[Episode.5-博多の一等星•B]

───イグニスがスケートリンクから帰ってきて、やっと飛龍達の1日が始まると言っても過言ではない。飛龍とイグニスはエプロンを身につけ、厨房脇のホワイトボードに貼ったルーズリーフを見つめて立っていた。新メニューの原案がいくつも走り書きされているそのルーズリーフは、イグニスが昨日の間に書き起こしたものだ。


「さて、今日はどうすると?」

「夜の部は後でもいいが、まずランチの日替わりは決めないとな」


イグニスのもうひとつの特技、それは"料理"。育ての親が魔界料理人であったのも手伝い、幼少期から調理に触れる機会が多かったイグニスは、その背を追って自身も魔界料理人の資格を取りたいと考えていた。

しかしそこに立ち塞がるのが、人間界の調理師免許受験資格にもある『調理業務への2年以上の従事』に加え…魔界料理人特有の厳しい条件、『365・・・種類のレシピ・・・・・・及び各レシピに対する3人以上の試食感想の提出』。このレシピは実は完全新規ではなくともよく(歴代受験者のレシピを照合すればどうしても同一のレシピも出てくるための措置と思われる)、飽きっぽい魔族を1年満足させられるように、との意図らしいが、この条件をクリアするためには飛龍のカフェで働くのが都合がよかった。

開発したレシピを日替わりメニューと称して出せば、1日限定という希少性と物珍しさに釣られて頼む客は少なくない。当然、メニューとして出すからにはそれなりのクオリティが要求されるのだが…それは調理師免許を持っている飛龍がアドバイスを添えることで、現状までどのメニューも比較的高評価を得ていた。


ただし───これは建前・・。上記の通り、魔界料理人の受験資格を満たせば、人間界の調理師免許受験資格も同時に満たすことができていることになる。イグニスの本心は…そうすることで人間界の調理師免許も取得し、飛龍の業務を少しでも楽にしてやろうと思っていた。飛龍に出会って3年、居候として世話してもらっているのだ。何かひとつ返しただけでは到底追い付かない大きな恩を、どうにかして形にして返していきたかったから。もちろん、その本心は一言として飛龍に打ち明けてはいないが…実はとうに飛龍に見透かされていることも、イグニスは気づいていないのだろう。


「今日は簡単なメニューにしよう、"海老と白身魚のオリーブオイル炒め"でいいか」

「お、オシャレでよかね。オリーブオイルは火加減が重要ばい、分かっとーよな?」

「特にエクストラバージンオリーブオイルは、風味を損なうから中火加熱が基本。前に飛龍が教えてくれたことだ」

「ちゃんと覚えとったんやね、感心感心」

「…習っているんだから、覚えるのは当然だ」


照れを隠すように言いながら、イグニスは業務用冷凍庫からパッキングされた海老と白身魚を取り出すと、キッチン下部にある冷蔵庫へと移動させる。


「流水解凍でもいいんだが…今日はそろそろあいつら・・・・が来るからな、試作はその後でもいいだろう」

「あいつらて…」


飛龍が苦笑い混じりに言うと同時に───カフェのドアが勢いよく開かれ、数人の足音が店内になだれ込んできた。


「どーもぉ~!皆の人気者、多禄タロクくんが来たば~い♡」


まず威勢よく飛び込んできたのは、和服を着込み藍の色つき丸眼鏡をかけた男。特徴的なのは前髪も後ろ髪も右側の方が長くなるよう、藍色に濃朱のインナーカラーを入れた髪を切り揃えている。その満面の笑みからは、いつ見ても胡散臭さしか滲み出ていないが…


「ははっ、相変わらず元気やなぁ、多禄くん」

「朝からごめんな~飛龍くん・・♡今日は昼から寄席よせがあるとよ~」


飛龍にとっては恩人に当たるというから、イグニスも下手に文句が言えない。


「あら~どうしたとイグニスちゃん・・・?そげんえずかこわい顔しとったら、綺麗お顔が台無しばい♡」

「(殴りたい)」


この多禄という男、普段は大人気落語家『名護屋ナゴヤ多ろく』として、平然と表立って活動しているが…本来の役割は真逆、裏世界を牛耳る反社会的組織"八虎組"のトップ『宗像ムナカタ多禄』として、情報収集や"社会のお掃除・・・"に勤しんでいる。八虎組が手にかけるのは、原則として人に害をなした悪党・・・・・・・・・。故に───


