[Episode.4-繋げ、生命のwave•A]

───清潔で無機質な廊下を、急かしたような早足が駆けていく。


口を真一文字に結んだまま先を行くひとりの若者と、追従する数名の若者。白衣と看護服に身を包んだその顔つきは厳しく、先頭のひとりが短く口を開いた。


「次の予定は?」

「25歳男性。交通外傷、内臓破裂の疑いあり」


追従する女性看護師の言葉を聞くと、先頭を行く若者はますます目元を細めて答えた。浅黒い肌を赤色灯から漏れた光が時折照らし、早足のたびに肩ほどの茶髪が風を受けて揺れた。


「了解、すぐ準備を。いつも通り───『3秒速く・・・3分早く・・・あげるぞ。しっかりついてこいよ」

「はい、崙先生・・・


ロンと呼ばれた若者が、胸から下げたプレートの裏で───金の紋が刻まれたカードが、光っていた。



-5月/波来祖市-




月が変わり、鱗翅目アンノウンの襲撃から十数日後。

まさか署の目の前に現れるとは予想外で、以降は署周辺の警備もより強化することになった…という話を、楢崎は署長室の古岡に聞いていた。


「それで、警備の応援に霊兵を…?」

「ああ、ティールからは少し日にちを要すると聞いたが、近いうちに着任するはずだ。ただ…」


そこで、古岡の表情が(分かりにくいが)僅かに曇る。


「ただ…?」

「彼は少し厄介な気質・・・・・・・、らしい。我々の言うことに従わない、ということはないようだが…もし着任した時は、対応には細心の注意を払うように」

「いやヘルプの傭兵?にまで注意が必要って応援要請の意味なくないですか?そもそも霊兵って本当に信用できるんですか?」


そこまで言って…楢崎はふと市松のことを思い出す。関わった限りでは、市松は何かを知っている素振りこそあれど、楢崎を裏切るようなことはなかったし…『友達がほしい』と願った彼を、少しでも疑わしいからと縁切りに走るほど非情でもない。


「…最後の言葉は取り消します。ですが、連携がとれなかったり問題行動を起こすような人材を寄越さないよう、くれぐれもお伝えくださいね」


それだけ言うと、楢崎は古岡に軽く一礼をして署長室を後にする。

そんな楢崎の次の行き先は───


「(…さて、あの人・・・は元気になったかな)」


波来祖市で最大規模を誇る大病院、波来祖中央ホスピタルだった。





───波来祖中央ホスピタル・面会受付前。


「すみません、面会をお願いしたいのですが」

「はい、受付をしますのであなたのお名前をお願いします。どなたへの面会をご希望ですか?」

水嶋カイリ・・・・・さんに。自分は…仕事仲間?の楢崎と言います」


そう、楢崎はあの日以来、入院となった水嶋の面会に数回訪れていた…警察官の物々しい格好で病院に来ると事件か、と患者を不安にさせるので、もっぱら私服でだが。

あの時はすぐ別の現場に行かねばならず、搬送を風祭達に一任することになった水嶋の容態がずっと気になっていた。それでも入院して数日は水嶋には絶対安静の令が出されており、面会もできない状態だったが…月も変わった最近になって漸く、状態が落ち着いたので面会ができるようになったと担当医師から聞き、改めて何度か様子を見に来ていたのだ。


その時、面会受付前をひとりの医師が通りかかった。還暦前後の年齢、頭髪と髭はほとんどが白髪。そして、中年太りと言うには少し出過ぎた腹回り。彼を見かけるなり、楢崎の表情が僅かに明るくなった。


「あ、和蔵ワゾウ先生!」

「お、ケンゴ君か。久しぶりやねぇ」


中年医師…和蔵は微笑むが、いかんせん悪人面なのが災いして、何か企んでいるような笑い顔になってしまっている。が…彼が善人である事を、楢崎はよく知っていた。

以前に睦花と話した通り、和蔵は波来祖第三高校(と波来祖南署)の健康診断を担当している内科医で、元々はこの街に『薮幡診療所』という名で小規模な診療所を構えていた町医者。その診療所はアンノウンの襲撃で半壊し、再建までの間のみ特別にこの中央ホスピタルの助っ人医師として勤務している…というわけだ。

