7年越しの嫉妬心

 テオドールに大きな天蓋のある部屋へ連れ込まれる。王の後継者たちが初夜を過ごしてきた部屋だ。

 訓練施設でも決闘場でもなく、この場を選ぶということは、テオドールがフィアを自分と同等の立場としては見ていない証拠だ。

 テオドールは自分を女として、もっと言えば利用価値のある女としてしか、見ていないのだろう、フィアは思う。


 扉が閉まった瞬間に、テオドールが扉に封印の魔法を施すのを見て、

「私を殺すわけじゃなさそうね」

 とフィアは嫌味の一つでも言いたくなる。

 テオドールはフィアの顎に手を当て、自分の方を向かせた。

「随分と遊んだようだな。何人と寝た?」

 テオドールの黒い瞳には、嫉妬の炎が燃えている。テオドールは昔からフィアの交遊関係にうるさいのだ。テオドールとフィアは恋愛関係にあったこともなければ、契りを結んだこともない。   

 にもかかわらずテオドールは、フィアが誰かと親しくなるたびに、ふさわしくない、と言い張り、あの手この手を使い破局に持ち込むのだ。その度に、トロフィーワイフを自分好みに調教するためね、とフィアは内心思っていた。


「それを言わなければ、この部屋から出さないということ?とても悪趣味ね」

「世間知らずのお姫様がガルドに出て、まさか娼婦になって帰って来るとは、王も思わなかっただろうな」


 フィア・リウゼンシュタインの奔放な噂はテオドールまで聞き及んでいるのね、とフィアは思う。少しばかり、苛立ちが生まれた。

「娼婦と姫は類義語だったと思うけど?」

 嫌味をこめれば、

「相変わらず、生意気な女だ」

 と言うのだ。テオドールはフィアのことを女、と強調したがる。テオドールがフィアを自分に敵わない存在に位置づけたいたからだろう、とフィアは思っていた。


 テオドールはフィアの腕をねじりあげてくると、フィアの前身を壁に押し付ける。フィアのドレスの襞をめくりあげた。挨拶もそこそこに、早々にことを運ぼうとするのが分かって、

「生意気な女がお好きなようで、なりより」

 皮肉を言わずにはおけない。


 ただし、この体勢はフィアからすれば天啓だ。テオドールに見つからないように、袖口に隠し持っていた抑制剤を口に含み、再びビンを袖口に隠した。

 テオドールの思惑の全てが分かるわけではないが、良くない事態になっているのは確実だ。部屋の外が慌ただしくなっているのを感じた。父の事が気がかりだが、こうしてテオドールがここにいるうちには、他の被害は広がらないという安堵感もある。


「外が随分と騒がしくない?」

「しっかりと封じてある。お楽しみに邪魔は入らない」

「何が目的なの?」

「躾だよ。地下国の奴らの暴動で目を離した隙に、ヴォルモント公の口添えで、まんまとガルドへ出ただろう?婚姻の話がまとまりかけたところで、水を差された気持ちが分かるか?」


 7年前、フィアの婚約者候補は、テオドールだった。高い魔力を持つという点において、テオドールはラヌスから高く評価されていたからだ。一方で、テオドールは決して、フィアの力を認めない。

 フィアが自身の能力を高めるために訓練の必要性を唱えれば、「女が闘う必要はない」と一笑に附してしまう。テオドールからすれば、フィアは父の威光を笠に着ている生意気な女に他ならないようだ。


