王都へようこそ

 迎えに来た馬車の中で、フィアはゼクスに「どちらがいい?」と聞かれる。

 住まいは騎士団の寄宿舎か、屋敷か、どちらか選べと言う。

 フィアは少し考えて、

「どこかで閉じこもっていなければいけないの?だとすれば、どちらでも」と答えた。

「言われれば大人しく閉じこもっているのか?すっかり飼いならされているな」とゼクスは言う。

「仕方ないでしょ、私は7年以上そういう風に過ごしてきたの。城から出ることは許されなかった。テオ、いえ、夫がそれを望んだから」

 と告げれば、7年以上か、と言い、ゼクスが物言いたげな視線を送って来る。

「なに?」

「ならば、騎士団へ。鍛え直しが必要だな」

「え?」

「それと、王都では抑制魔法か抑制剤を使え。その手で触れれば、相手の骨が折れることもある。今はこの抑制剤を飲んでくれ」

 そう言ってビンを渡してくる。指が触れ、ごめんなさい、とフィアは声をあげた。たった骨が折れると言われたばかりだ。ただゼクスは痛がる様子もない。

「何ともないの?」

「事情がある。それに、日夜、怪物の相手をさせられているんだ。このくらいは何ともない」

「怪物?」

 フィアの問いには、今に分かる、とだけ答え、王都での注意事項をゼクスは話していく。

 一、 魔法や力を公衆の面前で振るわないこと

 二、 親し気に話しかけてくる人間には、適当に話を合わせるか他人のそら似を装うこと

 三、 王宮には近づかないこと

 四、 抑制剤に関しては研究所のルインに相談すること

 五、 面倒事に巻き込まれたならば、記憶がないと答えること

 ・・・

 と、伝えてくるのだった。


 王都の生活に関する注意事項を聞き、フィアは「親切にありがとう」と告げる。

 言葉を受けたゼクスはフィアの顔をまじまじと見つめ、

「記憶がないだけで、こんなにも印象が変わるものなのか。たしかに、深窓の令嬢だな」と呟くのだ。

 ゼクスがフィアの横髪を手に取り、視線を合わせてくるので、フィアは妙にドギマギしてしまった。

「何を言っているの?」

「牙を抜かれたご令嬢か。まったくそそられない」

 さらりと言われ、フィアは口をあんぐり開けたまま、静止してしまう。

「し、失礼な人ね!そそってもらわなくて結構です!」

 と言って髪に触れていた手を振りはらえば、フィアの手が座席に強く触れる。ミシミシッと音を立てて、ヒビが入った。

「抑制剤を」と淡泊に返されて、フィアは何とも言えない気分になる。

 なんて、失礼な人なのか、と思った。言われるままにフィアは抑制剤を口にする。

 馬車は一路王都に向かっていた。フィアにとっては1年ぶりの来訪だが、記憶のない状態においては、初めての王都である。華やかな王都の街並みに、フィアは胸を躍らせてしまうのだ。

 その屈託のないフィアの様子を見たゼクスは、ある種の危険を感じていた。事情を知らない連中の好奇の目に晒されたとき、かなり面倒なことになるのではないか、と。


 ※※※


 ゼクスから「王都に慣れるためにも、少し街を歩いてみるか?」と聞かれ、「ぜひ」とフィアが喜べば、ゼクスは御者に言って馬車を都の外れに停車させる。積み荷は先に騎士団の寄宿舎に運ばせる、と言うのだ。

「綺麗な街」

 橙や柊色、空色など彩り豊かな屋根と石畳の街並みに、フィアは感激の声をあげる。街路樹や花壇、街灯の意匠もフィアの国では考えられないほど種類が豊富だ。

 心躍らせるフィアを不思議そうに見守っていた。しばらく歩いていると、

「シュレーベン様、お帰りなさいませ」

「ご視察でしたか?お疲れ様でした」

 とゼクスに声がかかる。ゆく道でかけられる声に、

「有名人なのね」

 とフィアは感想を呟く。だが、ゆく道で声をかけられるのは、ゼクスだけではなかった。フィアにも、何度も声がかかる。

「フィア、久しぶり。どうしていたんだ?最近はまったく来てくれないじゃないか」

 妙に親し気に話しかけてくる男性や、

「フィア様、どうされていたんですか?最近めっきりお話を聞かなくなって、心配しておりました」と言って、どこか崇拝するような眼差しを向けてくる女性がいるのだ。

 フィアはすっかり戸惑っていたが、ゼクスに前もって言われていたように、それとなく話を合わせて切り抜ける。しかし、

「ずっと待っていたのに、何で来てくれないんだよ」

 と思いの丈を一方的にぶつけてくる男性に出会ったときには、さすがに困ってしまった。

「待っていた、とはどのような?」

「いつも来てくれるだろ、夜に」

 夜、の単語にゼクスからの視線を感じる。

「夜?」

「あんなに熱い夜を過ごしたのに、オレはもう用済みなのか?」

 とまで言われたところで、フィアはその意味を理解して恥ずかしくなった。記憶のないフィアからすれば、冤罪だ。

「あの、人違いをされていますよ?私はこちらに来るのは初めてですし。そもそも、夫以外とはそのような」

 ごほん、と咳ばらいをして、ゼクスが助け船を入れる。

「すまないが、長旅によりリウゼンシュタイン殿はお疲れのようだ。またの機会に、お話しいただけないだろうか」

 ゼクスが声をかければ、男性は慌てて頭をさげ、

「ああ、任務ですか?総督様とご一緒でしたか。フィア、じゃあまた」と言って去って行く。

「どなただったの?」

「スクール時代のなんとやらだな」

「それに、今、リウゼンシュタインと言っていたけど?」

「フィアは似ているようだ、リウゼンシュタインに」

「ええ?放蕩で剛毅な騎士に?」

 驚きの声をあげるフィアに、ゼクスはくすり、と笑う。ああ、そっくりだと言うのだ。笑うのね、と言えば、笑うだろ、と答えてくる。フィアはなぜか、その会話のリズムが心地よかった。


 騎士団の宿舎に着いたところで、ゼクスからパスケースのようなものを渡される。パスケースの中央には、城で見た正装に刻まれた紋章が象られていた。

「これがあれば、騎士団内に自由に出入りできるし、寄宿舎が使える。しばらくはそこで暮らせばいい」と言うのだ。

「名誉団員?これはあなたのじゃないの?」

「いや、正真正銘フィアのものだ。友人の、ビアンカと言ったか。彼女が城からヴォルモント公爵の元へ持ち出してくれていたようだ」

「ビアンカが?それになぜ、私がそれを持っていたの」

「不思議なことがあるものだな」とゼクスは軽く流してしまう。

 そして、積み荷は先に届いていると思う、入り口で聞けば、騎士団の者が案内してくれるだろう、と言って去ろうとするのだ。

「待って。また会える?」と聞ければ、「また来る。仕事を頼みたい」とゼクスは言う。

 仕事、その言葉にフィアは心が浮かれてくるのだった。

「自分に役割が与えられるとは思わなかった」と伝えれば、「骨が折れると思うが、喜んでもらえるなら何よりだ」とゼクスは言うのだ。

「仕事って?」

「王を狩る」

「え?」

 聞き捨てならない言葉を口にしたゼクスは、「またな」と言って踵を返して去って行く。

 こうして、フィアの王都での生活が始まった。そして、ゼクスの懸念通り、周囲の好奇の目にさらわれたフィアは、早速面倒事を起こすこととなる。

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