歓迎



 遠くに臨む高い石壁の中央には、一族の紋章が刻まれている。今は石壁の周りに複数名の兵士が立っており、見張り番をしていた。ここはフィア達の国への正門であり、強力な魔法によってのみ、開門される仕組みになっている。


 遠目に見て、石壁の上、そしてぐるりと囲んでいる外郭の四方に見張りがいるのが見えた。

 一見普通の兵士だが、魔導の心得があるのは明らかで、門から数十メートル先から結界が貼られている。この場所は本来ならば、幻覚魔法がかかっており、樹木に覆われた高い山が聳え立って見え、石壁は隠されているはずだった。


 フィア達の馬車が近づくと、いくつもの紋章が現れてきて、フィアやアルフレート、ビアンカの身体に触れてくる。魔法により索敵してきているのが明らかだ。本来ならば、索敵魔法など跳ね返せばよいはずだが、今は身元を知らせておいた方がスムーズだ。

「降りるわ」

 フィアは馬車から降り、兵たちの元へ近づいていく。騎士団を去った日より、抑制剤を口にしていないため、フィアは自分の身体に力が戻ってきているのを感じていた。髪の毛がどんどん伸びてきていて、白金の髪は魔法を宿し明るく光っている。見る人が見えれば、この姿だけで、フィアがティアトタン国の姫であることが明らかだ。


 フィアが地面に拳を打ちつけてみれば、地面に亀裂が入り、石壁まで到達する。衝撃を受けて石壁がにわかに光り出す。

 こんな魔法では壁の封印を解くにはまだ足りない、とフィアは思い、兵が駐屯する場所へと歩を進めていく。

 馬車が後を追うが、車窓から外を伺うアルフレートとビアンカは気が気ではない。王自らが、王位継承権第一位であると公言している姫を、王に歯向かう反逆者へとみすみす手渡すことになるからだ。とはいえ、フィアを力ずくで止めることは、二人には出来ない。


 フィアがビロードのドレスの裾を翻しながら、真っすぐに進んでいけば、兵はフィアの存在を認識したのか、にわかに慌ただしく動きはじめていた。

 フィアの歩く場所に地割れが起きるため、動かざるを得ないというのが正しい。怪力姫。それが、ティアトタン国でのフィアの愛称だった。


 フィアが近づいていくと、その存在を認識した兵たちが地面に頭をつけひれ伏すのだ。

 そこまでする必要はないのに、とフィアは思い顔を上げるように、と声をかけようとしたところで、壁の内側から大きな衝撃音がした。

 一族の紋章が真っ二つに割れるようにして、壁がひらいていく。その瞬間に、開いた石壁の隙間を縫い、地面を走るようにして、氷が駆け抜けた。

 氷は四方へと広がり、兵たちを飲み込みフィアの足元まで地面を這い寄って来る。氷の飲み込まれた兵たちは、ひれ伏した姿のまま、氷漬けにされていた。

「なんてひどいことを……!」


 こんなものは、不必要なデモンストレーションだ。フィアは苛立ちのままに、氷を踏みつけた。氷の爪がフィアの足首に絡みついてくる。

「テオ」

 とフィアは呟いた。氷魔法を得意としていたのは、テオドールだ。そしてこんな悪趣味な演出を好むのもまた、テオドールなのだろうと思う。

 足首から這い上がる冷気により、フィアは自分の力が吸い取られていく感覚が生まれた。

「フィア!」

 後からアルフレートとビアンカがやって来る。アルフレートがフィアの足首の氷と炎で溶かしてくれた。

「ありがとう、アル。でも、兵たちの方が深刻みたい」

 とフィアが言えば、アルフレートは頷く。

「兵たちは任せていい?」

「もちろん。ただ、護衛も必要だ」とアルフレートが言う。

「護衛が必要なら、私が行くけど」とビアンカが言うけれど、痛々しい怪我の残る彼女に護衛を任そうとは思えない。

「まず私がテオと話をするわ。そうじゃなければ、きっと、被害は広がるばかりだもの」


 テオドール自身が手を下したわけではないとしても、ビアンカを傷付けたことには変わりないのだ。

「テオがフィアを傷付けるとは思わないが……。一人で行かせるのは」

「アルよりも私の方が強いわ。テオと闘えるのは私。でも、アルの方が介助魔法は上手い。適材適所でしょ」

 とフィアが言えば、アルフレートが深くため息をつく。アルフレートは分相応ってことか、呟いた後で、

「すぐに後を追う」と言って兵たちの介助へ向かった。

「フィア、幸運を祈るわ」と言ってビアンカも去っていく。

 フィアは開いた石壁の間から、母国へと足を踏み入れる。


 フィアの母国、ティアトタン国は前戦争以降、石壁に囲まれた城壁都市となっていた。礼拝堂、騎士団の駐屯所、そして城など主要な建物が遠目に臨める。いずれも石造りの建物だ。色とりどりの屋根や壁の建物が並ぶ華やかな王都の建物と比べれば、簡素にも見えるが、本来のティアトタンの都市は王都と瓜二つであったと言われている。戦争後に、突貫工事的に再建したために、現在は愛想のない姿をしているのだ。


 フィアは一路、城を目指すことにした。氷の道が導くように先を行くので、フィアは後を追うのみだ。しかし、少し歩いたところで氷が再び手足に巻きついてきて、巨大な氷の角の上にフィアを強引に乗せて運んでいく。そして、城の中へと連れていかれるのだ。


 せっかち、とフィアはぼやかざるを得ない。

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