[Episode.3-なにが彼らの人生を狂わせたのか•C]

───署長室の扉をノックすると、返ってきたのは…署長である古岡の声ではなく。


───「おー、入れや」

───「あれ?」


セリフを何者かに取られ呆けているらしい古岡を気にしながら、楢崎が署長室に入ると…見慣れない男が3人、来客用のスペースを占拠(?)していた。

しかし…


「…ん?」


その3人のうち、ひとりは…楢崎も見覚えがあった・・・・・・・

そんな楢崎の様子に、相手・・も気がついたらしい。


「あれ、やっぱりそうだ。楢崎って攻めの楢崎・・・・・じゃん」

「ウグッ…」


少し驚いた様子で言ったのは、迷彩服の片割れ・風祭。その忌々しい呼び名を知っているのは…あの校内新聞を知っている者、つまりは楢崎と同じ高校出身者ということ。


「え、なんそれ?変なアダ名ついてんだな~お前、うっはっはー!」


もう片方の迷彩服は無邪気に笑い、楢崎に背を向けていた海自服の男は背後を振り返って確認すると…わざわざ立ち上がって、楢崎の前まで大股に歩み寄った。


「んだよ風祭、このちんちくりんと知り合いだったのか」

「グギッ…!な、なんですかちんちくりんって…!」


この男…水嶋は、楢崎より10cm以上背が高いのもあるが、何より圧が強い。独裁者…というより、何も信じない・・・・・・とでも言うような冷たい威圧感が楢崎の全身を刺していた。


「そんな圧かけないでいいでしょ水嶋、まあ自分もちょっとビックリはしてるよ。まさかあの楢崎にこんなところで会うなんてねぇ」

「…そういう君は、陸上部ホープ・・・・・・だった風祭さん、ですよね?直接会ったことはありませんが、校内新聞でよく取り上げられていましたから、君のことはそれなりに知っています」


楢崎の言葉に…風祭の笑顔が、少し陰る。


「ん…まあね。それより水嶋、今回来たのはGO-YO銃のアップデートについてでしょ?実戦投入するなら早い方がいいんだから、楢崎に圧かけて遊んでないで、早く説明しないと」


風祭の声色には・・変化はなかったが…あからさまに話題をすり替えた不自然さに、楢崎が気付かないわけはなかった。それでも…


「(…あの夏・・・以来、急に彼の名前を聞かなくなったけど…事情があって進路を急に変える、なんてことはゼロじゃない。でも、きっと名だたる体育大学から幾つもスカウトが来ていたろうに、それを蹴ってまで陸自に入った理由…一体どれ程のものなんだろう)」


