[Episode.3-なにが彼らの人生を狂わせたのか•D]

───空気が破裂して抜けるようなエンジン音。必要以上に増設されたマフラー。集ったバイクには派手な装飾や電極まで巻いている者もいる。それらの前衛的・・・なバイクに…


「…た、大変なことになってしまった………」


美鈴が買い物をしていたショッピング街の道路は完全に占拠されてしまっていた。


「うええええ…ちょっと通してね~ごめんなさ~い♡…が通じるとも思えないし、現状でなんか叫びまくっててもう怖いし…どうしよ………」


危険を察知した美鈴は、道路脇のカフェ…昼にタマキと話をしていた店に避難した。そうして逃げ込んだ美鈴の他に、カフェには同じように避難した市民や店のスタッフ、元からいたらしい数人の客が怯えた様子で表情を強張らせている。

そんな彼らに…和服を着込んだ老人が声をかけた。


「店から出んように。表が落ち着くまで、ここにおったらええ」

「店長…」


美鈴は昼間も彼の姿を見ているのですぐに分かったが、老人はこの店の店長。相当な歳であろうに、背筋は真っ直ぐで声もよく通る。彼は表の騒ぎにやや顔をしかめつつも、怯む様子はなく全員分のコーヒーを淹れ始めた。


「サービスや。一杯飲んで、とりあえず落ち着きよし。コーヒー飲めん人は言うてや、紅茶とココアもあるさかい」


店長の落ち着いた振る舞いに、店内の人々も少し落ち着きを取り戻すと、店長からサービスカップを受け取って道路側から離れた席に座り直した。


外に集った不良達は変わらずいきり立ち、爆音でエンジンをふかしながら道路を塞いでいた。間もなく…警笛とパトカーのサイレンが近づき、警察官の拡声器越しの声も聞こえ始めた。徒歩の楢崎よりも先に現場へと向かっていた宮沢達が応援に到着したらしい。


『コラァ!道路塞いどったらおえまぁがダメだろう!道を空けんか!』

「うるせ~んじゃお巡り!お前らこそ帰れや!」


現場は一触即発状態で、さらに混沌を極めてきた。その現場に…少し遅れて、楢崎も現れた。


「(あっ、あの時のお巡りさん…!)」


美鈴は遠目に楢崎の姿を見つけると、ホッとしたように息をついた。


───「ちょっと、通してください!」


JITTEは勤務時間外でも出動要請があれば可能な限り臨場する事を求められている代わり、非番であっても警察手帳の開示が認められている。それを利用し、楢崎は警察手帳を印籠のように翳しながら人波を縫って宮沢達の近くまで進み出た。しかし…楢崎は元々今日の昼からは休みを取っていたため、今は警察官の制服を着ていない。そのせいか、別の警察官に咎められた。


『あー待て待て、これ以上は………なんじゃあ楢崎か」

「お久しぶりです、熊郷クマザト署長・・


熊郷と呼ばれたその警察官こそ、あの日放心していた宮沢に声をかけた白バイ隊員。10年の時を経て、熊郷はJITTE播州支部・・・・署長に抜擢されていた。楢崎が研修を終えて最初に配属されたのが播州支部で、あの事故についての概要も、熊郷から聞かされた事だった───宮沢に関しては、上手いようにぼかされていたようだが。


「どうしたんならだよ、私服いうことは非番じゃろ」

「ええ、本来は午後から半休をもらっていたんですが…ちょうど署内にいた時に出動要請を聞いたので、まあ無視もできず…交通誘導ぐらいならやれますよ」

「すまんのー…はよカタがつけばはよ帰したるけぇの」


そんな熊郷の背後に、不良達のリーダーらしき人影が見えた。

肩辺りまで伸ばした金髪、熟語が刺繍されたロング丈の白い上着、上半身にはサラシのみという出で立ち。目には光がなく、ゆっくりと楢崎と目が合うと───


「…え」


楢崎の方が、目を見張った。その顔に…見覚えがあったからだ。


「…そんな───ウツホ・・・…!?」


言うまでもなく、ウツホはあの事故で妹…美夏ミカを失った楢崎の友人その人だ。時が経ち、変わり果てた旧友の姿に…楢崎はまず言葉を失っていた。その様子を見て、ウツホの方も気づいたらしい。


