそうだったので関わることなくそのまま普通に町を出て行ってしまった。
「それは悪かったね。私はイヴだ。こっちは弟子の」
「アンドレアです」
「イヴさんとアンドレアさんですね。改めて僕はシヴィ、今年から神都に配属された新米警察官です」
いつものようにイヴがアンドレアの紹介までしようとしたので、アンドレアがイヴの言葉を遮って名乗るとイヴは少しムッとして拗ねてしまった。
「まだまだ若造ですが、よろしくお願いしますね」
「? はい。こちらこそよろしくお願いします」
にこっと笑うシヴィの笑顔に少し違和感を抱いたが、とくに変なことを言っているわけでもしているわけでもない。
気のせいかと思いアンドレアは手を差し出したシヴィと握手した。
イヴはメニュー表に目を通していて、こちらに興味なさそうだ。
結局注文はシヴィに任せ、アンドレアたちは談笑しながら昼食をとった。シヴィは若くて元気のある子だ。健気な感じが伝わってきてきっと年上に気に入られそうだなと思いながら、昼食後に店の前で別れた。
「美味しかったですね」
「そうだね」
「……師匠?」
何気ない会話をして、イヴの顔を覗き込んだアンドレアは首を傾げた。
なんだかいつもよりイヴがおとなしいような気がする。黙って大通りを歩くイヴは元気がないというわけではないが、どこかいつもと雰囲気が違って強い違和感を感じる。
「大丈夫……ですか?」
思わず心配になってそう声をかけると、
「ちょっと寝る」
それだけ言って、勝手に宿屋に向かってしまった。
「体調が悪かったのか……?」
顔色が悪かったようには見えないが、イヴ本人が休むというのなら止める理由はない。
アンドレアは食後の運動も兼ねて神都内を散歩することにした。下手に小道に入って迷子になるわけにはいかないので、あくまで大通りを歩くだけだが。
大通りに面した建物は店があるにはあるが、やはり観光客というより地元向けの店が多い。それらをそっと流し見ながらアンドレアが歩いていると、少し雰囲気の違う建物にたどり着いた。
途中で見た教会のような大きな建物だが、他の建物とは違い少し無骨な設計をしている。
「……ああ、ここ警察署なのか」
どうやら雰囲気が違うのはこの建物が警察署だったかららしい。建物の中から制服を着た人たちが出てくるのを見て納得した。
彼らは遅めの昼食をとるようで、アンドレアの横を通りずぎるとそのまま大通りの飲食店の方に向かっていった。
「あれ、アンドレアさん? もしかして迷子になられたんですか?」
その姿をなんとなく視線で追っていたら、警察署内からまた一人出てきた。
その人物はアンドレアに向かってそう尋ねた。
「シヴィくん。いや、俺はちょっと散歩してただけで、べつに迷子になってたわけではないですよ」
「そうなんですか、ならよかったです」
シヴィは笑っているが、視線がきょろきょろと動いている。なにかを探しているようだ。
「師匠ならいませんよ」
「あっ、そうなんですか」
「なんか体調が悪い……いや、眠たい? みたいで」
体調不良なのかただ眠いのか、それともただ単にそんな気分だったのかはわからないが、イヴがいないことを説明するとシヴィは指先を顎に当てて少し考え込んだ。
「……まぁ、ちょっとした寒暖差アレルギーみたいなものでしょうね。気にしなくていいと思います」
「は、はぁ」
手をパッと離し、笑顔を咲かせたシヴィの言葉にアンドレアは首を傾げながらも頷いた。
「では、僕は仕事に戻るので」
「ああ、はい。お仕事お疲れ様です」
すっと警察署内に戻っていくシヴィの後ろ姿を見送って、アンドレアはくるりと反対方向に向き直った。
シヴィがなにを言いたかったのかいまいち理解できないが、もしかしたら神都ではよくあることなのかもしれない。