しかし、楢崎がそれをわざわざ風祭に聞くようなことはしない。勿体ない、なんて口が裂けても言ったりしない。


「(…掘り起こされたくない、よな)」


祖母の死の理由を知るために、自分の欠けた記憶を取り戻すためにJITTEにいる自分も、きっと似たようなものだと思ったから。


「ケッ、分ぁかったよ。もう夜だしな、こんな時間にゴリ押し凸しといて遊んでる暇もねーか」


そう言うと、水嶋は───背中に装備していたGO-YO銃を取り出すと、無表情で楢崎の頭に突きつけた。


「えっ…」



「バァーン。なーんてな、こいつが人間に効かねーのはテメーも知ってんだろーがよ」


水嶋は口で雑に撃つ音を再現しながら、撃ったふり・・をして上に跳ね上げた銃をそのまま肩の辺りまで振り上げた。その時…銃からは錠前の落ちるような音が聞こえた。


「ちょっと…」

「怒るな怒るな、ただ遊んだわけじゃねーよ…今の・・聞こえたか・・・・・?」


今の…とは、やはり銃から聞こえた音のことだろう。楢崎が小さく頷くと、水嶋は自信ありげにニヤリと笑った。


「そいつがアップデートポイントその1だ。今までのアンノウン共は大体1発で沈めてこれたろうが、こういう敵性存在ってのは洗練されていく…早い話が、強い奴が残ってくる・・・・・・・・・。この前も強化型が連続で出たって話じゃねーか?そういう奴を相手にした時、今までは2発目を撃つにはエネルギーのリチャージに時間がかかっていた。その隙を少しでも減らすために初撃の構えから射出までのタイムラグを縮めた上で2撃目に移る際のエネルギーリチャージを空気内に存在する酸素を取り込むことで時間短縮を可能にしたってこったソノシステムハフリコシステムノオウヨウデカマエカラオオキクフリアゲルマデノウゴキデクウキヲトリコンデヒツヨウナセイブンノミヲチュウシュツシテ」

「ちょっとちょっと水嶋、機械工学オタクの悪い癖!楢崎もう追い付けてないじゃん!」


熱心に説明しているところを風祭に止められ、水嶋はやや不服そうだったが…目の前の楢崎が放心しているのを見ると、やれやれと肩を落とした。


「このじゅうは、くうきをとりこんで、とってもはやく、えねるぎーにかえられるようになったよ!」

「そこまで幼児に言い聞かせるような噛み砕き方しなくてもいいですけど…俄然理解はしやすかったのでヨシとします…」

「OK、俺だって100%理解しろとは言わねーよ。なんとなくのシステムだけ分かっとけばいい…ほれ」


そう言うと、水嶋は持っていたGO-YO銃を楢崎の手に押しつけた。


「えっ?」

「別に撃てってんじゃねーよ、持って振り上げてみな。いくら理論上はアップデートしたっても、実戦部隊が使いにくいようじゃ話にならねーからな。重さは?振り上げた時の手首への反動は?使う相手に合わせて再調整が必要ならやらなきゃなんねー、だから実戦部隊のテメーをお休みのところわざわざ呼び出したんだからよ」


…少し、拍子抜けだった。

初手からおちょくられ、圧をかけられ、ふざけられて、楢崎の水嶋への心証はお世辞にも良くはなかった。それが…


「…ふざけているかと思えば、使い手の事を第一に考えようとしている。意外ですね、少し見直しました」

「はぁ?技術支援してんだから当たり前だろ、手抜きで人の命左右するモン作るかよ。いいから動かしてみろや、使い勝手の最終データ取ってさっさと帰りてーんだよ俺だって」


そんな水嶋の背後で、迷彩服コンビは腹を抱え、声を殺して笑っている。だが、それを見逃す水嶋ではない。


「おいコラ背後、笑ってんの気付いてっからな!あとで覚えとけよテメーら!」

「はいはいレンジャー…ふふっダメだ」

「素直じゃねーよなー…フヘ、うっはっは…無理これ」

「ちょっとあいつら蹴り飛ばしてくっから、その間に試してろ」


水嶋が大股に2人の元へ向かう間に、楢崎も言われた通りGO-YO銃を一通り操作してみる。

───構えた時の重さ、問題なし。振り上げた時の手首への負荷、問題なし。チャージ時の音の大きさ、耳元でも問題なし。重さに関しては、むしろ今までよりわずかに軽くなっている気さえした。


「大丈夫です。扱いやすいように調整していただき、ありがとうございます」

「お、じゃあだな」


水嶋は逃げ回る2人を追うのをやめ、懐から何かを取り出し…楢崎の前に突きつけた。


「こいつがキモ…アップデートその・・・・・・・・2だ」

「なんですかこれ…カード?」


水嶋が見せてきたのは…何やら金色で円形の紋章が描かれた、キャッシュカードサイズのカードだった。楢崎が怪訝な表情をしていると…先に古岡が口を開く。


「…それは、神紋札・・・?」

「ああそうだよ。うちの技術顧問、アウセン様・・・・・のお力をお借りした代物だ」


水嶋は急に敬称つきで話し出すが、その口調はわざとらしいほどに恭しく、言葉とは裏腹に敬意の欠片も籠っていないように聞こえる。古岡の表情が険しくなるのにも構わず、水嶋は説明を続ける。