「JITTEの阿万里でーす、邪魔するで~飛龍さん、開店前からすまんね」

「失礼しまーす、菱川で…アッ、イグニスくん…♡その冷たい瞳でずっと睨んどって…♡」


県警に繋がりのあるJITTEも、"悪を潰す悪"としてその存在を黙認している。


「睨まれて興奮するな、気持ち悪い」

「アンッもっと罵って♡ん"も"っ"と"ぉ"♡」

「………………」


頬を染めて身を捩る菱川を見て、言葉を失うほどドン引きするイグニスを見かねたか、阿万里がさすがに菱川を咎める。


「おう菱川、遊びに来たんやなかぞ」

「そうそう、それと…おう、入りや」


多禄の呼びかけに、店内に4人目の訪問者が姿を見せた。そこにいたのは黒スーツを着た、顔立ちは綺麗ながら表情のやや薄そうな男だった。その長い茶髪はポニーテールで纏められ、毛先は切り揃えられている。今までの3人と違い、その男にはイグニスも飛龍も見覚えがなく、説明を促すよう2人の視線が多禄へと向く。


「分かっとーって、今日の会議・・はこいつの顔合わせも兼ねとーっちゃん。こないだ潰した組におったっちゃけど、なかなかクレバーな判断できとったけん、殺さず拾うたっちゃん」

「…潰したとか殺すとか、未成年の前でまったく…」

「いい、飛龍。今更その程度で怯んだりしない。…それより、名前は」


イグニスの視線がポニーテールの男に移ると、男は軽く一礼して口を開く。


「っす、留谷トメヤキリエす。よろしくす」

「なんか、こう…ヌルっとした感じだな…」

「ごめんな~躾が不十分で、矯正する?矯正する?」

「いい、いい、いい!もう、物騒な方に持っていくな!」


イグニスが全力で否定しても、留谷の表情は殆ど変わらない。そんな留谷に、飛龍が店内のテーブルを指して声をかける。


「座りんしゃい、飲み物は何にすると?」

「あ、自分手伝うす。茶汲みは下働きの仕事なんで」

「いやいや、君もお客さんやけん…」

「よかけん好きに使うてやって、飛龍くん♡なかなか気がつく奴やろ?ぼくの新しか・・・右腕候補なんよ♡前の右腕もよか男やったっちゃけど、心不全で死んでしもうたけんなぁ」


本当に心不全なのか…とイグニスが訝しく思う間に、留谷がイグニスの脇を抜けて、飛龍と共に店の奥へと消える。


「飛龍?コーヒーならカウンターで…」

───「来客用のカップ用意するけん、イグニスは先に行っとり~」

「…分かった」


足りているのに・・・・・・・?と聞き返すのを飲み込み、イグニスが多禄達の座る席へと向かうと…


「じゃあ毎年恒例、『山笠特別警戒会議』…始めるばい」





───その頃、店の奥では。


「いやー、すまんね。この前掃除しとって、洒落たティーセット見つけとったとに、表に持ち出すん忘れとったんよ」

「いえ、大丈夫す」


飛龍から少し埃の被った箱を受け取りながら、留谷は言葉を続ける。


「…多禄さんと仲いいんすか」

「ん?まあな」

「…分かってるんすか。自分らみたいな裏世界の連中と絡んでたら、ろくな目に遭わないすよ」


飛龍は一度伸びをして…


「君、留谷くんやったかな。俺の事は知っとーと?」

「詳しくはないすけど、若い頃はフィギュアスケート界のスターだったすよね。確か、怪我で引退した、とか」

「はは、若いのによう知っとーね。自分で聞いておきながら気恥ずかしか」


飛龍は苦笑を浮かべたまま、少し遠くに視線を泳がせる。


「…多禄くんは、俺のファンやったらしゅうてな。それで、俺が事故に遭って、スケート辞めるごとなって…自暴自棄になっとった時にな、自分が裏世界の人間やって俺にバラした上で、この店を土地ごと俺に譲ってきたっちゃん」

「…すごい展開すね」

「はは、そう思うやろ?ばってん、多禄くんは…"絶対に、やけになって死なんでほしい"って俺を説得するために、わざわざこげんことをしてきたっちゃん。"この店を自分達が会議する時に使うけん、そのためにだけでもよかけん生き続けてくれ"…ってな。やけん俺にとって、多禄くんは恩人なんよ。スケートっち要素が消えても、俺自身を見てくれてた…どうにかして俺が生きる理由ば作って、押し付けてきてくれたお節介な友人、って感じやね。さすがに置物のままではいられんち思うて、執念でリハビリして歩けるごとなって、調理師免許も取ったとよ」

