[Episode.4-繋げ、生命のwave•C]

───相談室に入ると、崙はパイプ椅子に座りながら早速話を切り出した。


「で…あの生徒の事やしがだけど

「ええ」

「睦花の報告を聞く限り、誰かに脅されて屋上から落とされたわけやあらんじゃない。何度かカウンセリングで確認してるみたいやしがだけど何かに引っ張られて落ちた・・・・・・・・・・・・…って証言してる。そして、それは…現場にいた櫛本カイナという男子生徒やあらんじゃない事も分かっている。誰かに脅されて庇うような様子もなかったし…むしろ、櫛本カイナは自分を助けようとした・・・・・・・・・・って言ってたらしい。空中に放り出されて落ちていく時、もうダメだって思った時…櫛本カイナが何か・・をして、自分の落下速度が下がって、地面に叩きつけられることもなくふんわりと着地できた…って。確かに、これが事実なら人間業やあらんじゃない。神族か…魔族、その辺りだと思う」

「…そう、ですか」


そう聞いた楢崎は…内心少し安堵していた。カイナが本当に悪魔だとしても、ミノリを突き落としたわけではない。むしろ、ミノリを助けようとしてくれていた…それを知ると、今度はとてつもない罪悪感が襲いかかってくる。


「(やっぱり…あの時、カイナの事を信じてやるべきだったのに)」


どうか否定してほしい、とばかりに吠えたてる市松の勢いに圧され…何も聞くことができなかった己の不甲斐なさを、今更ながら悔やむ。


「…悪魔、魔族でも悪い奴ばかりではないってことですか?」

だはず多分ね、悪い魔族だから悪魔・・って言うんだろうし、ただの魔族ならいたとしてもおかしくはないさー。逆に───悪い神族・・・・もいるわけだし」

「えっ…」

ぬーあらんさーなんでもないよ、ヒトのかたちを取っている神族や魔族は、外見は人間とほぼ変わらない。俺みたいに人間界に溶け込んでる神族の多くは、人間との共生を望んでる。魔族に関しては…分からんしがけど、やっぱり人間と共存しようとしてるのもいるんじゃないかな。前にベルフェ・・・・も…そんなこと言ってた気がするさ」

「そのかたも、知り合いの神族なんですか?」

「まあね~、あんまり誉められた奴やあらんしがじゃないけど、悪い奴やあらんじゃない。裏方というか、汚れ仕事ばっかりやってるイメージやしがだけど…全部、ティール・・・・のためだったからな」


少し寂しげな崙の口から出た名前に、思わず楢崎も反応する。


「ティールさんとも知り合いだったんですか?」

「まあ…ね。今は天界で昏睡スリープ状態で、生きているのかも俺には…えっ、なんで子ガツオがティールのこと知って…」

「会いましたよ?半月ぐらい前に、うちの署の前で…」

「──────」


崙は目を見開き、口まで半開きにして固まり、呆けてしまった。


「あ、あの、崙先生?」

「う、ん…ごめん、頭真っ白になって…はぁ、あきさみよーびっくりした…それ、じゅんにな本当なのか?」

「す、すみません、琉球方言は分からなくて…」

「あ、えっと…それは本当なのか?って意味やさ」


楢崎はあの時の事を思い返す。怒りに燃え、しかし楢崎達に対しては思いやりを見せていたティールは、そこまで酷い状態だとは思えなかったが…


「少しですが会話もしましたよ。その時に…君を忘れない、と言われたのが印象深くて」

「───フリムン・・・・


崙は…何故か歯噛みし、低い声で吐き捨てるように呟いた。その豹変に、思わず楢崎も息を飲む。


「え、ど…何か気に触ることでも…?」

「…ぬーあらん何でもない。とにかく、その櫛本カイナって男が神族か魔族かの判断はまだできない。やしがだけど…人間を助けようとしたってことは、どちらにせよ悪い奴やあらんじゃないと俺は思う」

