[追憶•天界動乱-序]

††


───天魔共存トリックスター、アンスール・ベルフェ。

天界・西都地方…電子技術の発達した"季節のない街"で顕現し、効率化された生活環境で育ち、時に割り切った判断を必要とされた。今のベルフェが清濁併せ呑むような性格をしているのは、そういった環境も影響しているのだろう。


───反骨雷鳴、スリサズ・ユピテ。

天界・東宮地方…愛艶やかな春を担当する・・・・歓楽街に顕現しながら、その色欲に一切染まることなく武を極め続け、堕落した故郷を捨て実力で中央区入りを果たした。


そんな2人が、中央区で出会い…お互いの長所を利用し合いながら、力ある神族として台頭していくのに時間はかからなかった。

純粋な力では一歩及ばないベルフェは、口八丁手八丁で場を整えた後、トドメとして2mを越えるユピテの威圧感を利用した。

卑怯な手は好まなかったユピテも、自らの信念を嘲笑った故郷を見返す為だと、ベルフェの頭脳を利用した。

そうでもしないと…既に腐りきった天界では、真っ当な神族として生き残れなかった。


「こんままでは天界はつまらんごとダメになる。俺達が変えていかな…分かっとーよな、ユピテ」

「ああ、分かっている。その為には、どんな手だって使ってやる…ベルフェ、お前の事もな」

「ハハッ、よかよか!心が強うなかと生き残れんけんな、どんどん利用せれや!」


天界が魔界と繋がっている事は、ベルフェはとっくに分かっていた。だからそれすら利用して魔界に忍び込み、何食わぬ顔で魔族達と仕事を共にした。自分が神族と知って襲ってくる者は、容赦なく消した・・・。逆に神族と知った上で関わってくる者は、たとえ己の神力やコネ目当てであっても快く受け入れた。相手が自分の神力を利用するつもりであっても構わない───ベルフェ自身も、相手の魔族という立場を利用するつもりだったからだ。


これは、今よりずっと昔の話───




-■■■■年前/天界・中央区-


───いつものように、ベルフェとユピテが中庭で雑談していると…中央区で最も大きな建造物、コロッセウムから歓声ひめいが響いてきた。


───『エヴィスト様ー!』

───『クライス様ぁ!』

───『ダーズル様、万歳!』

───『最高です!ディスガ様!』


天界の重鎮である"七大老"達を、誉め称え崇め奉る声。

それらは一見、大勢からの信仰・・にも見えるが───その実、声の正体はヒトではない・・・・・・


「…気持ち悪か、虚無ん信仰・・にどげん価値があるったい」

「言うな、既に連中の脳基なかみが腐っているのだから、今更だろう」

「ケッ、バカバカしか」


呆れ果てたユピテの言葉に、ベルフェも吐き捨てるような答えを返し、休憩も終わりかと重い腰を上げた───


直後


「───ッ!」


眼前に迫った手裏剣様の飛び道具を、済んでのところで弾き落とす。周囲から殺意は感じられず、また直前まで人影は見当たらなかったが───ベルフェは知っている・・・・・


「おい不意打ちやめれや、ファンメル・・・・・!」

───「ハハッ、悪かったよベルフェ。でも、勘は鈍ってはいないみたいで安心した」


その声の主は、ベルフェの斜め背後から…透明化の擬装・・・・・・を解き、改めて姿を見せた。

少し癖のあるブロンドの長髪に、ベルフェ達と同じ・・・・・・・・白基調の軍服。目尻の下がった優しげな顔立ちは、今は悪戯っぽい笑みを浮かべて目元を細めている。


「戯れが過ぎるぞファンメル」

「怒るなよユピテ、俺としては君達がもっともっと強くなることを望んでるだけなんだから。それは君にとっても悲願のハズだろ?」

「…物は言いようだな、最高神様・・・・


ユピテがため息混じりに皮肉を漏らすと、ファンメルの表情は分かりやすく不満に染まる。


「あ、その呼び方嫌いだなァ!俺は偉ぶりたいわけじゃないんだぞ、七大老共あいつらがこれ以上暴走しないように、俺が頭を押さえつけるためにトップにいるだけの話なんだからさぁ」

