前戦争の真実

 魔法研究所内の、機密施設という場所に案内される。円環上に立ち並んだ建物の一つで、物々しい重い扉で塞がれていた。フィアが普通に押してみても、開きそうにない。

「魔法を込めないと開かないようになってるんだ」と言って、アインは片手で扉を開いていく。

 アインはエアハルトを抱え上げて運んでいた。6歳ほどの子どもが異形の姿に変化している成人男性を抱え上げている姿は見ものだ。

 中に入ると、ルインとゼクスが待っていて、

「お疲れ様、フィア」

 とルインが声をかけてくれる。ゼクスの姿を見つけたフィアは、さっきエアハルトの言葉に心が揺らいでいたこともあり、少々気まずい。

 どう切り出せばいいのか、と迷っていれば、

「エナジーの取り方は分かったか?」とゼクスは想定外のことを聞いてきたので、フィアは驚く。

「ま、まさか、そのために?」

「ああ、実地体験が必要だろ?たまたまフィアの場所に、ビュンテ団長がやって来て良かったな」

 しれッといわれて、フィアは身体の力が抜けてきてしまった。

「ただ、それだけのためじゃない。同族と認めた相手にならば、ビュンテ団長がぺらぺらと目的を話す可能性が高い。と踏んだ」ゼクスが視線を向ければ、エアハルトは顔をそむける。

「ほら。こうして、総督はあなたを利用したと認めておいでだ」とエアハルトは思わせぶりなことを言うものの、

「エアハルト、こっちだよ」とその意図をものともしないアインが更に扉を開いて、エアハルトを運んでいく。


 扉の向こうには透明な柵で出来た牢があった。戸を開いてアインはエアハルトを中に運び込む。そして、鎖の一部分を柵にくくりつけて、自分は牢の外に出てきた。

「ビュンテ団長。アインの乱雑なエスコートにより、不快な思いをさせて大変申し訳ない。ただ、お聞きしたいことがある」

 ゼクスが特段エアハルトの姿を気に留める様子もなく言うので、エアハルトも少々戸惑い気味だ。

「この姿を見ても、あなた方は何とも思わないのですか?」

 今のエアハルトは頭に角を持ち、下腿は四つ足で顔から腰までは人の姿をとっている。地上では珍しく、恐らくは忌避される姿だろことは、フィアにも分かっていた。だからこそ、フィアもその姿を封じていたのだから。

「大変個性的だ、とは思っているが。何とも、とは?」

「ユニークだとは思うけれど」とルインが言う。

「王都や地上では相まみえない、宵闇に隠れる他ない、この異形の姿です。これまで、異形の者たちは、避けられ貶され、地下へと押し込められてきました」

「ああ、なるほど。避けて貶す反応が欲しいのか」

 とゼクスは淡泊に返すのだ。

「何をおっしゃっているのです?」

「ビュンテ団長、既定路線は退屈じゃないか?避けられると思っていたら、避けられた。貶されると思ったら、貶された。それでは何の驚きもない、非常に退屈だ。そんな反応を、返して差し上げるつもりはないな」

 ゼクスは肩をすくめてみせた。

「僕も同意だな、既定路線では新しい発見は出来ないしね」とルインも言い添える。

「あなた方は、少し、変わっておいでだ」

「そうかもしれない。俺はとりわけ、手に負えない怪物には、心惹かれてやまないんだ」

 ゼクスがそう言って、おもむろに自分の方を見るので、フィアはドキっとしてしまった。

「僕のことだね、お父様は僕のことを愛してるから」

 とアインがあっけらかんと言う。

 物言いたげにしながらも、

「王の目的は?」

 そうゼクスが差し込んだ言葉に、エアハルトは言葉を詰まらせる。フィアには先ほど、武器を求めていると語っていた。

 それが本当の目的かどうかは分からないけれど。

「では、質問を変える。本物の王はどこにいる?」

「本物の王?不思議な言い方ですね」

「今の王は、前戦争の時点で入れ替わった王だろ?だからこそ、記憶を消した」

「それは、あなたの妄想ですよ」

 エアハルトの声の動揺は、フィアにも分かった。

「では、妄想でもいい。本物の王の場所を教えてくれ。そうすれば、貴殿の兄君、姉君を解放しよう」

 エアハルトはハッと息を飲んだ。

「なぜ、それを?」

「この施設の牢に、兄君、姉君には入っていただいているんだ。中々、謎の多い方々だった。その関係を探るのは中々骨が折れたが」

「なるほど、兄上や姉上の気配が消えていったのは、ここにいたからなのですね」

「その1、2か月の間に、身元不明の人たちが騎士団や軍に出入りするようになったからね、ことごとく確保していたんだ。上手く紛れているようだったけれど。放蕩を装った二つ名は怪しいって、ゼクスが言っていてね」

