第14話

 王都に来るまでの馬車の中でも居眠りしたが、再度横になって休んでいると急にどんどんと扉を激しく叩かれてアンドレアは飛び起きた。


「さっさと起き給え! 時間がないぞ!」

「え? うわっ!」


 アンドレアが部屋に設置されていた時計を見ると、短針は五を長針は五十を指していた。


「すんません!」


 アンドレアは慌てて顔を洗うと、カバンを鷲掴みにして部屋を飛び出した。

 閉館時間まであと十分ほどしかない。アンドレアたちは観光客をかき分けながら美術館まで走った。


「すんません、通してくださーいっと、警部さん!」

「ん? ああ、来たのか。ほら、さっさと入ってくれ」


 アンドレアは人をかき分けて美術館に近づくと、入り口にいた警部に声をかけた。すると急かすように中に入れてもらえた。


「すごい人の数ですね」


 もう閉館するというのに、美術館の前には人だかりができていた。

 数で言えばおよそ五十人ほどだろうか。多くの人が美術館の前に待機して中の様子を窺っているようだった。


「あれはただの野次馬だ。アンタらみたいに盗人の姿を見たいってやつとただたんに俺たち警察を無能だと罵りたい暇人が集ってくる」

「それは……大変ですね」


 はぁ、と深いため息をこぼした警部にアンドレアは少しばかり同情した。

 きっと上からは早く犯人を逮捕しろと急かされ、国民にはまだ逮捕できないなんてと野次を飛ばされたりしているのだろう。上司と国民に板挟みにされて相当プレッシャーが溜まっていそうだ。


「なんだ、来たのか。全然来ないから逃げ出したのかと思ったぞ。ククッ」

「きみはとことん不快だな。私のきらいなタイプだ。だがまぁ安心し給え。約束通り、私たちは壁際でおとなしくしている。きみたちの捜査の邪魔はしないさ」


 二階に続く階段から姿を見せた男は上階からこちらを見下ろしたまま話しかけてきた。

 相変わらず癇に障る話し方だが、イヴは適当にあしらっていた。アンドレアが言えた義理ではないが喧嘩にならなくてなによりだ。


「ふん、好きにしろ。今回は俺も本気を出した。ガキが一人や二人増えたところで問題はない」

「ガキ?」

「師匠、落ち着いてくださいね。ここで喧嘩したらさすがに追い出されます」

「……わかっている」


 そんなに私は小さいか、と首を傾げるイヴの背を押して二階メインホールに向かう。そこには厳重な警備が敷かれていて警備員と警察官が等間隔に立ち尽くしていた。


「犯行時刻になるとこのメインホールにはロックがかかる。といってもここは四方を壁に仕切られているわけではない広い空間だ。だから魔力的ロックがかかる」

「魔力的……ロック?」

「事前に登録した魔力を持つ者以外のメインホールへの入場をできないようにするって言ってんだ」

「なるほどね」


 口は悪いが長髪の男は意外と丁寧に説明してくれた。

 絵画の前には魔法を感知して捕獲用の柵を落とす装置が設置されており、メインホール自体には事前登録した魔力を持つ者を以外を入れない装置が設置されている。


「前回は罠を仕掛ける程度しかできなかったそうだが……今回は俺がこの作戦に関わったからな。相手が魔法を使って盗みをするなら、はなから魔力を持つ者を除外すればいいって考え付いたわけだ。この事前登録した魔力以外を入場させない装置の設計をしたのは俺だ。褒めてもいいんだぞ?」

「警部くん、私たちはどこで待機していればいいんだ?」

「聞けよ!」


 随分と丁寧に説明してくれるなと思ったが、どうやら自分の開発した装置をほめて欲しかっただけのようだ。イヴには見事にスルーされてしまったが。


「アン、私たちはここの壁で待てと。ちょっと絵画まで遠いな」

「仕方がないですよ。あまり近づくと警備の邪魔になりますし、メインホール内に入れてもらえただけでも感謝しないと」

「それもそうだな」


 イヴとアンドレアはメインホールの絵画が飾られた太い柱を囲むように建っている柱よりも外の壁際にもたれかかった。

 犯行時間までまだ時間はある。しかしうろつくこともできないので、おとなしく時間になるまで待った。


「ここから泥棒の姿を見て、相手が魔術を使っているかどうかわかるもんなんですか?」

「私はわかるよ」

「ならよかった」


 絵画までの距離はおよそ十五メートル。その間に何人もの警備員や警察官たちが立っているが、隙間から絵画周辺を見ることはできる。

 なので泥棒があの絵画を取りに来たらその姿を拝むことはできそうだ。


「もし犯人が魔術師だったとして、はたしてあの魔法を感知する装置は起動するんですかね?」

「魔術だったら無理かもしれないね。ただ、登録した魔力以外をメインホール内に入れないという装置は解除しないといけなさそうだ」

「魔術師も魔力自体は持ってますもんね」


 どんなに微弱な魔力でも、登録していない魔力を持つ者がメインホールに侵入しようとすると警報音がなる。その瞬間美術館は完全にロックされ、泥棒も警察もアンドレアたちもロックが解除されるまでは外に出られなくなる。

 ちなみにそのロックを解除するボタンはあのいけ好かない男が持っているようだ。

 本来なら警備の指揮官である警部が持つべきでは、と思うが装置の開発者の方がなにかあった際に対処できるだろうという判断でこうなったらしい。


「そろそろだな」


 イヴの言葉でアンドレアは時計を見た。時刻は十八時五十七分。宣言通りだとあと三分もすれば泥棒はあの絵画を盗みにやってくるはずだ。

 静まり返った空間でカチカチと時計の針だけが物音を立てていた。


「ゼロ」


 短針以外の針がてっぺんを指した、そのとき。


「ぐっ」

「前が見えん……!」


 どこからともなく放り投げられたなにかから白い煙が上がり、周囲の視界が奪われる。催涙弾の類いではないようで痛みはないが、前が見えなくて絵画周辺にいた警備員たちは咳き込んでいた。


「ふうむ、ふむふむ」


 絵画を守れだの、下手に魔法を使うだなだのの指揮が飛び交う中、わりと安全地帯にいたアンドレアたちは約束通りにおとなしく壁際でじっとしていた。

 イヴは興味深そうに煙があがる絵画周辺を見ていたが、途端に視線を逸らした。


「終わったな」

「え?」


 イヴの言葉に反応したように煙は薄くなって消えていく。

 視界が良好になった絵画の前には何人もの警備員たちが手を広げて立っていた。その先にある絵画は無事なようだ。


「ほ……ほぉら見てみろ! 俺が作戦に関わったから泥棒の被害は止められた! やはり俺様はすごいな!」

「随分とめでたい頭だな」


 絵画が壁から取り外されていないのを見て、あの男は声高らかに笑った。周囲の警察官たちは少しうるさそうに耳を塞いでいる。

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