友愛女王の友好関係
ルスティは隠れ家に飛んでった、しばらくそこにいるみたい、とアインとノインが報告にやって来たところで、ゼクスは言う。
「作戦は成功していたな。国に帰るよ、フィア。王都で異変があるとアルフレートからもビアンカからも聞いている。心底面倒だが、放置も出来ない」
「そうね、私も王都のことは気になる。エアハルトも、ルインもどうなったのか知りたい」
「そして、帰国に当たって、ノインを連れていきたい」
「ええ?」
とフィアとノインが同時に声をあげる。
「お母様と離れるのはイヤだ!」とノインは言うのだが、
「ノインはテオドールと馬が合わないんだろう。俺が引き受ける。構わないな、テオドール」とゼクスは言うのだ。
そして、
「ああ、さっさと連れていけ。厄介者だ」
とテオドールは吐き捨てた。突如姿を現したテオドールに、フィアは驚き思わず後ずさってしまう。
「て、テオ!いたならば、もう少し存在感を表して」
「代わりにアインを置いていく」
「え?」
とアイン。
「最強の魔術師様は、その誰か似の顔があれば。かなりお優しくしてくれるだろう」
「テオドールは、僕の顔が好きなの?」
とアインがテオドールをじっと見つめ、小首をかしげると、テオドールは顔をそむける。
「うるさい子どもは嫌いだ」
「元気のいい、子どもの面倒を見るのはやぶさかではない、だな」
「誤訳をするな」
「フィアを護り支えて欲しい。護られるばかりの女王ではないとしても。そうだな、友人として」
ゼクスが茶化すように最後の単語を放り込み、テオドールの視線が険を帯びる。
「友人の定義は、独自に解釈させてもらう。王都の犬、さっさと去れ」と言うのだ。
「ああ、犬なのは間違いない。退屈な役割だ」とゼクスは肩をすくめるのだった。
そして、今度はフィアに向きなおり、
「ノインを騎士に育てる。フィア、俺に預けてくれるか?」と尋ねる。
「ノインが良ければ、それでもいいけれど」とフィアは答えるが、
「全部いかなきゃダメ?分割してお母様のところに残りたい」
とノインはフィアにややすがり気味だ。けれど、フィアは首を横に振った。
「行くならば、全部で行きましょう。王都で何か起こっているならば、ノインの力は助けになるかもしれない」
ノインがしょぼん、と音を立てるかのように、気落ちした顔をする。心もとない顔をするので、フィアも少し心を揺さぶられた。
「大丈夫。ゼクスは信頼できる人だから。今は、あなたにとって兄と言ってもいいような姿になってしまっているけれど」
「でも。お母様はお父様に、またいじめられるかもしれない」とノインがテオドールを睨みつけながら言うので、フィアは目を丸くする。
「テオが私を?何のことを言っているの?」
「お父様が、いつも、お母様に。もっともっとって」
「もっと?」
「お母様がイヤだって言うのに。まだ、欲しい、やめないって。いじめるから。出て行ったんだよね?」
「の、ノイン、それは」
さすがに鈍いフィアでも、何のことを言っているかには気づいた。
どうして、それを、あなたが知っているの、と問うまでもなく、ノインは分割してあちこちに忍び込んでいたのだった。
ゼクスはごほん、と咳払いをし、
「ノイン。早く去れ、さもなくば、また地下国に行ってもらう」とテオドールが言う。
「お父様なんか、怖くないよーだ」とノインはあっかんベーをしてみせるのだ。
「散れ」
と言ってテオドールは手の平を向けて、ノインに吹雪を浴びせかけていくのだが、ノインは瞬時に溶かして水蒸気にしてしまう。次はテオドールが魔力をあげて、極寒の猛吹雪を作り出し、ノインが灼熱地獄を作り出す。
「寒い、暑い。死んじゃうよ」とアインが言う。
永遠に続きそうな不毛な闘いが、突如始まり出したので、
「私は大丈夫だから、その。お父様は、いじめたりしないから」とフィアは口をはさんだ。
「約束はしない。しようと思えば、いかようにでもできる」
とテオドールがフィアに視線を送りながら、思わせぶりな口調で言うので、テオ、とフィアは諫める声をかける。
「黙って。いつもの、教育的に最悪な語彙力は発揮しないで」と視線を送るのだ。
「ああ、友人同士の戯れだな。仲のよろしいことだ」
とゼクスがけん制するので、テオドールは眉間に青筋を立てながら、睨みをきかせるのだった。
「さて、ノイン行くぞ」とゼクスは言う。
「どうやって帰るの?」
「俺一人なら駆ければ一瞬で王都だが、ノインは付いてこられるか?」
「ゼクスは速すぎる、無理だよ!僕は姿を変えれば、飛べるけど」
「あの姿は、目立ちすぎるな」
深紅のドラゴンが空を飛べば、目立つことは必死だろう。
「お前達、止まっていろ」とテオドールが言い、ノインとゼクスの前に手の平を向けた。
「テオ、何を?」
「邪魔な者は王都に送る」
テオドールが手をかざせば、地面へと魔方陣が現れ出る。青白く光る文様の向こう側には王都の門が見えていた。
「それはありがたい」とゼクスは言い、ノインはまるで打ち棄てられた子猫のように、フィアの方を見ていた。
「ノインをお願い、ゼクス」
「ああ、任せてくれ」
「それと、その」
フィアが言いよどんでいると、ゼクスは指を空へ向け、上を見るように合図をしてみせる。なに、と言うが早いか、強烈な光の渦がやって来た。
「うわ」とアインとノインが声をあげ、「浅はかだな」とテオドールは呟く。
バサッと何かが覆いかぶさって来る気配がして、光りを遮られたのが分かる。マントで覆われたと分かったときには、身体を強く抱き寄せられたのが分かった。そして、唇がふさがれる。
思いのほか深く濃い口づけが来て、フィアは自分の、そしてゼクスの吐息でむせ返りそうになってしまった。
これは、何?
どうして。
こんな口づけを、知らない。とフィアは思った。
いえ、知っていた?
「またな、フィア」
吐息まじりの声で言われたときには、既に身体は離れていた。眩しさで目をつぶっていたアインもノインは何が起こったのか、辺りを見渡している。
「厭らしい」
とテオドールが言い捨てるのを、フィアはどこか上の空で聞いていた。
ゼクスはノインに来るように言い、現れ出た魔方陣の中へと足を踏み入れる。
「お母様」と言うノインに、フィアは手を振った。
「大丈夫」とフィアが言えば、ノインは唇を噛み締めながら頷く。
「またねー!お父様、ノイン」とアインも手を振った。
「二人とも、また」
と声をかけたら、ゼクスは手をあげて、「ああ、また」と言う。
そして、二人は吸い込まれていった。魔方陣が消えた後には、二人の姿は跡形もなく、消え失せている。
「二人とも行ってしまったわね」
寂しい。けれど、また、と言われた。
それを信じようとフィアは思う。
力強く触れられたその気配と、唇に触れた体温が残っていた。
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