第26話
町の前に着くと箒から降り、イヴは影に箒をしまった。
ちょうど昼食どきの時間帯であることと、魔植物との戦いで体を動かしたアンドレアの腹からはたびたび小さな音が漏れ出ていたが、人命第一とのことで昼食は少しお預けで警察署に向かった。
警察署はどんな小さな町にも一つは存在しており、田舎の方の小さな町では警察官がその建物に住み込みでいることも多い。
「やあやあ、私はお腹が空いたからできるだけ手短に済まそう」
「師匠、ノックもなしに急に署に入ったからみなさん放心してますよ」
この町は辺鄙なところにあるが、ジビエ目当ての観光客が多いこともあって、田舎にしては大きめの警察署が建てられており、配備されている警察官の数も少なくはなかった。
「え、えぇっと美味しいジビエのお店でも探しているの、かな? そういう観光客向けのマップがあるからそれを見るといいよ。町の入り口にある大きな看板がそれだから」
入り口付近にいた初老の警察官が苦笑しながら口を開く。どうやら店を尋ねにきた観光客と間違われてしまったらしい。
「いや、どこで昼食をとるかはもう決めてあるからそれは問題ない。私たちは狩人の行方不明が多発している原因をきみたちに教えにきたんだよ」
「なんだって⁉︎」
イヴの言葉に警察官たちはガタリと席を立った。
なるほど、いくら観光客がくる町とはいえ、随分と警察官の数が多いと思ったら彼らは行方不明者捜索のために臨時的にこの町に配属された警察官なのだろう。
「もしかしてきみたちが魔法省から派遣された魔法使い」
「私は魔法使いではないよ。そこは是非とも間違えないでくれ給え」
「は、はぁ」
なんだ、記者なのか、揶揄いにでもきたのか、と警察官たちはため息をついて各々の席に戻った。きっと協力を申し込んだ魔法使いがくるのを今か今かと待ち望んでいたのだろう。なのにイヴがそれっぽいことを言いながら魔法使いじゃなかったので落ち込んでしまった。
「私は魔法使いではないが、今回の行方不明者が多発した原因ならわかる。ちょっと聞くだけ聞き給えよ」
「俺たちゃ、そんなに暇じゃないんだよ」
帰んな、と勝手に椅子に座ったイヴを追い払おうと警察官はしっしと手を払った。
「いや、でも話を聞くのは大切だと思います。本当に原因を知っているのかは定かではありませんが、事件を解決するのに情報はとても大切なものだと僕は教官にそう教わりました!」
「きみ、いいね。名前は?」
「えっ、シ、シヴィです、が……」
イヴに名前を聞かれてシヴィと答えた警察官は狼狽えた。
イヴに帰るように促した警察官たちより若く、おそらく今年警察官になったばかりなのだろう。彼は上司にはっきり物言ったにも関わらず、イヴにぐいぐいと来られて困っていた。
たぶんアンドレアがその立場にいても同じように狼狽える気がするので責めるつもりなどない。
「シヴィくん、きみたち警察はこの町の狩人たちが次々と森の中で行方不明になったから、捜査のためにここにきた。しかし失踪の原因がわからず、二次災害が起きることを懸念し森の中の捜索を断念して、魔法使いに捜査の依頼をして現在進行形で魔法使いが到着するのを待っている、そうだね?」
「は、はぁ。その通りですが……」
「おいおい、新人。あんまり部外者に事件の話をするな。不必要な恐怖を煽ることにもなるし、それより」
「警察が無能だと言われるのが怖いかい?」
「師匠?」
「なんでもない」
アンドレアがじとっとイヴを見遣れば、イヴはすっと顔を逸らした。人間関係を完璧に、相手に媚びへつらえとまでは言わないが最低限でいいから挑発するのだけはやめてほしい。
「まぁ、私は警察が無能とかそういうのはどうでもいいんだよ。魔法省の人間はきらいだけど」
「師匠、本題に入らなくていいんですか」
「わかった、わかった」
アンドレアに急かされて、イヴは椅子に座り直すと再度口を開いた。
「今回森の中で狩人が何人も行方不明になった原因。それは魔力のよどみだ」
「よどみ、ですか?」
「そう。シヴィくんは魔力について詳しかな?」
