[Episode.8-情報交差•C]

───美鈴の家を離れ、レンガ造りの歩道をイグニスと連れ立って歩いていると…楢崎のスマホが鳴った。

電話着信の相手は、園田ソノダエイジ。他人と一緒にいる時に電話に出るのは、とイグニスに目配せするが…


「出ればいい。聞かれたくないなら少し離れておくけど」

「い、いえ、それは大丈夫です…すみません。…もしもし?」

───『あっよかった繋がった!久しぶりだなケンゴ!…いや、墓参り以来だからそこまででもないか。名古屋のホビーイベントで、ケンゴが欲しがってたプラモ確保できたからさ。波来祖に戻った今のうちに渡そうと思ってるんだけど、今どの辺にいるんだ?』


楢崎の通話を見守っていたイグニスは、耳に届く違和感・・・に周囲を見渡し…楢崎の邪魔にならないよう小さく声をあげた。


「自分ですか?波来祖中央駅の近くですけど…」

───『え?なんだぁ、めっちゃ近くじゃん!』

「えっ?」


楢崎が思わずスマホを耳から離すと、スマホから聞こえるはずのエイジの声が、一瞬早く耳に届いた。その声が聞こえる方向は、すぐ目の前。いつものように首からカメラを下げ、大きなリュックを背負ったエイジが、小走りに楢崎に走り寄ってきていた。


「よーケンゴ!良かったぁ会えた!」

「エイジ…波来祖に戻ってきてたんですね」

「うん、まあね。最近は電車の車両撮影にチャレンジしてて、今日もホビーイベントのついでに列車の展示会があったから、それ目当て…あっ!これは駅主催のイベントだから、近隣に迷惑かけたりはしてないからな!」


慌ててエイジが付け足した真意は、恐らく鉄道写真家のマナーに関することだろう。どんな界隈であれ、自身がルールを守っている以上は、無法者と同じくくりにされたくないのは当たり前だ。


「分かってますよ。君は自由な人でしたが、あくまでルールの中で最大の自由を求める性格だった。そこを疑いはしませんが…どうして自分に?」

「いやぁ、言ったろ?俺は始発で名古屋に行ったから、ホビーイベントの争奪戦に間に合ったんだよ。ケンゴが欲しいだろうなってやつ、とりあえず1つは買えたから渡そうと思ってさ。やー、ダブらなくって良かった良かった」


そう言いながら、エイジは大きなリュックからプラモデルの入った大きな袋を取り出し、楢崎に差し出した。


「飾り気もなくて悪いけど」

「で、ですが…そうだ、値段はいくらでしたか?なんなら少しぐらい上乗せして…」


楢崎が財布を取り出そうとするのを、エイジは片手で制して苦笑した。


「バカだな~、そんなのいいよケンゴ。あとちょっとで誕生日・・・だろ?8月4日。俺、このあとはまた仕事で全国巡りに戻っちゃうから、誕プレってことで受け取ってくれよ」

「エイジ、わざわざ…」

「最近はやっぱりお互い忙しいし、なかなか連絡とったり遊んだりとかできないけどさ。友達・・の誕生日ぐらい覚えてないとね」


友達───その言葉に、つい目元が潤む。色々なことがありすぎて、自分の誕生日のことなど、自身ですら忘れかけていたのに。


その時…旧友2人の会話を邪魔をするまいと黙っていたイグニスがつい口を挟む。


「おい園田、楢崎の誕生日が近いって本当か?」

「えっ?…あっ!誰かと思ったらイグニス君じゃん! 山笠の時は写真ありがとう、ほんと助かったよ~!空撮・・ならではの迫力とか空気感とかすごかったからさ、見てる俺の方がワクワクしちゃった!」

「あっ…そういえば知り合いなんですね、確かエイジがイグニスの記事を書いてたような…」

「その通り。まったく…何が"氷上の辻斬りプリンス"だか。辻斬りって誰を斬るんだ誰を」

「大丈夫、今度の記事はライバルのカナワ君と一緒に紹介するから。"銀の煌星、金の伴星"…今度こそオシャレでしょ?」

「まあ前よりはマシだが…今度はイメージがキラキラしすぎじゃないか?」


呆れるようなイグニスの言葉に、園田は首を振る。


「ううん、君の博多での最終滑走、俺も現地で見てたよ。試合前のトラブルは心配したけど…凄いね、フィギュアスケートの衣装って、スポットライトが当たるとあんなにキラキラ輝くものなんだって…感動しちゃった。飛龍さんの幻影・・・・・・・まで見えたし、夢みたいだったよ」