「そうですね、崙先生だって悪い神族じゃないですし」


───ホスピタルより距離のある場所から、微かに救急車のサイレンが響いている。思考を吟味する暇すらなく、楢崎の口から転がり出た言葉に…崙は思わず呆けていた。そして…漸く、小さく笑った。


「…っはは、そんな即答するような話じゃないだろ?どうしたよ子ガツオ」

「………っいえ、自分は別に…」


楢崎本人も、自分が何故そんなことを口走ったのか理解が追いついていない。なんとかして話を戻さなくては…と思考を稼働させていると、相談室の扉がノックされた。崙が扉の向こうに何事かと訊ねるより先に…扉が開いた。


「よぉ、やっぱりここにいたかよ」


姿を見せたのは…焦茶の短髪、ややくたびれたような風体の男。楢崎と崙を交互に見やると、ますますニヤリ笑いを深めた。


「あぁ、悪い悪い。2人きりでお楽しみ中だったか?」

ツモル…おい、ERはどうした!初動対応を任せたはず…」

「今急患いねーんだっつーの。そんなキレんなよ」

「何の用?警察官と事件の話をしてるって言ったはずやしがだけど


不機嫌そうに唸る崙を見ながら、男…積はへらへらと笑うばかり。しかし…崙が拳を握ったのを見ると、さすがに観念したようなため息をついた。


「おいおい、ただ邪魔しに来たわけじゃねえって。運良く・・・、その話に関係するかもしれんネタを持ってきたんだからよ」

「はぁ…?」

「どういうことですか」


2人の苛立ちが落ち着いたのを見ると、積は懐からタブレットを取り出した。


「まあ、これを見てくれや」


写し出されたのは───



───『テンテンハローアマチューブ~、命駆メイカルツモルのドキドキ競馬予想~』



…ホスピタルの屋上らしい場所で、笑顔の積が両手を振っている動画だった。他愛もないトーク、小ネタやギャグなどを織り混ぜながら近くの競馬場に属する競走馬の状態を説明しているようだったが…


「………」

「………」

「いやそんな顔すんなって」


最初こそ何が重要なのかと真剣な顔をしていた楢崎と崙だったが…映像が進むにつれ、その表情は虚無へと変わっていった。

そもそも動画は初の試みなのか、音飛びや舌を噛むなど凡ミスが目立ち、編集もグダグダと締まりがない。正直、見ていても時間の無駄に思えた。


「…なんですかこれ」

ぬーそーが何してるの…仕事サボってこんな変な動画撮ってたのかよ」

「自分で言うのも悲しいが、重要なのは内容じゃないんだわ」


首をかしげる2人に、積はなおも続けた。


日付と時間・・・・・、よく見てみな」

「───あっ!」


最初に気づいたのは、やはり楢崎。ホスピタルの屋上の遠景に、第三高校の屋上が映っている。日付はちょうど、ミノリが飛び降りた当日。時刻は───昼休み!


「ぶっちゃけ、この動画自体は没なんだよ。見ての通り、思った以上にグダグダになっちまったからな。だが編集したっきり、数日はデータ整理する暇もなかった。そんでさっき、時間空いたからって確認してたら…運良く・・・、な」


高校の屋上が映っている部分を拡大しながら積が言った時───屋上に、ひとりと…遅れてもうひとりの人影が現れた。女子生徒と男子生徒…ミノリとカイナだ。

ミノリはカイナから距離を取るようにして屋上のフェンスに背を預け…それでもカイナは、飛び降りようとするミノリに何か語りかけているようだった。そして───ミノリの背後にあったフェンスにあの黒い靄が絡むと、その部分のフェンスが溶けたように消え、ミノリの体は勝手に宙へと引っ張られるように投げ出された。


その時


カイナがミノリの方に片手を伸ばすと…茶髪が逆立った金髪に変わり、着ていた学ランもベルトだらけの黒っぽい服へと変化し、背からは黒い翼を展開した。


それだけではない・・・・・・・・


ミノリが落下する空中に、蓮の花のようなバリアが彼女を受け止めるような形で展開された。そのバリア状の花がミノリを包むように閉じていくと…ミノリの落下速度は低下していき、地上に到達する頃にはほぼスローモーションのような速度で着地し、そのまま地面に倒れたようだった。