子供の頃波来祖市に越してきた・・・・・楢崎とも、彼ら薮幡家はかかりつけ医として付き合いの長い顔馴染みでもあった。


「高校にヘルプ行った倅は…睦花は役に立っとるようなか?」

「ええ、特に女子生徒に人気だそうです。最初は警戒されてたらしいですけど…」

「ハハハ、まあな。最初は驚くやろうなぁ」


高校のカウンセラーとして和蔵の次男・・、睦花が抜擢されたのもこうした契約絡みの付き合いが理由である。そして、長男はと言うと…


「…ん?」


楢崎の足元に、何かキラキラしたものが転がってきて当たった。何かと拾い上げると、プラスチックでできた球形の軽い飾りらしかった。


「…なんだこれ?」

───「あぁ~、ごめんごめん。ありがとな」


廊下の奥から早足に駆けてきたのは…前髪を切り揃え、眼鏡をかけた長身の男。年齢は40前後といったところか。男は楢崎を見ると、納得がいったように頷いた。


「おお、よう来たねぇケンゴ君」

「あ、範治ハンジ先生」

「どうしたん、具合悪いんか?」

「いえ、今日はお見舞いと…少し仕事・・があって」

「なるほどなぁ、相変わらず忙しいんやねぇケンゴ君も」


男…範治は労いを込めてニヤリと笑うが、こちらも父親の和蔵に負けず劣らずのゲス顔。もちろん悪意はないのだが…やはり端から見れば悪徳医者か何かに間違われてもおかしくはない。この範治こそが、薮幡家の長男。睦花と同じく和蔵の息子であり、循環器科を担当する優秀な医者である。


「で、なんですかこれ?」

「今、休憩スペースでイベントの飾り付けしててん。それが手を滑らせて転がってしもたんよ」

「え、先生自ら飾り付けを?」

「勿論看護師の人らや作業療法士の人らも手伝ってくれとるよ、俺も診察の合間を縫って手伝っとるし、こういうのはみんなで協力せんとな」

「範治先生もお疲れ様です、忙しいのはお互い様ですね」


楢崎が拾った球形の飾りを範治に手渡すと、和蔵が改めて楢崎に声をかける。


「呼び止めてごめんなぁ、お見舞いと仕事があるんやろ?」

「大丈夫ですよ、またゆっくり話しましょう」


楢崎は会釈し、和蔵達と別れると水嶋の病室へと向かった。





───4人相部屋の病室に行くと、入口の引き戸は開けられていて、水嶋は部屋の奥…窓際の右側にあるベッドの上で寝転んだままゲームに興じていた。そこで入口にいる楢崎の姿に気づいた水嶋は、一度ゲームから視線を上げて上体を起こし小さく笑った。


「お、また来たのか楢崎、そんなに暇なのかよテメー」

「仕事のついでです。やれやれ…あの時は肝を冷やしましたけど、ゲームできるぐらい元気ならもう問題なさそうですね」


楢崎は水嶋の元に歩み寄って呆れ半分に言うが、水嶋の言い方にトゲはあるものの少し嬉しそうで、普段より声色が半音上がったように聞こえた。


「それで、何やってるんです?」

「色違い厳選」

「わぁ地獄」

「やることねーんだよ入院中って、修行っつーか苦行っつーかそういう作業にもってこいなレベルでな」

「あの、風祭さん達は…」

「あいつらは俺が引っこ抜けた分の仕事も降りかかってるだろうからな、俺をおちょくりに来る暇なんぞねーんだろ」

「…喋らせてすみません、喉はもう大丈夫なんですか?」

「気にすんな、大体治った。あと数日で退院だとさ…おっ、ちょい待て」


水嶋は再びゲームに目を落とし、目にも止まらぬ速度でボタンを操作し始めた。下手に声をかけて手元を狂わせても、と窓の外に視線をやった楢崎に───


「───こないだな、キツい言い方して悪かったよ」

「へっ?」


急な水嶋の言葉に、楢崎は思わず頓狂な声を上げて視線を水嶋へと戻すが、水嶋は相変わらずゲームに目を落としたまま…言葉だけを続ける。


「クソ自信マシマシでお出ししたアップデート品が、最初からメタられたみてーな相手に当たって手も足も出なかった…その尻拭いを神族サマにしていただいた、っつーカッコつかなさもあったしな。あれじゃただの八つ当たりだ、ダッセェのは俺の方だよ」

「…神族に、何か嫌な思い出が?」


水嶋の指先が、一瞬止まる。しまった、と楢崎は息を飲んだが…水嶋は視線をあげず、再びゲームを操作し始める。


「…10年前の水害」

「えっ、あ…はい、山陰・豊岡豪雨…ですよね」

「それで俺のいた集落が全滅して、俺と親父以外全員死んだ」

「───ぇ」


楢崎は青ざめるが、水嶋は腹を括っているのか声のトーンを落とすことはない。


「それは天災で、仕方のねーことだ。けどな…俺の目の前で死んだオババの様子がおかしかったんだよ。俺だけは助けてやってくれ、ってナニカ・・・に祈ってたのに…俺の頭の中に『それでは困る・・・・・・』とか変な声が聞こえてきて、オババが死ぬ直前になって、何に祈っていたのか分からない・・・・・・・・・・・・・・とか言い出した。この一連の出来事…被災して気が狂った俺の妄想だと思うか?」