「銃のケツに、このカードが入りそうなスロットが3つあるだろ?そのうちの1つにこれを差し込んで撃つことで付加効果がつく。普通は1発でさっき言ったリチャージが必要になるが、こいつを使えば1発の威力は若干落ちるがリチャージせずに5~6発は連射できるようになる。ついでにホーミング性も付与されるから、多少は適当に撃っても当たるってこった。ただ、使いすぎは禁物・・・・・・・…って話だったな。本当に必要な時にだけ使うようにって釘刺されたわ」

「え…なんですかそれ、使って大丈夫なんですか?」

「ああ、神族サマ・・・・が人間にも扱えるようにって調整してくださってるらしいぜ?使いすぎるとめっちゃ疲れる・・・・・・・、らしいけどな」

「神族───!」


水嶋の言葉に、思わず楢崎は目を見開く。古岡同様、この社会に溶け込んで生活している神族は他にもいる。その事実を改めて認識し、つい古岡の方を見た。


しかし───古岡は何故か、このタイミングで水嶋を睨んでいる。先程カードを見せられてから、古岡の態度が妙に硬化しているのを、楢崎も感じ取っていた。


「…署長、どうかしましたか?」

「いや別に。タピ活禁断症状が出てるだけ」

「はぁ?冗談か本気か分からない発言やめてくださいよ…」


楢崎は呆れていたが…実は楢崎は、水嶋の発言───神族の方ではなく、アウセン・・・・という名の方に引っ掛かりを覚えていた。初めて聞いたはずなのに、何故か聞いたことがある気がする。それを思い出そうとしても、記憶に靄がかかって・・・・・・───


「おう楢崎、どうかしたか?もしかして、おねむの時間かぁ~?」

「違います、さっきの───」


言い返そうとした楢崎の言葉を遮るように、比較的近くで爆発音が聞こえた。その爆発による光は、夜だからか署長室の窓越しに楢崎達にも反射した。


「えっ、近いですよね今の!?」

「近いもクソも、至近距離ってレベルだぞ!」


署長室にいた面々が慌てて窓際に走り寄ると…


「うわ、よりによって目の前・・・って…」


風祭の呆れたような言葉通り…波来祖南署の敷地のすぐ前に、鱗翅目を模した羽を持つ人型のアンノウンが現れ、帰宅途中らしい近くを行く人々に襲いかかっていた。署入口の電灯に照らされたアンノウンは、何故か周囲が妙に煌めいている。


「虫野郎が…叩き潰してやる」


水嶋は声を低めて憎々しげに言うと…長椅子に置いていたスペアらしいGO-YO銃を外に放り投げ、署長室の窓から飛び降りた・・・・・・・・・・・・


「待っ、ここ3───」


しかし…楢崎の悲鳴に反して、水嶋は五点着地で難なく地面に降り立つと、放り投げていた銃が遅れて水嶋の手に収まると同時に、アンノウンに向かって走っていった。


「試し撃ちにはお誂え向きだ!くたばりやがれ!」


楢崎が呆然とする間に…


「あーあー、蛮族はこれだから。自分達も行こうか、四御神」

「うっはっはー、確かにこっちのが早いわな!」


風祭ともうひとり…四御神も背中に装備していた銃を放り投げ、水嶋に倣って窓から飛び降りると、同じように五点着地で降り立って銃を掴み取り、水嶋の加勢に向かった。


「えぇ…嘘でしょう…」

「…彼らWAVEのメンバーは、そもそもレンジャー隊としての資格を有している。それに加えて、対アンノウン用の特殊訓練を受けた者だけがWAVEとして活動できる。下が土なら、3階から飛び降りるぐらい朝飯前だろう。ああ…今は夜だから夕飯前、か」

