[Episode.3-なにが彼らの人生を狂わせたのか•B]

───同時刻・市内のとあるカフェ


「ごめんね~美鈴、呼び止めちゃって。お使いで買い物行くんだったよね」

「ううん、全然だよ。パパにはタマキちゃんとカフェにいるってメールしたから大丈夫。証拠としてケーキの写真でも送れば安心するでしょ」


高校のセーラー服姿とは全く印象の違う、派手なスパンコールドレス姿のタマキを見ても、美鈴はさほど驚かなかった。そもそも普段の出で立ちから、そういう系の仕事をしているんじゃないか?という予想が少なからずあったからだ。


「…あんまり驚かないね」

「まあね、なんとなくイメージ通りっていうか」

「ウチの服の事じゃなくてさ。…アンノウンの事」


言い淀むタマキを前に、美鈴は紅茶を一口飲んだ。


「まあ…びっくりはしたけど、今更かなぁって感じ。もう何年も前からいるんでしょ?アンノウンって。…自分が被害に遭わなかったから、こんなこと言えるのかもしれないんだけどね」

「怖くない?無理はしないでよ」

「タマキちゃんの方が大変じゃない。まだ色々調べてるんでしょ?そっちこそ、無茶して怪我とかしないでよね」

「…優しいね、美鈴は」

「そんなぁ、大袈裟だよ。友達の事心配するのとか当たり前じゃん!」


美鈴は照れたように笑うが…タマキにはその真っ直ぐさが有り難かった。しかし…

此処で美鈴は、震える手を膝の上で固く握りながら───会話のキーカードを切る。


「…それでさ、教えてほしいんだけど。タマキちゃんと、ユピテ先生って…人間なの・・・・?…あっ、ごめん…言い方がストレートすぎた…。でも、あの時…教室の机が吹き飛んで、ミノリが囲まれてた時…ユピテ先生は電撃でどうにかするって言ってた気がするんだ。それに、タマキちゃんもユピテ先生のことをユピテ様って呼んでなかった?様って、どう聞いても先生への呼びかけじゃないよね。私も正直、意識がはっきりはしてなかったし、聞き間違いかなって思ってたんだけど…あの、本当に聞き間違いだったらごめんね!でも…私もあの時、お店で話を聞いた人間でしょ?だから…放っておけない。今更忘れようとは思えなくて、だったら本当のことが知りたいんだ」


美鈴の疑問はもっともだったが、タマキはまさかこのタイミングで聞かれるとは思ってはおらず、咄嗟の言葉に迷った。そして暫く口ごもったあと…観念したように息をついた。


「そうだね…今更誤魔化すのも信頼失っちゃうか。ウチの本名は波久礼タマキじゃなくて、フラウ・イングワズ。ヒトのかたちをしてはいるけど、ヒトじゃない。神族っていう、人間よりちょっと特殊能力が増えた存在…かな。ユピテ様も同じ神族なんだけど、ウチよりずっと強いかただよ。でも、ティール様…ウチの上司に、人間を助けるように言われてるから、美鈴達の敵じゃないし、絶対にそうはならない。それだけは信じてほしいんだ」

「…それは、そのひとに命じられていなくても?タマキちゃんはタマキちゃんの意思で…私達と一緒にいたいって思ってくれてる?」


美鈴の視線は真剣に、真っ直ぐにタマキを見つめている。その真剣さに…タマキも小さく頷いて答える。


「当たり前じゃん。立場なんて関係なく、ウチにとって美鈴は大事な友達だよ」

「…分かった、信じるよ。でももう、隠し事はナシにして?私、何を言われても、本当のことなら信じられるから」


美鈴が微笑みながら言った時…カフェにひとりの男が姿を見せた。タマキと同じ柿色の髪を、清潔感のあるショートボブに整えている。高そうなスーツに、遊び心として柄の入ったシャツが覗く。爽やかな笑顔を浮かべているその男を見た瞬間、タマキは思わず唸った。


「ゲェーッ、ユン…違っ、ガイィ!何でここに!?」

「そりゃ、外からお前がサボってるのが見えたからだよ」

「サ、サボってたわけじゃないし!シェーデル様への報告の帰りだし!」

「はいはい、だったらさっさとこっち・・・の仕事に戻る。…君、ごめんね~?うちの妹、サボり癖あってさ。こいつは連れていくけど、君はゆっくりしていってね。あ、お会計は俺がおごっておくから安心していいよ」