「待て、幻影…?あの飛龍の姿、やっぱり・・・・あんたにも見えてたのか?」

「あ、うん…会場にいた人達は皆見えてたんじゃないかな?君の滑走が終わる頃には消えちゃったけど………ま、まさか、ゆ う れ い …!?」


青ざめる園田を見て、イグニスは思わず苦笑を越えて吹き出した。


「そんなわけあるか。イヤ…似たようなものか?どちらにせよ、ただの集団幻覚じゃない。その件も、近いうちに犯人・・に話を聞きに行かないとな」

「えっ心当たりあるの?」

「今はまだ、恐らく…ってレベルだがな。まだ本人の葬式もできてないのに、無茶苦茶だ」

「と、とりあえずあの幻影に説明がつくなら…うん………そ、そういえば体調は大丈夫?滑走の後、点数発表も見ずに運ばれtモガモガ」

「バカ、その話は今はいいだろ」


イグニスは慌てて園田の口を塞ぐが、楢崎には大体の察しがついたらしい。


「ふーん…」

「…何」

「成程、君も相当無茶しい・・・・みたいですね。いくら回復が早いからって、あまり過信しない方がいいと思いますよ。今回みたいに急所を狙われたら、死に戻りはできないんでしょう?」

「あっ…今度はそっちか、もう…!」

「えぇっ、頭って何…知り合いが死ぬのとか嫌すぎるし、本当に気を付けてよ…?」

「…善処する、心配をかけてすまない」


イグニスは最終的に頭を抱えてため息をつくが…内心では、自分の身を案じてくれたことが、少し嬉しかった。だから…


「俺はひとりで生きているわけじゃない…か」

「当たり前じゃん。大切な人の顔、何人も思い出せるでしょ?自分を大事にしないのは、その人達に対する裏切りだよ」

「そうですよ、君に何かあれば悲しむ人がいます。アンノウンとの戦闘の中であっても、ある程度は自分の身を守るようにしてください。すぐに負傷離脱されては、戦闘要員の頭数にできませんからね」

「なんかすごい説教されてる…言い返したいが、正論なのがつらいな…肝に銘じるとしよう」


園田と楢崎は、自分達より背の高いイグニスを睨み上げるようにしていたが…先に園田がその険しさを解き、再びリュックを漁ると、何かのチケットを2枚取り出してイグニスに手渡した。


「…何だこれ」

「水族館…波来祖オーシャンシティのチケット。職場で貰ったんだけど…俺これから滋賀の花火大会の取材から始まって、そのまま北陸に遠征なんだ…暫く行く暇もないから、好きに使ってよ。なんなら、君がケンゴを連れてってくれてもいいしね」

「…成程な。まあ、俺も使う先があるか分からないが、先にあんたの方が暇になりそうなら返せばいいか。この恩は、いつか必ず返すと約束しよう」

「だから恩なんて大袈裟だって、職場で貰ったんだから!…あ、それなら。代金はいらない代わりに、一緒に写真撮ってほしいな。さっきも言ったけど取材で全国ウロウロしてるから、時々ひとりが寂しくなっちゃってさ。でも、友達・・と一緒に写ってる写真見たら、また頑張れると思うから」