「───それ、は」


水嶋は今度こそ、ゲームをスリープ状態にして楢崎を見上げた。その瞳に、楢崎を騙したりからかったりする"濁り"は見られない。


「神族サマがあの豪雨災害を起こしただの、そんな馬鹿げた陰謀論者になる気はねーよ。でも、俺は…忘れられねーんだ。絶望して死んでいった、オババの悲しそうな表情が」

「───記憶を奪われた・・・・・・・…?」


楢崎が呟くと、水嶋も目を細める。


「あ?なんか心当たりあんのか、楢崎」

「自分も、祖母を目の前で殺された…という瞬間的な記憶はあるのに、その前後を思い出そうとすると記憶に靄がかかったようになるというか…思い出すな・・・・・と制限されてるような感覚になるんです。人間はショックすぎる出来事に遭うと、自衛のために記憶を書き換えたり封じ込めたりする事があるとは聞いたことがあるのですが、自分の感覚はそうじゃない・・・・・・…って、直感ですけど思うんです」

「イヤイヤ待て待て、テメーもいきなりヘビーなもんぶちこんできやがったな!?目の前で殺されたって…そうか、テメーも楽して生きてきた甘ちゃんじゃねーってことか。そうだよな、JITTEなんぞにいるんだもんな…テメーのこと少し誤解してたわ」

「お互い様ですよ、自分もあなたの事は自信家の怖い人だと思っていましたから」

「コンニャロ…イヤ、間違っちゃねーか。なんにせよ、キナ臭くなってきやがったな」

「ええ。改めてティールさん辺りに話を聞く必要がありそうです」

「そう簡単に口を割るかね…そういえb」


水嶋が何かを言いかけた時…同室の患者、水嶋の正面にいる老人が枕元のテレビをつけ、その爆音が病室に響いた。


「わぁっ!?」

「うるっせっ…!おいじーさん、音でけーよ!」


2人は思わず耳を塞いだが、どうやらプロ野球の中継を見ているらしかった。楢崎は老人の元へ行き、肩を叩いて声をかける。


「すみません、少し音量下げてもらっていいですか?」

「あーーーー?」

「おーとーがーでーかーいーんーでーすー!」

「あぁ~はいはい」


なんとか老人に伝わったらしく、老人は渋々(少しだけ)音量を下げた。が…楢崎は次に、その中継内容に目を奪われた。


「あれ?」

「どうしたよ楢崎」

「あ、すみません…元野球部なのでつい気になって…」


老人のテレビは水嶋のベッドからでも見ることができる。なので楢崎も水嶋のベッドサイドまで戻り、パイプ椅子に座って中継を見守る事にした。そんな楢崎の様子を見て、水嶋もため息をついた。


「まあいいけどよ…どーせこの爆音じゃ寝れねーし、厳選も一区切りついたしな…」


すると───テレビに大写しになったのは、楢崎が前にエイジに見せられた記事に映っていた銀髪の青年…『氷上の辻斬りプリンス』が、福岡のプロチームのユニフォームを着て投手のポジション…マウンドに向かうところだった。


「あ?確かこいつ、フィギュアスケーターじゃ…」

「知ってるんですか?」

「スポーツ欄のニュースで時々見るんだよ。でもなんでフィギュアスケーターが野球のピッチャーみてーな真似を…」

「始球式ですね。地元のアイドルや市長とかが、最初に1球だけ投げるセレモニー的なものです」

「ほーん、あんま野球詳しくねーから知らんかったわ」

「今日の試合が地元・福岡のドームなので、ゲストとして呼ばれたんでしょう」


楢崎達が画面越しに見守るなか、青年はマウンドで一礼し───

セットポジション・・・・・・・・(投球直前の構えのひとつ)を取る。

それは、元投手の楢崎には見慣れたもので…


「…えっ」

「なんだよ」

「あの構え、まさか本気で・・・───」


青年は左投げなのか、僅かに左を向き───上半身を後方に捻ると同時に右足を振り上げ、左腕を頭の奥まで引いて、右足を下ろす勢いに合わせて大きく左腕を前方に振る。そのフォームは、まさにプロ顔負けの投球フォーム。彼の長身から繰り出された投球は、しかし打者にとっては喉から手…イヤ、バットが出る程の絶好球で───