その動画を見ながら、積が横目で崙の様子を見やる。


「おいs…崙、大丈夫か?」

「…大丈夫。助かってるって分かっても、やっぱりこんな動画は見たいもんやあらんさじゃないよ


崙は真っ青になりながらも、なんとか最後まで動画を凝視していた。そんな崙に、楢崎もフォローするように声をかける。


「…誰も、好んで事故現場を見たいわけがありません。あとで自動販売機で水でもおごりますから」

「ごめん…たかがこれだけで、ふーじんねらん情けないな。…やしがだけど、ひとつ分かった事もあるさ」


崙は吐き気をこらえ、楢崎に告げた。


悪魔やあらん・・・・・・

「…え?」

「この男は悪魔なんかやあらんどーじゃあないよ。昔、資料で見たことがある。この男は───霊兵になる筈だった男・・・・・・・・・・やさ」

「霊兵になる…筈、だった?」

「…それ以上の事は、俺も詳しくねーんやしがないんだけど。何がどうなって、この男がここにいるのかは俺にも分からんさ。やしがだけど…この女子生徒を救おうとしたのは本気だと思う。あの蓮の花みたいな光は、衝撃吸収の術だはず。おかげで、彼女も擦り傷と打撲程度の軽傷で済んだ。…そもそもアンノウンの干渉さえなければ、彼女に死ぬ意思なんて芽生えなかったはず。そしてこの男がいなかったら…この子は死んでいた可能性が高い。…そりゃ、悪者扱いしたら許さない、なんて言うはずだよな」

「ミノリが、そんな事を…」


楢崎の脳裏に…カイナの呟きが蘇る。



───「ごめんな、ケンゴ。まだ・・…話せねえんだ」───



カイナが出していた、微かなサイン。それから目を背けたのは───


「…子ガツオ」


そんな楢崎の肩を、崙が軽く叩いた。


「最悪だ…人を信じることすら捨てて、何が警察官───」


そこで…思い出す。



───「言い出したのもリッパーとかいう淫魔の女だったから、適当に流してたんだよ!でも…今の状況見たら、どう見たってあの女の言った通りじゃねーか!」───



カイナが悪魔だと市松に吹き込んだ、リッパーと名乗った淫魔の女は…一体なんの目的でそんなことを?


「…崙先生。彼が…カイナが悪魔だと、当時行動を共にしていた霊兵に吹き込んだ存在がいます。その女は淫魔らしいのですが、緊迫した状況で自分も焦っていて…市松の言葉を聞いて、鵜呑みにして…カイナを傷つけた。信じるべきものを、自ら手放してしまった。警察官でありながら…情けない話です」

「まあ、俺がその場にいたわけでもないし、子ガツオの言動に口出しする権利は俺にはねーんやしがないんだけど…妙な事を言いふらす奴がいるのは問題だな。カイナについてと、妙な事を吹き込んだ?存在についても、俺の方でも一応調べてはみるかな」