エイジは首のカメラではなく、ポケットからスマホを取り出して楢崎とイグニスの横に並んだ。


「…まあ、いいですけど」

「写真家なのに、こういう時はスマホなんだな」

「最近のスマホなめんなって、これだってデジカメ顔負けの画素数のやつ選んでるんだから。高かったんだぜ」


そして───シャッター音が鳴り、3人で並んだ写真がエイジのスマホに収められた。


「ありがとな、ケンゴ、イグニス君も。この辺も物騒なんだって?ケンゴは警察官だから、危ない場所に行かされるのが仕事なんだろうけど…無理はするなよ?」

「エイジ、君こそ気をつけて。この辺りだけではなく、それこそアンノウンは全国でも目撃されている。一般人の君に、アンノウンに対抗する手段は…」

「…そうだよな、ありがとう。十分気をつけるよ…さて、大事な用は済んだ。もし滋賀の花火大会の写真がよく撮れたら、仕事とは別に写真集でも出そうかな」

「いいじゃないか。発売が決まったら教えてくれ、SNSで大々的に告知してやる」

「うわアスリートの知名度バフつよい…自分も楽しみにしていますからね、エイジ」

「ははっ…ありがとな、2人とも!」


エイジは別れ際、楢崎に親指を立てて笑顔で去っていった。


───誕生日を祝われるなんて、ホクヤと一緒に生活していた頃以来じゃないか。

受け取ったプラモの箱を眺めつつ、改めて小さな笑みが溢れた。





-波来祖中央ホスピタル・宿直室-


───業務の合間、ナスターは誰か・・と電話をしていた。


「…そう、やっぱりそうだったんだな」


ナスターは消え入るような声で、何かを堪えるような表情で電話の相手に答えている。


「…分かった。わざわざありがとう、遠野トオノ


電話を切り、暫く俯いたあと───息を吸うようにして顔を上げ、笑顔を作る・・


「さて!モモに発注した薬品のリスト渡しに行かなきゃな!暗い顔してたら、余計な心配かけちまうさ」


───たとえ無理にでも、なんでもないフリをして。

───心が壊れそうでも、隠し通して笑うしかない。


机の上に置いていたリストを掴み、宿直室を後にした。





───ナースステーションでは、缶コーヒーを手に、藍那が八十嶋と話をしていた。


「お疲れさまでした、八十嶋師長。さっきは患者さんが一気に来て、ちょっと焦りましたね」

「あなたもね、新居浜。疲れは残さないように…と言っても、あまりのんびりできる時間もないけど」


コーヒーを一口飲んでから、八十嶋は藍那に切り出した。


「…崙先生のこと」

「えっ?あ、はい!どうしました?」

「院長に狙われてるの、あなた気づいてた?」

「…嫌がらせされてるのは知ってます。多分、暴力も振るわれてる」

「暴力…それだけで済んでればいいけど。人目が届かないのをいいことにセクハラでもしてるんじゃないの、あのクソジジイハゲカス木偶の坊」


あまりの暴言ラッシュに藍那がコーヒーを吹き出して噎せる横で、八十嶋はコーヒーを一気に飲み干した。


「そ、そんな…崙先生危ないんじゃ…」

「だから、院長をあのひとに近づけないようにしないと。最近、嫌がらせが明らかに増えてる。このままじゃ本当に訴訟事案になるよ…神族に訴訟の文化があるかは知らないけど」


そう言いながら、八十嶋は空になったコーヒーの缶をゴミ箱に向かって投げた。


「おお…ナイスコントロールです…」

「最後の手段だけど、この黄金の足・・・・を振るうことになるかもしれないか…」

「黄金の足?」

「…何でもないわ、知らないならいいの。前いた病院でも、セクハラしまくる院長にかかと落とし食らわせたのよ。当然クビになったけど、せいせいしたわ」

「つ、強い…」

「真似しちゃダメよ、ろくなことにならないから」

「できませんよ!私は…八十嶋師長みたいに強くないから…」

「無謀っていうのよ、こういうのは」


2人が談笑しているところに…


───「何をやっているんですか?EDENのスタッフは24時間勤務体制、休憩時間の割り当てはないはずですが」

「…院長」


院長の佐陀が、ナースステーションに姿を見せた。


「…何度も言ってますよね、人間に24時間勤務の継続は不可能だって。看護師も医師も、あなたの道具じゃないって。もし過労で死んだら、院長が全部仕事を肩代わりでもしてくれるんですか?しないでしょう?オペにも立たず、院長室で籠ってばかりで。私達に指図するだけで、何のフォローもない」


確かに佐陀が現場のフォローをしたことは、八十嶋がこのホスピタルに来て数年間、一度としてなかった。看護師達が多忙の際、気がついてフォローに入ってくれるのは、ナスターやその式神、それでも足りなければフュッテやその指示を受けた医師達だった。積年の恨み辛みに、先程フュッテと話した事が起爆剤となり、八十嶋の怒りを爆発させた。