「…っ!」


古岡の余計な一言に突っ込むより先に、楢崎は署長室を飛び出し階段を駆け降りた。目前の襲撃に困惑する他の警察官達を追い越し、玄関を抜けて水嶋達の元へとひた走る。


そして、アンノウンは…


「…やっぱ、1発じゃ沈まねーか」

「水嶋、前に出すぎ!そもそも銃なんて近距離用の武器じゃないんだから」

「自分がアップデートしたからって、ガラにもなくテンション上がってんじゃねーの?うっはっはー!」

「なにわろてんねん…もう」


懐に潜り込むようにほぼゼロ距離で銃撃を叩き込む水嶋に対して、やや遅れて合流した四御神と風祭はやや離れた距離から銃撃を放って水嶋のサポートをしている。しかし…


「ねえ四御神…気のせい?」

「え、何が?」

効いてない・・・・・…は言いすぎかもしれないんだけど、効きが悪いっていうか…対してダメージになってない気がしない?」

「そう言われりゃ…当たる前にはじかれてる・・・・・・感じがするっつーか…」


怪訝な顔を見合わせる2人の元に、楢崎も追いついてきた。


「じょ、状況は…」

「お疲れ、正直あんまり良くないね。アップデートの威力を見せる絶好の機会だって、水嶋も張り切ってるんだけど…」

「あのアンノウン、蝶か蛾っぽいし、もしかしたらあいつの鱗粉に何か仕掛けがあるんじゃねーかと俺は思うワケ」


風祭と四御神の言葉を聞いて、楢崎も改めてアンノウンを睨む。視界が暗く、署入口の電灯がアンノウンの周囲に舞う鱗粉を反射して煌めかせている。


「鱗粉…」


スプートニク曰く、GO-YO銃は火薬ではなく空気圧縮に近いエネルギーのため、粉塵爆発の危険性はほぼないという話は聞いたことがある。しかし、今の問題は恐らくそこではない。嫌な予感がする。

この鱗粉の量・・・・・・───


「まずい…水嶋さん、離れて!」

「あ?」


楢崎が叫んだのとほぼ同時…水嶋の反応が間に合わないうちに、アンノウンは翅を羽ばたかせ、大量の鱗粉を水嶋に吹き付けた。


「うッ…!ゲホゲホッ、しまっ…」

「水嶋さん!」

「ダメだ楢崎!」


咄嗟に駆け寄ろうとした楢崎を、風祭が肩を掴んで止める。水嶋はその場に膝をつき、咳き込んで呼吸がまともにできていない。その苦しみ方を見る限り、ただ粉を吸い込んで噎せているのとは訳が違う。恐らくあの鱗粉に、何かしらの毒性があるのだろう。


「迂闊、防毒マスク持ってきてたらなぁ…!」

「でも…!」

「考えなしに突っ込んだら同じ目に遭うだけ!とりあえず落ち着いて」

「ぐっ…」


夜だったからまだよかったのかもしれない。電灯が照らしている範囲の鱗粉が反射して、少なくともその位置の鱗粉濃度は目視できていた。だから、後から合流した風祭と四御神は無闇に近寄らなかったし、楢崎を止めることもできた。最初に現着した水嶋は、アンノウンに刺激を与えていない状態だったので鱗粉濃度もまだ薄く、危険察知が遅れたのだろう。


「クッソ…が…!」


しかし水嶋は、未だ高濃度の鱗粉が舞うアンノウンの近くで動けずにいる。このままではどんどん呼吸が困難になっていき、命が危なくなる。だが風祭の言う通り、何の用意もなく突っ込めば同じ状態になるだけだ。どうしたら水嶋をアンノウンから引き離し、銃の効かないアンノウンを討伐できるのか…