「本当…すごい話で、言葉が見つからないす。でも、多禄さんの判断はさすがす。飛龍さんは、生きてるべき人間・・・・・・・・すから」


表情筋の乏しい留谷の言葉から、込められた感情を読み取るのは難しかったが…その真っ直ぐな目を見て、留谷に裏表がないことはすぐに分かった。


「…嬉しかこと言うてくれるね。俺はもし俺自身に何かあっても、裏稼業の多禄くんと関わったけんとか、魔族のイグニスと関わったけんとか…そげん理由で恨んだりはせんよ。俺は俺が選んだ関係を信じとる。もし本当に、その繋がりで俺が襲われたり殺されたとしても…彼らには俺が関わったことを後悔せんでほしか。俺は…今、この環境に感謝しとるんやけん」

「…もう、覚悟決めてるんすね。自分達の同業者でも、飛龍さんよりヘタレな奴いっぱいいるのに」

「人と比べる事やなかよ。俺が今の時間を大事にしたいだけや…さ、そろそろ戻らんと、奥で倒れとーんやなかってイグニスが心配するけんね」

「…っす」


2人が表に戻ろうとしていた頃───





「明日は追い山ならしがあるだろう、人も増えるし…この周辺の警戒人数を少し増やせないか?」


ちょうどイグニスが、そう多禄に打診していたところだった。


「そらよかっちゃけど…やっぱり飛龍くんが心配やけんか?」

「当たり前だ、俺は…本当はこの店から離れたくない。あいつ・・・がいつ此処に来るか…リンクにいる間も気が気でないのに」


イグニスのジャンプが安定しないのは、確かに技術の問題もあるが…常に飛龍の心配が脳内にちらつく事による集中力の欠如も関係していた。


「まぁ~、本人の魂んごとシューズ託されたら、リンクで練習せんわけにいかんけんねぇ。せめて夜警ん縄張りは、この店ん近く任せとるっちゃけど…」

「…それでも範囲は広いから、警戒人員は多いほどいい。…俺は飛龍に、まだ何も恩を返せていない。返せないうちに、また別の恩を受けている。せめて、その身の周りを守るぐらいしなければ…危険の割に合わなすぎる」

「…律儀な子やね、相変わらず。ま、ぼくとしても飛龍くんの身柄は守らんといかんし?増援には異義なかよ。何人か人を寄越すように手配するばい」


多禄がスマホにメモらしき打ち込みをしていると、今度は阿万里が口を開く。


「そうや多禄、今朝駅前で暴れとった若者を数人引っ張ったっちゃけど…様子が変やったとよ。異常に興奮しとったいうか…」

「こん博多に、ぼくの『人心掌握・・・・』が効いとらん・・・・・奴がまだおると?え~ショック~、多禄くん泣いちゃう~、エーン」

「茶番はいい、実際どうなんだそれは」


イグニスの厳しいツッコミを受け、多禄はさっさと嘘泣きをやめた。


「厳しかね~イグニスちゃんは───早い話、ぼくの取り漏らし・・・・・やったらまだよか。問題は…上書きされた・・・・・・パターンやった場合。その件については、ちょっと調べてみんといかんばい」

「なんか分かったら俺らにも報告してくれ、警邏時の参考にするけん」


阿万里が言った時、飛龍と留谷がやっと表に戻ってきた。


「すまんすまん、よかティーセットがあったけん持ってきたんよ。留谷くんっち新顔も増えたし、いっそティーカップも人数分あるセットにしよう思うてなぁ」


飛龍は笑顔で話していたが、イグニスは薄々分かっていた。飛龍は…多禄達が気を遣わないよう、わざと話を聞かないように席を外したのではないか、と。そのお陰で、イグニスも飛龍の心配を直接多禄に伝えられたのだが…飛龍は気にも留めず、持ち出したティーセットを洗っては留谷に渡して拭かせ、大きめの盆に並べさせていた。


「多禄くんはいつも通りブラックでよか?皆も何が飲みたいか言いんしゃいね」

「覚えとってくれて嬉しか~♡」

「俺もブラックで頼むばい」

「自分もコーヒーで、砂糖だけもらえるすか」

「僕はミルクがよか~」

「はいはい、イグニスはいつものでよか?」

「ああ、というか俺も手伝う」


話が一段落した頃、全員で暫しの休息…ティータイムを楽しんだ。





───元々は多禄が、飛龍に生きる理由にしてもらうために押し付けた、こぢんまりとしたカフェの空き物件。多禄の言った通り、飛龍が一応調理師免許を取ってからも、多禄の関係者達が密かに利用する程度の細々とした経営だった。高い酒ばかりを発注させ、それを多禄達が頼む。そうして見かけ上はまともな収入があるてい・・を保っていた。

