王位継承権剥奪

 即位式の日は雲一つなく、空は晴れ渡っていた。

 城の前の広場に、テオドールとフィアを中心に、フィアの十一人の兄と姉、そして義母たち、宰相や、小国の王たちが集まり、即位式が開かれている。テオドールの設けた階級の高い者たちを中心に招待しており、下級の者たちは遠巻きに広場を眺めていた。


 テオドールはティアトタン国に継承されている真珠色のローブを纏い、フィアもまた同色のドレスを纏う。宝石を練り込んだ刺繍糸が陽の光りを浴びて、きらりと光っていた。

 テオドールの宣誓の後に、台座に置かれているティアトタン国の王冠を、フィアの長兄・ケアスがテオドールに授ける。そして次兄・イオを始め兄たちが、王家に伝わる指輪や王笏、ガウンを授ける手順となっていた。長兄たちを差し置いて、フィアが王冠に触れることに反発は多い。それを避けるための方法だが、兄たちや義母たちは内心面白くはないようだ。


 最後に継承権第一位と目されていたフィアが、テオドールの方に王家の宝刀の剣身を当てて、継承の式は完了となる。

 式はつつがなく進み、最後にフィアは宝剣を手にした。

 頭を下げるテオドールを見て、これで自分の役割は終わる、とフィアは思う。一度顔を上げたテオドールと一度目が合い、テオドールの唇が動いた。

「逃げろ、フィア」

「え?」

 フィアは驚いて目を見開くが、そのときには剣身がテオドールの肩に触れている。継承の儀は完了したのだ。

 そのとき、脇腹に何かが当たるのが分かった。鈍い痛みがあり、思わず顔を上げれば、長兄のケアスが柄の長いナイフを手にしているのが見える。ナイフの先が自分の脇腹にあり、ドレスが赤く染まっていくのを見て、フィアは自分の身に起こったことを知った。更に喉元に、石造りの輪がまとわりついてきて喉を締め付けてくる。

「フィア、目障りだ。お前のような化け物がいなければ、生まれなければ。王位はオレのものだった。そして、テオドールお前も」

 ケアスがテオドールに長い柄のナイフをかざすのが見える。テオドールは兄を見すえて、冷ややかに言う。

「滅びろ、ティアトタン国」

 テオドールの一声で、氷の筋がケアスに向って走っていき、兄は氷漬けにする。兄たちや姉たちは長兄に習って、フィアやテオドールに剣やナイフを向けてくる。喉に触れる輪からはティアトタンの王族に魔力を感じられて、姉のイテアが魔法を放っていたのだと気づいた。

「お兄様、お姉様。これは、どういうこと……」こぼした言葉が思いがけずに弱弱しいので、フィアは自分で驚いてしまう。

 テオドールはフィアの赤く染まるドレスを見て、眉根を寄せた。

「残念ながら、お前の家族は愚か者ばかりだ。力もなく、知恵もない。そしてお前への愛情も持ち合わせていないようだ」

 兄や姉たち、そして義母たちへ冷気を放ち、片っ端から氷の像にしていってしまう。氷の像となったティアトタン国の王族を前に、いくつもの悲鳴が上がった。怯え惑う小国の王たちや爵位ある者たちを尻目に、テオドールはフィアの脇腹に手を当て、治療を施す。そしてフィアの首元の石の輪を破壊した。

「フィア・ティアトタン、王位はもらった。お前は用済みだ」

 そう口にしたテオドールの瞳には、なぜか迷いのような光が揺れていた。フィアを抱き寄せると、首筋に口づけを落とす。

「封印は解いた。怪力姫、お前は自由だ」

 と言う。フィアがその意味を問う前に、テオドールは宝剣をフィアに向けてきた。

 そして、テオドールは宝剣を地面に突き刺す。地響きが起き、広場の地面に大きな空洞が現れ出た。そして、氷の彫像と化していた兄や姉たちが一様に落ちていく。

「なぜ」

 フィアは息を飲む。テオドールは落ちていく兄や姉たちに、冷え冷えとした眼差しを向けていた。

「不要な者達には退場いただいた。そしてこの国に、お前も不要だ、フィア」テオドールはそう言って、フィアに手の平を向けてくる。

「テオ、なんで」

 フィアが名を呼べば、テオドールは赤く染まったドレスの裾を一瞥した。

「お前には争いのない場所で、生きて欲しい」

「何言っているの。そんなの無理でしょ、だって私は」

「国のことは忘れ、普通の女として生きればいい」

 雲一つない空に、幾筋もの雷光が生まれた。轟音と共にいくつもの光が爆ぜる。テオドールとフィアが空を仰いだその瞬間に、何かが目の前に降りたった。


「不要か?ならば、もらい受けるが」

 マントが翻り、灰色の髪がなびくのを見た。瞬きの間もなく、剣戟の音がする。テオドールが宝刀で受けるが、力負けし宝刀が弾かれた。

「稲妻?リュオクス国の魔法だな、恐らく王に近しい者だ」

 とテオドールが言うが、フィアはその人物の衣服の紋章を、どこか別のところで最近見たのを覚えていた。行商人が運んできたどこかの国の正装の紋章だ。

「王に近しい、というのは、退屈と同義だな」と飄々とうそぶく。

「あなたは」

 フィアの視線を受けて、その者は初めてフィアを見た。灰褐色の瞳の持つその表情は、ノインが持つそれに似ている。フィアは驚いて目を見開くが、それ以上に何か頭に引っかかる感覚があった。

「刻印を消すのに、随分時間がかかったな。まさかそれほどの魔力で見逃すわけもないだろう?」その者の問いに、

「さあ、ガルド人の悪戯に興味はない。ただし、フィア・リウゼンシュタインは消えた」

 とテオドールは告げる。その人物は、なるほど、そういうことか、と小さく呟いた。テオドールが両手を地面につければ、地割れが起き、広場に穴がどんどん広がっていく。

「テオ、やめて!」

 やって来た人物は、口笛を吹いた。そして、

「野暮だな、去れという合図だ」

 と言って、フィアを抱き上げる。

「何をするの!」

 手足をばたつかせれば、フィアの力に敵う人間はほぼいないだろう。その人物もまた、フィアを取り落としそうになりながらも、

「やはり力が強いな。少々手荒になるが、仕方ない」

 暴れるフィアの背に手の平を触れてきた。

 背筋に電撃が駆け巡る感覚を覚え、フィアは気を失う。

「次に会ったときには、殺す」とテオドールは告げ、その人物は「最高の言葉だ」と言って口笛を吹いた。そして、その人物・ゼクス・シュレーベンは地面を足で蹴って城壁に飛び乗り、去っていく。

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