帰国
翌朝、屋敷内がにわかに騒がしくなるのを感じた。部屋を出れば、フィア、ビアンカが来た、今呼びに行こうと思っていたんだ、とアルフレートが焦った様子で告げた。
「どうかしたの?屋敷内の様子が少しおかしい気がするけれど」
アルフレートは頷いた。
「ビアンカは重傷を負っている。それに従者は全滅だ」
「なぜ?ビアンカほどの人が、ガルドで重傷を負うかしら?」フィアの言葉にアルフレートの瞳が悲しい色に染まった。
「それは、つまり」
「そう、ティアトタン国内からの攻撃のようだ」
フィアは心臓を鷲掴みにされたように感じた。ティアトタン国、つまりフィアの母国である。父、ラヌスが治める国だ。ビアンカを迎えに出したのは父だと想像できるが、ビアンカを攻撃する者は想像できなかった。
「詳しい事情も気になるし、ビアンカの怪我度合いが気になるわ、案内して」
アルフレートは深くため息をついた。まさか、こんなことになるとは、と言うのだ。そして、フィアをビアンカの休む部屋へと案内する。
ビアンカは既に処置を受け、ベッドに横たわっていた。意識はあったが、頭部に包帯を巻かれている様が痛々しい。フィアが訪れると、ビアンカは身体を起こす。そのままでいいわ、とフィアは言った。
「久しぶりね、ビアンカ。抱きしめてキスをしたいところだけど」
「やめて。フィアに抱きしめられたら、身体中の骨が折れちゃうわ」
と冗談を言う余裕はあるようだが、表情は固い。
「ごめんなさい、ビアンカ。私を迎えに来たことが原因なの?」
「寧ろ逆。すでに国内は大混乱だったし、私はフィアを迎えに来たからこそ、生かされていたようなものよ」
フィアを迎えに来たからこそ、生かされていた?妙な言い方だ、とフィアは思う。
「では、お父様がなにか?」
「いいえ、ラヌス様は捕らえられているし、寧ろ危険な目に遭っているのは、ラヌス様自身」
「どういうこと?」
「国内の一部の勢力が反乱を起こしたの。ラヌス様や今の王家を、前戦争の戦犯としてまつりあげる勢力がいるの。ラヌス様やフィアの兄弟を捕えている」
「恐らく、テオだ」
とアルフレートが言う。ビアンカはアルフレートの言葉に頷いた。
「テオが?なぜ?」
「テオは近年国内で力を持ち始めていたの。お父上がご逝去なさってからは、フェルンバッハの家督をテオが継ぎ、軍を仕切りはじめたわ。戦争を起こすつもりみたい」
「戦争?」
「まずは国内。そして国外へと進行するつもりのようだ」
「軍の力を調整するのが、宰相のはず。アルのお父様は?」
アルフレートはうなだれるようにして、首を振る。
「癒着していると思うよ。悪い形で、前戦争に対する意識の違いだ。報復を必要とするかどうか、ラヌス様と、テオ、そして父はいつも揉めていた様子だ。テオは王都を攻め滅ぼすことすら考えているようだ」
「テオは前戦争でお母様を失っているわ。王都に対する憎しみは人一倍強いはず」
とビアンカが言う。前戦争によりテオドールの母親は命を落としていた。
「それを言うなら、フランツもまたそうよ。ガルド人なのにも関わらず、戦争に巻き込まれて家も家族も失っている。権力に興味があるかどうかの違いでしょ」
前戦争により、フィア達は本来の領地を追われて西方へ追い込まれていた。「本来」の王都は西方であった、とフィアの国の国民は信じているようだ。
「テオは権力を求めていたわ。自分には力があると信じているから。手に入れるためには、恐らく何でもする」
フィアの言葉に、ビアンカもアルフレートも顔を見合わせる。フィア自身も自分の言葉の中に、奇しくも自分の未来を占う言葉が含まれてしまったことに気づいた。
ビアンカが生き残った理由、それは、フィアをテオドールの元に連れていくためだ。権力を手に入れるために手っ取り早い方法は、フィアを妻にすることである。
「フィア。私たち二人の力で、あなたを逃がすことは出来る。今国に戻ることは、自殺行為よ」
「私を逃がしてくれる方法というのは、あなた達二人が無事でなければダメ。その条件を満たせる?」
フィアが問えば二人は口を閉ざした。王であるラヌスを抜きにすれば、テオドールはティアトタン国で最強だ。
出自により母親と共に迫害されてきたが、強力な魔法を持っていたことから、テオドールはフェルンバッハ家へ引き取られたのだ。
そして今のテオドールは軍を抱えている。恐らく、ビアンカは泳がされているのだ。フィアを連れて行かないとなれば、ビアンカの身が危ないのは明白だった。
「国に帰るわ。それ以外の選択肢はない」
フィアの言葉に、二人はうなだれた。言うと思った、と言うビアンカに、分かってはいた、と言うアルフレート。二人はフィアの性格を十分に承知していた。
「追手が来て望まぬ被害を出される前に、帰りましょう」
フィアは早速フランツに話をつけ、出立する手配をする。
「フィアは誰よりも自由を求めていたのに。本当に、それでいいのかい?」
とフランツは言うのだ。誰よりもフィアの心根を理解してくれていたのは、前戦争で家族を失ってもなお、誰にも与せず自分の道を行く公爵であった。
「今は、友人や家族を救うことに力を注ぐわ。その先の運命は自分で切り開く」
「それでこそ、フィアだ。こちらに戻ってくるときには、協力しよう。なにか」
言付けはあるかい?と指笛で尋ねてきた。
言付け、一体誰に?と思う。
灰褐色の瞳を持つ、精悍な騎士団長へ?
王都にいる彼に言付けをする必要はない。そもそもここへ訪れることすらないだろう。
けれど、フィアは自然とそれを笛に乗せていた。
――――また会えたら、嬉しい、と。
フランツ・ヴォルモント公爵は頷いた。
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