「素直に、権力を手に入れ損ねて悔しかった、と言えばいいのに」

 そう言えば、首の後ろに噛みつくような口づけがやって来た。

 当たった場所が痺れて、呪詛の魔法を打たれた、とフィアは思う。事実、身体が思うようには動かなくなる。

「間もなく王は崩御する。見ただろう?あれでは助からない。この国で次に力を手にするのは恐らく、お前を手に入れた者だ」

「そう言われて、大人しく指をくわえてみているわけがないでしょ」

「指?」

 くわえこむのは、とテオドールは淫靡なことを述べる。そして、テオドールの強引な振る舞いから、フィアは身体を揺すって逃れようと試みた。


 フィアと呼ぶ、かの声を思い出して、涙がこぼれそうになる。もう二度と会うことは敵わないかもしれないけれど。あれは、夢。だとしても、甘くて素晴らしい夢だった。

 もう一度会えたら、と思うのは、愚かな願望かもしれないけれど。


「淫らな女だ。強引に奪われても、声一つあげないのか」

 フィアを取り崩そうとして煽って来るテオドールに、フィアは首を振る。

「私を殺せばいいじゃない、こんな真似をしないで。私を殺して、あとはお兄様やお姉様を懐柔して乗っ取ればいい。そっちの方がよっぽど楽よ?」

「うるさい」

「これじゃ、女を抱きたいために反乱を起こしたみたい。それじゃ、駄々っ子でわがままなテオのままね」

「黙れ、フィア」

 テオドールはフィアの髪を掴み、乱暴に身体を揺する。フィアは手を噛んで声を堪えた。

 例え、痛めつけられようが、心を渡すことは絶対にしない。父の娘としての誇りはある。

「こんなもの、いくらでもあげる。でも、心は絶対にあげない」

「どうとでも言えばいい。お前はオレのものだ、フィア」


 乱暴に抱かれた後で、寝台に突き落とされるようにして、寝かされた。見せしめのようにドレスをナイフで引き裂かれる。

「あなたのストーリーは、ティアトタン国の怪力姫を凌辱し、傀儡の妻にする。大義名分を得て、強引に権力を手に入れるって感じ?最高に趣味がいいわね」

 負けられないと、フィアが言葉を紡いでいけば、テオドールは不敵に笑う。相変わらず、負けず嫌いな女だなと呟くのだ。

「お前は傀儡の妻ではない、正妻にしてやるよ」

「妻の座に何の意味があるの?娼婦でいいわ。お呼びだていただければ、いつでも参りますよ、テオドール様」

「フィア、オレの子を産め。かの王から強い力を引き継いだお前が産んだ子となれば、国民からの信頼、各方面からの信用も盤石となる」

 言うと思った、と心の中で毒づく。


 位ある女性達の身の振り方については、フィアももちろん知っている。夫を立てて器用に立ちまわれる貞淑さがあればいいが、フィアは自分がそんな従順でいられるとは、思えなかった。


 テオドールの意図がどうであれ、抑制剤を口にしている間は、無事だろうと思う。抑制剤は肉体の能力全般を制御するからだ。しかし、抑制剤がなくなったその先に、ビアンカの魔法をも受けられない状態であれば、困ったことになる。

 テオドールの言う通り、彼の子どもを産むことになれば、ティアトタン国は完全に乗っ取られる可能性が高い。


 テオドールが寝台の上に乗ってきて、フィアの唇へと口づけをしようとする。手束ねたテオドールの黒髪がフィアの頬に落ち、互いに目が合った。その瞬間だけテオドールの瞳に、迷いのような光が揺れる。


 子どもの頃、ダイヤモンドのバラが欲しいと言い、癇癪を起して周りの家臣を慌てさせ、無理やり他国から取り寄せさせていた、テオドールを思い出す。たった今、テオドールが求めているものは、フィアにも分かる。


 それでいい、と言って欲しいのね?

 して、と言って欲しい。

 でもね――――。

 わがままなテオ、言うわけないでしょ。 


 とフィアは心の中で言う。

 フィアが顔を背け避ければ、テオドールは舌打ちをして、再びフィアの元へと身体を沈めてくるのだ。

 慣れていると思われているのは、分かった。テオドールがフィアの皮膚に残っていた痕を、自分の肌で上書きしようとしているのも分かる。

 実はほとんど経験がない、と言ってもきっと信じてもらえない。

 何度も繋がってから、その日はやっと解放された。


 大丈夫、しばらくは誤魔化せるはず、とフィアは思う。


 しかし、間もなくしてフィアに懐妊の兆候が表れたことで事態は一変した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る