第27話

 目的地に着き、こんこんと扉を叩く。するとすぐに扉が開いて女性が出てきた。


「どちらさまかしら」

「お腹空いたのだけど」


 アンドレアたちの姿を見て首を傾げる女性に、イヴはそれだけ言った。いや、それだけではイヴが空腹なことしか伝わらないと思うのだが。


「はぁ……あっ、もしかしてあの人の言っていた客人ってあなたたちのことなのかしら。それならそう言ってくださればいいのに! さぁ、そんなところに突っ立っていないで早く入ってくださいな」


 イヴの急な来訪にきょとんとしていた女性だったが、心当たりがあったのか顔色を明るくさせると押し込むようにしてアンドレアたちを家の中に招いた。


「ごめんなさいねぇ。あの人はちょっと病院に行っていて。でも美味しいジビエをご馳走するようにと聞いていたから準備はしてあるのよ」

「ご主人は怪我を? そうは見えなかったが」

「念のために診てもらうように言ったのよ。ほら、もし骨折とかしてたら大変でしょう?」

「そうか。たしかにあとであの時病院に行っとくべきだったと後悔するよりは断然いいだろうね」


 ここはアンドレアたちが行方不明者捜索を始めて最初に助けた狩人の家だ。助けた際に、町に帰ってきたら家に寄って、ジビエをご馳走してくれると言っていた。

 残念ながら誘ってくれた本人は大事を見て病院に向かっていて不在のようだが、代わりに話を聞いていたらしい男性の妻がジビエを用意してくれていた。


「これは夫が狩ってきたお肉なの。こうやって豪快にぶつ切りにして熱々の鉄板で焼くのがあの人の好きな食べ方なのよね。もちろん他の料理も用意してあるから、遠慮なく食べてくださいな」

「ありがたくいただこう」

「俺、もうお腹ペッコペコですよ」

「知ってる。箒の上で散々腹を鳴らしていたしな」

「き、聞こえてましたか……」


 アンドレアは恥ずかしさから顔を赤らめたが、空腹には勝てずに目の前に用意されたジビエ料理に手をつけた。


「んっま」


 見た目から固いのではないかと懸念していたが、意外にも口に入れた途端柔らかく溶けていく。


「しっかりと下ごしらえをしていますから」

「料理がお上手なんですね」

「ええ、料理の腕には自信があるの。昔のことだけど、この町で毎年開催されているジビエ創作料理大会で優勝したことがあるのよ」

「へぇ、それはすごいですね。というかこの町そんな大会があるんですか……って、師匠! 俺の分まで食わないでください!」


 男性の妻と談笑していると、イヴがものすごい早さでテーブルの上のジビエ料理を平らげていっていた。

 アンドレアの分がもう少ししかない。


「しかたがないだろう。今日はちょっと疲れた。栄養補給は大切……むぐむぐ」

「まだ食べてる……」

「まぁまぁ、料理ならまだまだありますから、好きなだけ食べていってくださいね」

「なんかすみません」

「いえいえ。あの人の命の恩人だもの。むしろこの程度のお礼しか出来なくて申し訳ないですわ」

「そんなこ」

「そんなことないよ。これだけ美味しい料理が食べられたら頑張って働いた甲斐があったというものだよ」

「師匠、また俺の分取りましたね?」

「うふふ」


 アンドレアの言葉を遮り、またもやアンドレア分に手を出したイヴを咎めるアンドレアの姿を見て、女性は微笑ましそうに笑っていた。


「おかわり、とってきますね」

「頼む」

「お願いだから俺の分は取らないでくださいよ」

「わかったわかった」


 微笑んで台所の奥へ向かった女性を見送って、アンドレアはため息をついた。

 普段のイヴはそんな大食いキャラというわけではないのだが、今日は魔術をたくさん使ったからなのか普段より食い意地が張っていた。


「そうだ、師匠。結局魔植物ってなんなんですか?」


 昼食のときに説明する、イヴはそう言っていたのでタイミングがいいと思いアンドレアは尋ねた。

 魔力が溜まった土地に生えていた木がその魔力のせいで魔植物になったというのは理解できたが、できるならもっと具体的な説明がほしい。


「ん? ああ、魔植物はそのままの意味だよ。魔力を持った植物。魔獣は魔力を持った動物。ね、そのままだろう?」

「それはわかりますよ。ただ、ほら。同じ場所に生えた木でも腐っていた木と、魔植物になった木があったじゃないですか。あれの違いはあるんですか? 例えば魔植物になりやすい植物の種類があるとか」


 アンドレアは一口大に切り取ったジビエの鉄板焼きを口に放り込みながら尋ねる。イヴも鉄板焼きを口にしながらアンドレアの問いに答えた。


「順番が違うんだよ」

「順番?」

「そう。まず森の奥のあの場所に自然発生した魔力が溜まっていった。そしてそれが異常な量にまで達したとき、一本の木が魔植物になった」


 ほう、とアンドレアは咀嚼しながら頷く。


「そして魔植物となった木は、栄養分として魔力を欲した。その結果狩人たちが襲われるようになった」

「そういえば警察署で微力でも魔力を保有する人間を捕獲して魔力を奪い取っていたみたいなこと言ってましたね。ということは魔力をまったく持たない人間だったら誘拐……あれを誘拐と言っていいか疑問ですけど、あのうねうね動く根っこに攫われなかったということですか?」

「そうだね。あの根は魔力に反応していたんだ。だから魔力を持っている人間だけが襲われて、球体の中に閉じ込められていた。あの球体はおそらく中に閉じ込めた者の魔力を吸い上げるものだったのだろう」