───その時


夜空の一点が、赤く光った。

暗闇を貫く、一等星を遥かに凌ぐ明るい光が…徐々にこちらに近づいてくる。

距離が縮まって分かったのは、それは星ではなく───


「えっ…」


鳥人間・・・のシルエット。

赤く燃えるような光を纏い、それ・・は轟音を立てて楢崎達の元へ急降下してきていた。


「えっ何々、やばくない!?」

「なんだぁ火球かぁ!?」

「風祭さん四御神さん、伏せて!」


楢崎が注意を促すと同時に───炎を纏った鳥人間は楢崎達の目の前に爆音を立て降り立った。が、意外にも音に対して風や衝撃などは少なく、楢崎達が吹き飛ばされるような事態にはならなかった。


その時、楢崎の目に映ったのは…


「───火花・・…?」


舞い散る鱗粉が、火の粉で燃えて煌めきながら無効化されていく。

夜闇の中、淡く光を放つ翼からは僅かな熱を感じ取れる。そこにいたのは…着地の体勢、片膝をついて両目を瞑ってはいたが間違いない───エイジから受け取った写真に写っていた影、ティール・アウラブロッサだった。


「…あなたは」


楢崎が声をかけようとした瞬間、ティールは両目を見開いた。そこには、エイジの撮った写真に写っていた時のような感情の希薄さはない。強い意思を込めた金の瞳が、ティール自身が纏う炎を映して揺らめく。

楢崎の背筋が、恐ろしさに凍る。


───この瞳に宿っているのは、怒りの炎・・・・だ。


「…許さ、ん」


低く、地を揺らすような響きが、どうにか声として聞こえるような感覚。鱗粉がどうこうなどもう関係なく、楢崎はその恐ろしさに息苦しささえ覚えるほどだった。

ティールは立ち上がり、未だ立ち竦むアンノウンを見据える。いくら鱗粉を飛ばそうが、ティールの放つ殺気が火花となり、鱗粉は即座に燃え散っていく。勝てないと悟ったらしいアンノウンは、ティールに背を向けるが───


その敗走を、ティールが見逃すわけがない。


「───我が盟友・・の痛み苦しみを知れ。消え失せろ…!」


ティールは地を蹴り、高く飛翔した後…逃げるアンノウンに向かって炎を纏ったまま頭から急降下していく。アンノウンが散らした鱗粉を、空気中の塵を燃やしながら、紅い流星のように落ちていく。そして…


「───チェストォ!!!!」


ティールは地面すれすれを滑空し、炎を纏った翼がアンノウンを両断した。アンノウンはそのまま翼の炎が引火し、ティールが地面に着地した背後でもがき苦しんで…燃え落ち消散した。


「…すごい、自分達ではどうにもできなかったのに…」

「確かに虫だし、炎が有効だったってことか…GO-YO銃の対人安全性が今回は裏目に出たね」

「ま、こんな相性最悪の相手もそうそう出られちゃ困るけどよ…なんか対策は考えた方がいいっぽいな」


楢崎達がそれぞれ感想を言ううち、ティールはアンノウンの消散を確認するとすぐに水嶋に駆け寄った。


「大丈夫か?すぐに病院に連れて…」

「触んなやッ!!」


しかし…ティールが差し出した手は、水嶋によって弾かれてしまう。


「ちょっ、何やってるんですか!助けてくれたのにそんな」

「頼んで…ねーんだよ………!」


水嶋の顔は真っ青で、呼吸をするのも精一杯だというのに…何故かティールを憎らしげに睨み上げている。

何が起こったのか、ティールは困ったように水嶋を見つめ、楢崎も言葉を失っている。それを見て、風祭がため息をついた。


「あー…出ちゃったよ、水嶋の神族嫌い・・・・が」

「は?なんですかそれ…」

「あのひとがティールさん…赤い翼の鳥人間、なんでしょ?自分達も話には聞いてるよ。アウセンさんって神族がWAVEうちに協力してる事はさっき言ったけど、あのひとが言ってたんだ。赤い翼の鳥人間は神族のティールさんだ、って。なのに水嶋、協力してくれてるアウセンさんに対しても、技術的な部分以外の手は借りないって頑固でね…神族って知った相手には妙にきつく当たるみたいなんだよ」


