とある魔術師の正体と魔力のよどみ
第17話
王都を出発してはや一週間。
アンドレアたちは全国の町という町を巡っていた。
「あのー」
「なんだね?」
「ずっと疑問に思ってたことを聞いてもいいですか?」
「なにかな」
「師匠はいったいなにをしたいんです……?」
次の町へと向かう馬車の中で、アンドレアはついに自身の師匠であるイヴに長年の疑問をぶつけた。
「泥棒の件でてっきり師匠は自分と同じ魔術師を探しているんだと思ったんですけど、なんか違うなーって感じて」
王都を騒がしていた泥棒がいた。それは正義感の強い弟に会いたいという兄が起こした窃盗事件だったのだが、そのときにイヴは泥棒の正体が魔術師ではないかと気にしていた。
だからアンドレアは、イヴは魔術師仲間を探しているのだと思っていたのだが、イヴの普段の立ち振る舞いを見るにそれは少し違う気がし始めた。そうなるとまた、イヴの行動理由がわからなくなったのだ。
一緒に旅をしているのだから、それくらい聞いてもかまわないだろう。アンドレアはそう思って、イヴの思考を推測するよりも手っ取り早く直接本人に聞くと言う選択肢をとることにした。
「そうか……うん、まぁ、べつに話してもかまわないけれど」
アンドレアの疑問に、イヴは一瞬考え込んだがすぐに元の顔色に戻ってそう言った。
「いやべつに言いたくないことがあるなら、俺は無理に聞きませんよ」
「いやいや、きみとは長い付き合いになる……かもしれないんだ。話しておこうじゃないか」
誰にだって他人に話せない秘密がある。隠しておきたい過去がある。だからアンドレアはイヴに話さなくていいと言ったが、イヴは真剣な表情でアンドレアの瞳をまっすぐに見つめて口を開いた。
「私はね、とある呪いをかけられているんだ」
「の、呪い……ですか」
呪いとは恨んでいる人に不幸が降りかかるようにと不吉な願いを込めて祈ることだと思うが、この世界において本当に呪われたなんて人は存在しない。
それは魔法に他者を呪うものがないからだ。他人を攻撃する黒魔法にも人を呪い殺すものはない。
せいぜい心の中であの人が不幸になりますようにと願うことくらいしかできないはずだ。
アンドレアはなにを馬鹿げた話をしているんだ、と思ったがイヴの瞳に嘘はない。イヴがこうした顔をしたときは、彼女は決して嘘をつくようなことはしないのだ。
「師匠にかけられたその、呪いというやつはいったいどんなものなのでしょう」
「私の言っていること、信じてくれるのかな?」
「いや、まぁ……師匠はこんなときに冗談言わない人だって知ってますから」
イヴの話を完全に信じることは難しかったが、だからといって頭ごなしに否定するつもりはない。アンドレアが素直にそう言葉を返すと、イヴは微笑んだ。
「そうか。私はいい弟子を持てたな」
「そりゃどーも」
素直に褒められたのが恥ずかしくてアンドレアは頭をかきながら顔を逸らした。他人に褒められたのはいつぶりだろうか。
「私が旅を続ける理由を先に話しておこう。私が旅をするのはね、この呪いを解くためだよ」
「師匠なら大抵の魔法とか魔術とかなら、自力でなんとかできそうですけど」
「できないから、こうして旅をしているんだ」
ゆっくりと、しっかりとイヴは口を開く。
アンドレアはイヴ以外の魔術師を知らない。
イヴが言うには片手に数えるほどの人数はいるそうだが、会ったことはない。そしてイヴ自体ももう彼らがどこにいるかはわからないらしい。
しかし他の魔術師と比べるまでもなく、イヴは強い。なんとなくだが、アンドレアは直感的にイヴの魔術師としての才を感じていた。
そんなイヴですら解くことのできない呪い。さぞおそろしいものなのだろう。
「私にかけられた呪い。それは時間停止の呪いだ」
「時間……停止?」
聞き慣れない単語にアンドレアは首を傾げた。
「ああ、私の――イヴ・カートンリジィという人間は千年以上前から時が止まっている」
「せっ⁉︎」
千年以上前から時が止まっている。こんなことを言われて驚かない人間がいるはずがない。アンドレアは驚きで開いた口が閉じなくなってしまった。
「と、時が止まっている……ってのはその、具体的に言うとどういうこと、なんですかね?」
アンドレアは驚きと困惑でしどろもどろになりながらも必死で言葉を紡ぐ。衝撃的な告白に体を走る衝撃はまだ抜けきれていない。
時が止まっているという言葉は理解できたが、具体的な意味は理解できない。できるはずがない。
「簡単に言うと……ううん、そうだなぁ。私は擬似的な不老不死って言うわけだ」
「いやいや、そんなこと言われても普通に理解不能なんですが?」
アンドレアは首を横に振った。
イヴの時は止まっている。そして不老不死。たったこれだけの説明で理解しろと言う方が無理な話だ。
そもそも不老不死なんて物語のなかでしか聞かない、現実にあるはずのないもの、幻想だ。
私は不老不死ですと言われて、はいそうですかと頷く人間はいないだろう。魔法使いですらなにを言っているんだと、頭を見てもらえと病院に行くことを勧めてくるだろう。
「私はかつてとある人物……いや、相手が人だったかもわからないんだが、ともかく彼をたいそう怒らせてしまってね。そのせいで呪いを受けた。それが時間停止の呪いで、私は老いることを許されず、他人なら気が遠くなるほどの時間を、時代を生きてきた」
「気が遠くなるほどの……」
淡々と話を続けるイヴに、アンドレアは決して早くはない回転速度の頭で思案した。
たしかに千年も生き続けているのなら、それはかなり気が遠くなる話だ。人の寿命をゆうに超え、何百何千もの人々の生と死を横目にイヴはひとつも老いることなく生き続ける。
半永遠的な、生の呪い。
人は死ぬことを恐れるが、死なないというのもなかなかどうして恐ろしいものだとアンドレアは思う。人生楽しいことばかりではない。
終わりがあるからこそ、人はその人生を目一杯楽しもうと全力を尽くす。先が見えないというのは、正直怖いことだ。
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