「分かっとーけん、ユピテもそげんはらかくな怒るなって。ファンメルがてげてげ・・・・なんは今に始まった事やなかやろ」

「そうそう、何事も適当てげてげでいいんだよ…って、もしかして誉めてない?」

「誉めとらんよ、呆れとーっちゃん」

「酷いな~、俺ショックです」


ファンメルは相変わらずへらへら・・・・と答えていたが…ただ単にベルフェをからかいに来ただけではないことぐらい、ベルフェもユピテも察している。


「…で?こげん所で油ば売っとってよかとか?」

「…意地悪だな、俺があれ・・嫌いなの知ってるでしょ?同席どころか───あの声が聞こえる範囲にいるだけで反吐が出る。だから本当はもっと離れたいけど、さっき言ったように連中の監視の意味もあるからそれもできない。せめて同じ空間にはいたくなくて此処まで来たんだから、そう睨まないでくれよ」

「ばってん、毎回こげぇして離席でくるとは限らんちゃろう?どげんすると?」

「だから、君達に強くなってもらいたいんだよ。俺は───コロッセウムを外から監視する、別の組織・・・・を立ち上げるつもりだ。このまま天界を腐らせたくはないからね…その準備ができたら、君達を引き抜きに来るよ」


ベルフェもユピテも、目を丸くして固まった。ファンメルは最高神───天界の現トップとはいえ、その発言は紛れもなく天界そのものへの反逆行為・・・・。コロッセウムの七大老に知られれば、何をされるか分かったものではない。


「正気か、ファンメル」

「俺らが告げ口するとは思っとらんと?」

「ハハッ、まさかぁ。君達があいつらに媚びへつらって、俺を売るような真似をするって?死んでもしないだろ」

「…ケッ、なんでんお見通し、か」

「そりゃあ、君達が中央入りした頃からの付き合いだしね。そうそう、あの頃のベルフェは」

「あーわかったもうよか!それでよかけん!」


ベルフェが慌ててファンメルの言葉を遮ると、ファンメルはニヤニヤ笑うが…すぐにその笑みを消す。その視線は、振り向きざまに再びコロッセウムの歓声・・へと向けられる。


「───自分達の信仰が薄れたからと、死者の魂を漂白して・・・・・・・・・、ただ自分達を誉め称え崇め奉るだけの"白痴・・"───信仰を補う道具に造り変える。"白痴はくち"にされた人間の魂も浮かばれないだろうな、あんなクズ共の糧にされるなんて」

「フン、老害が。影響力を失ったのなら、大人しく退場すればいいものを」

「そう言うなよユピテ、歳を重ねるほど生に執着するものだ。ま、老害、はその通りだけどね。汚い奴ほど死なないんだよな、不思議と」


ファンメルは呆れたように言うと、再びベルフェ達の方へと向き直る。


「一応言っておくけど、俺が別の組織を立ち上げようとしてるのは単なる思い付きじゃない。何年も前から考えてたことだ」

「それは分かるばってん…」

「───あいつら、戦争を起こすつもりだ・・・・・・・・・・。今のうちに手を打たないと、俺達も否応なしに巻き込まれる」


ファンメルの言葉を受けて、ベルフェとユピテの表情が険しくなる。


「戦争、って…」

「奴らは魔界と繋がっているのだろう、であれば何処と戦争を起こすと?まさか、人間界に…」

「イヤ、そうじゃない。フュッテ・・・・に探らせた情報だと…天界を襲撃するよう魔界側に働きかける・・・・・・・・・つもりだ、ってさ。そうやって被害者の顔をしながら、俺達みたいに七大老の意向に従わない神族を始末する気らしい」

「やったら、ファンメルが退しりぞけりゃあよかやんか!武芸百般のファンメルなら、魔界の軍勢なんて…」

「…そうもいかないみたいでね」


ファンメルは…苦笑混じりに続ける。


「俺の神力が減衰を始めてる・・・・・・・。戦闘型は消耗が激しい…2000年限界まで稼働できないのは分かっていたけど、減衰を自覚できるほど不完全なコンディションでは、何か起こった時に君達を守りきれる自信がない。だからこそ、連中とは別の組織を立ち上げて…俺がいなくなった後も、君達が自身で武器を取れる環境を作っておく。当然、俺も現状の稼働限界までは行動できるから、すぐどうにかなるような状態じゃないよ」

