第19話 欲と云うダークマター

 その頃、中庭では、スバルサンバーを囲んで、渡辺、カレン、ポールにポールの母親パティー・ラッキースター夫人の四人が会話をしていた。

「これでどうやって来たの?」

 パティー夫人は納得がいかない。

「じゃ、誕生日だっていうから、一つプレゼントをしましょうか、マダム。どこか行ってみたい街なんてありますか?」

 渡辺が問う。

「これで……?、一番近くの街だって往復で2時間はかかるわよ」

「いや、そんなんじゃなくて、この世界中で行ってみたいところですよ」

「ホッホ、今すぐってわけじゃないのね。そうね、サクラメントなんてしばらく帰ってないからいいわね。私の故郷なのよ。でも、何時いつ連れてってくれるのよ?」

「承知しましたマダム、今すぐです。どうぞ座席へ」

 渡辺がドアを開けて手招きする。

 躊躇する母親をポールが押し込んだ。カレンもポールも後に続く。

「さぁー皆さんよろしいでしょうか。カレン、行くぞ、そーれ、ワープ!」

 渡辺とカレンが合唱する。

 辺りの風景が変わった。車は大通りを走っている。

「此処は?」

 パティー夫人が車の窓から外をきょろきょろ見回す。

 やがて、


「確かに、確かに、サクラメントだわ。わたし、夢を見てるのかしら、あっ、あれあれ、スージーのパパの店よ。今は、スージーの子のマイケルが継いでるはずだわ」


 パティー夫人が「テーラー・ジャクソン」の看板を指さして言う。

「あっ、あの店、マリアの店よ。学生の頃よく行ったのよ。おいしいのよ」

 今度は、「カフェ・トラップ」の看板を指さして言う。

 結局、四人は、カフェ・トラップに入って、思い思いのものを注文して食べた。パティー夫人のはしゃぎ様は尋常ではなかった。何度も「これは夢?」と皆に問いかけながら、注文したチョコレートパフェをおいしそうに平らげた。

「サンキュー・ベリ・マッチ、こんなに喜んでいるママを見るのは久しぶりです。最高の誕生日プレゼントを頂きました」

 ポールは、母親の姿を見ながら渡辺に礼を言った。

 渡辺は、心配してるであろう自分の母親の事が、ふと脳裏を過ぎった。マスコミに囲まれ、カメラの前で、「出てきなさい、太郎、信じてとるけん。お前は悪い事ができるような子じゃないのお母さんが一番知っとるけんね」と涙ながらに訴えていた母親の顔が瞼から離れない。


 ジュリーの示した条件は、ただ一つ、「独占をしない」という事だった。世界の誰もが平等に安価なエネルギーを使えるようになって、初めて当初の地球温暖化の阻止という目的が達成できるのだ。ラッキースター7世は承諾した。

「だが、何故、こうも欲がないのかね、私にはちょっと理解しかねる」

 ラッキースター7世は、ジュリーに問うた。

「欲? 私、つい最近まで欲の塊でした。地球を救うなんてかっこいいこと言って、お金儲けもきっちり企んでいましたわ。いえ、どちらかと言うと金儲けの方が優先でしたわ。でも………」

「でも?」

「でも、この姿でお遍路しているうちに、何故か、欲、無くなったんです。普通の生活ができるお金さえあればそれで十分。それ以上の生活をしようと思うからもっとお金が欲しくなる。もっとお金が欲しいから無謀なことを始めて、どんどん自分を追い詰めていく。周囲も不幸にしてしまう。こんなこと考えているうち、ふと、自分の中から欲というダークマターが出て行ってしまったみたいなんですの」

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