 ルインの言葉を受けて、ゼクスの視線が自分に注がれるので、フィアはぎくりとする。「後朝待たず」は自分のことではないはずなのに。

「ビュンテ団長、貴殿のご兄弟に危害を与えたいわけではない。ただ、本物の王に会って、魔法を解いてもらいたい。前戦争の真相が知りたいんだ」

 ゼクスの言葉に、エアハルトは白けたようにして、長いため息をつく。

「王都の地上の方々は記憶もなければ、ご存知もないかもしれませんね。前戦争。あれは、単なる」

「単なる?」

「怪物たちの家族喧嘩ですよ」

「家族喧嘩?そんなわけ」

 フィアは思わず声を上げる。あんなに被害が大きかった戦争が家族喧嘩?そんなわけがない。

「地下国出身のライア様が、リュオクス国に武器を手渡しました。ライア様の夫であるティアトタン国王が、ライア様のご家族である地下国の者を、地中の深くに閉じ込めたからです」

「あの。ライア様って?」

「圧倒的な力を持つ武器を与えて、リュオクス国が勝つように、ライア様が仕組まれました。そしてティアトタン国が大打撃を受けて、今のように王都が逆転したのです」

「ちょっと、待って。エアハルト。ライア様というのは?」

「今や、その存在はこの大陸中に根を張っています。あらゆる国の王は、傀儡にすぎません。ライア様が、我々の王です」

「エアハルト!ライア様というのは?」

「さっきから、何ですか?リウゼンシュタイン元団長様?」

 話の腰を折られて、やや迷惑そうにエアハルトは言うけれど、フィアからすればしっかりと確認しておかなければいけないことだ。

「その、あなたの言うライア様というのは、ライア・ニュクスのこと?」

「なぜ、ご存知なのです?」

 エアハルトのみならず、ゼクスやルインの視線がこちらの向いているのが分かる。ここで明かすのが正しいかどうかは分からないけれど。

「ライア・ニュクスは私のお母様なの」

「フィアのお母様かぁ、会ってみたいな」のん気なアイン以外は、事の複雑さを理解しようとしているようで、沈黙がおりる。

「話の流れからすれば、フィアの両親は中々の大物だな」とゼクスは言う。

「お母様は、亡くなったとお父様から聞いていたのに……」

「あなたのお母様がライア様?ライア様は最後の武器をご息女に残された、と。では、ひょっとしたら。それが」

 エアハルトの視線がフィアの耳元に注がれた。そして、

「王、今ここに、獲物があります!」

 と高らかに叫ぶ。フィアを始め、ゼクスやルインも、なぜエアハルトがそんなことを言うのか分からなった。

「え?」と声をあげたのはアインだ。アインが両手をまるで万歳するかのように上げていた。

「アイン?」

 アインがフィアの元に近づいてくると、両耳に触れてきて、カフスを外していく。あっという間に、カフスはアインの手におさまった。

「何をしているの?」

「フィア、身体が上手く動かないんだ」

「それを、王の元へ持っていってください」とエアハルトはアインに命じる。

「持っていったらどうなるの?」

 とフィアが問えば、

「武器が揃えば、地下国が解放されます」

 とエアハルトは言った。

「解放されたらどうなる?」とゼクス。

「地下国にいた者たちが、地上の者たちに取って変わるでしょう。今まで迫害されてきた分、より、自分たちの都合の良い形で地上の人間を排除するでしょうね」

「それは、マズいな」

 とゼクスは言い、アインに向かって剣を抜き、一思いに振るうのだった。

「わっ!お父様!ヒドイよ」と言いながらも、アインは手持ちの剣でゼクスの剣を受ける。

「カフスを渡せ、アイン」

「身体が動かないんだってば!」

 そう言いながら、施設から出て行こうとするのだ。

「エアハルトが操っているのかな?」とルインが言う。

「では、気絶させればいい」

 とにべもなくゼクスが言って、手のひらをアインとエアハルトに向け、雷撃を放つ。アインは素早くかわしていき、エアハルトもすんでのところでかわす。

「お父様!それ、当たればすごく痛いんだよ。決闘ならルール違反だ!」と不平不満を言っている。

「僕たちからすれば、痛いというレベルじゃないよ」とルイン。

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