第10話 武蔵野理科大学学長 丹下源太

 翌日のニュース、ワイドショーは、消えた箱バンの話題一色だった。コメンテイターなる者達がしゃしゃり出て来て好きなことを言っている。政治評論家、経済評論家、芸能レポーター、スポーツ評論家、自動車評論家、果てはオカルト評論家までが、朝から出っぱっなしで言いたい放題だ。なにせ、東北自動車道で取り逃がした車が、1時間も経たぬ間に、今度は四国の山の中に現れたのだ。大騒ぎにならない訳はない。

 最終的には、元警視庁の刑事なる者が言うところの「どちらかが本物でどちらかが偽物だろう」という常識的な結論が主流を占めた。

「いずれにせよ、四国の山中か東北の山中のいずれかに隠れていることは確かです。双方で大規模な山狩りが行われておりますので、身柄が取り押さえられるのは時間の問題だと思われます。国民の皆様、ご安心ください」

 どのワイドショーの司会者も、そういう類の締め方で終わった。

 ただ、テーラー江藤のワイドショーだけは違った。ここには、マジシャンのミスタートリック、月刊「Moo」編集長、土方俊介、「どんと行けサイエンス」著者、東京大学理学部教授、下田三郎の三人がコメンテイターとして呼ばれていた。この三人は、他のコメンテイターから笑われても茶化されても、最後まで、頑として、「これはワープだ!」と言い張り、引き下がらなかった。

 ワイドショーの最後に、画面が学長の丹下のお詫び記者会見の場面に切り替わった。学長、理事長、理学部長の三人が並んで座っている。

 学長の丹下がマイクを取った。

「皆さん、今日はお忙しい中、御足労痛み入ります。学長の丹下源太です。上から読んでもタンゲゲンタ、下から読んでもタンゲゲンタの丹下です。宜しくお願いします」


「シーーーーーーーーーーーン」


 約50年間、大勢の前で挨拶するときに常套句にしているフレーズを思わず使ってしまった。

「どういうことだ」

「ふざけてるのか」

「事の重大さが分かっているのか」

「なめてるのか」

「ひっこめハゲ親父」

 記者団に詰め寄られ、丹下は吊し上げられる。ノートや鉛筆、座布団、果ては椅子。机までが飛び交い、会場は収拾不可能となった。

 建築界のノーベル賞と称されるブリッカー賞を日本人で最初に受賞し、文化勲章にも輝いたこの建築学界の巨人は、一夜にしてその華麗なるキャリアを失った。額を机に擦り付けて謝るその禿げ頭に座布団が命中した。

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