それが…3年前にイグニスが来てからというもの少しずつ客足が増え、嘘のように大人気店へと様変わりしていた。それはスケーターとして目立ち始めた顔立ちのよいイグニス目当ての客だけでなく、かつての"一等星"だった飛龍の元ファンが今を応援しようと訪れる客も少なくなかった。イグニスが魔界料理人になるために始めた日替わりメニューも盛況で、味の感想を書くことを条件としてつけていても、3人どころか10人以上の感想が集まる日もあった。おかげで2人で切り盛りしていた店は大忙しで、時折多禄にヘルプの人材を頼むほどだった。

特に5月頃、イグニスが多禄の口車に乗せられてプロ野球の始球式に出てからは、何故か野球ファンまでが客層に加わり、忙しさに拍車がかかっていた。


そして…日曜日のこの日も多数の客を捌ききり、昼の部と夜の部の営業を終えたイグニスと飛龍は大きく息をついた。本来イグニスは閉店の22時より1時間早く上がる予定だが、今日は多忙のため閉店まで抜けることができなかった程だった。


「きょ、今日もなんとかなったか…」

「おっちゃんもう限界ばい…」


しかし…カウンターに突っ伏す飛龍とは対照的に、イグニスはさっさと着替えを済ませて外出の準備を始めている。


「…こげん忙しかったとに、今日も夜警・・に出るん?疲れとるやろ、今日ぐらい休んでも…」

「それはできない、本来はこれこそ俺の仕事・・なのだから…俺の同僚は、俺を人間界に送り出したばかりに、俺がやるはずだった書類仕事などを全部肩代わりしている。夜警ぐらい毎日こなせないと、次に会った時に顔向けすらできない…飛龍、戸締まりだけはしっかりして休んでいてくれ。この街の平穏は、俺が守る」


イグニスは決めている。危険を承知で、魔族の自分を居候として受け入れてくれている飛龍を…同じ魔界の不穏分子であるアンノウンや、自分達と違い破壊欲に溺れている悪魔・・の餌食になど絶対にさせないと。

本当なら一睡の休みなく、この店の周囲を警戒するべきだとすら思っている。しかし、魔族は人間と体の仕組みがほぼ同じ。むしろ魔族の三大欲求は人間より強い程で、イグニスは幼少期から精神統一などでそれを強く制御している稀少個体に過ぎない。とはいえ、睡眠を取らなければまともに動くこともままならない。潰された飛龍の夢も背負っているため、スケートリンク通いもやめるわけにはいかない。それでも飛龍に危機が迫ればすぐに駆けつけられるように、いかなる時も警戒を怠るわけにはいかなかった。


だから───


───「おっ来た来た、お疲れさん♡今日も大忙しやったとやろ」


集合場所になっている警固公園入口で、多禄が紫のワイシャツ姿に着替えて笑顔で手を振っていた。


「よく言う、あんたがプロ野球の始球式に俺を推したせいもあるんだがな」

「いやん、えずかこわい♡福岡代表としての顔見せんごたもんばいみたいなものだ、そげんはらかかんでも怒らなくてもよかろいいでしょ~」

「はいはいもうそれでいい、今日の巡回ルートは何処だ?」


いつものようにイグニスが多禄の軽口をあしらっていると、そこに阿万里が上空から降り立って合流した。


「あんまりよか話題やなかっちゃけど聞いてくれ。アンノウンの目撃情報が出たばい」

「なんだと?何処だ?」

「落ち着けイグニス…ただ、よりによって櫛田神社の近くなんよ」


阿万里の報告を聞くと、多禄は頭を抱えた。


「はぁ~、どんだけ山笠の邪魔ばするつもりなんや…あれ、あのドMくんは?」

「菱川やったら駅前方面の巡回行っとーよ、神社方面に向かっとったら合流できるやろ。自分からアンノウンに突っ込んで悦んどーかもしれんばって・・・

「こわ…あの子のガッツだけは認めるわ…」

「ただドMなだけばい…いや菱川の事はよかっちゃん、今回のアンノウンは厄介ポイントがあってな」


そう言うと、阿万里はスマホを取り出して操作し、イグニスと多禄に画面を向けた。


「…この周辺の地図?櫛田神社周辺にいくつかある赤い点は何だ…いや、移動しているのか?」

「そう、個体名・キュウビアンノウン。文字通り9体の黒い狐の実体を持つ、獰猛な下級悪魔アンノウン。こいつの厄介な所は、9体の実体を倒しただけでは殺せん事にあるったい」