「話が繋がってきたようだな?俺の没動画が役に立ったなら幸いだ」


楢崎は…やれやれと肩を竦める積と、自身も顔色が悪いのに楢崎を宥める崙を交互に見ていた。


「…さっきの動画」

「ん?どうしたよ」

命駆メイカル積、と名乗ってましたよね、崙先生…命駆・・崙先生。あなたが神族なら、積先生も…」

「あ、そこ気づいたか」


積と崙は苦笑しながら顔を見合わせた。崙の胸のネームプレートには…確かに、命駆崙・・・の名が刻まれていた。

積はタブレットをしまいながら、短い髪を後ろに掻き上げて答えた。


「まあ、俺も確かに神族だ。同じ名字を名乗っちゃいるが、本当の血縁じゃねーよ。なんならお巡り、お前の担当した高校に行ってる李一も姓は同じ命駆を名乗ってるしな」

「天界からの腐れ縁ってやつさ。薮幡先生達みたいに、家族で医者ですってことで通ってるけどな。こんな遊び人と家族だなんて、想像しただけで頭が痛いさぁ」

「イィ~ン酷いよお巡り~、崙がいじめる~」

メーゴーサーゲンコツするよー」


崙の一睨みで積もふざけるのをやめ、おお怖い、と再び肩を竦めた。


「高校といえば…ミノリは、もうしばらく入院が必要ですか?」

「ん…まあな。やっぱり精神的なダメージは少なくはない。どうかしたのか?」

「いえ…数日後に、高校全体の精神ケアも兼ねて、海に日帰りで研修に行くという話が出ているらしくて。ですが…さすがに参加は無理みたいですね」

あてーめーてー当たり前でしょぬー何だ、その口ぶりだとあんたも行くってことか?」

「ええ…潜入の折、最終的に生徒達に立場をバラした時にですね…「顔見知りになった警察官がいてくれると心強い。もうしばらく学生達の行事について警護してほしい」と校長に頼まれまして。昔からの知り合いなので、断るに断れず…」


楢崎がぐったりと説明すると、今度は崙も肩を竦めた。


「あんたも忙しい男やさ…疲労が祟って目を回すなよー?特に、熱中症には十分気を付けるように。疲れが溜まってるとリスクも上がるからな、春先だからって油断せず、ちゃんと水分補給しろよ」

