[幕間•血ノ契約]

-■■年前・???-


───我が早世し、幾年の時が経ったのか。


気がつけば、我は1対の燭台の火に照らされるだけの薄暗い部屋で、胡座を組んで座っていた。そして眼前には、我を真っ直ぐに見据える赤毛の男。その者もまた、我と同じように胡座を組み、微動だにせず我と向かい合っていた。陣羽織にも似た衣と、見慣れぬ南蛮衣装に身を包んではいたが、金の双眸の奥に燃える炎を見て、その志はかつての我らと同じ…武人のものと同じだとすぐに察した。


「お初に御目にかかる、登用番号・・・・二十五番・・・・殿。唐突な召喚・・にさぞ驚かれたであろうが、ご容赦願いたい。私は軍神ティール、ティール・アウラブロッサと申す」


眼前の男は恐れ多くも軍神を名乗り───イヤ、そう名乗るだけの圧力と気迫が、この男にはあった。我も、対峙する相手の実力すら見抜けぬわけではない。我を数字で呼ぶ物言いは気になりはしたが、文句など後で言えばよい。我は沈黙をもって、男…軍神の次の言葉を促す。


「先に用件をお伝えすると、貴殿の力を借り受けたい。今の世は戦国時代・・・・にも劣らぬ乱世、私と共に戦場で並び立つ同志が必要なのだ」

『乱世、だと?』


己の口・・・から飛び出した、人の声らしからぬ不安定な響きに少々驚く。だが、それよりも軍神の申し出の方が重要だ。


「人間界…貴殿の世界が、異形の者達に脅かされている。貴殿のいた時代より遠く未来となってはいるが、何卒力添えを頼めないだろうか。貴殿の生前・・の武勇、是非とも私の横で見てみたいと思っていた」

『………ふむ』


いつの時代になっても、人間とは相争うものだ。納得半分呆れ半分で小さく唸るが、真っ直ぐ我を見つめる軍神の様子に、嘘や冗談を言っている猶予すらないのだと察する。


『生前の武勇、か。我の生涯が常に傷と共に在った事も存じている、と?』

「無論、登用予定の者の情報は一通り調べてある」


───思わず、笑みが漏れる。

まさか、我のような者が再び必要な世となり、死してなお戦場に赴く事があろうとは。


『よかろう。その申し出、引き受けようぞ。ただし、我からもひとつ頼みがある』

「何だろうか」

『───貴殿の血を貰い受けたい・・・・・・・・・・・


我の言葉に、さすがの軍神も表情を険しくする。勿論、軍神を殺めたり害する意図はない。ただ…


『数寄や頓狂で申したのではない。我の行く道は常に傷が絶えず、どこまでも血塗られていた。ならば、これは最早宿命なのだろう。貴殿と交わすは血の契約。貴殿の血を全身に浴びることで、何があっても裏切らぬという誓いとしたい』

「…貴殿の魂は、今もなお戦場に囚われていたのだな。私の申し出は、宿命どころか呪い・・と受け取られても致し方ない───だがその呪い、敢えてかけさせてもらおう。貴殿の覚悟と忠誠を、私も信じるという証明に」


軍神は立ち上がると、懐から刀の鍔を取り出し…そこから刀を顕現させると、躊躇いなく左手首に刃を滑らせた。ヒトと同じく、切れた箇所からは真っ赤な液体が滴るが…痛みを感じていないのか軍神は顔色ひとつ変えず、その左手首を我の頭上に掲げた。


───ああ。

我が、赤に染まっていく・・・・・・・・

力がたぎる。闘志がみなぎる。それがとても、心地好い。

我の髪も目も、南蛮の軍服も、白い陣羽織でさえも。

全てが赤に染まり───恍惚の息をつく。


『───ふぅ、ぅ』

「神血を浴びすぎたか?私も初めてのことで、加減が…」

『構わぬ、一向に構わぬ。貴殿は我の望みを叶えたのだ。述べた通りこれ以降、我は貴殿の手となり足となろう。如何なる無理難題にも応えてみせよう。さあ、我が主よ。どのような命でも下すがよい』

「…そうだな」


軍神は───軽く笑み、我に命じる。


少し深く切りすぎた・・・・・・・・・。形だけで構わないので、止血してもらえるか?」


…我から最も縁遠い行為、傷の手当てを。

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