崩御

 氷の角に乗せられて、王の間に連れていかれる。その間に兵士や使いの者たちがフィアに視線を向け、恭しく頭を下げるのだ。

「おかえりなさいませ、フィア様」と声をかけてくる者たちの顔色は冴えない。本来ならば、フィアの帰国は国民にとって喜ばしい出来事のはずだ。

「お逃げになった方がよろしいのでは」

 と声をかけてくる者もおり、事態がひっ迫していることを感じさせる。城の中の者たちは一様に、テオドールに対して、怯えや恐れを抱いている気配を感じるのだ。


 王の間の扉は開いていた。フィアが氷の上から降り、王の間に入ったとき、フィアは一つの時代が終焉したことを知る。

 王座の上で、四肢を杭で打ちぬかれた父の姿を見たとき、フィアは一種の敗北を感じた。

「お父様」

 とフィアは父に声をかける。父は顔を上げ、

「よく帰ったな、フィア」

 と言うのだが、声には一切の覇気が感じられない。父の白金の髪や髭は発光しており、魔法が強制的に放出されているようだ。杭は魔法を封じる素材で作られているのかもしれなかった。フィアが駆け寄って杭を外そうとすると、

「来るな」と止められた。杭に触れれば魔法が封じられる、と父は言う。

「テオですか?」

 とフィアが言えば、父は少し返答に迷ったようにして、それから頷いた。

「テオドールの行いは、前戦争の罪だ。愚かな争いに巻き込んでしまったことで、私がその罰を受けただけだ」

「だとしても、やりすぎです。こんなのは……」

 フィアは父の静止を振り払い、父の元へ近づいていく。

「お父様、ごめんなさい。私がもう少し早く来ていれば」

 父は首を横に振る。

「私の言う通りに動くようでは、大した器ではないな。お前の自由を求める精神は稀有なものだ。そして、仲間を大切にする心も」

「私では、国を治めることなんて出来ません」

「出来る出来ないではないだろう。お前は王女であり、間もなく女王になる。己の役割として、国を治めるのだ」

 ゴツゴツとした父の手に触れて、その手が想像以上に冷えていたのを感じ、フィアは息を飲んだ。恐らくは、もう長くはない。

「この7年間の振る舞いに関して、フランツから報告は上がっている。お前は、出自のいかんに関係なく、等しく友好関係を結べるようだ。そして自由な発想を持っている。その点を評価して、第一継承者だと思っていた。使えるものは全て使え。そして、国を治めるのだ」

 父が母への思い入れや、フィアの力を評価して後継者にしていたわけではないことを知り、フィアは驚いた。怪力姫だから評価されたわけではなかったのだ。

「お父様、お任せください」

 と言ったとき、背後に圧倒的な冷気を感じた。


 来た、と思い、身構えたときには、すでに首元に氷のナイフを翳されている。辛うじて手刀で振り払った。距離を取り、冷気の持ち主の姿をとらえる。

 当然それは、テオドール・フェルンバッハだった。フィアの国の正装とは正反対の、全身黒衣に身を包んだテオドールがこちらを見すえている。深遠な黒い瞳には何の感情も見えない。

「遅かったな、怪力姫。いや、フィア・ティアトタン」

 低く耳に残る声で、テオドールは言った。目に見える程の冷気をまとい、こちらへ向けて放ってくる。極寒の地に放り込まれたように感じ、手の先から凍えていくようだ。

 すぐに手首に氷の爪が刺さり、足首には氷の帯が巻きついてくる。王の間に近づいてくる複数者の足音が聞こえていた。父や他の城の者たちにこの冷気をぶつけられては困る、とフィアは思う。

「久しぶりね、テオ。私への文句なら、別の場所で聞くわ」とフィアは言い、場所の移動を提案した。

「端からそのつもりだ」

 テオドールはフィアの腕をきつく掴んだ。


 腕に呪詛の文様が浮かび上がり、魔法をかけられたことを知る。7年前に取り逃がした権利を、再び掴みなおすつもりなのね、とフィアは思った。

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