怪物ルスティ

 二人が部屋を出たときには、すっかり日が暮れていた。

 連れ立っていくのは奇妙な気恥ずかしさがあったが、作戦が成功しているかどうかを確認する必要がある。

「怪物たちは、都を壊していないだろうか?」

 ゼクスがいつものように温度の低い声で言うので、あの時間は幻だったのかもしれない、とフィアは思うのだ。

「奴らの様子を見届けたら、国に帰る」とゼクスは言う。

「え?」

 不意をつかれたせいで、思わず声が出たが、それは当たり前のことだった。

「そうね、あなたはリュオクス国の人だもの。手伝ってくれて、ありがとう」

 今回のはあくまでも作戦だ。本来ならば、こんなのは不貞行為だし反逆行為だ、とフィアは思う。

 ただ、肌の気配がまだ残っているようで、面映ゆい。

「地下国の冒険は面白かった。フィアのことが少しだけ分かった気がする」

「おかげで身体を失ってしまったけど」

「そう、おかげで、またこんな機会を」と呟くのだ。その意味はフィアには分からない。ゼクスは、

「最高の時間だった」

 と言って握手を求めてくる。握手に応えると相変わらず力が強い、と言われた。

「お別れの言葉みたい」

 とフィアは答える。ゼクスと離れることを思うと、心に穴が開いたように思うのだ。

「それは勘違いだ。まだまだ、知らないフィアがいる。例えば、異なる姿とか」

 ゼクスはフィアの指先を指で触れてきて、

「ここでは、エナジーに満ちているせいか、爪の形が変わらないのが残念だ」と言う。

「そ、それは、知らないままの方がいいと思うけど」

「それは無理だな、必ず解き明かしてみせる」

「また、会えたら嬉しい」

 と告げれば、ゼクスが弾けるように笑った。

「記憶を失ってもフィアはフィアだな」

「一人で納得して、ズルい」

 彼の取り澄ました表情が崩れる瞬間には、なぜかいつも心が揺さぶれてしまう。


 城を出れば、城前広場にアインとノインがいた。先ほど薄くなっていた姿とは違って、しっかりと存在感がある。

「お父様にフィア、どこにいたの?」

 とアインが聞いてくる。

「城に用事があった」

 とゼクスが言えば、ノインは物言いたげにした。けれど、何も言ってこない。

 そして、なぜか、彼らの後ろには、彼らと同い年ほどの少女がいるのだ。漆黒の巻き髪に深紅の瞳を持つ少女だった。

「あの、あなたはどちら様?」とフィアが尋ねると、少女は不思議そうな顔をする。

「何をおっしゃってるの、お母様」と言うのだ。

「お、お母様ぁ?」

 とフィアは思わず声をあげて、ゼクスと顔を見合わせてしまう。

「私があなたの?」

 と自分を指さし問えば、少女は頷いた。

「いつの、どこの、誰とのだ?」とゼクスに問われても、フィアにはまったく身に覚えはない。

「テオドールとの間に他に子がいるのか?」と聞かれて、

「それは絶対に、ない!魔法で拒否して来たもの」とフィアが言うと、

「そこまで断言するのはいかがなものか。さすがにテオドールに同情する」とゼクスは言うのだ。

「私は、そんなふしだらじゃないのに」

 と苦々しく言えば、

「そうだな、それは知っている」

 とゼクスにあっさりと言われてしまい、フィアはかえって拍子抜けする。

「だとすれば。三つ子だったのか?」

「三つ子?何を言っているの」

「名は何と言う?」

 とゼクスは少女に尋ねる。

「ルスティ」

 と深紅の瞳の強気な眼差しで見つめてくるのだ。

「ルスティは誰に育てられたんだ?」

「フランツ。生まれた頃の私は花の種のように小さかったって、フランツは言っていたわ」

 鈴のように澄んだ声で話すルスティを、フィアはただただ見つめている。ゼクスは額に手をあてながら、

「ルスティを連れてきたのは誰だ?」

 と尋ねた。ルスティはキョトンとしている。

「ずっといたけど?お父様とお母様が、フランツのお屋敷から馬車に乗ったところからずっと」

「え?」

 フィアとゼクスは顔を見合わせるが、その言葉の意味を理解するまでには時間がかかった。


「その言いぶりならば。王都に向かう前から、ルスティは俺たちのそばにいたということになるが」とゼクスが言う。

「そうよ」

「お父様、お母様って誰?」とアインが聞けば、ルスティは、

「お母様」

 とフィアを指さし、「お父様」とゼクスを指さすのだった。

「え?何を言ってんの、こいつ」とノインが言うのだが、

「わぁ。じゃあ、君は僕の兄弟?」とアインは言う。

「僕の兄弟ってことにもなるけど。それは変だ」

 とノイン。

「フランツが言っていた私の弟があなた達よね?人の形をした弟達」

「人の形をした、弟?なんのことを言っているの?」

「私の方がずっと前に生まれたのよ?お母様がフランツのお屋敷にいたときに、温室で生まれたの。だからお姉さん」

「あなたは、何を言っているの?」

 フィアからすれば全く意味の分からないことを言う、自称娘がやって来たのだ。驚くのも無理なかった。


 一方ゼクスもまた頭を抱えてしまう。だが、彼なりに思考を働かせれば、人ではないものが、ティアトタン国に戻る前に生まれていたのだろう、と無理やりながらも理解できた。

「なぜ、姿が見えなかったんだ」

 とゼクスが尋ねれば、ルスティはその場でくるりと回って見せる。姿が消えた、と思えば、石畳の床に爪の先ほどの小さなものが跳ねているのが見える。

「この姿よ。フランツが言ったの。この姿でいた方が、色んな場所に行けるし、面白いことがたーくさん見れるって!」

「面白いこと?」

 フィアは首をかしげるが、

「では、面白いことは、見れたか?」とゼクスは聞く。

「少しは。まだまだ見たりないわ。ね、面白こと起こらないかしら?」

「俺からすれば、今まさに、目の前で起こっていることこそ、面白いことだな。小人になれる自称娘が来た」

「面白さは私にはまったく理解できないけれど?なぜ、私達のことをお父様お母様と呼ぶの」

 怪訝な顔をするフィアだったが、記憶がない以上、ゼクスにとっても説明するのはかなり骨が折れる。信じてもらえるとも思えないのだ。

 しかし要するに、「作戦」はこのルスティをも生存させることに成功したようだった。


 なので、

「ヴォルモント公の悪戯かもしれないな」と言って流してしまうことにした。しかし、フィアは首をかしげている。

「小さーい、すごいなぁ!」

 とアインがルスティに指先で触れただけで、ルスティは遥か遠くへと飛んでいってしまった。

「きゃああ、おもしろーい」と本人はとても楽しそうな声をあげて飛んでいく。

「ええ!?飛んじゃったぁ」

「アインにノイン。自称お姉様を拾って来い」とゼクスが言い、アインとノインは自称お姉様を探しに走るのだった。

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