「…そんな」


ベルフェもユピテも、旧知の仲であるファンメルの、突然の予死宣告に顔色を青くした。


───神族はまず、人々の願いを抱えて天界の各地に『幼年期』の姿で顕現する。生まれ落ちた土地で『幼年期』『少年期』を経て最後に『青年期』へと"進化・・"し、この中央区に編入されるのが基本になっている。そして、自らに刻まれた役割を全うしながら…いずれ"信仰"の減少と共に神力が減衰し、稼働限界が訪れた時に静かに消滅する。それが、神族の"一生"のはずだった。

その理に背き、減少した"信仰"を水増しして生き長らえているのがコロッセウムの上役達…"七大老"と呼ばれている存在だ。とはいえ、積極的に手を染めているのはそのうち4名ではあるが。"彼ら"は死した人間の魂から記憶と感情を抜き取って"漂白"し、"白痴"と呼ばれるヒトのかたちをしただけの空っぽの存在へと造り変える。そして行動原理に自らを"信仰"するよう、それだけを入力し…ただ己を崇め奉るだけの人形を量産している。

その思いは、ただ死にたくない・・・・・・というだけ───そうは言いつつ、"彼ら"はもう人間達に何を与えることもない。ただ生きているだけの…それどころか害を為すだけの障害として、憎くも生き続けているのだ。ファンメルのように、たとえ"信仰"が薄れてもその死を享受すると覚悟している神族にとって、"七大老"が穢らわしく感じるのは…感性の違いを考慮しても仕方のないことで、決して分かり合える事がないのも頷けた。


「悄気るなって。神族の終わり・・・はいつか訪れるものだ、それが人間よりちょっと長いだけなんだから…それに」


ファンメルはベルフェとユピテの肩を叩くと、中央区の入口…花と虹で彩られた大きな門の方へと視線を向ける。


「俺の後には君達がいる。それだけじゃない、次の世代・・・・───新たに武芸を極めた若い神族が、此処中央区にそろそろ到着する頃だと連絡があった。俺と同じ南泉地方の子らしいから、君達も先輩として世話を焼いてやってくれ」

「…ファンメルの代わりだと思え、と?」

「そうじゃない、味方は多い方がいいだろう?若い神族は良くも悪くも染まりやすい・・・・・・。だから俺達が先に抱え込んで、この腐りかけた天界を正しく導いてくれる存在にしたいんだ」

「何も知らない若い神族を、ファンメルが目指す新時代の旗手にするという魂胆か」

「悪意のある言い方だねェ、もっと表現の仕方があるだろ?ヒーローとか救世主とかさぁ」

「言うがままに従うお人形さんを救世主とは呼びたくないぞ」

「従わせるんじゃない、導くんだ。そしてその立場は、いずれきっと逆転する・・・・───そこまでの正しい道を、君達が示してやってほしいんだ」


ファンメルの言葉を聞いても、ベルフェもユピテも腑に落ちなかった。それどころか、ただチヤホヤされて祭り上げられるだけの人形など必要ないと警戒を強めていた。その時…


「…落ち着いてきたか。あ~あ…戻らないと、あいつら何企んでるか分からないからねェ」


ファンメルは歓声ひめいが止んだコロッセウムを見返りながら、大きくため息をついた。そして


「───ただ生きているだけの木偶に、今更何ができる」


今までの朗らかさが嘘のように、憎々しげに低く呟いた。


「…ファンメル」

「だーい丈夫、何もしないよ。今はまだ、ね。…じゃ、俺行くよ。休憩中に邪魔して悪かったね」


そう言うと、ファンメルはからから・・・・と笑いながらコロッセウムの方へと立ち去っていった。その後ろ姿を見送りながら…ベルフェとユピテは険しい顔で、互いを横目で見ながら囁く。


「…ユピテ」

「分かっている、今の話は他言無用だ…そして、この話が現実になった時は、俺達はファンメルの側につく。だろう?」

「分かっとろうもん、当たり前ばい。あの老害共を一気に蹴り出すチャンス…乗らな損やろうが」

「承知した。お前と意見が合うのは少々癪だが、目指すところは一緒なのだと安心もした。複雑な気分だ」


そこでベルフェは目線だけでなく顔もユピテの方に向け、目を細めて呆れたように返す。


「素直に同じ意見や、って言えんとか」

「癪だと言ったろう…ん?」


ユピテの視線が、ベルフェから虹の門へと移る。そこでちょうど、見慣れない人影───赤毛の"少年"が門をくぐろうとしていた。

"少年"の見た目は15歳前後。横髪だけが長い短髪かと思えば、うなじ辺りで結わえた長い髪が風に揺れている。青いセーラー服のような衣装には、所々に青緑色の軽鎧を取り付け、足元は片方がブーツで片方が草履という一見奇異な出で立ちだった。その瞳は鋭く金色に輝き、今しがた自身を見つめるユピテに気づくと真っ直ぐに視線を合わせた。


