まさかの幽霊騒動⁉︎

第28話

 ジビエ料理を堪能し、名残惜しそうにするカイリと別れるとアンドレアたちはまた新しい町へ向かっていた。


「師匠は次に行く町をどうやって決めているんですか?」

「うん? そんなもの、用事がある場合以外のときは適当に」

「適当……」


 この世界の主な移動手段といえば馬車だろう。その馬車の中で尋ねたアンドレアの問いに、イヴはけろっとそう答えた。


「もっと魔術で決めてるとかだと」

「魔術と占いは違うからね?」


 それもそうだとアンドレアは苦笑した。

 イヴがこれまで一緒に旅をしてきた町は王都を含めて、辺鄙な町や集落などさまざまな場所で、買い物をしたりその地の食事を楽しんだり適当に散歩したりと悠々自適、自由気ままだった。

 なにかしらの魔術で良い方向の町に――などと考えていたがそういうわけではなく本当に気が向いたまま動いている。

 これがイヴという少女だ。

 自由で行動力があって、魔術師としての腕も素晴らしい。呪いを解くために旅をしていると言っていたが、結構のんびりと気を背負い過ぎない程度の気楽さで旅している。

 これが何千年もの時を生き続けているイヴの精神の強さだとアンドレアは思う。


「そういえばこっちの方面は……神都があったんだったか」

「神都? ああ、王都に並ぶ大きさの都市ですね。神々を信仰する信者が多い街だと聞いたことがありますけど」


 窓の外に流れる風景を流し見て、イヴは言葉を放った。それをアンドレアが拾って、会話になる。


「聞いたことがある、って言い方ということは行ったことはないんだね」

「ああ、まぁ、はい。あそこは観光地とかそういう雰囲気の街ではないですからね……」


 イヴの問いにアンドレアは頷いた。

 神都。それは昔、神々が住んでいたとされる街だ。

 王様が国の権力を握り、その王様が住む王都が出来てもなお朽ちることのないこの国の二大都市の一つ。

 元々は神々が住んでいたとされるだけあって、この街には神々を信仰する信者が多く、王都とは違って観光客が立ち寄ることは数少ない。

 それはやはり街の雰囲気が静粛なものだからだろう。

 観光客に向けてなにかしらの商売を行うというよりは、自給自足で一日に二度の神への祈りの時間を優先していて、教会が多いのが特徴的だと昔地理の授業で習ったことがある。

 もちろんアンドレアが行ったことはないし、身近な知り合いにも神都に行ったことがあるという人間はいなかった。


「師匠はあるんですか?」

「私は何度かあるよ。というか元々私は神都の近くの村産まれだからね」

「えっ」


 初耳の情報にアンドレアが驚いた顔をすると、イヴはそんなに意外かと首を傾げた。

 神都は名前こそ変わっているが、王都より昔から存在する大きな街だ。王都ができる前は神都がこの国の中心的な都市とされていたとも言われている。

 そんな街の近くでイヴは産まれた。最初こそ驚いたが、よくよく考えてみると納得できる気がしてきた。


「神都には魔力持ちの人が多いですよね」

「そうだね」


 アンドレアの言葉にイヴは頷いた。

 研究者もよくわかっていないようだが、神都は高確率で魔力を持って産まれてくる赤子が多い。

 魔力を持った他の地域に住んでいた者が神都に移住したりして、神都に住む人の魔力保持者や魔法を使える者の数は他の街に比べて断然多かった。

 研究でわかっているのは神都に魔力を持つ者が多く住んでいるということと、神都周辺の魔力濃度が他の土地より多いことくらいで、原因まではまだ解明されていない。


「ああ、一つだけ忠告しておこう。もし神都内で誰かに『ここは神々が住んでいた街だから神の御加護を受けられるんです。あなたも神に祈りを捧げましょう』と言われてもついていかない方がいいよ。誘拐とかの事件に巻き込まれるから」

「宗教勧誘ですか」

「いや、神都の人たちはそんなことをしない。それをするのは霊感商法で稼ごうとする輩だ。本当の信者なら勧誘なんてしてこないからね」

「へぇ、そんな輩がいるんですね」

「ごく稀にね、どの医者に診てもらっても魔法使いに頼み込んでも病気が治らないって神頼みをするために神都に来る人がいるんだよ。そういう心が弱っている人をターゲットにした下劣な輩たちさ。神都も警察と連携してそういう輩の摘発を頑張っているようだけどね、どうしてもその手の輩があとをたたないんだ」