枕が変わると寝れない、など些細な変化でストレスを溜めてしまう繊細な人が世の中にはいる。イヴはそのタイプではないと思うが、旅の疲れが出てしまった可能性はあるのでもしかしたらそれなのかもしれない。
「まぁ、大丈夫だろ」
イヴは魔術師だ。魔術は万能、というわけではないが、それでも魔法が使える人よりはなにか起きた事柄に対して対処の幅が広がる。
だからたとえイヴが気疲れしたとしてもアンドレアがイヴを気にする必要はない。むしろ変に気を遣った方がイヴに負担をかけてしまうかもしれないからだ。
「ねぇ、聞いた? 幽霊が出る館の話」
「その話詳しくお聞きしても?」
「きゃ!」
買い物帰りらしい女性二人が道端で話し込んでいた。それ自体はべつに珍しい光景ではないので、横を通り過ぎようとしたアンドレアだったが、女性の話の内容が聞こえてきたのでつい食いついてしまった。
「すみません。俺のししょ、知り合いがそういった話が大好きで。よかったら俺にもその話聞かせてもらえませんか?」
「え、ええ。それはべつにかまわないけれど。急に話しかけてきたからびっくりしちゃったわ」
「すみません」
「いや、いいのよ」
アンドレアが無礼を詫びると、女性はほのかに頬を染めながら手を振った。
優しくて気さくな人でよかったとアンドレアが思っていると、女性は話の続きをしてくれた。
「実はね、この街の裏にあるお山の頂上付近には昔この辺りを治めていた領主兼神父さまがお住みになっていたお屋敷があるの」
「もう何百年も昔の建物よね?」
「ええ。所有者がいなくなって、そのまま放置されいるお屋敷なんだけど、そこに幽霊が出るって話を聞いたの」
女性の話にもう一人の女性がきゃーと悲鳴を上げた。
なんでも女性の知り合いに熱心な信者がいるそうで、月に一回山の山頂で祈りを捧げているそうだ。
そしてその男性がいつものように祈りを捧げようと山の頂上に着いたとき、今は放置されている屋敷の中を誰かが歩いていたのが見えたそうだ。
その人影は白くぼやぁっとしており、ゆっくりと屋敷内を移動していく。男性は怖くなって懸命に祈りを捧げるとそのまま下山したらしい。
そして一ヶ月ほど経った頃、やはりあれは気のせいだったのではないかと思い、また祈りを捧げるために山に登ると屋敷に白い影が横切ったそうだ。
だから男性はあのお屋敷には幽霊がいる、きっと昔あのお屋敷に住んでいた神父さまがこの世に未練を遺してあの場に漂っているのだと周囲の人に言い回っているそうだ。
「ね、怖いでしょう?」
「神父さまはどんな未練があるのかしら。神は神父さまのことをお救いになられないのかしらね」
そう言って女性たちは手を組んだ。これが神都の祈りの仕方のようだ。
亡き神父のことを想い、祈りをささげた女性たちは、
「真実がどうなのかはわからないけれど、本当だったら恐ろしいからお山には登らない方が良さそうね」
と言い残して各々の家庭に戻っていてしまった。
「幽霊、か」
アンドレアは一人取り残されてつぶやいた。
幽霊といえば亡くなった人がこの世になにかしらの強い想いを抱いてしまい、その土地に残り続けてしまうことをいうが、幽霊がいるなんて話は大体が見間違えや注目されたいがための嘘だったりする。
アンドレアは幽霊を見たことがないし、幽霊が見えるという人間に会ったこともない。
魔法という人智を超えた不思議な力を使う魔法使いでさえ、幽霊の存在を信じている人と信じていない人にわかれている。アンドレアもどちらかというと信じていない派だ。生まれてこの方一度も本物の幽霊というものを見たことがないのだから、当然ではあると思うが。
はたしてこの話を聞いてイヴは喜んでくれるだろうか。いい土産話になるといいなと思いながら、アンドレアはイヴの休む宿屋に向かった。
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