「おっ…」

───「こんちゃらごわした・・・・・・・・・!此処が中央区で合うちょっか?」


"少年"はやや距離があるユピテに対して、走り寄りながら笑顔で声をかけたものの…


「え、なん…なんて?」

「あー、そういやぁファンメルが言いよったな、南泉出身やって…。あん方言、よりによって永久桜しえざくら区…南泉ん中でん一番訛りがきつか地域やなかか…」

「ベルフェ、分かるのか?」

「俺ん出身は西都地方ばい、分かるわけなかろう」


狼狽える2人を見かねた"少年"は、ああ、と目をしばたたいた。


ほんのこて・・・・・すまん、南泉の方言は通じないから標準語で話せって言われてたのを忘れちょっt…忘れていた」

「あ、標準語できると?助かった…」

「このまま意志疎通ができないかと思ったぞ…」

「ほんのこてすま…あ、本当にすまない」


"少年"のまだ辿々しい標準語に、ベルフェとユピテは半分安心半分不安に思いながら、"彼"の言葉の続きを待った。


アタイはティール・アウラブロッサ。武芸を極め、人々を導く、法と正義を司る神族。まだまだ若輩者のアタイに、どうかご指導ご鞭撻をよろしく頼む、先輩方」


"少年"…ティールはユピテどころかベルフェよりも背が低い程だったが、その真っ直ぐな瞳は希望に輝き、強い光を放っているように見えた。だから───


「(───可能なら、"彼"をこのまま追い返して故郷に帰らせたい。こんな…穢れを知らない綺麗な瞳に、腐っていく中央区の現実を映させたくない)」


ユピテは迷った。ティールが本当にファンメルが言っていた神族なら、追い返すなど許されない。だが、この希望に満ちた瞳の輝きは…中央区にいたら遅かれ早かれくすんでいく事になる。その地獄のような過程を…自分は黙って見ていられるだろうかと。


「…お前に」

「ん?」

「お前に、この天界を変える覚悟はあるか?どれだけ理不尽な目に遭おうと、どれだけ地獄のような光景に立ち会おうと、決して折れないと誓えるか?」


ユピテの低い声の問いに目をしばたたくティールとは逆に、ベルフェは眉を潜め怪訝な表情へと変わる。


「(あいつ…!いきなり何ば聞いとーったい、来たばっかりで此処ん状況が分かるわけもなかとに、質問が重かっちゃん!)」


見かねたベルフェはティールをフォローしようと口を挟む。


「おい、今すぐ結論ば出さんでもよか。まずは中央区ん様子ば見て…」

「ああ、誓おう。望むならそのように・・・・・・・・・。それが、アタイに与えられた"役割・・"だから」


ティールは…機械的でも、悲観するでもなく、笑みすら浮かべて真っ直ぐにユピテを見据えて言い切った。ユピテ自身も、まさか微笑みながら即答されるとは思っておらず、次の言葉に詰まっている。ベルフェの方は…


「役割、な。やっぱりきさんは、他人の意志に従うだけんお人形さんなんか?」

「いいや、違うとも…勘違いさせたようならすまない、だけどアタイは、そう在れと願われて・・・・・・・・・此処にいる。誰かの思いには、願いには応えなくてはならない。それこそが、アタイが顕現した意味だから」

「…フン、ご立派な心やなあ」


ベルフェはつい皮肉を吐いたが───

ティールが言った言葉の真の意味・・・・を、この時は誰も分かっていなかった。





───それ以来、ベルフェとユピテはファンメルの言いつけ通り、まだ若いティールのお目付け役として、中央区での面倒を見てやっていた。ファンメルの言っていた通り、ティールは多くの武芸に通じ、中でも刀を用いた剣術は中央区の熟練兵士でも勝ちきれない程の腕前だった。ティールが用いる南泉剣術の初太刀は重く、対峙した相手は口を揃えて"受けてはならない、避けねばならない"と言う程だった。しかし避けきれる実力のある相手ならまだしも、半端な実力の者がうっかり受けてしまえば、その一撃で勝負が決する事もあった。そうして兵士達を訓練で打ち倒していったティールの名は、着実に中央区に広まっていった。