 イヴはやれやれと首を振った。

 神都は神々の住んでいた街と言われるだけあって、神に一番近い場所、神秘的な場所だというイメージを持つ者も多い。アンドレアもそう思っていた。

 だが実際は熱心な信者はいるが、それ以上に神の名を借りて悪徳な商売などをする輩が蔓延っているのだという。


「神という存在を信じるか信じないかはその人次第。だけど神に縋ろうとする人を、利用しようとする悪い輩もいるから気をつけようねっていう話」

「はい、気をつけます」


 アンドレアたちの目的地は神都ではないのだが、そういう人もいるんだと心に留めて頷いた。

 馬車は神都に続く舗装された道から逸れて、小石でゴツゴツとした小道に入っていく。


「今から向かう町で買い物でもしようと思うんだけど、アンはなにか欲しいものはあるかい?」

「いや……飯食えるだけでじゅうぶんです」

「欲がないな、きみは」


 ふっと笑うイヴに、そんなことはないけどなと思いながらアンドレアは窓の外に流れる風景を見ていた。

 少し道を逸れただけで右手側には緑豊かな自然が広がっている。反対側の窓を覗くと、そこには遠くに白い壁の大きな街が見えた。あれが神都だ。


「……あれ? 神都って全方向が壁に囲まれているわけではないんですね」

「え? ああ、そうだな。壁があるのは前方側だけで、後ろの方は大きな山があるからね」


 アンドレアの口から漏れた疑問にイヴは頷いて説明をしてくれた。

 何気なく神都を見ていたアンドレアの目に留まったのは、神都を覆う壁が前方にしかなかったところだ。

 写真で見た神都の写真はまるで街の全方向を高い壁に囲まれているように見えたが、実際には壁で覆われているのは街の前方だけで、後方の大きな山がある方角には壁などが取り付けられていなかった。


「神都周辺は空気中の魔力濃度が高い。だからそれを逃さない、みたいな理由であの壁は作られたって聞いたね。山側に壁を作らなかったのは山自体が壁みたいなものだ、とか天空にいる神に近づける高い山は神聖な場所だからとかいくつか理由があるそうだよ」

「へぇー知らなかったです」


 神都の豆知識を聞き齧りつつ、アンドレアたちの乗った馬車はどんどん先に進んでいった。

 しかし町まであと少しというところで馬車は急に足を止めた。


「?」

「お客さん、本当にこっちであってるんですか?」


 アンドレアたちが首を傾げていると、御者が小窓から顔を見せてそう尋ねた。


「あっているはずだけど……どうしてかな?」

「いや、だってこっちにあるのは廃村だけみたいですよ」

「……おっと、本当だ」


 御者の言葉に、アンドレアとイヴは窓から顔を覗かせると進行方向には朽ちた木材や屋根が一部取れ雨ざらしになったレンガ作りの家などが立ち並んでいた。


「師匠、この町には前も来たことがあるって言ってましたけど、最後に来たのいつですか?」

「たった五十年ほど前だよ」

「五十年……その間に人、いなくなっちゃったみたいですよ」

「そうみたいだね」


 相変わらずイヴの時間感覚というか、長年生きてきた故の感覚の違いに驚きながらアンドレアは額を押さえた。

 イヴからしたら五十年でも、他の人からしたら五十年経っている。どうやらその長い月日が流れるうちにこの町は過疎化か集団移住かなにかで廃村のようになってしまったらしい。

 建物自体は一部が壊れながらもいちおう残っているが、人が住んでいる気配はない。動物たちの住処になっているようだ。


「お客さん、どうします?」

「そうだな。そろそろ日も暮れるし、今日は神都に泊まって行こう」

「じゃあ神都に向かいますねー」

「よろしく頼むよ」


 御者は馬を叩くと、目的地を神都に変更して走り出した。馬車ががたがたと揺れる。


「たまにあるんだよね」

「え?」

「昔行った町が無くなったり、別の町と合併してたりすること」

「長生きあるあるなんですか」

「あるあるだねぇ」


 イヴは少し物悲しそうに頬杖をついてつぶやいた。

 日々変わりゆく世界の中で、自分一人が外見も変わらずに生きていく。それはどんな気持ちなのだろうか。

 アンドレアなら、きっと世界から取り残されたと感じるに違いない。


「私は少し寝る」

「はい」


 神都に着くまでおそらく三十分ほど、イヴは寝ると宣言して瞼を下ろしてしまった。

 イヴが眠ったことで静かになった馬車に、アンドレアはただただ揺られていた。

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