かつての友人が───憎き・・警察に属しているという事実に。


「…ケンゴ、か」

「ウツホ…どうしてここに」

「何でじゃ、ケンゴ」


バイクの空ぶかしが反響する道路上で、ウツホの言葉はひどく冷淡に聞こえた。


「なんで、お前が警察におるんじゃ、ケンゴ」

「ウツホ、落ち着いt」

「警察はッ!美夏を殺した・・・んやぞ!」


ウツホの怒声に、楢崎よりも宮沢の方が肩を震わせた。


「ウツホ!あれは事故です、意図的に殺したのとはわけが違う!」

「黙れ!おのれも殺人組織・・・・に身を落としたんなら、身内庇うのも当然じゃのぉ!所詮美夏の事なんぞ、他人でしかないっちゅうわけじゃ!」

「えい加減にせんかァッ!」


殺人組織…その呼称が、楢崎の逆鱗に触れた。


「殺人組織?美夏はただの他人?本気で言いゆうがか言ってるのかおんしゃあお前はもあの現場におったの忘れたがか!あの事故を忘れた事やこ、1日たりともないわ!おんしお前が被害者なのは、ここにおる皆知っちゅうわ知ってるんだ!じゃがなぁ、八つ当たりで好き放題言うてえいいいとは誰も言うちょらん!おんしが…美夏の命を奪われたおんしが悲しんで苦しんで、他のもんの苦しみがそれに並ぶとまでは言えん。ほいでもそれでも…俺も、あの時の白バイ隊員も!美夏の事を忘れとりゃせん!美夏の眠っとる墓に行けば分かる…月命日のたびに、俺と…あの白バイ隊員が真新しい花を供えちょった。じゃが逆に…それ以外の・・・・・誰の手入れも・・・・・・されちょらなんだ・・・・・・・・。美夏の死に…一番向き合えちょらんのはおんしだけじゃ。ショックを通り越して荒れ腐って、ほいたらそしたら美夏が帰ってくるんか!」

「やかましいわ!知ったようなこと言うて…所詮おどれも他人でしかないんじゃ!」


その時───鉄バットを握りしめたウツホから、例の黒い靄が漏れ出した。


「あれは…高校で見たのと同じ…!」


楢崎が宮沢に目配せすると、宮沢も小さく頷いた。


「ワシが見たのも、アレじゃ」

「やっぱりあの靄、負の感情を増大させて…心をおかしくさせてる!狂わせているのか操っているのかはまだ分かりませんが…」


楢崎は此処で、今までの"仮説"が崩れたことに気がついた。


「(ウツホは男だ・・!宮沢が追っていたらしいバイクの運転手の性別は…どうだったか覚えていないけど、女性のみを狙って取り憑いているわけではない…?どういうことなんだ…?)」


当時宮沢が追っていた運転手がどの感情に取り憑かれて増幅させられたのかは、今すぐ確認する手立てがないが…目の前のウツホはほぼ今しがた、何者かによってあの黒い靄を取り込まされたようだ。怒りに乗じて明らかに態度が豹変し、今度は宮沢の方へと視線を急に切り替えた。


「その声…美夏が殺される直前に叫んどった白バイの…!なんで今も警察官やっとるんなら!ちばけなやふざけるなおどりゃあこの野郎が!」


激昂したウツホは、手に持ったバットを強く握り宮沢に殴りかかった───時。


その動きを、どこからかの発砲音が横殴りにした。


「チィッ…なんじゃ!」


発砲音の主は───タマキだった。対魔銃を構えて片膝をつき、物陰からなおもウツホの方を狙っている。


「なっ…何してるんですか!?!」

「落ち着いて、今撃ったのはGO-YO銃。ただの人間に対する殺傷能力はないの、楢崎センパイなら知ってるでしょ。取り憑いてるアンノウンにしかダメージは入らないから安心して。今後こそ…ミスれない」


タマキはそれだけ言うと…建物の壁に不自然に並んでいる、ドアのレバーハンドルのような突起を90度垂直に下に向けて回した。すると…レバーハンドル周囲の壁が枠を光らせて外れ、人ひとりよりやや低い透明なバリケードのようなものへと変わった。これこそ、波来祖市全体に設置された対魔バリケード。なお対魔銃とは違い、バリケードだけならば一般人でも使うことができる。


「何するんじゃ…」


ウツホの怒りの矛先がタマキへと変わる。


「(危ない、タマキちゃん!)」


未だ店内に残されたままの美鈴もタマキの参戦に気付き、その身を案じた。


「そうそう何度も逃がさないし!」


タマキは…先程水嶋が提示したものとよく似たカードを胸元から取り出し、銃の後部スリットに差し込んだ。


「おとなしくしな!」

『CHARM MODE』


タマキが撃った光弾はピンク色に輝き、黒い靄を纏ったままのウツホに命中した。が…


「…くっ、やっぱウチの神力程度・・・・・・・じゃダメか!」


ウツホを捕らえたかに見えたピンク色の光は、間もなく弾かれて霧散した。その勢いのままウツホはバットを振りかぶり、タマキへと殴りかかる。


「やば…」

「(タマキちゃん!)」


バットがタマキに当たる直前───熊郷が間に入って両手で受け止めた。


「何…!?」

「なっさけないのう…よりによって女を殴って族章を汚すとは・・・・・・・


熊郷は腕の勢いだけでバットを押し返すと、両手を叩き払いつつウツホを睨んだ。


「その族章…『魔怒首飛堕マッドスピーダー』の旗。人を傷つける連中やなかったはずじゃがな」

「何を知ったようなことを…」

「ほう?世代交代も相当進んだようじゃの。"熊郷トラジ"の名を聞いたこともないか?」


熊郷がニヤリと笑うと…ウツホは一転、サッと青ざめた。


「その名は…初代総長の名・・・・・・………」

「身を引いた立場ではあるが、わえ・・の族はバイクで暴れこそすれど、誰かを傷つけて回るような活動はしよらんかった。…そういうのはおえんダメだと止めてくれた存在がおったのもあるがな。ウツホ言うたか、ここでやめとけ。これ以上は、戻れんなるぞ」