「私達を馬車馬みたいに働かせて、自分は院長室の椅子でふんぞり返って左団扇。ふざけるのもいい加減にしてくれません?院長、あなたの指示はもう聞けない。看護スタッフの健康は私が守る。私達をフォローしてくれる医師達もいる。看護師を、スタッフ達を人間扱いしない院長に、誰が従うって言うの!」


───短い破裂音に、藍那は思わず目を瞑った。

佐陀の張り手が、八十嶋の頬を捉えていた。


「痛…いや、こんなの全然痛くない!暴力を振るえば解決するとでも?ふざけないで!」


八十嶋の反抗に、佐陀がもう一度腕を振り上げた時…


───「モモー!さっき使った薬品の発注リスト…」


廊下の向こうから、バインダーを持ったナスターが小走りに近づいてきた。その表情は笑みから…状況を理解し、驚きから怒りを含めたものに一気に変化した。


ぬーそーが何してるんだオイ!まさか、モモを叩いたのか!」


ナスターは八十嶋と佐陀の間に滑り込むように割って入り、佐陀を一睨みしてから八十嶋の方へ振り向いた。


「モモ大丈夫か?頬腫れたら大変だ、すぐに冷やして!藍那、近くにアイスパックないか?」

「…下の名前で呼ばないでくれません?このぐらい大丈夫ですから」

「ダメ!ちゃんと冷やして!これ使っていいから」


ナスターが八十嶋に押しつけたのは、先程買ったばかりらしいアイスカフェオレの缶。


「…俺は、目の前で誰かが傷つくのを見るのは嫌だ。苦しむのを見るのも嫌だ。それは患者も、病院のスタッフだって同じだ!モモ、少し休んでていいから。その間、仕事はできることだけでも俺が代わるから」


ナスターの表情は、普段よりもさらに優しい、患者に見せるものと同じだった。ナスターに患者・・認定されては逃れられないのを…八十嶋はじめこのホスピタルのスタッフはよく知っていた。


「───バカなひと。そんなだから、あなたは…」

「えっ?」

「なんでもないです。…はぁ、分かりました。こうなったあなたを説得するのは無理だってよく分かってますから」


ナスターとはそれなりに付き合いの長い八十嶋が見落とすはずがなかった。

───ナスターの顔色が、いつにも増して悪い事ぐらい。


ナスターの怒涛の対応に呆気にとられていた佐陀が、そこでやっと口を開いた。


「…勝手な判断は困ります、崙先生」

かしまさよーうるさいぞフリムン馬鹿野郎!モモに謝れ!」


───ナスターは間髪入れず、佐陀の肩を力の限り突き飛ばした。終始脅迫に怯えていたナスターが、はっきりと佐陀に反抗するのは初めてのことだった。あとで自分がどうなるか・・・・・・・・の恐怖より…目の前でスタッフを傷つけられた怒りの方が勝っていた。


「やめて崙先生、もういい。院長と話をしようとするだけ無駄です、これ以上は…後であなたが酷い目に遭うから」

やしがだけどモモ…」


ナスターが言いかけた時───急にナスターがよろめき、八十嶋にもたれかかった。さらに、鈍い音が響き、ナスターの頭がやや横に揺れた。


「い"…っ、た…!」

「崙先生!?」


八十嶋が慌ててナスターを支えるのと、藍那が悲鳴をあげたのはほぼ同時だった。


「いやああああ!」


佐陀の手には…厚手のガラスでできた灰皿。ナスターは脇腹を押さえ、もう片方の手で頭を押さえていた。佐陀がナスターの脇腹を蹴ってバランスを崩させた上で、灰皿で頭部を殴ったらしい。


