第18話

「どうして私がとうの昔に廃れた魔術を使えるのか。そしてその技術や仕組みに詳しいのか。それは私が魔術というものが当たり前に存在したあの時代からずっと生き続けている生粋の魔術師だからだ。今、この世界にいる数少ない魔術師はみんな、元々魔術師だった祖先からその技術や歴史を受け継いできた者で、今を生きる人間であることに違いはない。本来なら私も彼らの祖先のように次の世代に技術を受け継がせて死んでいくはずだった……人でありながら、人という枠組みから逸れてしまった者」


 そこまで言うと、イヴは一度大きく深呼吸をして、きゅっと口をつぐんでしまった。


 今アンドレアの目の前にいる少女、イヴは何千年も前に生まれ、そのときを生きその時代で死にゆくはずだった。しかし呪いをかけられたことによって本来なら誰しもが抗うことのできない老いというものを克服させられ、死ぬことを許されない体となった人でありながら、人とは違う性質に変わった人。


 不老不死なんてもの、魔術でも魔法でも叶えることができないものなのに、目の前にいる少女はそれだと云う。

 何千年もの終わりなき毎日を過ごしてきたのだと。


「つ……つまり師匠は――」


 驚きで体を震わせながら口を開くアンドレアに、イヴは悲しそうにため息をついて窓の外に顔を向けた。その顔はどの角度から見ても若々しい。


「見た目よりはるかに歳をとったおばあさ」


 アンドレアの言葉を遮り、ごつん、と痛々しい音がなった。というか、実際に痛かった。

 イヴにげんこつを食らわされた頭をさすりながら、アンドレアはうっすら涙が出てきた瞳でイヴを見た。

 拳を握る目の前の少女はやはり、どこからどう見ても十八歳程度の少女にしか見えない。しかし何千年ものときを生きていると言うからには実年齢は相当なものになるはずだ。

 見た目はアンドレアの方が上だが、本当はイヴの方がはるかに年上だったのだ。


「馬鹿か、きみは」

「随分と、ご機嫌そうでなにより、です……」


 アンドレアの頭に容赦なく拳を振り下ろしたイヴはすとんと自身の席に座り直すとくすくす笑った。先程までどこかつらそうな顔をしていたのに、もう普段の表情に戻っている。愉快そうに笑うその姿もかわいらしい少女そのものだ。


「そこは普通、化け物だと罵るところだろうに」

「え? なんか言いました?」

「なんでもないよ。私の弟子は女性に年齢の話をするデリカシーのない男だと再確認したまでのことだ」

「すんませーん」


 横目でジトリと見つめられて、アンドレアは目を逸らした。たしかに女性に年齢の話をするのは不用意だった。以前も同じことをしでかしたのに。

 アンドレアはイヴに年齢の話と身長の話だけは禁句だなと再度記憶して、窓の外に視線を向けた。

 窓の外の緑豊かな景色はのどやかに流れていく。


「……師匠にかかった呪いを解く目処はついているんですか?」

「いいや、まったくだね。私の知りうる魔術では解くことができない、という事実だけがわかっている。もちろん魔法でも解けやしないさ」

「だから呪いを解くヒントを得るために旅をしているんですか」

「そうだよ」


 これで王都でイヴが絵画泥棒に興味を示した理由がなんとなくわかった気がする。

 あのとき情報を教えてくれた人は奇跡のようだと噂になっていると話していた。奇跡、魔法、魔術。どれもこれもすごい力だ。

 もしかしたらイヴはそこに呪いを解くヒントがあるかのしれないと、そういう期待も込めてあの泥棒に会いたがっていたのだろう。

 そういう意味で考えると、結果はまったく残念なものだったと思うが。


「ししょ」

「うわぁっ」


 アンドレアがイヴに声をかけようとしたとき、馬車がガタリと揺れて御者の悲鳴が上がった。


「どうした?」


 イヴが窓から顔を覗かせて御者の方を見ると、ため息をついて馬車を降りた。アンドレアもそれに倣って馬車を降りる。


「申し訳ない……車輪が木の根に引っかかっちまったようで」


 眉を下げて苦笑する御者の目線の先には、盛り上がった木の根に馬車の車輪が乗り上げてしまっていた。そのせいでバランスを崩して身動きが取れなくなっているようだ。


「まぁ、車輪が外れたわけではないようでよかった。しかたがない、アン、彼と一緒に馬車を背後から押してやってくれ」

「了解です」


 イヴの言葉で御者とともに馬車を背後から押す。

 木の根に引っかかった前輪をイヴが少し横にずらしてなんとか木の根から車輪を取り外すことができた。

 車輪は木の根に乗り上がったものの、傷などはついていないようだ。これなら修理することなくすぐに運転を再開できるだろう。


「うたた寝でもしていたのか? 気をつけて運転してくれ給え」

「いやぁ、うたた寝なんてしたつもりはないんだが申し訳ない。急に根っこが盛り上がってきちまって」

「根っこが急に盛り上がる?」

「はは、そんなわけないよな。わるいわるい、俺の気のせいだなぁ。気をつけるよ」


 御者はそう笑うと馬車に乗り、運転を再開した。がたりがたりと馬車が揺れ始める。


 今アンドレアたちが目指しているのはイヴが以前にも行ったことのある町らしい。なんでも鉄などを加工した産業が盛んなところだそうだ。

 山や森に囲まれた辺鄙なところにあるのは周囲の山が鉱山となっており、豊富な鉄や鉱石がたくさん採れるからで、鉱山を含めるとかなり広大な土地を持った町だ。


「あの町はね、ジビエも有名なんだよ。鉱山の反対側の森には多くの野生動物が住み着いていて、とくに鹿肉が美味しいんだよ」

「狩人も多い町ってことですか」

「そうなるね」


 イヴは自慢するようにそう言った。次の町にはジビエが主な目的で向かっているのだろうか。

 狩人が多いということは狩りが盛んに行われているということだろう。新鮮な肉を食べられるのが今から楽しみだ。


「ふぁ」

「うん? なんだ、眠いのか? 着いたら起こしてあげるから少し休むといい」

「すみません、そうします」


 鉄板の上でジュージューと肉汁を流しながら美味しそうな匂いをたち込めさせる鹿肉を想像していたら、腹の虫ではなくあくびが出てしまった。

 アンドレアは苦笑すると、イヴにそう返して一眠りすることにした。


 眠りに落ちる瞬間、どこからか綺麗な歌声が聞こえてきたような気がした。

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