「ええ、気を付けます。色々とありがとうございました、崙先生達はまだ仕事があると思いますし、自分はそろそろ帰りますね」


その時、廊下の奥からひとりの人影が現れた。


白衣を纏っていることから、医師ではあるらしいが…頭部にはフルフェイスのヘルメットのような器具を被っており、素顔が確認できない。

その医師を見て───崙は、何故か殺意を高めた・・・・・・。しかし…その様子に気づいた者は、ここにはいなかった。


「…佐陀さだ院長」

「おや、珍しいですね。こんなに皆が集まっているなんて」

「院長こそ珍しい。普段は院長室で事務作業してる筈なのに」


積が皮肉っぽく言うと、院長はヘルメット越しに小さく笑みの声を響かせる。


「ええ、事務作業していましたとも。屋上から漂ってくるスルメを炙る臭いさえ気にならなければね」

「げ、やべ…バレた…動画確認しながら炙ってたやつ…」

「積…ぬーそーが何してるの…」


呆れたような崙の言葉に、院長の怒りのオーラが見えるようだった。


「やべー、そんじゃなお前ら!俺は逃げる!」

「積先生?廊下を走ってはいけませんよ」


慌てて退散する積の背を、院長は摺り足のような早足で追いかけていった。


「やれやれ…騒々しくて悪いな、子ガツオ」


崙が呆れたように言ったちょうどその時…救急車のサイレンが近づいてきた。


「うっし、俺も本業に戻るさ。またな!気をつけて帰れよ!」


崙もまた、一度だけ伸びをしてから早足に【救急外来】と書かれた方へと早足に戻っていった。


───それにしても。


「(院長…つまり、あの男が崙先生達を…)」


スッキリしない疑惑だけが、楢崎の胸中に残された。




───別に、元々アテ・・があったわけでもねえ。

最初から、屋根があって夜露をしのげそうな場所を転々としてただけ。元に戻っただけ。今までと、何も変わりはしねえんだ。


なのに…何なんだ、このムカつく感じは。俺は一体なんでこんなにイライラしてるんだ。


そんな謎のイライラを抱えたまま街をウロウロしていると───悲鳴が聞こえてきた。


───「キャー!化け物ぉ!」


ああ…アンノウンだっけか。確かケンゴがそんなことを言ってた気がする。


助ける義理はねえ。


「───デビルズアロー・・・・・・・


俺が個人的に・・・・・・死ぬほどムカついてるだけだ・・・・・・・・・・・・・


警戒エリアと化した街の一角、アンノウンの姿を視認できる位置まで近寄ってから、左手を前に出して拳を握ると…拳の両端から墨のように黒い魔力・・が赤い光を伴って左右に漏れ出し、固定されて1m程の弓へと変わる。弦は張られていないものの、あるはず・・・・の弦を引くと3本の黒い矢が自動で番えられる。正直…攻撃性能に関しては保証できたもんじゃねえ。それでも、奴のターゲットを俺に向ける程度の効果はあるはずだ。アンノウン…あのフォルムは海老か蝦蛄シャコか、まあなんだっていい。矢の先をアンノウンに向け、見えない・・・・弦を引き絞る。


「こっちだ、海産物野郎!」


放たれた3本の矢は自動追尾で、人間を襲おうとしているアンノウンの背に連続で命中した。が…当たった時の金属質な音で直感する。


「チッ、やっぱり外皮が硬い!効いちゃいねえかよ!」


しかし、アンノウンは邪魔をされたのを不快にでも思ったか、その頭を俺の方へと向ける。


「どうしたよ海老頭、その海老味噌が沸きでもしたか?」


それでいい、俺に怒りを向けろ。俺も心置きなく八つ当たり・・・・・してやれる。空いた右手で手招きするようにアンノウンを挑発しながら、襲われかけていた人間の女に怒鳴る。


「さっさと消えな!時間稼ぎも限度があるぞ!」

「あ、ありが…」

俺は悪魔だ・・・・・、感謝なんかするな。ただ八つ当たりしたくなっただけなんだよ」


女は…暫く俺の方を呆けて見ていたが、我に返ったように首を振ると


「───それでも、ありがとう!」


そんなことを言いながら、女は走り去っていった。


───何が、"ありがとう"だ。


「…悪魔だって言ったのによ」


もう、八つ当たりするのも馬鹿馬鹿しくなった。


手前テメエは用済みだ、さっさと片付ける」


握っていた弓を───再度変形させる。


「───デビルズランス・・・・・・・!」


毎度、ネーミングセンスがお釈迦でどうしようもねえが…弓は黒塗りの槍へと形を変える。何故だか…弓よりこっちの方が手に馴染む気がした。だが相変わらず、攻撃性能に期待はできねえ。


俺の名は、『平故ピングー』───故に平凡・・・・、なんて不名誉な意味を込めた、お仕着せの名持ちなんだから。


「来いよ、捌いて活け造りにしてやるぜ」


槍は身の丈の倍ほどの長さだが、取り回しがしやすいように軽い。再び手招きしてアンノウンを挑発すると、利き手の右に槍を持ち替え、穂先を下げて構える。ただ、この槍は軽いとはいえ両手で扱う必要がある。分かりやすい挑発はここまでか、と思う間に、アンノウンは単純にも俺に向かって突進してくる。


「ハ、分かりやすい馬鹿で助かるなぁ!」


アンノウンの突進を槍でいなしつつ、命知らずにもまだ周囲で様子を伺っている人間達に怒鳴り散らす。


「何のんびり見てんだ、消えろ!死にてえか阿呆が!」


バイアス、というものなのか…人間達はやっと我に返ったように、散り散りになって逃げ去った。


「ったく…やっと邪魔がなくなった、か」


これで、どちらの流れ弾でも人間に被害が出ることはまずないだろう。出力不足・・・・の俺でも、可能な限りの全力を出せる。


「来いよ、来ねえならこっちから仕掛ける!」


あんまりチンタラしてたら、奴の興味が俺から外れる。そうなれば、新たなターゲットとなる人間を探して徘徊し始めるだろう。それはダメだ、少なくともこいつはこの場に留め置く!


