実地体験
「なるほど、上手く化けたものですね」
とエアハルトがしたり顔でこちらを見て来たことで、フィアは自分のミスを知る。油断したせいで背後を取られてしまったのだ。
首の後ろに、不本意な刻印を受けた感触があったと思えば、エナジーが流れていく気配があった。
爪の形はすっかり変わってきており、手の形も変わってきている。
「なぜこんなに、強い魔法を感じられるのかと思っていましたが。やはり、異形の姿をお持ちだ」
「まさか、これは罠なの?」
「どう思われますか?あなたは、総督を信じすぎているのでは?ここに来るように言ったのは、どなたでしたか?」
「それは」
ゼクスがエアハルトを探っている噂を流すと言って2日と経たないうちに、その噂は瞬く間に広まった。人の口を介していくうちに、フィアが逢瀬相手としてエアハルトを求めている、と尾ヒレも付いてくる。間もなく宝石商の娘が帰って来て、今までの例と似たような証言をしていた。
今までと違う点は、帰って来る前にいた場所を少しだけ記憶していたことだ。宝石商の娘が、「ステンドグラスがあった記憶があります」と証言していたため、フィアはゼクスにステンドグラスのありそうな場所を聞いたのだ。
そして、王都外れのこの礼拝堂へやって来た。
礼拝堂の扉を開き、中に入るや否や、羽交い絞めにされる。そして、首の後ろにキスを受けた。そこからはもう、ただひたすらにエナジーが流れ出て行き、姿が変わっていく―――――
「情に絆されて、信用しすぎているのではないでしょうか?彼は、あなたを陥れようとしているのかもしれない」
「そんなことは、ないと思う」
本当にない?と一方では思う。
彼に対して、もろ手を振って信じてしまっている面は、確かにあるのだ。
「異形の姿をお持ちということは、地下にルーツをお持ちなのでしょう?だとするならば、地上に居場所を求めるのは酷なことですよ」
「あなたも地下国の?」
フィアが言えば、エアハルトは高らかに笑う。
「ここでそれを明かすわけがないでしょう」
首の後ろからエナジーが漏れ出てくる感覚があり、フィアの手足は徐々に姿を変えていく。手足が白銀の毛並みを持つ獣の姿を取り始めたことで、フィアの中には焦りが生まれてきた。
どうしよう?このままではいけない。
姿を見られるのもマズいが、力が制御できなくなればもっとマズい。
「そのお姿では、ここから出るのも難しい。どうですか?取引をしましょう。元に戻るためのエナジーを少しだけ差し上げる代わりに、私の手足となって王のために動いてください」
「王のために?」
「王は地下国の者が暮らせる国を約束してくださっている。王の洗礼を受けた三つ目の武器が揃えば、地下国を解放できるんです」
「三つ目の武器?」
「黄金の剣とトライデント。後の一つは、分かっていません。ただ、王は自分の子どもに託したと言っています」
三つの武器?父であるラヌス王が昔話していたように思う。
ティアトタンを破壊したのは、黄金の剣であったと。
「どうでしょう?そのお姿をしているあなたにとっても、悪い話ではないと思います。総督も騎士団の面々も、もっと言えば、王都の誰もがみな地上の者たちです。潜んでいなければいけないあなたのような人の心は、彼らには分かりません。彼らとは永久に分かり合えないと思いますよ」
「そんなことは」
フィアは母国でも本当の姿を晒すことは、許されなかった。それは力を制御しなければ、皆から恐れられると言われてきたからだ。
「心では分かっているんでしょう?誰とも分かり合えない。力を制御した姿でいくら愛されても仕方がないと。私には理解できますよ?」
手を伸ばしてきたエアハルトをすぐに即座に振り払えなかったのは、ほんの少しだけ、心に刺さる言葉があったからだ。
「では取引は成立ですね」との声と、
「そこだな!いけー!ガブリ」
との声が同時に聞こえる。そして、フィアは自分の目を疑った。
天井から何かが落ちてきて、エアハルトの首元に噛みついたのだ。
その瞬間にエアハルトから、凄まじいエナジーが流れ出てくるのを感じた。
「フィア、もらっちゃえ」とその人物が言う。フィアは咄嗟に、エアハルトの首元に手を置く。
「何をするんです!」
逃げようとするエアハルトを、その少年、アインと共に押さえつけた。そして、エナジーを手から吸い取っていく。
エアハルトの姿が徐々に変わっていくのを尻目に、フィアはエナジーを存分に吸い取って者の人の姿に戻っていった。
眼前のエアハルトの頭部には角のようなものが生えて来て、更に下腿は四つ足に変化していく。徐々に獣の姿を取っていくのをフィアは見た。
恐らくこれが「曙光嫌いのエアハルト」なのだ。
「な、何でこんなに力が強いんだ!?」
とエアハルトは言う。怪力のフィアとアインが二人がかりで掴んでいれば、逃げられる人はほとんどいない。
「さてと。お父様に言われたんだ、これをはめてれば、魔法を制御できるって」
そう言ってアインは、エアハルトの四つ足をそれぞれずつに、足枷をはめていく。
「ゼクスは私にどうしてこの場所を?」
エアハルトの言っていたことが、フィアは気になっていた。アインは首をかしげながら、言う。
「フィア。王都には、ステンドグラスがある場所は山ほどあるんだよ?」
「え?そうなの?」
「王都内のステンドグラスのある場所に全部に、人員を配置したら。たまたまフィアのところにエアハルトが来たってこと。ラッキーだったね?」
「たまたまなの?」
「どうかな?エアハルトがフィアの魔法の匂いを覚えていたのかも」
「でも、アインがここを分かったのはなぜ?」
「僕はフィアの場所は分かるんだ。フィアの魔法の匂いを覚えたから。お父様のも分かるよ」
と言って、アインはエアハルトの首にも鎖のついた枷をつけていく。もがくエアハルトが徐々に動きを鈍くしていった。
「フィアをたぶらかしちゃ、ダメだよ」
と言って、アインは鎖を引いて礼拝堂を出て行こうとする。エアハルトはすっかり引きずられる格好になっており、少しばかり同情した。
「あ、あの。アインどこへ?」
「研究所だよ」と言いながら鎖を強引に引っ張って,、あわよくば逃げ出そうとするエアハルトをいなす。
「ず、随分、手慣れてない?」
「うん、これで5人目だね。お父様は異形の姿を持つ人をコレクションしてるから」
「コ、コレクション?」
「フィアも行こう?ご褒美がもらえるかもよ」
ウキウキと弾んだ調子でアインは言う。強引に引っ張られて対照的にぐったりとしているエアハルトが気の毒だった。
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