王位奪還完了


 そのとき突如、城がぐらぐらと揺れ始めた。辺りを見渡すが、何が起こっているのか、分からず顔を見合わせる。巨大な鉛の塊が、城の壁を突き破って来たのを見て、

「ギルバート!」

 とテオドールが怒りをあらわに言い放つ。

「ギルバート?」

 フィアにとっては名前だけ聞く、ティアトタン国の軍司令官名前だ。

 鉛の塊はなおも放り込まれてきて、城を破壊していく。

「ここに集まっていることを知り、攻撃を仕掛けてきたな」とテオドール。

「軍の司令官が何でテオに攻撃を仕掛けるのよ!?」

「ティアトタンは争いの国だろう。反目し合うのが常だ」

 ノインとテオドールの親子喧嘩、テオドールからのコトス達の圧政、コトス達と兄達の親戚喧嘩、テオドールとクロストの王位争い、そしてギルバートとテオドールの内部崩壊?


 耳にしただけでも、争いの種が多すぎて、フィアはウンザリしてきていた。

「テオ、私を護ると思ってくれるならば。争いを失くす協力をして」

「それは懇願か?それとも命令か?」

「愛らしく頼めば、喜んで乗るそうだ」とゼクスが差しはさんでくる。

「お願い、テオ。このままじゃ城も壊れてしまう。私が継承すればお父様の結界魔法が使えるはず」

 そのとき、

「観念しなよ、お父様」と言ってノインが宝剣をテオドールへと放る。分割したノインが、宝剣を盗み出していたのだ。そしてノインはもう一人のノインと一体化していく。素晴らしい、と言いゼクスが口笛を吹いた。

「ノイン、その能力を隠していたのか」

 とテオドールが言うが、ノインは知らんぷりを決め込む。相変わらず可愛げのない奴だ、とテオドールは思う。

「結界魔法であなたを護れる。そしてみんなのことも。私を少しは信頼して欲しいの」

「お前が描く未来に、誰がいる。オレはそこにいるのか」

「何言ってるの、テオ。当然いるでしょ」

「友人として?」

「ええ、友人として。あなたは私の大切な、友人だもの。昔からずっと」

 自然を目が合い、フィアはテオドールの深海のように暗く瞳に、光が差したのを見た。何かの折にふと差しこむだけの光が、今はハッキリと見える。テオドールの口元がほころぶのをフィアは見た。

「敗け、だな」

「テオ?」

「どうやっても、屈服させられない。かえって心が奪われるばかりだ。勝ち筋は、見えない」

「何言っているの?そもそも私たちは闘っていないでしょう?」


 ――――心は絶対にあげない。

 そう言ったかつてのフィアを、フィア自身は知らない。ただ、テオドールだけは、知っていた。

「フィア・ティアトタン。いや、女王陛下、全てを捧げよう」

 宝剣をフィアの肩に触れさせ、そしてテオドールはひざまずいた。そして恭しくその手の甲に口づけをする。

「わぁ、キスだ。なんか、恥ずかしいね?」とアインが言い、ノインは顔を赤くしながらその顔を背けていた。

「テオ。ありがとう」

 フィアが微笑めば、テオドールは面映ゆそうにするのだ。

 フィアは自身の中に、力の萌芽を感じた。今はまだ、何もしていないし何も分からない、無能で無知な女王だ。

 そして今、出来ることは一つ。

 フィアは王の間の床に手を両手を付いた。そして、自分の身体中の力を注ぎこむ。

 床から壁へ、壁から窓の外へ、都へ、そして城壁の外へ、国の外へと。

 魔法のエネルギーがしみ込んでいった。壊れていた壁は一瞬のうちに修復され、鉛の球は溶けて消えていく。

「見事だな。エネルギーが充溢している」

「だが、根本的な解決にはなっていない。ギルバートをどうにかする。封印を解け」

 テオドールはフィアに言う。

「でも」

 少しだけ、戸惑いがあるのは事実だ。

「女王陛下はオレを信頼できないのか」

 と平淡な口調で問われて覚悟が決まる。

「いいえ、封印を解くわ」

 とフィアは言い、テオドールの手の甲に指輪を触れさせた。ぞわっとするほどの冷気がテオドールから立ち上るのが分かる。フィアがそのときチラッとテオドールを伺ったのは、今逆に封印されたら完全敗北する、と思ったからだ。テオドールは、