風祭は半ば呆れたように言ったが…楢崎は風祭にだけ聞こえるよう小声で訊ねる。


「(あの、うちの古岡署長も神族らしいんですけどそれは…)」

「(それもアウセンさんから一応聞いてるよ。さっきは仕事の話だったから突っかからなかっただけで、まあ好きじゃないだろうね)」

「(それはどうして…)」

「(さあね、それは自分にも教えてくれない。だけど…)」


風祭が答えるより先に、水嶋が威嚇するようにティールを睨んだまま、息も絶え絶えながら低く唸る。


「そういう…気まぐれに助けてやります、って態度…クソムカつくんだよ…!覚えとけ…俺は神族サマなんざ…一切信じてねーし、今後信じるつもりもねーんだよ!ゲホッ、ゴホゴホッ…!」


水嶋の強い拒絶に、ティールはショックを受けたように放心していたが…そのフォローに風祭と四御神が回る。


「すみませ~ん、気合い入れてアップデートした武器が通じなくて、ちょっと気が立ってるみたいで~」

「助けてくれてサンキューっす、水嶋の面倒はこっちで見るんで、お気になさらずっす~」

「そう、か…」


ティールの悲しそうな表情が晴れることはなかったが、踵を返そうとしているティールの背に、楢崎の声が飛ぶ。


「待ってください!あなたには聞きたいことが───」


しかし…現実はそう甘くはない。ティールが振り向くと同時に、楢崎の持つ内部連絡用スマホが震えた。


「え、今…もう、どういてじゃどうしてだよ…」


スマホを取るかティールを呼び止めるか迷っていると、先にティールが楢崎に告げる。


「出た方がいいのではないか?」

「う…」

「私もいずれ、君とは時間を取って話すべきだと思っている。今は君の仕事を優先するといい」


ティールの言葉に、楢崎は煮え切らない思いを圧し殺しながらスマホの画面通知を確認する。


───内容は、暴走族の速度違反ならびに並走による道路占拠。これはJITTEのみならず警察官全員に知らされるもので、楢崎が行かなくても…という思いは過ったものの、仕事とあっては行かざるを得ない。それがJITTEという組織の過酷さだ。


「…また、会えますよね」

「ああ、私は君を忘れない・・・・・・・・。必ず、君とはまた出会えるさ」


そう答えたティールの表情が、柔らかく微笑んでいるように見え…楢崎は少し安心して、改めて風祭達に声をかける。


「すみません、自分は別件に呼ばれたので…救急車を手配して、必ず水嶋さんを病院に連れていってください」

「ん、了解。楢崎も気をつけて」

「協力必要そうだったら呼んでくれよ、病院からすぐ駆けつけるから」

「…ありがとうございます。お2人も、体調がおかしいようなら診察を受けてくださいね」


それだけを告げ、楢崎は呼び出された現場───走った方が早い───へと向かっていたが、その道中。


「(…さっきティールさんが怒った時、水嶋さんを"盟友・・"って呼んでた…でも水嶋さん自身はティールさんを見たことないようだったし、正直嫌っていた…じゃあティールさんが発した"盟友"って単語は、水嶋さん単体ではなく、人間全体・・・・に対してだった…?だとしたらティールさんは、人間が傷ついた・・・・・・・事に対して怒ったってことか…?)」


楢崎は色々と考えながら走っていたが、ティールの言葉が頭の端を過る。



───「私は君を忘れない」───



「(…あの言葉を信じるしかない、か。次に会えた時に、その辺りも聞けたらいいけど)」


ひとまず細々と考えるのはやめ、現場へと急行した。

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