「じゃっかぁしぃわぁ!!」


怒りが頂点に達し、ウツホから漏れ出す靄が一層濃さを増す。その時───タマキが一度、銃からカードを引き抜いた。


「───真名解放、フラウ・イングワズ。神力限定解除」


タマキが静かに呟くと───引き抜いたカードが鈍く光った。

そしてそのカードを再び銃に差し込むと、改めてウツホに構えた。


「それ以上はダメ。あんたという人が、人でなくなるよ」

『CHARM MODE,GODDESS POWER CHARGING』


タマキの持つ銃が、淡いピンクの光を集め───辺り一帯を眩しいほどに輝かせた。その光が薄れると…ウツホから漏れ出していた黒い靄は見えなくなっていた。

最初に我に返った楢崎が、タマキを見返って恐る恐る訊ねた。


「た、倒せたんですか…?」

「ごめん…やっぱ、倒すのは非戦闘型のウチじゃ無理。完全に飲み込まれる前に追い払うのがやっとだった」


タマキは心底残念そうに項垂れていたが、それをフォローする暇もなく楢崎はウツホの方に向き直った。それと同時に、ウツホは持っていたバットを取り落とし…膝をついて項垂れた。


「…俺、俺は………何を………」

「ウツホ!」


楢崎は着ていた上着を脱ぎ、ウツホの肩にそっとかけながら様子を窺っていた。


「俺は………どうすりゃええんじゃ………」

「向き合うしかない。どれだけ時間がかかっても…その上で、遺された自分達は、前を向いて生きていくしかないんです」


鳴り響くパトカーのサイレンの中、集まっていた他の不良達も次々に検挙されていく。そんな中…ウツホの前に、宮沢が片膝をついて座った。


「………あんた」

「どんな言葉でも聞き入れる。お前さんにはその権利がある」

「………俺、は」


ウツホは気づいた・・・・

黒い靄に取り憑かれた時…あの日のバイクの運転手の悲鳴を聞いた。



───『助けて、誰か…誰か止めてくれ!』───



気づいていた・・・・・・。あの事故は…宮沢の力だけではどうしようもなかったことだと。


「…ええ」

「ん?」

「ええ。そのまま…JITTEでおり続けろ。そんで見守り続けるんじゃ…もう二度と、俺みたいな目に遭う人間が減るように。…それと」

「…それと?」

「あの黒い霧みたいなやつを…裁いてくれ。法やら無理なら、物理的でもええ。あの霧を誰かが操っとる言うんなら、そいつを裁いてくれ!…それだけで、ええから」


それだけを聞くと…宮沢も小さく頷いた。あえて謝らなかったのは、謝って全てに決着がつくわけではないから。それは、ウツホの方も分かっていた。


そこで…漸くカフェから解放された美鈴と、カフェの店長が楢崎達の元へとやってきた。


「やっと出られた…タマキちゃん、さっきスゴかったね!?ブァーって光って…」

「美鈴…」

「アハハ、買い物してたら巻き込まれちゃって…でもタマキちゃん達が守ってくれたから、私はこうして無事でいられるわけで!」


笑顔でピースまで向ける美鈴を見て…タマキは少し心が救われた思いで笑い返した。


「…ありがと」


そうして美鈴とタマキが笑いながら話す傍ら…カフェの店長が熊郷に声をかけた。


「ご無沙汰やな、坊主・・

「その呼び方は…部下の前では勘弁してくださいや、號さん・・・

「なんやぁ、もう部下を持つ歳にまでなってから。時の流れは早いのぉ、あンのイキり小僧がこないに…」

「號さん!ストップ!」


慌てる熊郷を見ながら、店長…ゴウはカラカラと笑った。


「成程…熊郷署長がJITTEに籍を置いている理由は、元暴走族の総長という脛傷だったと…」

「繰り返すなや楢崎ィ!こンの土佐の狂犬・・・・・だきゃ…」

「その呼び名やめてください、誤解を招くので」


もちろん、この土佐の狂犬・・・・・という呼び名…別段、楢崎が何か暴力的であったとかではない。熊郷の部下であった頃、上司にひとつも臆さない堂々とした態度を皮肉って表現されたに過ぎないのだが───その呼び名に目をしばたいたタマキと美鈴を見て、訂正せざるを得なかったということだ。


そして楢崎は、改めてウツホの脇を支えるように抱えた。


「悪いけど、このまま無罪放免とはいかない。署で話を聞きますから」

「…分かっとる。すまんな、ケンゴ」

「なに、そこは旧友のよしみです」

「そういえば、カツ丼って出るんか?」

「出ませんよ、いつの都市伝説ですか」


肩を組み、パトカーに向かう旧友。長い時を経て再会を果たしたその背は…どこか穏やかにも見えた。

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