「邪魔をしないでください」


さらに佐陀がナスターの腕を掴もうとするのを…藍那が全力で叩き払った。


「やめて!なんでこんなことするの!」

「あ…藍、那………」

「新居浜───崙先生しっかり、立てますか?」


八十嶋はナスターに声をかけるが、ナスターは徐々に力を失って八十嶋にもたれていく。


「崙先生!」

「やだ…死なないで崙先生…!」


藍那は涙声で訴えてから…改めて佐陀を強く睨んだ。今までの恨み全てを込めたような悪鬼の睨みだった。


「最低よ!自分の思い通りにならないからって、簡単に手を上げて!しかも、あんな硬いもので頭を殴るなんて正気じゃない!あんたなんて…あんたなんて、医者じゃない!」


そして八十嶋とナスターを振り返ると、素早く指示を出した。


「師長!処置室空いてますよね!そこに運びましょう!」

「あ…ええ、そうね。とにかく休ませないと。意識レベルがひどい」

「お願い…崙先生………」


思わぬ反撃・・を食らって立ち呆ける佐陀を置き去りに、八十嶋と藍那はナスターを両脇から支えながら立ち去った。





-波来祖市・上空-


街を見下ろすようにゆっくりと旋回する、WAVE…水嶋の操縦するヘリコプターの中で、迷彩服姿の2人の男が話をしている。


「うっはっはー!いくらJITTE・・・・・からの直接命令・・・・・・・とはいえ、隊員でもない者をヘリに乗せて、あまつさえダイビングさせるなんてクレイジーだよなぁ風祭カザマツリィ!」

「まあいいんじゃない?自分達は指示通りヘリを飛ばしてるだけだし。四御神シノゴゼ、状況は?」


陽気な男…四御神が、ドアハッチの下を覗きながらニヤリと笑った。


「ベストポジションだ。目下───アンノウンを現認!」


それを聞いて、体格のいい男…風祭が───3人目の同乗者・・・・・・に声をかけた。


「じゃあ、そろそろ」

「ああ。急な申し出にも関わらずの協力に感謝する」

「まあ、うちらも仕事なんで。空からの哨戒のついでといえばそう、今回は自分達がアンノウンと直接戦闘できないのはもどかしいけど」

「人間に無理はさせられない。あとは───私達の仕事・・・・・だ」


3人目・・は…落ち着いた様子で言いながら、開いたままのドアハッチの端に足をかけた。風を受け、肩ほどの濃朱の髪が大きくゆらめく。そして───ゆっくりと前のめりになるように、ヘリコプターから身を投下した。


「うおおおお、マジでいった!うっはっはー、思いきるじゃねーか!」

「空気抵抗すごそうな落ち方…」

「…オイオイ、そろそろパラシュート開かねーとやばいぞ?」


テンション高く笑っていた四御神が、徐々に焦りを見せる。そう言えば、そもそも───


「なあ風祭、あの人パラシュート背負ってたか?」

「………」


風祭は笑顔のまま黙り込んだ。


「な"ん"と"か"言"え"よ"お"お"お"お"!嘘だろオイ!パラシュートなしって死ぬじゃん!」

「それ以上のめると四御神が落ちるよ」

「う"わ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!」


四御神が地上を覗き込み、真っ青になって悲鳴を上げた時───

飛び降りた3人目───ティール・・・・の背から、朱色の花が咲いた。否…濃朱色の翼を大きく広げて滑空し始めた。


「ほら、大丈夫だったでしょ」

「分"か"っ"て"た"な"ら"先"に"言"え"え"え"え"え"!心臓に悪ぃ!事故案件かと思ったろうがぁ!」


四御神の文句を受けても、風祭は動じずに答えた。


「もー、四御神も知ってるでしょ、あの人が神族で翼持ちだって。慣れないパラシュートなんか使うより、ギリギリで自前の翼出すって思ってたよ」

「それでも怖えーよ!なんかの手違いであっ翼出ないわーグシャ!とか俺絶対見たくねーからな!」

「それは自分も嫌だけど…大丈夫じゃない?そもそも神族って物理的に死ぬのかなぁ」


2人が暢気に話している間に…


───『こちらティール。アンノウンを撃破した、帰還する』

「おっと、オッケー。飛んで戻ってこれそう?」

───『問題ない』


ティールはさっさとアンノウンを片付け…飛翔して再びヘリコプターの中へと乗り込んだ。"神族嫌い"の水嶋は、ティールを案ずる言葉もかけず終始黙っていたが…


「も~水嶋、空気悪いよ」

「任務中にペラペラお喋りしねーだけだ。分かってんだろうな、ヘリだって何度もテメーのお守りで飛ばせねーぞ」

「分かっている、本調子・・・に戻るまでの間だけだ。迷惑をかけるが、あと数日もかからないだろう。その後は、私単体でも問題なく哨戒できるはずだ」

「…フン」


水嶋は毒蛾のアンノウンから、ティールに救われた形になる。さすがの"神族嫌い"も、助けられた相手にあまり強くは出られなかった。その借りを少しでも返すために、今こうして支援の足ヘリコプターを飛ばしているのだろう。


