[Episode.8-情報交差•B]
───翌日の朝。
イグニスは驚異的な速度で回復し、MRIの再検査でも異常が見られなかったことから、何か違和感を覚えたら必ず受診することを条件に退院の許可が出た。
「MRI…あれ嫌い…耳栓しててもうるさいし…二度と、いや三度と受けたくない…」
『メンメンメー、メメンメ』
「はいはい、あー重い…こいつらは神族でも式神だからか、俺が触れても蒸発したりしないんだな」
『メーン?』
「分かった分かった、何かあったらちゃんと診察受けに来るから。ほらもういいだろ、行け」
『メー』
病室を出ようとするイグニスに、退院の見送りのためか群がってきたナスターの式神達…通称"ちみゆるナスター"を愛想ついでに掻き分けるようにして、エントランスまで迎えに来ていた楢崎の元へと向かう。地を這うような蝉の合唱を背景に、今日の楢崎はしっかりと警察官の制服を着込んでいる。昨日の雨が嘘のように空は晴れ渡り、再び酷暑と呼ぶべき灼熱の日々が戻ってきていた。
「悪いな、迎えまで来てもらって。今日は仕事なんだろ…うわあっつ」
「いえ、君は書類上
「いい、あの人は試合で投げるのが仕事なんだ。何日も優しさに甘えていられない」
「家にはいつでも来ていいと、昨日自分との別れ際に言ってましたよ。あと…これ。ダメにならないようにって預けてたジャージの上着です。"すっぽんぽんは可哀相やろ"…ですって」
「すっ…オイ俺は全裸で出歩くような野生児だと思われてるのか?」
「彼なりのエールでしょう、笑いながら言ってましたし」
「やれやれ…まあ、助かった。そうだな…結局朝食も作り損ねたままだ。改めて都合を聞いてから訪ねるとしよう…いや暑すぎないか、溶けそうだ」
外に出て1分と経たず限界を口にするイグニスに…楢崎は苦笑した。
「少しだけ我慢してください、目的地は
†
-波来祖市・中華料理店『
「昨日連絡しました、JITTEの楢崎です。被害者の…
「…以前に福岡県警から電話があったので、大方の話は聞いてます。わざわざありがとうございます」
美鈴の家に行くと、まずは美鈴の父・飛燕が応対に出てきた。いつも元気な美鈴も、今回ばかりは少々落ち込んでいた。親類が殺されたとなれば当然だろうが、それでも、美鈴は叔父を殺した
「…飛龍を殺したのは俺の愚弟だ。居候させてもらっていながら、飛龍のことを守りきれなかった。犯人は既に"天獄"…魔界の監獄に送致しているが…本当に、すまない」
4人はテーブル席で向かい合って座り、イグニスは両拳を膝上で握って俯いていたが…
「ううん、あなたのせいじゃない。むしろ、あなたにはお礼を言いたいぐらい…そうでしょ?パパ」
「…ああ、まあね」
「飛龍おじさん…突発的に死のうとしないか本当に心配だった。週1回の生存確認の電話ですら、あーうんそうやなー、の1分足らずで終わってたのに…この3年ですっごく楽しそうに話すようになったんだよ。9割あなたの話だったけど…子供を持つ親の気持ちが分かるようになってきたって、毎日が楽しいって…見違えるみたいだった」
「実の弟にまで長々と俺の話してたのか…ノイローゼになってないか?」
「いいのいいの、パパも元気な飛龍おじさんの声が聞けて泣いてたぐらいだし、それまではパパが私の話ばっかりしてたんだから。そりゃあ何度も同じ話ループしてたら、あーうんそうやなー、で終わりたくもなるよ。バカパパ」
「エーン」
「…あなたが飛龍おじさんの笑顔を取り戻してくれたんだから、もう責任とか感じないでいいの。だから…今後も気を遣ったりしないで、私達とも家族みたいに話してくれたら嬉しいな。あなたの口から、飛龍おじさんと一緒にいた頃の話、いっぱい聞きたいんだ。パパもそうでしょ?」
「あんたの親父マジ泣きしてるが…」
「もう!役に立たないんだから!」
美鈴が憤慨する間に…
「…小兵、
「ああ、LINE見ましたよ。勝手に荷物漁ってすみません、これで合ってます?」
「それだそれ、助かる」
