第13話 長谷川平六

 その時、突然、外が騒がしくなった。シャッターの窓から外を見たジュリーが、

「ダメよ、囲まれてるわ、大勢よ、凄い数だわ」

 慌てた声で告げた。

「畜生、充電まであと10分はかかるぜ。何とか時間稼げないか」

 照明が一斉につけられた。シャッターの隙間からまぶしいほどの光が差し込んできた。

 上空からは、何機ものヘリコプターの轟音ごうおんが響き始めた。警視庁のヘリだけではなさそうだ。マスコミのヘリも世紀の大捕り物を実況中継しようとしているのだ。

すぐに、拡声器の声が響いた。

「警視庁凶悪犯特別取締課長官、長谷川平六はせがわへいろくである。貴様たちはすでに包囲されている。神妙しんみょうばくに付け。さもなくば、容赦なく叩き殺すぞ」

「ヤバイ、鬼六だ」

「鬼六って誰よ」

「警視庁の敏腕刑事、悪人どもからは鬼の平六、通称鬼六と呼ばれている恐ろしい奴だ。今まで抵抗してくる凶悪犯を何人も撃ち殺している。容赦なくバッサリ切り殺すこともあるらしい」

 渡辺は、鬼六までが出張ってくるとは思ってもみなかった。警視庁も必死なのだろう。それにしても、さすがに鬼の平六だ。帰ってくることを予測して、わざと見張りに居眠りのふりをさせて研究室までおびき寄せたのだ。火付け盗賊改め方長官、長谷川平蔵を先祖に持つという鬼六、ただ者ではない。

「抵抗しなきゃいいんでしょ」

「馬鹿、奴が悪人どもに恐れられているのは、責めが半端じゃないからだ」

「責め?」

「そうだ。奴の責めは,水責め、石抱き、百叩き、何でもありだそうだ。熊みたいなやくざの大親分も奴の責めを受けた後は借りてきた猫みたいになってしまうってことだ。それに、特に女には厳しいらしい。素っ裸にして縛り上げるのは序の口、天井から逆さ吊りにして鞭で叩くわ、蝋燭ろうそく垂らすわ、時には三角木馬なんてのも登場するそうだぜ」

「そんな拷問、今時できるわけないでしょう。すぐに訴えられるわよ」

 ジュリーは納得いかない。

「それがな、奴の責めを受けた女は、誰もが悦んで奴の言いなりになってしまうってことらしいぜ。奴隷にされて身の回りの世話をやらされたり、密偵みっていにされたりするそうだ。ジュリー、お前もそうなってもいいか。その手の趣味があれば別だが」

「そんな趣味ないわよ」

 ジュリーは、青ざめた顔で首を横に振った。

「でも、奴隷は嫌だけど、密偵はちょっといいかな。私は密偵のお政ってとこね。お政の梶芽衣子、むちゃくちゃいい女だったもん。女も惚れるわよ」

「鬼平犯科帳。よく知ってるな。俺は誰かと言われれば、大滝おおたき五郎蔵ごろぞうだな」

「ぷっ、あんたは、せいぜい木村忠吾きむらちゅうごってとこよ」

「お前、オタクか?」

 くだらない会話を交わしているうちに、事態は切迫してきた。

「あと3分待ってやる。3分経って出てこない時は、こちらから踏み込むぞ。命の保証はないと思え」

 鬼六の声が響いた。

「やばい、鬼六の奴、かたな持ってるぞ。やっぱり本当だったんだ」

 鬼六が心底怒って捕り物に出張る時は、先祖伝来の伝家の宝刀、粟田口国綱あわたぐちつにつなを持参し、血の雨が降るという噂を聞いたことがある。シャッターの窓から外を覗くと、確かに日本刀を抜き身にして右手に持ち仁王立ちをしている鬼六がそこに居た。

「私にも見せてよ」

 知らぬ間にジュリーが横にいる。

「どれどれ、あの真ん中で刀持ってる奴か……ひどい、あれが鬼平の子孫だって……中村吉右衛門と全然違うじゃない。どうみてもゴリラよ」

「あのな、あれはドラマじゃ。味噌も糞も一緒にするな」

「分かってるわよ」

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