第5話 帝都電力会長 東大

 それから数日後、近藤の言う通り、帝都電力会長、東大あずまひろしは現れた。黒いリムジンが三台渡辺の研究室の前に止まり、その前後を数台のパトカーが警護している。

そして、ノックもなしに三人が入ってきた。

「どなたさんでしょうか?」

 渡辺が慌てて聞く。

 三人のうちの一人は、勧められもしないのにソファーに座った。

「ジュリー・ワシントンさんですね」

 ソファーに座った老人は、たたずむジュリーを見て言った。とにかく態度がでかい。

「はい、わたくしが、ジュリー・ワシントンですけど、どちら様で?」

 ジュリーは、近藤の言っていた東大あずまひろしだと分かったが、あまりにもぶしつけな態度に、とぼけたふりをした。そして、ソファーに座ると大きなしぐさで足を組んだ。東大は、思わず白衣の裾から見える太腿の奥に視線を注いだ。

「帝都電力会長の東大です」

「とうだいさんですか」

「あずまひろしです」

 東大はすでに不機嫌になっていた。

 その不機嫌を察して、随行してきた名古屋電力社長の原小力(はらこりき)がフォローする。

あずま会長は、東京大学法学部を首席で卒業され、大蔵省に入省、史上最年少で事務次官を務められたお方でございます」

 原小力は、ここまで言うと、自分の事のように胸を反った。

「へぇー、それは大したもんですね。東京大学と言うと本郷にあるあの三流大学の事ですね。まあ、三流大学でも主席卒業っていうのはなかなかのもんです。ちなみに、私は、MIT 150年の歴史で最高の成績で卒業しまして、開設以来の天才なんて言われましたけど、オーホホホ」

 ジュリーも負けてはいない。くだらない自慢話の応酬だが………

「東京大学が三流だって………、だいたいMITなんて聞いたことないぞ」

 もう一人の随行員、近畿電力会長、関伝四郎(かんでんしろう)はMITを知らない。


“MIT、マサチューセッツ州工科大学、今までノーベル賞学者を100人近く輩出した大学だ。ちなみに、東京大学は、10人あるか無いかに過ぎない。比べれば三流と言われても仕方がない”


 東大あずまひろしは分かっている。だが、怒っている。

 その顔を見て、原小力はらこりきは、またよいしょをする。

「東会長は、政界、財界のみならず、芸能界、スポーツ界、文学界、果ては極道界にまで幅広く人脈を持たれ、事実上の日本の支配者なんでおわしますよ。総理大臣の首も10人はげ替えてられておりますでございますよ。ええ~い、その方ども、此処におわしますお方をどなたと心得る。畏れ多くも我が国の最高実力者、帝都電力会長、東大あずまひろし様におわしますぞ。一同頭が高い、控えおろう」

 渡辺は、思わず床に座り土下座をしてしまった。


「で、御用件は?」

 ジュリーは聞いた。東大の顔は見ていない。見る気もしない。

「博士も色々とお困りだと聞いております。何やら、大学の外にまでデモ隊が押しかけてきているようで、このままでは、ここにも居られなくなるんじゃないですか」

「…………」

「そこで、提案ですが、あの発電機の特許、我々に売ってくれませんか。一億五千万ほど出しましょう。ついでに、返品された機械も全部定価で引き取らせてもらいますよ。どうですか、一つ考えてみてもらえませんか」

 東大は、薄ら笑いを浮かべながら言った。

 調べ上げている。一億五千万という金額は、開発に要した費用の総額である。これだけあれば、何とか無傷で撤退できる。だが、ジュリーにも女の意地がある。

「御心配には及びませんわ。市場は日本だけではありませんし」

「…………」

「御用がお済ならお引き取り願えませんか。これから講義があるもんで」

 ジュリーにとって、精いっぱいの虚勢であった。

 

「あの女、許さん。こうなったらとことん追い込みかけてやるぞ。俺の力がどんなもんか思い知らせてやる」

 東大は、帰りのリムジンの中で怒りを露わにした。

 そして、秘書に、

「警視総監の飯成いいなりにつなげ」

 と命じた。

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