イグニスが楢崎から受け取ったのは、分厚いスマホケースのような木箱。それを…今度は美鈴へと渡す。
「…俺が渡す資格はないかもしれないが」
「何かなそれはうちの美鈴にまさか色目を」
「
呆れ返るイグニスの前で、美鈴は父・飛燕に肘鉄を食らわせてから箱を受け取り、ゆっくりと開く。そこにあったのは…紅梅を象った美しい細工が施された髪飾り。それは開けたそばから、店内の照明を受けてきらびやかに輝いていた。
「わ、すごい…!」
「仕分けした遺品は、改めて葬儀の時に渡す。だが…これだけは、先に渡しておきたかったから持ってきたんだ。…福岡の大宰府は梅が有名だろ。飛龍は足が悪いから遠出はあまりしないんだが、あんたの誕生日プレゼントを選びに行くって言うからついていったんだ。本当はゴールデンウィークに送るつもりだったんだが、
「ん?待って、
「ああ…何を思ったのか建物のオブジェとかにしようとしてたから、出来はいいけど女子の部屋には合わないだろって思ってな…これとかどうだって助言したんだ。普段は飛龍のセンスも悪くないはずなんだが、相手が女子だったからか…?」
淡々と答えるイグニスだったが、美鈴には飛龍の意図が分かってしまった。
「(飛龍おじさんめ、わざとイグニス君に選ばせるように仕向けたな…やれやれ、やっぱりお節介だよね)」
イグニスの首には、まさに飛龍が贈った、氷の結晶を模したペンダントトップが光っているのだから。
「…何をニコニコしてるんだ?」
「ううん、おじさんにはもう会えないけど…プレゼントだけでも、飛龍おじさんの気持ちだけでも届けてくれて、本当にありがとう。あなたは魔族らしいけど…悪魔とは違う、優しい心の持ち主なんだって思う」
「…別に、そんな」
「…じゃあ、改めて…
「は?」
美鈴は一度大きく息を吐いて吸うと…
「うわーっやっぱり本物すっごいイケメン!キラキラしてる!有名人なのに、一緒に住んでるって飛龍おじさんに聞いてから、会えるの楽しみにしてたんだ!16歳ってことは同い年だよね!…まさかその飛龍おじさんのお葬式の話で会うことになるなんて、それは残念だけど。でも、ちょっと元気出たかも!ありがとう、イグニス君!」
美鈴は急にテンションを上げてテーブルに身を乗り出し、驚いたイグニスは逆に仰け反り目を丸くして完全に硬直している。さらに飛燕はというと、兄の義理の息子とはいえ愛娘が男にキラキラした視線を送っている事実に、心の中で血涙を流しているようだった。そんな3人の様子を見ながら、楢崎は呆れながらも、彼らが少しでも活気を取り戻した事に安堵していた。
「オ、オ…っこら、まだ本題の葬儀の話をしてないぞ!」
「あっ、ごめん…つい興奮しちゃって。でも…今からつらい話するんだし、悲しくなりすぎたら泣いちゃいそうになるから…許して?」
「そう言われたら否定もしづらい…まあいい、あんた…飛燕だったか、多禄の事は知ってるんだろう?今朝LINEがあったが、多禄が言うには葬儀の日取りは8月8日の日曜日にする予定だそうだ。随分と時間がかかってすまない、問題があるなら変更するように伝えるけど」
「8日…いや、問題ないよ。むしろ現地での支度を任せっきりにしてしまって悪いね…それまでには、
「そういえば…そろそろ佐世保に着くってベルフェが言ってたな。分かった、時間が合えば港に迎えに行こう。合わなかったら…すまない」
「アハハ、おじいちゃんもビックリしそう。いつの間にこんなおっきな孫ができたんだ、って。あ…魔族だからどうとか気にしなくていいからね。人は心だよ、あなたや
美鈴は胸を張って答えるが…その名前に、楢崎もイグニスも表情を固くする。
「…え、あれ…?私また何かやっちゃいました?」
「あんた…なんでその名前を」
「いえ、何故カイナが魔族だと…?」
2人の疑問に、美鈴は小さく頷いてから答える。
「…あのあと、ミノリにメールで聞いたんだ。櫛本君…人間じゃなかったって。悪魔だったって。でも…ミノリのこと助けようとしてくれた、いい悪魔だったって」