旗艦制御型・・・・・か、確かに厄介だ」

「へ?」


首をかしげた多禄を見て、イグニスが説明を続ける。


旗艦制御コントロールシップ型は基本的に"使い魔"として使役される下級悪魔アンノウンで、実体を倒されても一定時間で復活する・・・・・・・・・。完全に消滅させるには、行動範囲の中央にある『旗艦制御システム』を破壊する必要がある。使役者がいる場合は大抵そいつが所持しているが、多くの場合は行動範囲を定めてシステムをその中心に設置し、あとは野放しにしているパターンが多いと聞いたことがある。そして、今回の設置場所は恐らく…」

「櫛田神社…うわ、山笠の準備しとー市民が大勢いるやろうに…留谷に連絡して避難誘導させるばい」

「いや、このアンノウンについての通報が留谷からだったんよ。既に櫛田神社の避難誘導始めとーみたいやけん、俺らも集まり次第向かうっち伝えとーよ」

「…あいつ、ほんなこつ本当によか拾い物やったな…」


感心する多禄をよそに、イグニスは早速櫛田神社の方へと足を向ける。


「目標は9体いる。同時撃破の必要はないが、1体目と9体目の撃破時間が離れすぎると、1体目が復活して再び行動を開始する可能性がある。短期決戦で仕留めるぞ」

「さすが魔族、よう知っとるけん頼もしかね♡」

魔界監査官・・・・・の資料にあっただけだ。時間が惜しい、先に出る」


イグニスは言うが早いか、数歩駆け出したかと思うと───地に接地した足が、まるで靴裏にスケートシューズのブレードがついているかのように滑走を始める・・・・・・。イグニスが通った後のアスファルトには…冷気の靄・・・・と、僅かに水が擦ったような跡が残るが、7月の気温によってすぐに蒸発していく。


イグニスは、剣術・・を主として修める半鬼魔族だ。そして、扱う属性は氷の魔術。それを応用し、靴裏に魔力で氷の刃を生み出し、スケートのような高速移動を可能にしている。だが…勿論、欠点もある。長時間の使用は自身の体温を急激に下げ、低体温症や凍傷を起こしてしまう。だからこそ、イグニスは"短期決戦"を推奨したとも言える。


「うわっもう見えんなった…速いなぁ」

「ぼくらも追いかけんと、さすがに数が多かけん」


阿万里と多禄も、すぐにその背を追う。その途中、多禄はトレードマークの色眼鏡を外すと───


「───認識阻害・・・・レベル・・・3四十之乙シジュウノオツ、合戦換装!」


詠唱と共に、市松と同様の陣羽織姿へと服装を変化させる。そして多禄が首にかけていた槍の穂先を象ったシルバーアクセサリーが光り、3mを超す長槍へと"復元けんげん"する。


「ふふっ、オジキとお揃いの陣羽織…♡」

「いやティールのとは全然デザイン違うっちゃん」

しゃーしかねうるさいなぁ、"陣羽織"がお揃いやけんよかやろうが」


多禄は阿万里に冷たく言い放つと、そのまま槍を軽々と担いで櫛田神社の方へと駆けていった。


「あーあー、俺が一番出遅れてしもうたばい…」


そして、阿万里は───建物の影に向かい、壁に設置されている引き出しの取手のような出っ張りを引き抜いた。それはただの取手ではなく…実はJITTEのGO-YO銃のグリップ。アンノウンの目撃が群を抜いて多い波来祖に比べると、博多での設置件数はそう多くはない。とはいえ、博多をはじめ主に列島西側に点在するよう配置された支部の存在を受けて、こうしたGO-YO銃の緊急供給ポートの設置都市は増えてきてはいる…とは、波来祖本部・防衛課のスプートニクの談だ。


阿万里はそのまま…懐から神族のカード・・・・・・を取り出し、GO-YO銃にセットした。


「───さあ、狐狩りの始まりばい」


夜に似つかわしくない喧騒が遠く聞こえる中…阿万里ベルフェの赤い瞳が、歯を剥いた笑みに合わせて妖しく光った。

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