「ありがとう」と言い、音もなく消え去っていく。

「あ、あ、ありがとう!?」

 フィアは驚いて腰を抜かしそうになった。テオドールがお礼を言うなんて、初めて聞いたからだ。

 テオドールの中で、何が起こったのか、フィアには分からない。けれど、何かかが確実に変わったのに違いないのだ。


 間もなく、盛大な衝撃音が聞こえ、再び音もなくテオドールが戻って来る。

「完了だ」

「え、ギルバートは?」

「ギルバートの現状を題するなら、「氷の愚者」だ。処理方法は指示を仰ぐ」

 端的に告げた。要するに凍らせて黙らせてきた、と言うことなのだろうと思う。

「も、もう?」とフィアが尋ねれば、テオドールは頷く。

「砕くか?」と言うので、

「い、いいえ。ギルバートと話しに行くわ。話し合いをしましょう」とフィアは前のめりに言う。そうでなければ、すぐにでも砕いてしまうと思ったのだ。

「では、牢獄に入れておく。謁見の時期まで刑に服してもらおう」

 とテオドールが言う。

「牢獄って、まさか」とフィアは思い異議を申し立てようと思うのだが、声をかけるまでもなく去って行くのだ。足音もなく、消え去って行く。

「かなり有望な魔術師だな。王都にも欲しいくらいだ」とゼクスは言う。


「また地下国に幽閉するつもりかしら」とフィアが一抹の不安を感じ始めたところで、

「あれ~!?」

「身体が薄くなってる」とアインとノインが口々に言った。

「え、なぜ?」とフィアは二人の姿を交互に見る。

「何かの魔法かなぁ」とアインは言うけれど、ノインはすっかり怯えた顔をしていた。

「お父様が?」とノインは言うけれど、

「テオは、いえ、お父様はしないと思う」とフィアは言う。

 フィアやゼクスには異変がないことを思えば、二人だけに起こっていることだ、とフィアは思う。

「何で、二人だけに起こっているの?」

「二人だけ、か。だとすれば、この二人の共通点を考えればいいのか」

「共通点?アインは、あなたとあなたの愛する人との子どもよね?」

 愛する人、と口にするフィアの言いぶりに、さすがのゼクスも居心地の悪さを覚えた。

「そして、ノインは。私と」テオの、と言い募るフィアに、

「ああ」

 と答えながら、ゼクスの頭には一つの仮説が思い浮かぶのだ。まさか、とは思う。

 フィア以外の近しい人間が知っている事実。二人の双子関係のもたらした、その起源をゼクスは頭に思い浮かべる。

 今のフィアはスクールを卒業した時点の肉体を持っていた。騎士団に入る前のフィアであり、まだ、出会っていないはずの存在だ。

 それは、ゼクス自身も同じだった。

 だとすれば――――。

 あのあやまちの痕跡はどこにもない。奇跡の結晶を証明する身体の痕跡は、どちらにもないのだ。


「だとすれば、非常にマズいな」とゼクスは呟く。

「マズい?」

「ああ、舞台も条件も最悪だ」と頭を抱え始めるので、フィアはすっかり驚いてしまうのだ。そんな姿を見たことはない。

「ゼクス、どうかした?アインとノインのことで、何か分かったの?」

「仮説でしかないが、思い当たる節はあるな」

「じゃあ、教えて。このままだと、二人が消えてしまうかもしれない」

「二人が消えてしまうのは、困ることか?」

「何言っているの、当たり前でしょ」

「ノインはともかく、アインは王都で出会ったばかりだろう」

「アインは私の友人だもの。そして、あなたとあなたの愛する人の子でしょう?消えてしまうのは、困るに決まっている」

「そう。愛する人の子、だな」

 言葉の意味をしっかりと含み込むように、ゼクスが口にするので、フィアは面映ゆくなる。アインの母親の話をするときだけ、彼の表情が柔らかくなり、口調が甘くなるのを、フィアは知っていた。

 彼に愛された人が羨ましい、と思わず思ってしまう。

「二人を存在させるためには、しなければいけないことがある」

「しなければいけないこと?それは、私に出来ることなの?」

「ああ、フィアにしか。そして、俺たちにしか出来ないことだ」

 とゼクスは言うのだが、その表情に躊躇いの色が見受けられるように、フィアには感じられた。

「ただし、フィアにとっては我慢を要するものだと、思う」

 いつも冷静沈着で、強引にでも周囲を巻き込んでしまうゼクスにしては、心もとない物言いだ、とフィアは思う。

「我慢を要するもの?それはどんな」

 フィアの問いには答えずに、ゼクスはアインとノインに声をかけた。

「アインにノイン。身体を残すために、非常に重要なことを行う。ビアンカあるいはアルフレートの元に行っていてくれ」

「なんで?僕たちだけ?」

「えーお母様とゼクスは?」

 不満の声をあげる。けれど、ゼクスは、

「このまま消えたくなければ、言うことを聞くんだな。善処するが、すべてはフィア次第だ」と有無を言わさずに追い出してしまうのだった。

 そして、フィアの手を取り、尋ねて来る。

「フィア、二人を存在させるために、ご協力いただけないだろうか?」

「勿論、協力するわ。何でそんなことをわざわざ聞くの?」

 フィアが言えばゼクスは長く長く、ため息をつくのだ。どうしたの?と問うフィアに、

「ここへ来て、信用を失うことをしなければいけないことが、苦しいんだ」とゼクスは言う。

 そして――――。

 触れた手からビリッと痺れを感じた。

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