「…いい悪魔、か。俺が波来祖に来た最初の理由…
イグニスの説明に、楢崎が食らいつく。
「霊兵…じゃあカイナはやっぱり、市松と同じ…!?」
「…まあ、そうだな。あいつ…市松が霊兵だって事には、一発食らってからすぐに気がついた。ただのアンノウンなら凍殺する手もあったが、立場上は軍神の配下だ。魔族の俺が下手に手を出せば、軍神に対する反逆と見なされかねない…そう思っているうちに頭を殴られたわけだが」
「えっ?市松君に頭を殴られた?何それどういうこと?」
「(しまった、余計なことを言った)」
青ざめる美鈴に対し、イグニスはどうにか話題を元に戻そうと四苦八苦する。
「あー、その話は今はいい。そんなことより、あんた…同じ名字が多いから美鈴と呼ばせてもらうぞ、美鈴。奴が何処にいるかは知っているか?」
「…ごめん、居場所は知らないんだ。住んでるところも分からないし…」
「いや、だったらそれはそれでいい。人間に擬態していた時はどうしていたか知らないが、今の半端な状態じゃ街を徘徊している可能性が高いしな。分かった、その方向で探すとしよう。今の話を聞く限り、悪性への変転はしていないようだが…奴の存在は不安定だ。見つけ次第、監視を続ける必要があるな」
「…あなたと殺し合いになったり、しないよね…?」
「残念だが、断言はできない。奴が悪性変転しないことを願うしかない。俺も霊兵を攻撃するような真似はしたくないし…どうにかしてテクスチャを剥がすことができたら、改めてこちらの戦力にカウントできるかもしれないしな」
それだけ言うと、イグニスは立ち上がった。
「話せるのはこのぐらいか。時間を取らせてすまなかった」
「うん、大丈夫。またお葬式でね…あなたも来るんでしょ?」
「…そうだな、あれだけ大切にされたんだ。義理の息子として参列するぐらいしなくては、飛龍にも親族のあんた達にも申し訳が立たない。愚弟の凶行を恨むなら、兄の俺も厳しい言葉を受けるべきだろうしな」
「そんな言い方しないで。少なくとも私とパパは、あなたのことを恨んでなんかない。おじいちゃんもきっとそうだから…お葬式、絶対来てよね。約束だよ」
「…ああ、約束する」
「髪飾りありがとう、大事にするね」
美鈴の言葉に、イグニスは何も答えない代わりに…微笑みながら美鈴達に背を向け、店を後にした。
「あっ、ちょっと待っ…すみません、お邪魔しました」
楢崎も急いで立ち上がって一礼すると、イグニスの背を慌てて追っていった。
-波来祖中央ホスピタル・倉庫-
「…なんでだ。俺はあんたならって思ってなぁ!」
薄暗い部屋の中、珍しく苛立ったような口調で、積が電話の相手に向かって何かを訴えている。しかし、電話の相手は冷静さを失わず…むしろ気落ちしたように声色を低めて積を宥めた。
──『勿論、受けたいのは山々だ。だが…できない。その資格もなければ、何より
「時間がないのは俺の方もだって言ったろうが!俺の知る中じゃ、あんたが一番の実力者だし、面識だってあるだろう!頼むよ…」
───『…すまない。だが、私とて見殺しにしたいわけではない。受けたいのは山々だと言ったろう』
「じゃあどうすんだ!生半可な対抗策じゃ…」
───『分かっている。君の申し出を決して無下にはしない。君の覚悟を、決して無駄なものにはしない。───
"声の主"の意思は固く、そしてはっきりとした口調でフュッテに告げた。そういう言い方をした時の相手の心持ちを、フュッテ自身もよく知っていた。
「…あんたも策士だな、
───『誉められてはいないのだろうな。だが、きっと君の、君達の助けになるはずだ。うまくやってくれ」
それだけ言うと…電話の相手は通話を終了した。
「…信じるしかねえか。俺達の
そう呟いた時…部屋の扉をノックする音が響いた。
「おう、どうした?」
───「
「
フュッテの呼びかけに、部屋に入ってきたのは…
「積先生、下の名前で呼ぶのやめてくださいよ。前も言いましたよね」