「突き崩す!」


槍を低く構え、アンノウンの急所を探して仕留めるべく突撃する。


───何故だろう。俺は…昔もこうしていた・・・・・・・・気がする。記憶なんか曖昧で、自分が何者だったかすら思い出せねえくせに。動きだけは、体が…というより、魂が覚えているとでも言うのか。笑える…笑えるが、それ以上に───少しだけ、嬉しかった。やはり俺には…ただの平故ザコじゃなかった時期があるのだと。


このアンノウンが通常の甲殻類と特徴が一緒なら、狙うべき弱点は殻の隙間…関節部だ。最悪倒せなくていい、足を切断して行動不能に追い込めれば上々だ。とはいえ、アンノウンの側も自身の弱点は少ない頭で理解しているはず。まずは腕を落として、動きを鈍らせるか!


「オラァッ!」


槍は斬るより、突く・振り下ろした勢いで叩き壊すという使用法がメインだ。それに倣い、俺も槍の自重じじゅうを使ってアンノウンの片腕を叩き斬る事に成功する。


「よし、これで多少は弱り───」


体勢を立て直そうと、一度アンノウンから数歩離れた時


───アンノウンが、急に爆死した・・・・・・


「え、は………?」


何が起きたか分からず呆然としていると…爆死し消散するアンノウンの向こうに、緑の迷彩服を着た2人組の男が見えた。その手には白っぽい銃のようなものが握られており、銃口はアンノウンの方を向いたまま───


違う・・


「オッケー、1体処理。さすがの威力だねぇ」

「つっても風祭、魔性反応が消えてねーぞ?まだアンノウンがいるってのかよ」


2人の視線が、アンノウンの残骸越しに俺を捉える。

───殺されるのか?こんな、何もかも中途半端な状態で、何も為すことすらなく?


冗談じゃねえ───


「うーん、魔性反応はあの男のものみたいだけど…アンノウンって感じじゃないし、こっちに敵意もなさそう。少なくとも、話ができる理性はありそうだし、今のところ脅威じゃないかな」

「じゃ、即殺ってわけにゃいかねーか。水嶋がいたら問答無用だったかもだけどな、うっはっはー!」

「四御神、治安悪い発言は控えて」


ガタイのいい方の男が、もう一方の男を咎めつつ…銃を下ろして一度息を整えてから、俺に対して声をかけてくる。


「やあ、どうも。自分達が到着するまで、君があのアンノウンを抑えていたの?」

「…抑えていたっつーか、成り行きだ。別に人間のためとか、高尚な理由はねえ」

「あ、よかった会話通じる~。別言語とか話し出したらちょっと困ってたからホッとしたよ」

「テメエ…」

「ごめんごめん、怒らないで。とりあえず君には自分達に対する敵意がないってことでいい?」

「今ちょっとだけぶん殴りたくはなったな」


とは言いつつ、俺だってあんな魔族特効凶器持ち相手に挑みかかる理由もねえ。槍に込めていた魔力を戻し、丸腰になることで無抵抗を示す。


「…さっき、アンノウンを一撃でぶち殺してやがったが」

「ああ、うちの技術担当がアップデートしてね。威力や取り回しが格段に良くなったんだよ…あっ、でも君に当たってたらまずかったね、それはごめん」

「反省がおせーんだよ!…ったく、そうじゃねえ」


俺は連中の暢気さ・・・に呆れ、ため息を漏らす。


「忠告しといてやる。あんまり調子に乗ってアンノウン狩りを楽しむなよ」

「…それは、君がアンノウンの肩を持つってこと?」

「別に、あんな残骸共・・・に思い入れがあるわけじゃねえ。だが…人間がアンノウンに関わるとロクなことにならねえ。それだけは言える」


どうせこいつらは、知りもしない。

アンノウンの正体・・も、その出所・・・・も。

だから───


「アンノウンの討伐は、神族だか魔族だかに押し付けておけ。くれぐれも、正義ってヤツに酔うな。最後に後悔することになるかもしれねえぞ」


真実・・はまだ伝えねえ。それはただ、今以上の混乱を招くだけだ。故に俺は、まだ忠告することしかできねえ。

怪訝な表情の2人を残して…黒翼を展開し、その場を後にした。


俺がこんな中途半端な状態で生かされているのは…きっと何かの転換点になると信じて。

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