そんなティールに、武芸百般のファンメルが興味を持たない筈はなかった。それはたとえ、ファンメルに天界動乱の思惑がなかったとしても変わらなかったろう。


「凄いねェ、もう中央区じゃ敵なしでしょ?ティウ・・・

「ファンメル、何度も言うがこいつの名はティール・・・・だ」

「ごめんごめん、なんか発音しづらくって」


ユピテの指摘を受け、ファンメルはいつものようにからから・・・・と笑って誤魔化した。

此処にベルフェとティールを加えた4人は、花と緑の咲き誇る中庭で、白い鳥籠のような柵で覆われたスペースにある4人掛の白い小円卓を囲んでいた。雲ひとつない青空の下、何処からか聞こえるピアノの音楽を背景に、いつも通りの雑談を交わしていた。


「どうティウ、中央区には慣れた?オラクルとヨモツ・・・・・・・・のシゴキっていうかシバキっていうか、キッツいでしょ。オラクルは勝手に天使長・・・を自称してるけど、あの2人は中央区の兵力増強と警備担当だから間違っちゃないんだよねェ…もし彼らがやりすぎていたら俺に言ってね?」

「いや、とてもいい修行になっているし、私の知らない戦法は刺激になっている。彼らは強い、全力で学ばせてもらっている」

「時間ができたら、俺も稽古をつけてあげようかなとか思ったりしてるんだけど、なかなかねェ…ごめんね?口ばっかりでさ」

「おいファンメル、折角の新人を壊す気か?お前が手出ししたら怪我では済まんだろう」


ユピテに咎められたファンメルは、悄気て俯いた───

かと思うと


次の瞬間、ファンメルとティールは座ったまま、そして顔色ひとつ変えないままに刀の刃を交えていた・・・・・・・・・。2人ともが、神力を通して刀を顕現できる鍔を持っていたからこそできた鍔迫り合い。ベルフェとユピテは突然の事に目を丸くして固まってしまった。


「…へえ、これに対応できるのか。あの2人のスパルタに耐えられるわけだ」

「急に攻撃されるとは思っていなかったからたまがった驚いた。油断ならないな、奇襲の訓練か?」

「あはは、驚いてるようには見えないなァ。俺本気で稽古つけたくなってきたんだけど」


ファンメルはいつものように笑いながら話すが───その実、目は一切笑っていない"本気"の表情だった。そこで、まずベルフェが我に返り…


「おいアホ!こげん所で暴れなしゃんなや!机がぱげる壊れるやろうが!」

「イヤもう手遅れだな、ヒビが入っている」

「あーあ、後でちゃんと直しとけやファンメル」

「てへ、やっちゃった☆」


そしてファンメルも漸く戦意を引っ込め、顕現していた刀を鍔の状態へと戻す。それを見たティールも、同じように刀を収めた。


「やっぱりなんとか時間作って、君とまた手合わせしたいなァ。君は大物になる予感しかしないよ」

「いや、貴殿・・は最高神の立場だ、こうして雑談に応じてくれているだけでも信じがたい。忙しいだろうし、無理はしないで大丈夫だ」

「相変わらず堅苦しいなァ~君は、多少訛ったぐらいじゃ笑ったりしないよ。まあ、その訛りを理解できるかは別だけど…俺の出身は同じ南泉地方でも山奥の方だから、君が育った地域とはちょっと距離があるんだよねェ」

