第9話 田舎の爺さん婆さん

 次の瞬間、三人を乗せた車は、木がうっそうと生い茂る山の中の林道のような道を走っていた。車一台が通るのが精いっぱいの幅しかない。

「ここ何処よ」

「ちょっと待て」

 渡辺はナビゲーションのスイッチを入れた。

「四国の山奥だな。それにしても辺ぴな所に来たもんだ」

「渡辺の出身も四国でしょう。辺ぴなんてよく言うわね」

「四国と言ってもピンキリだぜ。俺のとこは此処よりはちょっとましかな」

 しばらく走って、やっと人家があった。人家と言っても木こり小屋に毛が生えたくらいの小さな家だ。

「ねぇ、止めてよ。トイレ借りたいのよ。あたしもカレンも限界なのよ」

「仕方ないな。怪しまれるんじゃないぞ」

 しかし、どう見ても外人の親子だ。こんな田舎の山奥に外人の親子がいること自体十分に怪しい。だが、出て来た老婆はにこやかに二人を家の中に入れた。さすがに、ここまではニュースは伝わっていないらしい。テレビなんかもほとんど見ないのだろう。

 そのうちに、また家から老婆が出てきて、トコトコと車に近づいてきた。

「お昼ご飯、食べてねぇーやろ、造ってやっから食べて行かんけ。ほら、こっち来んさいや」

 渡辺は、誘われるまま車から降りて家の中に入った。

 住人は、老婆と爺さんの二人だけのようだ。怪しんでいる様子は微塵もない。とりあえずは、安心できそうだ。

 しばらくすると、昼ご飯が出て来た。炊き立てのご飯に味噌汁、茄子の漬物、鮎の塩焼き、大根の煮つけ・・・

「ごちそうさんでした。いやー、癒されますな。ここんとこ、ろくな物食ってなかったもんで、生き返ったみたいです。ありがとうございました」

 渡辺は、出されたお茶を飲みながら、老婆に礼を言った。

ふと見ると、ジュリーもカレンもいびきをかいて眠っている。

「腹いっぱいになったら、今度は眠たくなったかや。それにしても外人さんの子はかわゆいのう」

 老婆は、カレンの寝顔を見てほほ笑んだ。

「お爺さんは見えないけど、どこか行ったの?」

「お爺さんは、山に芝刈りに行ったがや」

「じゃ、お婆さんは、川に洗濯か」

「ちゃんと洗濯機ぐらいあるで。馬鹿にするでねぇ」

「ご免、ご免、冗談だよ」

 その時、渡辺に突然睡魔が襲ってきた。丸二日間、ほとんど睡眠をとっていない。少しの間のつもりで横になると、あっという間に深い眠りに入ってしまった。


「やっと寝たか。うまいこと行ったワイ。爺さんの睡眠薬が残っててよかったワイ」

 老婆は、不気味な笑い顔を浮かべた。お爺さんは山へ芝刈りに行ったのではなく、ふもとの駐在所に届けに行ったのだ。歩いて4時間はかかる。その間三人を引き留めておかなければならない。睡眠薬で眠らせておくというのは、婆さんの機転である。この婆さんなかなか隅には置けない。

どれくらい眠っただろうか、昼寝にしてはかなり長かったような気がする。渡辺は、誰かに身体を揺すられてやっと目が覚めた。

「おじちゃん、なんか変よ」

 揺すり起こしたのはカレンだった。

「変?」

「そうよ、外でお爺さんと誰かが話してるの聞いちゃったのよ」

「何を話してたんだ?」

「一億五千万がどうのこうのって声が聞こえたわ」

「…………」

 側を見ると、ジュリーが涎を垂らしながら、まだ寝入りふけっている。

「カレン、ママを早く起こして」

「だって、起きないんだもん」

「鼻つまんだら起きるよ」

 ・・・・・・

 ようやく起きたジュリーに状況を説明した。

「あんまり親切なんでおかしいとは思ってたのよ。やっぱりね」

「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないだろう」

 その時、外で無線交信をしているような声が聞こえた。


「容疑者は睡眠薬で眠っております。そろそろ目覚めるかもしれませんので、急いでください。どうぞ」


 山の中の一軒家だ。風もないので耳を澄ませば話の内容は大体分かる。

 三人は裏口から外に出た。もう辺りは真っ暗だった。生垣の外に隠れて這えずりながらなんとか車までやって来た。

 その時、何台もの車両が到着して、中から捜査員が何人も飛び出してきた。あっという間に一軒家は取り囲まれた。

「やばい、逃げるぞ」

 三人は、車に飛び乗った。

 ドアを閉める音に捜査員の一人が気が付いた。

「車だ。車に乗ったぞ」

 急発進をして現場を離れた。だが、すぐに後を追いかけてくる。

「止まりなさい」

 拡声器から興奮した声が聞こえる。

「誰が止まるか。絶対に逃げてやる」

「パン、パン」

 ピストルを発砲する音が聞こえた。タイヤを狙っているようだ。

「早くワープよ、早くったら」

 ジュリーが金切声をあげる。

「分かってるよ」

 ピストルの音が止んだ。バックミラーにも何も映っていない。

「ハハ、この狭い道、奴らの車は走れないんだ。諦めたみたいだな」

と言った時、


  “バタバタバタバタバタバタ”


 上空からけたたましい音がした。ヘリコプターが何機も飛んでいる。サーチライトで車は照らし出された。

「しつこい奴らだ」

 サーチライトに照らし出された箱バンは、しばらくの間、山の中の道を走っていたが、やがて緑のプラズマに包まれ、そして、消えた。


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