[幕間•血ノ契約]
-■■年前・???-
───我が早世し、幾年の時が経ったのか。
気がつけば、我は1対の燭台の火に照らされるだけの薄暗い部屋で、胡座を組んで座っていた。そして眼前には、我を真っ直ぐに見据える赤毛の男。その者もまた、我と同じように胡座を組み、微動だにせず我と向かい合っていた。陣羽織にも似た衣と、見慣れぬ南蛮衣装に身を包んではいたが、金の双眸の奥に燃える炎を見て、その志はかつての我らと同じ…武人のものと同じだとすぐに察した。
「お初に御目にかかる、
眼前の男は恐れ多くも軍神を名乗り───イヤ、そう名乗るだけの圧力と気迫が、この男にはあった。我も、対峙する相手の実力すら見抜けぬわけではない。我を数字で呼ぶ物言いは気になりはしたが、文句など後で言えばよい。我は沈黙をもって、男…軍神の次の言葉を促す。
「先に用件をお伝えすると、貴殿の力を借り受けたい。今の世は
『乱世、だと?』
「人間界…貴殿の世界が、異形の者達に脅かされている。貴殿のいた時代より遠く未来となってはいるが、何卒力添えを頼めないだろうか。貴殿の
『………ふむ』
いつの時代になっても、人間とは相争うものだ。納得半分呆れ半分で小さく唸るが、真っ直ぐ我を見つめる軍神の様子に、嘘や冗談を言っている猶予すらないのだと察する。
『生前の武勇、か。我の生涯が常に傷と共に在った事も存じている、と?』
「無論、登用予定の者の情報は一通り調べてある」
───思わず、笑みが漏れる。
まさか、我のような者が再び必要な世となり、死してなお戦場に赴く事があろうとは。
『よかろう。その申し出、引き受けようぞ。ただし、我からもひとつ頼みがある』
「何だろうか」
『───
我の言葉に、さすがの軍神も表情を険しくする。勿論、軍神を殺めたり害する意図はない。ただ…
『数寄や頓狂で申したのではない。我の行く道は常に傷が絶えず、どこまでも血塗られていた。ならば、これは最早宿命なのだろう。貴殿と交わすは血の契約。貴殿の血を全身に浴びることで、何があっても裏切らぬという誓いとしたい』
「…貴殿の魂は、今もなお戦場に囚われていたのだな。私の申し出は、宿命どころか
軍神は立ち上がると、懐から刀の鍔を取り出し…そこから刀を顕現させると、躊躇いなく左手首に刃を滑らせた。ヒトと同じく、切れた箇所からは真っ赤な液体が滴るが…痛みを感じていないのか軍神は顔色ひとつ変えず、その左手首を我の頭上に掲げた。
───ああ。
我が、
力が
我の髪も目も、南蛮の軍服も、白い陣羽織でさえも。
全てが赤に染まり───恍惚の息をつく。
『───ふぅ、ぅ』
「神血を浴びすぎたか?私も初めてのことで、加減が…」
『構わぬ、一向に構わぬ。貴殿は我の望みを叶えたのだ。述べた通りこれ以降、我は貴殿の手となり足となろう。如何なる無理難題にも応えてみせよう。さあ、我が主よ。どのような命でも下すがよい』
「…そうだな」
軍神は───軽く笑み、我に命じる。
「
…我から最も縁遠い行為、傷の手当てを。
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