第12話 ポール・ラッキースター

 秋の瀬戸内海に大きな夕日が沈んでいる。西の空と海を真っ赤に染め、黒い影となった島々が幾重にも重なり合っている。遍路姿の三人は海岸の防波堤に並んで座り、ただ、その光景を見つめ続けていた。やがて,宵の明星が輝き始めた。

「俺、昔、新宿で辻の星占い師に、あなたの幸運の星は金星です、なんて言われたことがあったんだよな」

 渡辺が宵の明星を見ながら呟いた。

「幸運の星か……… あっ……そうだ」

 ジュリーが立ち上がった。

「ポールがいたわ。ポールよ」

「ポール? 誰だそいつは?」

「MIT時代の私の助手よ」

「助手って………、そいつがそんなに強ええのか、アンドレ・ザ・ジャイアントみたいな奴か?」

「ポール・ラッキースターよ」

「ラッキースターって、あの世界最大の財閥、ラッキースター財閥か?」

「そう、ラッキースター財閥の御曹司、ラッキースター8世よ」

 ジュリーは、カレンとハイタッチをしている。

 渡辺は息を飲む。

「スゲー金持ちなんだろうな。毎日いいもん食ってんだろうな。いい車乗ってんだろうな。いい酒飲んでんだろうな。美人がワンサカ群がってくるんだろうな。くそー」

「おじちゃんと正反対ね」

 カレンがからかう。

「ポールはごくごく普通よ。そんなんじゃないわ。カレンも可愛がってもらったもんね。覚えてる?」

 カレンはニコッと笑って頷いた。

 とにかく、コンタクトを取らないといけない。だが、連絡先などが書いてあるノートはすべて研究室に置いたままだ。

「どうするんだ。研究室まで帰るしかないぞ」

「そうね、帰りましょう」

 ジュリーは、あっさりと答える。

「おい、そんなに簡単に言われても困るじゃないか。当然、見張りが付いてるんだぞ」

「のこのこ帰るなんて思ってないでしょうから、どうせ居ても一人か二人よ。大丈夫、大丈夫」

 こんな時は、女の方が肝が据わっている。

 研究室の隣のガレージの中までワープをした。なんとか帰り着いた時、電池には残っている容量はなかった。ぎりぎりのところだった。      

 シャッターの窓から外を見ると、ジュリーの言った通り、見張りは二人のようだ。二人とも折りたたみ椅子に腰を掛けうたた寝をしている。ガレージから出て、裏口から研究室に入った。だが、研究室の中はほとんどがらんどうの世界だった。証拠物件と言う名目で押収されてしまったようだ。

「やっぱりないわ。何でもかんでも持って行きやがった。畜生、泥棒め」

 住所録をしまってある机の引き出しを開けても何にもなかったのだ。

「まあ、そう怒るな。奴ら、これは持って行ってないぜ。俺たちにはまだ運がある」

 渡辺は、ポリバケツを下げている。

「ただのポリバケツじゃない?」

 渡辺は、にやにや笑いながらポリバケツからいくつかのパーツを取り出した。

「ウッホー」

 ジュリーが大声を出しかけて口に手を当てた。外には見張りがいるのだ。

 ポリバケツから取り出したパーツは、リトル・サンのパーツだった。スバルサンバーに取り付けるためにパーツにばらしておいたのだ。ポリバケツに放り込んでいたのが幸い、ゴミの類だと見られたのだろう。

「これを取り付けたら、月にだってあっという間に行けるぜ。そのポール・ラッキースターさんとやらの家へ、こちらから乗り込んで行きゃいいんだ」 

 今までは、電池の劣化もあって、電信柱から電気を盗んでフル充電しても数百キロのワープが限界だったのだ。

 早速、リトル・サンのスバルサンバーへの取り付けが始まったが、これが、なかなかの難工事になった。今まで付けていたプリウスの電池を取り除き、換わりに分解したリトル・サンを取り付けるのだ。ガレージの中で秘かにするのだが、外には二人の見張りがいる。物音一つ発てることはできないのだ。深夜も夜二時過ぎになって、やっと取り付けが完了した。

「やったぜ」

「おじちゃん、すごーい」

 カレンがとりあえずのお世辞を言う。

 渡辺はまんざらでもない。根が単純なのだ。

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