「いえ、まったくであります!」
イヴに問われて、シヴィはピンと背筋を張ってそう答えた。
彼は魔法省の署員ではなく、警察官なので魔力や魔法に詳しくなくてもなんらおかしなことではない。
「うぅん、清々しい態度だね! ねちっこいやつより全然いいぞ、きみ」
「はっ、よくわかりませんがありがとうございます!」
「なんだ、これ……」
狩人の失踪について説明にきたのに、よくわからない変な茶番のようなものを見せられてアンドレアはため息をついた。
イヴは楽しそうに話している。おそらくシヴィのまっすぐな性格が気に入ったのだろうが、遊んでないで早く話の続きをしてほしい。
今にもアンドレアの腹は空腹を訴えて大きな音を立ててしまいそうなのだ。
「まぁ、魔力についてはのちのち来るであろう魔法使いくんたちに説明を任せるとして……魔力のよどみ。これはその土地の立地によって時折見られる現象だが、私としてもここまで一箇所に魔力が溜まり込んでいたのは正直初めて見た」
「その魔力のよどみとかいうのがなんで失踪に繋がるんだ? 魔力自体にはなんの力もないんじゃないのか?」
奥から届く警察官の声にイヴは頷いた。
「そうだね。魔力は少量であればたいして害はないものだ。だがあの量まで貯まると、周囲に影響をもたらす。今回は大木が魔植物に変化して、人に襲いかかっていたからね」
「魔……植物?」
「これの説明も魔法使いくんたちに任せよう。お腹が空いているからね。だがまぁ、簡単に言うと今回の事件は魔植物が微量であれ、魔力を保有する人間を捕まえて魔力を吸い取っていた。以上」
「簡単に言い過ぎでは?」
この程度の説明ではアンドレアも理解できない。現にシヴィを含めた警察官たちみんなが首を傾げていた。
「ともかく、原因である魔植物の排除は私――いや、アンがやっておいた。だからきみたちは安心して行方不明者の捜索に出るといい。これでもう二次災害はないはずだから。ああ、でも放っておくとまた魔植物に変化する木が現れるかもしれないから、原因が森の奥の魔力のよどみだということは魔法使いくんに伝えておいてくれ。じゃあ失礼するよ」
イヴは簡潔に言うだけ言うと、立ち上がって扉を開いた。
やっと昼食にありつけそうだ。
「ちょ、ちょっと待て」
しかし警察官がイヴを呼び止めてしまった。
「なんだ?」
「きみが言っていることが本当かどうか、我々には判断できない。だから下手に捜索に行くのは危険だ」
「だが、そうして尻込みしているうちに助かる命も助からなくなるぞ? 原因となっているよどみは町を出て左側の森だ。行方不明者もそちら側の森の中に閉じ込められているはずだ」
「あと、体力を奪われて自力で動けない人もいると思います。申し訳ないんですが、俺はもうくたくたで。代わりに助けてあげてください」
「だ、だが……」
奥に座っていた男性警察官は眉を顰めて考え込んだ。おそらく彼が今回の事件の指揮官なのだろう。
「……そういえば、数時間ほど前に行方不明届けが出ていた男性が自力で町に戻って来られましたよね。その方が森の中でなぞの球体に囚われていたところを若い二人組に助けられた、と証言されていましたが」
シヴィの言葉に、署内の警察官たちの視線がいっせいにイヴたちに向いた。
「まさか……きみたちが」
「じゃあさっきの話は本当なのか……?」
署内がざわざわとざわめき出す。数時間前ということは一番最初に助けた男性は無事に自力で町まで帰れたようだ。
「……全員集合」
「はっ」
怪訝そうな顔付きをしていた指揮官らしき警察官の号令で署内の警官たちが一斉に真面目な表情で一箇所に集まった。
「これでいいだろう。私たちの仕事は無事に終わった。というわけで昼食の時間にしようじゃないか」
「やったー」
捜索準備に取り掛かる警官たちにあとのことを任せ、アンドレアたちは入り口付近の赤い屋根の家を目指した。
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