[閑話•臨終ロスタイム]


───"天獄"、それは天界と魔界…地獄界との狭間とも呼ばれる場所。

主に魔界の罪人が収監される、混沌極まる拘置所。


───「くそったれ!たかが強盗・・・・・じゃねーか!出せよクソがぁ!」

───「く、くすり、くすりアッ、くすりくれ、アッアッ」

───「おい!いい加減ヤらせろ!【検閲】ぐらいさせやがれ!」


内部は薄暗く、罪人達が常に不満や怨嗟を撒き散らしている。

その総括を務める、看守が───


「───はぁ、なんややかましわぁ。なぁんぼ騒いでも無駄やって分からんの?今から人間さん・・・・をお迎えするさかい、静かにしときや」


看守が呆れたように口にした時…ちょうど人間界から転送されて戻ってきた・・・・・"飛龍"を、その看守が出迎える。


「あらぁ、もうええの?」

「…ああ、気は済んだっちゃん」


"飛龍"の目の前にいる男は…上背は"飛龍"と大差ないが、口元は布で隠され、唇の動きは視認できない。頭部には2本の角があり、ブロンドの長髪が拘置所の淀んだ空気で揺れた。武士の裃にも似た上着を羽織り、暗がりに光るのは赤い双眸───そして、手に持っている金属バット・・・・・を床に打ち付け、"飛龍"の背後に伸びる監獄の廊下を見据えていた。


看守の名は…大江アワラ。法に関しては絶対中立を守る、鬼種獄卒。アワラの口調はパッと見穏やかで優しく聞こえるが…実際はその真逆。純粋鬼種はどの種族より力が強く、いくら言葉が優しく聞こえようと、目的のために用いる手段は口にするのも恐ろしい程に容赦がない。その性質を買われ、看守の役を命じられているぐらいなのだから。


「あんたはんの証言・・で、あの人殺しちゃんの犯行が立証できた。あの子の顔見た?自分が殺した相手が、若い頃の姿で堂々と被害状況を説明してるんやさかい、驚くわなあ」

「そげん言うたっちゃ、俺ん体はまだ葬儀にも出とらんのに、変な感じばい」

「堪忍え、魂はもう体から離れとったさかい、少し急いでもうたんよ───反魂はんごん灯影浄玻璃とうえいじょうはり。主に殺人事件の絶対的証人として、殺された被害者の魂を一時的に蘇らす・・・・・・・術。その魂は決して嘘をつけん、真実のみを語る存在になる。ほんまなら、事件の証言終わったら、その魂もお役御免になるんやけど…あんたはんは、そうはいかへんかった・・・・・・・・・・


アワラは元々細い目をさらに細くし、見づらい口元をつり上げた。


「筧飛龍、氷上の伝説を打ち立てた絶対王者。今のあんたはんの姿は、当時の若々しい肉体すがたのままやけど、死ぬ直前までの記憶を引き継いでる。…若い方の姿で顕現さしたったのは、うちのサービスやで?普通は年齢も死んだ時そのままやさかい」

「はいはい、分かっとーばい。長丁場になるって聞いたけん、五体満足に動くる方がよかて思うたんや。それに…もしイグニスやイフユいっちゃん、カナワ君に会うた時に、こん姿ん方が現実味がなかろう。…死者ん亡霊なんて、現実味がなか方がよかに決まっとーっちゃけん」

「落ち着いとるねぇ、死んだのに蘇生されるなんてかなんイヤだって、気ぃ狂う人間さんもおるのに」

「同じ痛みは味わいとうなかけどな。ただ、俺がもいっぺん呼ばれた理由が証言だけやなかて言うなら、そん理由は知りたか。あんたらは、俺に…何ば求めとーったい?」


アワラの表情は、相変わらず心底が知れない笑みを浮かべたまま…1枚の紙を懐から取り出した。


「あんたはんの魂の猶予・・・・をうちに申請してきたのは、あんたはんのいた博多に駐留してる神族…アンスール・・・・・ベルフェ・・・・。知り合いやんな?」

「お、おう…阿万里さんち呼ぶ事が多かったばってん…魂の猶予ってなんかぁ?」

「───アンノウンって・・・・・・・なんや思う・・・・・?」


アワラの笑みに薄ら寒さを感じ、"飛龍"は思わず息を止める。そういえば…博多はアンノウンの出現頻度こそ多くないものの、得体の知れない何かが彷徨いているということしか認識していなかった。何か分からないからアンノウンunknown…たったそれだけの事を、疑いもしなかった。