「…すまない、今は訛らないよう相手に伝わるような言葉で話すのが精一杯で、会話の柔軟性にまで気が回らない。今後ももし、私の話し方で気に触る事があれば伝えてほしい」

「えっそれ訛りまくっとー俺に対する嫌味か?」

ちごっど違うよ!…あっ!」


ベルフェの意地悪に頭を抱えながら…ファンメルは一息ついて、改めて横に座るティールに向き直る。


「さて…少し前に言った通り、そろそろ俺も動こうと思う。君の実力は十分に知れた、あとは…君に俺の後を継ぐ心の準備ができているかどうかだねェ」

「…正直、私はまだ貴殿には遠く及ばない。それこそ、ユピテの方がずっと適任なのではないか?」


ティールの問いに、ファンメルはため息をついて首を振る。


「ユピテは総合力は申し分ないんだけど、地雷ワード・・・・・あるからねェ…それ聞いたら自我を失うレベルで暴れ回るから、最高神を任せるわけにはいかないんだ。最高神たるもの嫌でも色んな意見を聞くことになるんだから、都度キレてちゃ務まらないよ。天界の民がみんなして自分の聞きたくない言葉に配慮してくれるわけないからねェ。任命するなら最高神より、警備長とかの武力を活かせる位置がいいんじゃないかなって思ってるよ」

「ではベルフェは…」

「ベルフェは他人の意見を広く受け入れる柔軟性はあるけど、今度は正面突破の武力に弱い。責任感も強いとは言えないし、何よりベルフェは一定の肩書きに縛られるタイプじゃない。任命するなら最高神じゃなく、最高神の補佐役…自由に動ける遊撃的な立場の方が、ベルフェの持ち味を最大限活かせると思うんだよねェ」

「おう俺ボッコボコやなかか、フォローしきれとらんばい」


ファンメルの意見を聞いても、ティールはまだ納得がいかない様子だった。


「…何故、未熟な私を貴殿の後継にしようと?」

「未熟だからこそ伸び代があるのと…まあ、他のメンツに断られたりしたのもあるんだけどね。一応ウィラーダ・・・・・にも声かけたんだけど、最高神よりそれを諌める立場の方がいいって断られちゃった。ヴァエラ・・・・は…調子に乗りがちだからなァ、他のコロッセウムの老害や魔界の悪い連中の甘言にコロッと騙されそうだし。ヴォーダン・・・・・は普段から消極的すぎるし、声をかける前に全力で逃げられた。そんなに俺って怖いかなァ?ちょっとショックです」

「しょ、消去法…」

「冗談だよ…いや今言ったのは事実だけど、君を選ぼうとしているのにはちゃんと理由がある」


ファンメルは笑顔のまま話すが…ベルフェとユピテには分かった。

その笑顔の奥に、暗い影・・・が落ちたのを。


「君が───全てを受け入れなければならない・・・・・・・・・・・・・・・性質だからだ」


その言葉を聞いて、ベルフェは思い出す。



───『望むならそのように・・・・・・・・・』───

───『誰かの思いには、願いには応えなくてはならない』───



ティールが発した、重い言葉を。

その真意は未だはっきりとは分からない。だとしても、今のファンメルの態度で理解した───あの言葉達はただの綺麗事として発されたものではないのだと、今になってベルフェの心に重石のようにのしかかってくる。


「(…皮肉なんて言わなよかった。俺は…なんも分かっとらんやったとに)」

「…ベルフェ、大丈夫か?表情が暗いぞ」

「………っ!な、何でんなか!」


よりによって罪悪感を抱いた相手であるティール本人に指摘され、慌てて取り繕うが…どうにも気まずさが拭い去れない。それを察したのか、沈黙を破ったのはユピテだった。


「…俺達に対するファンメルの指摘は正しい。ダメ出しをされただけではないし、俺達の活かし所を理解した上での判断なら口を挟むつもりもない。ティールを後継に据えるのならばそれで構わないし、俺がその補佐に回る事に異議はない。むしろ、まだ若い神族に天界の王という重い役割を押し付けるようで気が引けるが、可能な限りの手助けはするつもりだ。それはベルフェ、お前も同じだろう?」

「お、おう…分かっとー、当たり前や…」

「そういうことだ、俺達に不満はない。だからお前が気にする事はない、ティール」

「…了解した。私はまだまだ若輩者ゆえ、最高神を拝命した後も迷惑をかける事が多々あるだろう。ご指導ご鞭撻、宜しく頼む。いかに厳しい言葉であろうと、私は真摯に受け止める所存だ」


3人の話が纏まったのを見届けたファンメルは…


「決まりだね」


おもむろに立ち上がり、中庭の奥…何もない広場・・・・・・の前で足を止めた。そして、握り拳程の大きさをした巨大な宝石…イエローダイヤモンド・・・・・・・・・・を取り出すと、空間の中央に投げ入れて指を鳴らした。


