第4話 帝都電力
「しかし、恥ずかしげもなくあんな真似良くできるな。こっちの方が恥ずかしくなったぜ」
帰りの箱バンの中で渡辺は言った。
「あれで一台売れるんだから御の字よ」
「まあな、そう割り切りってりゃ、それはそれでいいか。枕営業してるわけじゃなしな」
「マクラエイギョウ? それ何?」
「自分で調べとけ」
「あっ、そうだ。渡辺、さっきあんたも私のパンティ見たでしょう。もう一台買ってよ」
「何でだ。こりゃ枕営業よりたち悪いわ」
土日祝日の営業には、カレンも連れて行った。
“「ママ、お腹すいたよ」
「ちょっと待ってなさい。ママ、お仕事だから、いい子にしててね….すみません、母一人子一人なもんで、子連れの営業になってしまって、皆さんにご迷惑かけてるんです」”
子供をだしに使っての営業だ。何でもモハメッド・アリか(古い)?
「しかし、よくやるよな。あんな古典的なやり方でも今でも結構通用するんだ。大したもんだよカエルのしょんべん(もっと古い!)」
渡辺は呟く。
物を売るにはこれだけ必死にならないといけないのだ。完全に脱帽だ。
カレンの協力も得て売り上げは順調に伸び、在庫も残りわずかのところまで来た。とりあえず、当面の利益は確保した。
だが、ほっとしたのもつかの間、ポツポツとクーリング・オフが入り始めたのである。理由は分からなかったが、三か月のクーリングオフの特約を付けていたので法的には応じるほかはない。返品なんかある訳が無いと高をくくっていたのがいけなかった。だんだんとその数も増えて行った。新たな生産を行うかどうか迷っていたところなのだが、新たな生産どころではなくなった。客にクーリング・オフの理由を聞いてもなかなか答えてくれない。
ただ一人、総合病院の理事長が、
「なんか、放射線が漏れるとかという噂を聞いたもんでね。うちは病院だから、ほら…」
と言って、あとは言葉を濁した。
急いで、関東日本ツーリストの近藤鉄三に電話をしたところ、
「ああ、その噂知ってるよ。私の紹介した会社からも色々問い合わせが来てるんだがね。一応、こっちも調べてみたんだが、放射線なんか影も形もなかったよ。皆にはそう言ってるんだがね、噂は一人歩きするから気を付けた方がいいよ」
ということだった。
「放射性物質何て出るわけないんだけど、出るとしたらごく少量の中性子だけど、三重のフェライト鋼で完全に封じ込めているし………何でこんな噂が出るんだろう?」
ジュリーはぼやく。
「小型常温核融合発電機なんて触れ込みがいけなかったんじゃないか? 日本人は、核って言葉に敏感だからな」
渡辺なりの分析だ。
「そうかもね、ただの家庭用小型発電機とでもしてたらよかったのかも….」
「しかし・・・」
「しかし、何よ」
「いや、どうも合点がいかないんとこがあるんだよな。噂ってのは不特定多数の人間の間をさ迷い歩くもんだろう。この噂、どう考えても不特定多数とは言えないよな」
「そうね、どちらかと言うと、狙い撃ちの方が当たってるわよね」
だが、そんな
「ちょっと、これなによ」
と思った時、今度は、中古機械の注文が舞い込み始めた。回収した機械、中古と言ってもほとんど新品だ。だが、定価の十分の一でのオファーである。しかし、資金繰りが大変なジュリーには、応じる他はなかった。
アップ・アップの状態のある日、関東日本ツーリストの近藤鉄三から電話があった。近藤によると、噂を広めているのは帝都電力、略して帝電、そして、中古機械の注文を入れているのも帝電がバックの企業と言うことだった。リミッターを外せば、1台で1000戸分の電力を賄えることが分かり、発電所の補充として購入しているらしいという事も教えてくれた。
「実は、俺んとこもデモ隊が押し寄せたりして大変なんだよ。でもな、俺は、機械返したりしないから安心しな。とにかくだ、こんな陰険なことやらかすのは奴しか考えられん。いずれ、あんたの前にも現れるだろうが、絶対に奴の話に乗っちゃだめだぞ。それにしても、30階だから30台は必要ねなんて、よくもまぁ、抜けぬけと、1台あれば十分じゃないか。やられたな、ハハハ」
近藤の言う「奴」とは、帝電会長の東大(あずまひろし)のことだ。近藤と東は、高校の同級生で、東大法学部でも同期であった。高校生の時、東に執拗に苛められている同級生をかばって争いになり、東をボコボコにしたことがある。それを根に持ち、いまだに何かと近藤の事業の邪魔をする。
今回の件は、単なる邪魔ではないだろう。家庭用常温核融合発電機なるものが登場した限り、東たちにとっては死活問題になるからた。だが、いわゆる「プロ市民」をけしかけて、金銭を与え、放射線云々の噂を流し、デモまでやらせているのはなりふり構わぬと言ったところか。関東電鉄グループ各社にはデモ隊が押し寄せ、何も知らない市民を巻き込んで、「リトル・サン」をめぐる大騒ぎが繰り広げられている。
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