「いーだろ他に誰もいねーし、師長よりモモの方が呼びやすいんだわ」
「師長、も居心地よくはないですけど。ニックネーム感覚で呼ぶ役職じゃないのに…まったく、あなたってひとはいい加減すぎません?」
「つって、お前も俺のこと下の名前で呼んでるじゃんかよ~」
「この病院に同姓が3人もいればそうせざるを得ませんよね?」
八十嶋は呆れ返り、ため息をつきながらフュッテへの距離を数歩詰めた。
「どこかに電話してたみたいですけど、薬品の発注ですか?さっき一気に患者さん来て処置したから…てか暗いですよ、いくら昼間でも電気ぐらいつけたらどうですか」
「いや、薬品の発注はナスターがさっき頼んだぶんリストアップしてたはずだ。あとであいつがナースステーションにリスト渡しにいくだろうから、確認だけしといてくれ」
「分かりました。リストアップだけでも助かります」
「そりゃ俺らが使ったぶんは俺らが頼むよ。そこまで看護師達にやれとは俺もナスターも言わねーって。まあ、期限短いやつの注文のブッキングだけはこえーから、看護師側とダブらないようにだけ頼むわ」
そう言うと、フュッテは部屋の隅に積まれた紙束を弄り始めた。この狭い空き部屋は、元々倉庫だった場所。だが薬品を保管するには逆に窓があることがマイナスとなり、フュッテが住み込み部屋として勝手に使っていた。
「何やってるんです?」
「あんたを呼んだ理由を…な、っと。どこ置いたかなアレ」
そこで、八十嶋も気がついた。この部屋には、一人なり他の看護師と一緒なりで何度か来たことがある。その時は…もっと散らかっていたはずだ。このだらしなさEXのような男が、ここに来て部屋の整頓?そう思った時…八十嶋の心に、嫌な予感が芽生えた。
「おー、あったあった。これこれ」
そこでフュッテは紙束の影から姿を見せた。その手には、ファイリングされたレポートのような何かを持っている。
「何ですかそれ」
「八十嶋ぁ、お前…俺のこと時々目で追ってたよなぁ?」
フュッテはニヤリと笑い、それに対して八十嶋の顔に焦りが浮かぶ。
「そ、んなことは」
「俺の目は誤魔化せねーって。欲しかったんだろ?この───」
フュッテが持っていたファイルを八十嶋に突きつける。
「俺特製、
「ぐッ…!」
八十嶋が怯んだのをいいことに、フュッテはそのままファイルを八十嶋に押しつけた。そう、八十嶋はフュッテ(の作るトンチキ創作料理)を非常に気にしていた。フュッテはこれまで、スルメをはじめとする海鮮系をメインに、世間一般ではドン引きされるような掛け合わせを何通りも試していた。それも、主にホスピタルの屋上で七輪を持ち出して、だ───屋上を使っている理由として、食堂の主にキレられ出禁にされた上で屋上に追いやられたという噂が濃厚である───。
「ど、どうしてバレ…じゃない、これ、まだ未完成なんじゃないですか!?なんでこのタイミングで…」
「あー、積先生の創作お料理教室は店じまいって事になってな。そのレシピが増えることはもうねーんだわ」
フュッテは変わらず軽快に話すが…その不自然さを見抜けない八十嶋ではない。
「…この病院を去るつもりなんですね、積先生」
「…敵わねえな、八十嶋には」
フュッテは軽薄な笑みを陰らせ、少しだけ語調を弱めた。
「やっぱ急にこんなもん渡したら疑うよな」
「なんでですか積先生!あなたはこの病院に必要な戦力です!抜けられたら…」
「俺も抜けたかねーんだけどな…そろそろ限界なんだよ、
「…そんな、言ってましたよね、神族?は人間より長命だって!」
「それでもいずれ、終わりは来る。ナスターのヤツを置いていくのは気がかりだが…あいつのことも頼んでいいか?あのお人好しバカも、自分の限界ギリギリまで何とかしようとするから」
フュッテから渡されたファイルを抱えながら、八十嶋は言葉を濁らせた。
「…崙先生、クソジz…院長に脅迫と嫌がらせされてますよね。積先生がそれを今まで何度も妨害してたのも分かってます。それがなくなってしまったら…」