思わず・・・打ってしまう程に・・・・・・・・


「あっ」

「えっマジ?」


楢崎につられて、水嶋も思わず声をあげる。なんと彼の投げた絶好球は、ストライクとして捕手のミットに納まるより先に…打者のバットに捉えられ、高々と空を舞っていた。

一般的には、始球式の投球は(投手役へのピッチャー返しなどを防ぐ意味もあって)あえて空振りすることが多い。それを、この打者は…全力で打ってしまった。思わぬ絶好球を前にしてしまい、打者としての本能が引き起こした反射のようなものだったろう。

打球は驚く青年の頭を越え、内野を、外野を越え…まさかのバックスクリーンに叩き込まれた。


始球式ホームラン・・・・・・・・

滅多に聞くことのないであろう言葉に…ドーム内は悲鳴にも似た絶叫が響いている。打った打者も打席で呆然と立ち竦み、側にいる捕手と審判もどうしたものかと固まっている。


「そんなことが…」

「オイこれどうなるんだよ、点になるんか?」

「なりませんよ、セレモニーですから…でも…」


青年は苦笑を浮かべ、肩をすくめて何かを呟いた。そして…グラブをしていない利き手の左手で拳を作ると、頭上高々に掲げてプロペラのように回し始めた。


「え、何々なんだよ?何やってるんだ狂ったか?」

「───ホームランのジェスチャー・・・・・・・・・・・・…」

「あ?」

ホームランだからベースを回れ・・・・・・・・・・・・・・、って言ってるんです、きっと。誰もが混乱しているから、いっそそういう一連のネタにしようとしてるんですよ多分!」


テンション高く言った楢崎の言葉通りというべきか、青年はさらに打者に一塁方向へ行くよう、グラブをしている右腕を一塁方向へと伸ばしている。打者はもうそれに従うしかないと感じたのか、バットをその場に放って小走りに一塁へと向かっていく。

すると…悲鳴やブーイングが聞こえていたざわめきが、次第に笑いと拍手が混ざったものになっていく。二塁、三塁と回っていると、もう拍手の音しか聞こえなくなり…打者が本塁ホームベースに戻る頃には、先ほどの青年はマウンドからホームベース近くまで移動していた。そして、青年に手招きされた打者側のチームメイトもそれに倣ってゆるゆるとベンチから集まり、本当のホームランを祝福するような人のアーチができていた。


打者は観客達の笑いと拍手に包まれながら、チームメイトと締まらないハイタッチを交わしたり、頭を叩かれたりしていた。そして、その最後尾にいた青年に気がつくと、青年とはハイタッチではなく…その頭を軽くくしゃっと撫でてやっていた。青年は少し不服そうだったが、打者側の他のチームメイトにも背中を叩かれたりして…最後はグラウンドに向かってまた一礼してから、ドームを後にしていた。


「はぁ~、プロ野球ってのはこんなこともあんだなぁ、楢sうわ」


思わず水嶋が言葉を止めたのは…真横にいる楢崎が何故か物凄い殺気(?)を放っていたから。


「え、今度はなんだよ…」

「………しい」

「あ?」

「羨ましいッ!!!!」

「はぁ!?」


楢崎は水嶋が入院患者ということすら忘れたのか、その肩を掴んで揺すりながら嘆く。


「さっきの1番バッター!小金本コガネモト選手は関西ここいらで野球やってた自分達の世代じゃ憧れの選手なんですよ!なのに頭撫でられるなんてウワアアアア!!!!」

「おわぁぁ、分ーかった分かった!とりあえず落ち着けやテメー!大阪ファンなのは分かったから!」


一頻り騒いで落ち着いたのか、楢崎は大きく息をついて水嶋を解放した。


「ったく、俺はまだ一応病人なんだぞ…」

「す、すみません…取り乱しました…」

「ほんとだよ…あービビった」


そう言いながら、水嶋は傍らに置いてあったスマホで何かを検索し始め…その結果を楢崎に見せてきた。


「そうだ、こいつだよ。イグニス・・・・サルヴァトーレ・・・・・・・。ここ2年ぐれーで一気に知名度上げてきてるスケーターだとさ、まだ16歳って若ぇな~」

「じゅっ…じゅうろくさい!!!!?」

「うるっせーよ声がでけえ!」

「うっ…すみません…でも、随分と背も高く見えたし…」

「テメーが低いんだよ」

「グギッ…」


水嶋の火の玉ストレート突っ込みに、楢崎が返す言葉もなくしていると…楢崎の足元を、何かがつついた・・・・・・・


「えっ?」

『メンメ』


そこにいたのは…身長30cm程の、3頭身ぐらいの小人のような生き物。

顔は縦長の丸い目のみで、鼻や口は見えない。白衣と紺のスクラブを着ていて、茶髪を肩の少し上辺りでやや雑に切り揃えているようだった。その姿は───水嶋の担当医師・・・・・・・をデフォルメしたような姿にも見える。


