第13話
「警部さん、こっちの準備は……チッ、さっきのガキの保護者か」
「あ……どうも」
警部の優しさを利用するようで申し訳ないが、これは案外押せばいけるのかもしれない。そう思って口を開こうとしたアンドレアの前に長髪の男が立ち塞がった。
二階メインホールにてイヴに掴み掛かろうとしていた魔法省の職員だ。
彼はアンドレアを見ると舌打ちし、周囲にイヴがいないことを確認して鼻を鳴らした。
「なんだ? さっきの威勢はどこへやら。あのガキはお外で泣いてんのか」
「あ?」
「喧嘩はよしなさい」
「っ!」
「チッ」
アンドレアを見下すように煽り気味に仁王立ちしている男の言葉にカッとなって、それを警部に止められてアンドレアは深く息を吸った。
アンドレアは警部に見学の許可を取りにきたのだ。喧嘩にきたのではない。しかしこの男にイヴを馬鹿にされて、自分でも驚くほど腹がたった。
「んで、どうしてお前はここにいるんだ? まさかまた見学希望! とかふざけたことを言いにきたのか?」
「その通りですけどなにか?」
「ちょ、っと待ちなさい。なんでアンタらはそんな喧嘩腰になっているんだ。話なら落ち着いてしたまえ」
互いに睨みつけるように言葉を交わしていると警部が間に入り込んでアンドレアと男を引き剥がした。
べつに喧嘩腰で話しているつもりはない。ただ向こうがやけにこちらを煽ってくるのだ。
「へーへー、じゃあ入れてやるよ」
「なにを言っているんだ! 部外者を入れるわけには」
「壁際でおとなしくさせとけばいいだろ。んで犯人の盗みのトリックを当ててみろよ。どうせできないだろうがな」
この男はどうやら先程イヴに挑発されたのを根に持っているようだ。やれるものならやってみろと鼻で笑ってアンドレアを見下ろしていた。
「はぁぁぁぁ、どうしてこうもこいつは人を見下す話し方しかできないんだ。魔法省にまともな職員はいないのか?」
アンドレアと男に挟まれている警部は深々とため息をついた。
喧嘩っ早いと言っていたが、どうやらこの男は普段から誰にでもこのような態度をとっているようだ。
我ながらよくもまあこんなクセの強い職員がいる魔法省に入社できたものだと今になって思う。
「まぁ、魔法省側からの許可は降りたし、アンタたちも引き下がるつもりはないみたいだから、特別に見学を許そう。だがあくまで見学。壁際でおとなしくしていること、いいね?」
「はい、ありがとうございます、警部さん!」
イレギュラーはあったものの、無事に見学の許可を取ることができた。これはイヴも喜んでくれるに違いない。あの男と喧嘩しないかだけは少し心配ではあるが。
「ほら、俺に感謝してさっさとあのガキを呼んできてやったらどうだ? 泣き過ぎて目元が真っ赤になっちまう前に」
「ああ? テメェ、あんま人の師匠馬鹿にしてんじゃねぇよ」
「い、いい加減にしろー!」
男の安い挑発を買いそうになったアンドレアは警部に一発頭を殴られて美術館を放り出された。背後からはあの男の悲鳴も聞こえる。どうやらアンドレアと同じくしばかれたようだ、ざまあない。
「アン……大丈夫か?」
「大丈夫っす……」
わりと本気で殴られた頭をさすりながら、アンドレアの元に駆け寄ってきたイヴに笑顔を見せた。
痛みはあるものの、動きに支障が出るほどではない。せいぜいちょっとしたコブができる程度だろう。この程度で本来なら絶対に許されないであろう見学の許可が取れたのなら安いものだ。
「私が言うのもあれだが……あまり無茶しないでくれ給えよ?」
「俺にとってはこれくらい無茶に入んないですね」
はは、とアンドレアは軽く笑った。
昔魔法使いが事件解決のために町が代々受け継いできた伝統の飾りを壊したことがあった。あのときは事件自体は解決したものの、大切にしてきたものを壊された町の人たちが怒りに怒って、アンドレアが魔法使いの代わりに三日三晩土下座させられたので、それに比べたら本当にたいしたことではない。
「まぁ、俺のことはいいとして……無事に許可を取ってきましたよ」
「ああ、外から様子を窺っていたからわかっているよ。ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
ちゃんとお礼が言えるなんて、やはり礼節のなっていない傲慢な性格の者が多い魔法使いよりイヴの方がいい子に思える。
「さて、件の泥棒くんが来るのは十九頃。警察が閉館時間を早めて十八時にはあの美術館は閉まる。なので私たちは十八時までにまたあの警部と合流しておきたいところだが……十八時までまだ時間があるな。なにをして時間を潰す?」
「俺はちょっと宿で休もうかなって思います」
「それはいい案だ。私もそうしよう」
今はまだ十六時頃だ。いくら見学の許可を得られたとはいえ、あまり長時間現場を彷徨かれては捜査の邪魔になるだろう。なのでアンドレアたちは一度宿屋に向かい、休息をとることにした。
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