「うわ、めちゃくちゃ怖いじゃないですか」

「捕まった狩人たちは魔法を使える人間じゃなかったからある程度魔力を吸われても問題なかっただろうけど、もしあれに魔法使いが捕まっていたら最悪だろうね。たくさんの魔力を吸い上げられて魔法使いは魔法を使えなくなり、逆に膨大な魔力を吸い上げた魔植物はさらなる暴走をしていたことだろう」

「俺今思ったより怖い話でびっくりしてますよ」


 異常な魔力が流れて魔植物となった大木。それはまた新しい魔力を求めて魔力を持っていた人を攫って球体の中で魔力を奪い取っていた。かなり怖い話である。


「でも魔植物に人間のように知性はない。動物とは違うからね。だから魔力を奪いまくってはいたが、それを有効活用できずに周囲の地中に流してしまっていた。だから周囲に生えていた魔植物以外の木は腐食していたんだ」

「なるほど。地面から栄養分だけじゃなくて魔力まで吸い上げてしまったから腐ってしまったということですか」

「その通り。理解力があるじゃないか。さすがは私の弟子」

「……どーも」

「なんだ? 照れてるのか?」

「ちっ、違いますぅ!」


 アンドレアはイヴから顔を隠すように顔を逸らした。急に褒められるのは正直少し気恥ずかしいので、事前に今から褒めるよと宣言してくれないだろうか。いや、宣言してから褒めるってなんだと自分で突っ込みながら、口の中にジビエを突っ込む。

 肉自体は柔らかく、変な癖もなくて美味しい。この町の名産になるのも納得だ。


「ああ、そうだアン。きみは荷物持ちなんだから、これはきみが持っていてくれ給え」

「え?」


 イヴに声をかけられてそちらを向くと、そこにはアンドレアが木の根に攫われたときに無くしたと思っていたカバンがあった。


「お、俺のカバンだ……!」


 多少土で汚れてしまっているが、これくらい洗えばすぐに元の色に戻るだろう。

 財布や魔術書、魔術に使う道具などをすべてこのカバンに詰め込んでいたので、アンドレアはカバンを抱きしめると心から安堵した。


「探しておいてくれたんですね」

「森全体の異常を見るときに落ちているのを見つけた。もう二度と落とさないでくれ給えよ」

「はい!」


 やはりカバンこれがないと落ち着かない。アンドレアは手元に愛用しているカバンが帰ってきて嬉しさで涙ぐんだ。


「時間かかってごめんなさいねぇ。あなたたちたくさん食べるみたいだから私もちょっと張り切って追加で調理してたの。よかったら食べて。出来立てよ」

「おお」

「美味しそうですね!」


 女性が持ってきた湯気立ち上る料理にイヴとアンドレアは目を輝かせた。鉄板料理から味付けされた料理、スープ系まで。まるでジビエ料理のフルコースだ。


「好きなだけ食べてくださいね」

「はい!」


 子供のように目を輝かせて、口いっぱいに料理を含む。鹿肉、猪の肉。熊の肉。さまざまな動物のジビエ料理があって、どれも味が違う。

 元々の素材がいいのかもしれないが、こんなに美味しいのは彼女の腕が確かだからなのだろう。

 アンドレアは今度こそイヴに食べられないうちに好きなだけジビエ料理を堪能した。


「ただいま。医者に診てもらったけど、かすり傷くらいで治療するほどではないと言われたよ」

「あら、それならよかった」


 ギィっと音を立てて玄関の扉が開き、そこから男性が顔を覗かせた。少し疲れているようだが、医者に問題ないと言われたようで男性の妻も安心していた。


「ああ、骨が折れたりしたら狩りに行けなくなるから……って、アンタたち帰ってきてたのか。悪い、助けてもらったのに礼できなくて」

「なにを言っているんだい。私たちは心ゆくまで彼女のジビエ料理を堪能させてもらったよ。これだけでじゅうぶんだ。アンもそう思うだろう?」

「はい、とても美味しかったです。というか完全に遠慮なく食べちゃったんですけど、むしろ食べすぎたんじゃないかって心配です」

「それは問題ない。俺は狩人だから狩りに行けばいいだけだし、冬にとった獲物を干し肉にしているから食料に困ることはない。だから満足してもらえたならよかった。なんにしろアンタたちは俺の命の恩人だからな」


 そう何度も命の恩人などと言われると気が引けてしまう。たしかに原因の魔植物を対処はしたが、森の中にはおそらくまだ数人助けを求めている狩人たちがいるはずだ。

 アンドレアたちが助けたのはごく一部の狩人でしかない。


「そうだ、アンタたちの名前を聞いていなかった。なんだか不思議な魔法を使っていたようだが、魔法使いなのか?」


 男性は椅子に座ると首を傾げた。やはり普通の人に魔法と魔術の違いはわからないようだ。


「違うよ。私は魔法使いじゃない。魔法使いなんかより優秀な魔術師の名を覚えておくといいよ。イヴ・カートンリジィとその弟子のアンの名をね」

「アンドレアですけど」


 キリッとしたイヴにツッコミを入れる。

 アンというのはあくまでイヴがつけたあだ名だ。そちらで覚えられたら困る。


「そうか。魔術師? ってのはよくわかんねぇが……いや、助けてくれたことに変わりはない。ありがとう、イヴとアンドレア」

「いいや」

「まぁ、助けられてよかったです……こうして美味しいジビエも食べられたし」

「はは、またこの町に遊びに来ることがあったらうちに寄ってくれよ。またご馳走するから」

「それは……楽しみだな」

「そうですね」


 男性の言葉に微笑むイヴと同じようにアンドレアも口角を上げた。

 家の外では警官たちが行方不明者を全員発見した旨を大声で叫んでいた。

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