そんなティールにも、とある考え・・があった。


「(水嶋…彼が神族の相手をするのが嫌なら、せめて霊兵との連携はできないだろうか。WAVE隊員彼らは人間ではあるが、度胸は霊兵にも劣らない。当然…協力の打診は、市松が犯した失態のケジメ・・・をつけたあとになるが。多禄から報告があがっている"被害者"の魔族の青年にも、私自ら謝罪の意思を見せなくてはなるまい。霊兵…分かってはいたが、やはりメリットばかりを見てはいられないな)」


任務を終え遠ざかる街並みを見ながら、ティールは険しい表情を見せていた。





───園田と別れた後、再びイグニスと共に街のパトロールを続けていると、楢崎のスマホが再び着信を知らせた。


「なんだ、今日はよく電話が来るな。大人気じゃないか」

「からかわないでくださ…え?なんで自分に…」


その相手は…JITTE鑑識課。身に覚えのない発信源に、首をかしげながらも着信に応対する。


「もしもし楢崎ですが、何かありましたか?」

───『ああ楢崎?鑑識課の遠野だけど、また今回も無茶振りしてくれたなぁ?』

「え…なんのことでしょうか?」


本当に身に覚えのない責め苦に、何かやらかしたかと必死に思い出しながら答える。


───『とぼけんなよ、ホスピタル通してDNA鑑定の依頼出しただろうが。検体2つのうち、片方はお前のもん・・・・・だったんだぞ?なるべく急げって言うから、順番繰り上げまくったんだからな?』

「ま、待ってください、本当に自分は知らない…」


楢崎が弁解しても、遠野は気にもせず言葉を続ける。


───『そして、もう片方の検体との関係を調べろって依頼だったわけだが…驚いたぜ、もう片方の検体のDNAは───お前の父親・・・・・に当たる存在だった』

「…っ!」


そこで楢崎は…誰が依頼したかなどという事は、もうどうでもよくなっていた。記憶に一切残っていない、父親の存在。それが、どんな形であれ分かろうというのだ。柄にもなく気分を高揚させ、半音高くなった声で遠野に続きを促した。


「誰なんですか、自分の…父親は」

───『………』

「遠野さん?」

───『院長だ・・・。波来祖中央ホスピタルの院長、佐陀サダ泰山タイザン。意外とビッグな相手が父親だったんだな、楢崎』

「───え?」


先程までの高揚が、一気に冷めていく。それとほぼ同時に、電話口の向こうでスプートニクの怒声が響き渡っていた。


───『何やっとんならぁ遠野ォ!それはホスピタルから直接依頼された極秘案件・・・・じゃ言うたろうが!』

───『え?でも鑑定結果が楢崎の』

───『じゃけぇだからおえん言うとんじゃダメって言ってるんだ!オイ、まだ楢崎と電話繋がっとるんか!?』


───そのやり取りは、もう楢崎の耳には入ってこない。手からスマホが滑り落ち、床に落ちて転がった。スマホから聞こえる自らを呼ぶ声にも反応せず、ただただ放心したまま立ち尽くしていた。


「おい、落としたぞ小兵!聞いて…おい、どうした?顔色が悪いぞ…」


落ちたスマホを拾い上げ、心配そうに背を擦ってくれるイグニスの声も、今は届かない。


───吐きそうだ。目眩がした。動悸が酷い。


ホスピタルを恐怖で支配しているのは。

スタッフに全てを押しつけているのは。

ナスターを痛めつけているのは───


「自分の…父親………」


街を行く人混みの目も構わず、その場に踞って嗚咽を漏らした。

それが真実ならば。自分はもう、ナスターに会う資格は───





───そして、院長・佐陀は院長室に戻り…


「…もうじきだ。もう、素顔を隠す必要もない」


静かに呟き───ヘルメットを外した。

楢崎と同じ…イヤ、それより明るく目立つ紫の瞳。目元などには確かに、楢崎の面影が見える。


「総仕上げにかかろう。私の…目的・・のために」


ブラインドを下ろしたままの窓に向かい、冷たく呟いた佐陀の右手が…僅かに紫がかった鈍い光を纏っていた。

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