第11話 四国遍路

 一週間ほど経ったが、三人の消息はぷっつりと途絶えたままだった。マスコミの話題は、三人の消息よりも、あっさりと取り逃がしてしまった警察当局の批判に移っていた。その警察は、組織の総力を挙げて東北と四国で山狩りを続けている。批判の大合唱の前に幹部たちも焦りの色を隠せない。

 その頃、三人は、遍路姿になって四国八十八か所の巡礼をしていた。遍路は、渡辺が考えたものだ。遍路姿は四国ではおなじみの上に、傘で顔を隠すことができる。それに、最近では外国人の遍路も全然珍しくはない。むしろ、歩き遍路の五人に一人は外国人だ。警察当局も、まさか遍路をやってるとは思わないだろう。渡辺は我ながらよく思いついたものだと感心していた。箱バンでワープをしながら回るので、一週間もすれば、全部回り終えてしまった。だが、金も尽きた。

「さて、俺たち、これからどうするか?」

 渡辺がポツンと言った。

「そうね、なるようにしかならないわよ。それよりもね、わたし、回りながら、なんとなく自分の心から、つまらない欲望みたいなものが自然にどんどん抜け落ちていくみたいなのよ」

「ほおー、そりゃ大したもんだ。悟りの境地ってか。遍路回ったかいがあったじゃないか」

「まあ、そんなとこね」

「…………」 

「それでね、頭に浮かぶのは山岡さんの事ばかり。今頃何してるのかな、なんて思ったりしてね」

「色欲だけは増幅されてるな。悟りの境地はまだまだ遠いてっか」

「もうー、あんまり茶化さないでよ」

「すまん、すまん、お前、本当に惚れてんだな、あの大将に」

 先日、ジュリーに泣かれて以来、渡辺の突込みも少々及び腰だ。

「でね、山岡さんが言った事、さっき思い出したんだけど、これが正解か!、なんて考えてるのよ」

 ジュリーは、山岡が云った、「強い奴らにいじめられるんだったら、そんな奴らよりもっと強い奴に取入ればいい」というアドバイスをくれたことを渡辺に説明した。

「それ、大当たりだぜ。経験あるぜ。俺も中学、高校と苛められてたからな。こう見えて、強い奴らに取入るの、結構うまいんだぜ」

「自慢するようなもんじゃないでしょう」

「まあ、そうだが。で、………誰かもっと強い奴たって、東大あずまひろしは事実上、この日本の支配者なんだそうじゃないか。総理大臣の首なんか思いのまま差し替えれるとか言ってたよな。もっと強い奴といってもなぁぁぁ…………」

 東大以上の権力者と言っても、思い付くような人間はいない。もっと強い奴に取入ると言っても、もっと強い奴がいないことには取入りようがない。

「アメリカ大統領、ジョン・F・ボキャナンなんてのもいたぜ。ジュリー、並んで撮った写真持ってたじゃないか。なんか、東大よりは強そうだ」

「二・三回会ったことがあるだけよ。それに、彼、もう大統領じゃないし」

「なんだ、落選したのか」

「アメリカ大統領は、二期八年で終わりなの。落選したんじゃないわ。そのぐらい常識よ。今は、故郷に引っ込んで御隠居生活みたいよ。この前見た雑誌に出てたわ。盆栽なんかいじちゃって呑気にやってるみたい」

「御隠居の盆栽か….こりゃだめだ。せめて諸国漫遊の世直し旅にでも出てくれんとな」

 アメリカ大統領は、日本のように総理をやめた後も実力者として政界に残り影響力を発揮したりする者はほとんどいない。これは、初代大統領のジョージ・ワシントン以来の良き伝統だというようなことをジュリーは説明した。

「でも、何で二期八年なんだよ?」

「それはね、権力が一人に長いこと集中したら民主主義が危くなるからよ」

「そうか、なるほど。そういうことか。だったら日本の民主主義は安泰だな。毎年変わってるからな」

 ジュリーは相手にするのをやめた。 

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