「…イグニスは、そげん訳の分からん相手と何年も戦うとったとに…俺は、疑問にも思わんやったんか」

「しゃあないで、認識阻害や。なんも知らへん一般人が、うっかり深淵を覗かへんように、思考にブロックがかかってる・・・・・・・・・・んよ」

「…どういう事や」

「そら、あんたはん───」


アワラが答えようとした瞬間───地鳴りのような低い轟音が"天獄"内に響き渡る。2人が周囲を見渡すと…"天獄"最奥部から、金属バットを担いだひとりの男が姿を見せた。今の轟音は、この男が金棒を床に打ち付けた音らしい。

アワラ同様、頭部には鬼種を示す2本の角。しかし、髪はアワラと違い黒髪短髪。赤目を隠すようにサングラスをかけた、2mを超す大男───オソレイブキが、アワラの脇まで気怠そうに歩み寄って並んだ。


───そう、この"天獄"に看守はふたり・・・・・・

背の高い鬼種の中でも、イブキの上背は見上げるほど。それはアワラと背丈の変わらない"飛龍"にとっても同じで、その威圧感にはさすがの"飛龍"も息を飲んだ。


「うおっデッカ…」

「いらんこと喋りすぎじゃ、アワラ」

「かんにんえ~イブキ♡おーこわ♡」

「ぶちまわすぞ」


気だるげなイブキの視線が、ゆっくりと"飛龍"に向けられる。その動きすら、威圧を与えるためのものなのではないかと疑う程に。


「…な、なんかぁ?」

ワレ・・は運がかっただけじゃ。それ以上の事は、知らんでええ」


重々しいイブキの声は、"飛龍"の頭を押さえつけるように響いてくる。この状況で、下手に歯向かうのは馬鹿だ───そのぐらいは、"飛龍"にも分かっている。その重苦しい雰囲気をフォローしようとしてなのか、アワラが再び持っている紙に目を落とす。


「───これは、あんたはんの契約書・・・。契約主は神族・ベルフェ。あんたはんの役目は、うちらの下で監視・・されながら、うちらを補佐するお手伝いさん・・・・・・。あー、安心してや?給料は出ぇへんけど、ちゃーんとお休みはあるさかい♡死者が死ぬことはない…そやけど、気持ちの問題やんな」

「…契約主が神族じゃけえ、ワレは天の使い───天使・・ってことになるな」


天使───そう自覚した瞬間、"飛龍"の頭上にはベルフェの神紋を模した天輪ヘイローが、背には闇夜の紫と星空の煌めきを映したような半透明の翼が現れた。


「うおっうお、な、なんかぁ!?」

「ようこそ、天上の世界へ───天使甲型・・・・1くん♡」

「お、俺…どげんなると…?」


"飛龍"は…自身の急変に恐怖してはいたが、実はそれと同じぐらい好奇心が疼いていた。スケーターとしてだけでなく、人生すら"終わった"と思っていたのに…まだ先があったなんて思いもしなかったから。


「言うた通り、うちらの補佐としてキリキリ働いてもらう。あぁ…でも、死んどるから元のお名前は使えんねぇ。名無しさんやと呼ぶの不便やし、おい!とかお前!とかやと熟年夫婦みたいやしなぁ。どないしよか…そうや!」


アワラは"飛龍"を見て、いいことを思いついた、と言いたげな笑顔を見せた。


「生前のあんたはんのお名前、飛龍…やったよね?それが、天の使いになった…あんたはんのお名前は───今日たった今から『天龍テンリュウ』や」

「天龍…」


"飛龍"───改め天龍・・は、驚き…しかし、やがて現役時代と同じような不敵な笑みを浮かべた。


「ああ、よかよか!俺ん勝手・・・・は既に聞いてもろうた、やったらこん契約ば受くるだけや!」


この契約を結ぶ条件として天龍が望んだのは…最期に一度だけ、伝説のスケーターとして、イグニスの背を押すこと。それが叶った今、叶えてくれた相手に従うのは苦でもなんでもなかった。


「…ええ子」


アワラは…今までと違い、柔らかく包み込むような優しい笑みを見せた。彼ら鬼種獄卒は、罪人にはとことん厳しいが…そうでない者には割と友好的なのだ。

そんな中───イブキは黙って天龍とアワラを眺めていた。


「(フン、あの神族…この男を余程使われとうない・・・・・・・んじゃのぉ。魂の扱いを巡って、天界陣営は真っ二つに分かれとる───医神エヴィスト率いる法治院コロッセウム、対するは軍神ティール率いる軍都ユグドラシル…もとい謀叛組・・・。この契約を持ちかけたベルフェは後者の所属…コロッセウムがやっとる魂のリサイクル・・・・・・・を忌避しとる。まあ…あんな利用法・・・・・・を知ってしもうたら、分からんでもないがのぉ…魔界より、天界の方がよっぽど汚いわ)」


イブキは…アワラの持っている契約書の内容を知っている。

その最後に書かれていた一文は───



"理由:楢崎ユカラ・・・・・の悲劇を再発させないため"



そこに記されていた名は、楢崎ケンゴの祖母の名・・・・だった。

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