「やっぱ八十嶋も気づいてたか。そういうこった…あんたらに危険が及ぶような直接の妨害はしなくていい。あいつを院長と2人にしないようにしてくれればそれでいい。神族にとって一番の毒は───
フュッテの言葉を聞いて…八十嶋は改めて表情を引き締めた。
「…条件があります。このレシピを受け取ることも、崙先生のことも、積先生の寿命のことも。教えてください、崙先生は…どうして院長に脅されているんですか?あんなに怯えて、反撃もできない程に追い詰められている理由は何なんですか?積先生は知っているんでしょう?それが人道に反する内容であるなら…私も今後、崙先生を庇うことはできません」
「…そう来たかぁ…」
フュッテは苦笑を漏らし…少しばかり考え込んだ後、小さくため息をついた。
「まあ…対価としちゃ当然だわな。どのみち俺がいなくなるなら、他の病院スタッフの誰かには伝えておかねえといけなかったんだ」
───部屋の空気が変わる。重く、暗く。
「結論から言おう。あいつは───
「…え?」
「あいつは───」
───フュッテが続けた言葉に、八十嶋は目を見開き…持っていたファイルが床に落ちた。
「───そんな…そんなこと、院長が脅迫の理由にしていいはずがない…今の話が本当だとしても…
「だが、あいつは今もずっと苦しんでる。どれだけ医者として命を救っても、
そこまで言って…フュッテは元の軽薄な表情に戻った。部屋の空気も、薄暗いのは変わらないが、重々しい雰囲気はいくらか失せた。
「悪いな、八十嶋。人間にはヘビーすぎる内容だったかもしれねえ」
「──────」
八十嶋は歯噛みし、取り落としたファイルを素早く拾うと、フュッテに背を向けた。
「…失礼、します」
その姿を…フュッテも苦い表情で見送るしかなかった。
───そんなことを抱えて、耐えていたの?
───心を壊しそうな裏で、笑っていたの?
───
泣きそうな気持ちを押し留め、八十嶋の中では院長・佐陀への憎しみが一層膨れ上がっていた。佐陀の、普段の自分達看護師に対するゴミのような扱いだけではない。ナスターの過去の咎を脅迫に使って…その心を壊そうとしている。
「…許せない」
早足に、早足に。八十嶋はナースステーションへと急いでいた。
───会わなければ。今すぐに。崙…ナスターに。
その無事を確認しなければ安心できないほどに…八十嶋の情緒は乱されていた。
───「神族にとって一番の毒は、人間の悪意や汚い欲望を正面から浴びることだ」───
───じゃあ、その逆は?少しでもその苦しみを和らげるには、自分達はどうしたらいい?
医師達と渡り合う看護師長として、共に病院という戦場で戦い続ける戦友として…八十嶋はどうにかして答えを探そうと、頭の中をフル回転させていた。
フュッテやナスターは、今まで自分達に余計な仕事が回らないよう気にかけてくれていた。佐陀の嫌がらせからも何度も庇ってくれた。本来なら一時の休みすら与えられない劣悪な環境で、自分の身を削って
───少しぐらい、報いたっていいでしょう?
───少しぐらい、返したっていいでしょう?
───「モモ!製薬会社の人に菓子折りもらったからお裾分けさぁ!看護師のみんなで
ナスターの無邪気な笑顔がふと頭に浮かび、涙で滲んだ目元のまま苦笑を漏らす。
───そうやって、あなたはまた笑っているんでしょうね。
───その心の奥にある、途方もない苦しみを押し殺して。
「…大丈夫、何とかする。私は…私達は、苦しんでいる人達を救う看護師なんだ。その苦しんでいるのが医者だとしても、神族だとしても…きっと、私達がやるべきことは変わらないはずだから!」
己に言い聞かせるように口にしながら、もう八十嶋の目は潤んでいなかった。
救う。救うんだ。その強い気持ちだけが、ナースステーションに向かう彼女の足を早めていた。
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