初めまして、愛しい人
目を覚ましたとき、フィアはどこかの屋敷の部屋にいた。どこか見覚えがあるようにも感じたが、城から出た記憶のないフィアが来たことがあるわけはない。
ベッドの上で身体を起こせば、身体が軽くて驚く。見れば正装のドレスではなく、簡易ドレスに着替えていた。
誰かがここへ連れてきた?
自分が兄に刺され、テオドールが兄や姉を地下国に落としたのは覚えていた。そして、誰かがやって来て……。思い浮かんだのは、ノインのことだ。
「ノインはどこに」
と呟いたところで、ドアがノックされる。女性の声がして、公爵がお呼びです、と言うのだ。
公爵?
父が存命の頃には、近隣地域を治めていたヴォルモント公爵との交流があったのを思い出す。テオドールとの婚姻以降は、ほとんど交流がない。フィアは部屋の外に出ると、ちょうど一人の男性と鉢合わせした。
黒鉄の肩当や手甲など装備を整えた騎士のような姿には、見覚えはなかったが、その顔には覚えがある。ノインと同じ、灰褐色の瞳を持つ、キリっとした表情が特徴的な男性だ。気を失う直前の記憶として、刻まれている。
「あなたが私をここに?」
と問えば、ああ、と短く答え、
「傷の具合は?」と聞かれた。視線が脇腹に向いていて、その意図が分かり、フィアは痛みはないわ、と頷く。
「では、公爵の元へ護衛する」と言うのだ。フィアは言われるままに案内されるが、不思議な心地がした。
連れていかれたのは庭園だ。恐らく本来は薔薇が咲き誇る庭園なのだろう。根が剥き出しになっており、所々には踏み荒らされた気配があった。フィアは胸が痛くなる。恐らくティアトタン国の侵略による影響だ。兄や姉が力を振るえば、樹木は根こそぎ震え、地が裂けてしまう。そこを兵が踏み荒らせば、どんな土地であっても荒廃していく。取り戻すには時間がかかる。
「最低な王政ね、みんな壊してしまう」
とフィアは呟いてしまう。何も知らずにいた自分も、最低だ、とフィアは思った。フィアの呟きに、同伴者である騎士が言う。
「お言葉だが。ティアトタン国の王族ならば、地のエネルギーを使って再生できるのでは?」
「そうなの?破壊のみの力かと思っていた。私は自分の力を知らないから」
「王宮にて能力を封印され、溺愛に沈んでいたならば。そう思っても仕方ないな」
「それは嫌味?」
「いや」
そして、失礼、と言い、手を取ってくる。
「え?」
フィアの手を地面にかざさせて、木々が茂るイメージをしてみればいい、と言うのだ。言われるままにやってみた。手の先から力が流れていく感覚があり、自分の血液が地に這っていくかのように感じる。
瞬きほどの間に芽が出て幹が育ち、多種多様な薔薇が、音を立てるように咲いていった。
「さすがだな」
「なぜ、力について知っているの」
フィアが尋ねたときに、
「フィアかい?」と声がかかる。特殊な素材でできた胸飾りをつけた紳士だ。こげ茶色の瞳は好奇心で光っている。その顔には覚えがあった。フランツ・ヴォルモントだ。
「フランツ?」
「素晴らしいよ、フィア!庭園が蘇った」
と歓喜の声を上げ、フィアにハグをしてきた。
「久しぶり。ここはフランツのお屋敷なの?」ハグに応えて、尋ねるフィアの言葉に、フランツは目を丸くする。
「リウゼンシュタインとしての、記憶がないとのことです」と騎士が言い、フランツは驚きの声をあげた。
「じゃあ、私が名付けた、あのフィア・リウゼンシュタインはもう存在しないのか」
「そのようですね」
「ビアンカやアルフレートからはそんな報告はなかった。品物の要請しかなかったけれど」
「魔法により口止めをされていたのでは?あの者は魔力が桁違いでした、あちこちに封印魔法を打ってもなお、余裕があった様子」
「記憶を消したのか。それはつまり」と騎士の方を伺い、眉をあげてみせるので、騎士は頷く。
「中々興味深い、いや、難儀なことになっているね。難攻不落のフィアの壁はますます高くなっているようだ」
「何を言っているの?それに、リウゼンシュタインって誰のこと?」
フィアの問いに、
「放蕩で剛毅な騎士のことだ」と騎士が淡々を返す。
「男性?」
「いや、生物学的には女性だな」
と言って騎士の視線がフィアの元に注がれるが、フィアはその意図が分からない。
「フィア。テオドールにより母国は乗っ取られたようだね。ここからも遠目に臨めるけれど、城は氷上の城と化しているよ。氷が城塞となっている。あれでは近づけない」
「広場に人が集まっていたわ、テオが手を下していなければいいけど。それに、あそこには、子どもを残してきてしまったの」
「子ども?」
と騎士とフランツが同時に声を上げる。
「ノイン。そう、あなたのような灰褐色の瞳を持つ子どもが、国にいるの」
と騎士の顔を見て、フィアが言えば静謐な騎士の目が驚きの色を帯びる。
「1年ほど前に誕生し、恐ろしい速度で育つ子どもか?今では5歳ほどの身体に育っている」
と騎士が言うので今度はフィアの方が驚いてしまう。
「なぜ、あなたがそれを知っているの?」
フィアが問えば、騎士はフィアの問いには答えずに、自身の手を額に置き、ため息をついた。
「なぜ、二人いる。聞いていない」と呟くのだ。
「それに、なぜあなたは、私をここに?」と騎士に尋ねる。騎士はフィアの瞳を真っすぐに見すえ、
「悪政をしく王の噂を聞きつけ、王妃を盗みに行った。それだけだ」
と言うのだ。いいのかい?それで、とフランツが言う。騎士は頷き、じきに迎えが来る、とフィアに告げた。
「迎え?どこへいくの、私は国に戻らなければ。友人たちも残っている」
「王都へご招待する」と騎士は言う。
「敵国に行けというの?」
「王に不要と言われた王妃ならば、母国が敵国である説も濃厚だな。身の安全を確保し、まずは体勢を立て直すのが優先だとは思うが」
にべもなく言われ、フィアは言葉を失った。テオドールに不要だ、と言われたのには記憶がある。
「フィア安心していい。その方はエスコートしてくれると思うよ、とりわけフィアには丁重に」
とフランツが言うが、フィアはにわかには信用できない。心の中で引っかかりを覚えるからだろうか。
「どこかで会ったことがある?」
「気のせいだ」
「私はフィア。継承権のない今ティアトタンの名は、名乗れないけれど。あなたの名前を教えて?」
フィアが手を差し出せば、騎士は握手に応える。
「ゼクスだ。不要な家名の名乗りは辞退させていただく」
「変な人ね」とフィアが笑えば、ゼクスは深く深くため息をつく。
そして、まさに、難攻不落の鉄壁だな、と呟くのだ。
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