育て・・我が叛逆の樹よ・・・・・・・


───ファンメルの声を合図に、宝石からは明るい青緑色の光の束が何本も生み出され、上空へと延びていく。その光は編まれ、折り重なり、徐々に建物・・を形作っていく。建物は円筒状に組み上がっていき、やがて白壁の塔のような建造物が一瞬にして出来上がった。コロッセウムの建物より遥かに高くなったそれは、途中がやや腰細りの形状で、一定階層ごとに環のような廊下を建物外に浮かばせていた。


俺が考えた最強の一夜城・・・・・・・・・・・…なんてね」

「なんということだ…これだけの神力、いつの間に切り離して・・・・・…」

「ハハッ…コロッセウムん老害連中、たまがって驚いて慌てとーっちゃないと?」

「わっぜすごい…」


3人が呆然と頭上を見上げる様子を眺めながら、ファンメルは改めて自信に満ちた笑みを浮かべた。


「これが、俺達の居城…老害達が支配する法治院コロッセウム・・・・・・・・・に徹底抗戦するための砦。そうだなァ───軍都ユグドラシル・・・・・・・・、とでも呼ぼうか」

「軍都…ユグドラシル………」


ファンメルの神力によって生み出された、自分達の陣地を見上げるティールの瞳は…その像を映しながら輝いていた。


「圧倒されてる場合じゃないぞ、これから先は、君がこのユグドラシルの頂点に立って、纏めて、戦っていくんだから。勿論、安定するまでは俺もある程度は助けてあげるけど…これで備蓄・・の神力も結構使っちゃったし、あまり長い間のサポートは期待しないでね」

「え…これから先、って」

「うーん、もうユグドラシルも建てちゃったし、連中にも視認された筈だよねェ。だから…3日後・・ぐらいかな?改めて君に最高神の位を譲る『戴冠式』を行おうと思うんだ」


ファンメルの発言に、ベルフェとユピテも目を丸くした。


「何もかも急すぎるぞ、ファンメル」

「そうだぞ、式て言うたっちゃ、今聞いたばかりで準備だってなんもできとらんのに…」

適当てげてげでいいんだよ、そんなの。これは宣戦布告・・・・…もうコロッセウムに従う気はないって喧嘩を売るための、俺達の意思表示なんだから」


そしてファンメルは、今できたばかりのユグドラシルへと足を踏み入れる。


「とはいえ、もう少し仲間を増やしておきたいねェ…フェルタ・・・・は声かけたら来てくれるかな?」

「お、おいファンメル…」

「何してるの3人共、ついてきなよ。誰より早く、テッペン・・・・からの景色を見られるんだから」


ファンメルの促しのままに、ユピテ達3人もその背を追う。建物中央には円陣が描かれた丸い床があり、4人が乗ると上階へ向かって移動し始めた───所謂、壁のないエレベーターだ。


「おぉ、ちょ…えずかこわい…」

「アハハ、足滑らせたら終わりだからねェ。さすがに柵はつけないとまずいかな、後で追加しておくよ」


ファンメルが笑う間に、4人は最上部へと到達し…


「───わっぜ、すごい」


ティールの金の瞳が、眼下に広がる雄大な景色と、"ヨルの日・・・・"の狭間を迎えた空の色を映して、今まで一番の煌めきを見せた。


「目に焼き付けるんだ。これが───君が、君達が守っていく景色。君達はこの景色を見て、今何を思った?その気持ちを忘れずに…コロッセウムの老害達と喧嘩して、渡り合っていこうじゃないか」


ティールも…ユピテもベルフェも、お互いの顔を見合って苦笑した。此処から自分達の新たな道が始まるのだと、4人は決意を新たに拳を合わせた。





───だが・・


"彼ら"はまだ知らない。此処から始まってしまった・・・・・・・・地獄の連鎖を。

後を託したファンメルの笑顔を見るのは、これが最後になる事を。


───純粋だった・・・ティールの心に、怒りと怨嗟の炎・・・・・・・が灯ってしまう事を。


これは、法治院コロッセウムと軍都ユグドラシルの、長い長い確執の始まり。残酷な裏切りと、悲しみの記録。



───「許さない。私は一生、許さない」───



ティールにとっては忘れられない、呪いの記憶───。

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