「うわっなんですかこれ」

「あー、そいつ病院のスタッフらしい。院内に同じようなのいっぱいいるしな」

「えっ?」

『メメー』


謎の人型の生き物は小鳥のような甲高い声で鳴くと、水嶋の元に歩み寄って…薬の袋を精一杯背伸びして渡してきた。


『メンメンメ、メメンメ』

「へいへい、ちゃんと飲むって」

「え…何言ってるか分かるんです?」

「いや適当」

『メ"ッ』


謎の生き物は水嶋に薬を渡し終えると、今度は楢崎の方に向き直り…頭上に両手を伸ばして跳ね始めた。


『メンメー!』

「え、えっと…抱っこですか?」

『メー!』

「あぁ、はい…よいしょ重っ!?」


油断していた。冷静に考えれば、そのサイズの子供を抱き上げるのと大差はない。なんとか体勢を整えて謎の生き物を抱き上げると、謎の生き物は暴れることなく大人しくなった。


「水嶋さん、これがスタッフって…」

「そいつは神族サマの式神だ・・・・・・・・。この病院の医者のひとりが神族サマで、そいつが人手不足の対策としてアホみてーに自分の式神放し飼いにしてるんだよ」

『メン!』


謎の生き物は元気よく手を上げて反応するが、それはつまり…


「…水嶋さん、神族の助けは借りたくないって」

「そういうこった…数日意識飛んでたからってのもあるが、俺はそいつの親玉…此処で医者やってる神族サマに命を助けられちまってる。この病院はその神族サマの結界はらの中だ。俺はもう、神族サマに助けられたくねーだの、そういうワガママ一切言う資格なくなってんだよ。…つっても、今後も変わらず、俺の方からお助けくださいってお頼み申し上げる事はしねーけどな。アウセン様共々、利用できるモンは利用させていただくしかねーってこった」

『メンメー』

「うるせー楢崎に抱えられてろ、テメーを可愛がってやる甲斐性はねーんだよ」

「いや…重いんでちょっと降ろします…」

『メン…』


謎の生き物は楢崎に降ろされると、一度水嶋の方を振り向いてから、前に向き直って小走りに病室を出ていった。


「あっ行ってしもうた」

「薬渡したって看護師に報告でも行くんだろ、放っとけ放っとけ。テメーも仕事のついでとかなんとか言ってなかったか?大丈夫なのかよ時間とか、こんなとこで油売っててよ」

「大丈夫です。用があるのは別の入院患者なので、病院にいる限りはサボりではありませんよ」

「うーわズルッ、ズル大王じゃねーか」

「小学生みたいな変な呼び方やめてください」

「へいへい」


水嶋の適当な応対に呆れはしたが、その言い分はもっともだ。さすがに、いつまでも此処にいるわけにはいかない。


「…じゃあ、自分はそろそろ」

「楢崎」

「はい?」


退室しようと背を向けていた楢崎を呼び止めた水嶋の表情は、今までになく険しかった。


「銃のアップデート持ってった日な。本当はアウセン様もお越しになる予定だったんだよ。神族サマじゃねーと説明しにくい所とかもあったからな。けど…テメーの、楢崎の名前を出した途端、何故かテメーを避けるように辞退した・・・・・・・・・・・・・・。楢崎、テメーはアウセン様と知り合いだったのか?それとも───アウセン様の側に、何かテメーを避ける事情がある・・・・・・・・・・・・?」

「…いえ、面識は…ない、はずです」


───やはり。

楢崎の側には覚えがないが、"アウセン"という名前に全く関わってなかったわけではないらしい。それがまさか、祖母の死に何か関係しているのか…?


「…やべ、やっぱ余計なこと言ったか…顔真っ青じゃねーか、あんま深く考えんな、悪かったって」

「…いえ、ありがとうございます。今の情報は覚えておきます。すぐには何も思い出せなくても…手がかりにはなるかもしれませんから」

「…言っといてなんだが、ドツボにハマんじゃねーぞ?」

「はは、水嶋さんは優しいんですね」

「あ"ぁ!?アホか、ナマ言ってねーでさっさと次の現場に行けボケナス!」


水嶋は急に不機嫌(?)になり、布団を被ってそっぽを向いてしまった。その水嶋の様子を苦笑混じりに眺めてから、楢崎は病室を後にした。

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