ガイと呼ばれた男は、タマキの腕を掴んで引きずりつつ、美鈴に対しては終始笑顔で対応する。


「うええええん美鈴~」

「…ごめん…」


仕事が絡んでいては美鈴にはどうにもできず、連れ出される半泣きのタマキを見送るしかできなかった。





───墓参りを終えた楢崎はエイジと別れ、重い足取りで再びJITTEの対策室へと向かっていた。そもそも先程の宮沢の発言は、おかしな点・・・・・が多すぎた。

すっかり日も落ちた頃、対策室に着くと…まだ宮沢が居残っていた。報告書をまとめると言っていたから、当然といえば当然か。


「宮沢」

「んお?なんじゃ楢崎、寄るところがあるっちゅっとったが」

「ええ、それはもう終わりました。…なので、忘れ物・・・を」

「忘れ物…?スマホでも忘れたか?一晩置いとったら充電のうなるもんなぁ、ハハハ」

「いえ、そうではなく」


楢崎は一度、対策室を視線だけで見回した後、再び口を開いた。


「ここの緊急連絡用スピーカー、壊れてるんじゃないかと思って」

「なに、それは一大事───」

鳴ってないんです・・・・・・・・。ここから京橋は緊急走行なら数分程、応援要請があったっておかしくない距離です。なのに…事故の情報が全く入ってきていない・・・・・・・・・・。それどころか…付近をパトロールしていた明乃宙に聞いたところ、「そんな事故は知らない・・・・・・・・・・」と言われましたよ。これ、一体どういうことなんですかね?」


へらへらと笑っていた宮沢の顔から───笑みが消えた。


「そんな事故、なかった・・・・んでしょう。宮沢」

「…成程の。サボりでも疑うとるんか?」


楢崎は…黙って、先程のレシートを突きつけた。


「君の名前ですよね。これ…とある霊園で見つけました。店の場所は市内、日時は今日の昼頃、発見時刻とさして時間差はない。そしてここに記載されてる花は、その霊園の1ヶ所のみで、全く同じ内容で確認できた。君は…霊園の誰に・・、花を供えたんですか?」


楢崎の真剣な問いに…宮沢は観念したかのように苦笑を漏らした。


「…そうか。寄るところがある言うんは墓参りじゃったんじゃな。そりゃそうじゃの…」

「…宮沢」

「隠しとったわけやない…というと、嘘になるか。言い出せんかったのはホンマじゃしの。…10年前、長船の事故。バイクを追っとった白バイは───ワシじゃ・・・・




───10年前の、あの日。事の始まりは、速度違反のバイクを追跡していた所から。


長船周辺は岡山県を通る国道2号線の中でも、交通量の多い割に片側1車線しかないという渋滞多発地点。日の落ちかけた薄暮の時間、この日の交通量は普段よりは少なく、このバイクもそれをいいことに速度を出していたのだろう。


『前のバイク、左に寄って止まりなさい』


サイレンを鳴らし、停止を呼びかけても一向に速度を落とす気配はない。車の横をすり抜けるような追跡は数kmに及び、危険と判断した本部から無線が飛んだ。


───『あまり深追いするな宮沢、ナンバー控えて追跡を打ち切れ!』

『…了解』


宮沢もそれに応え、追跡を打ち切ろうとした。

───普段なら、それで終わりで良かった。


「…ん?」


速度を落としかけた宮沢は、前方のバイクの違和感・・・に気がついた。

バイクの本体から、黒い靄のようなものが漏れ出ている。故障の黒煙かと身構えたが、それとも違う。どちらにせよ…このバイクをこのまま見逃してはまずいと直感で読み取った。


『…本部に連絡。追跡していたバイクに不審点を確認、このまま追跡を続行します!』

───『待て宮沢!周囲の車両を巻き込む気か!危険だ、追跡を中断しろ!』

『このままにしとってもヤバいんです!あのバイク、なんかおかしい!』

───『なんかって何ならだよ!はっきり報告せえ!』

『なんか、としか言えんのです…!』


宮沢の目は…普通の人間より少しだけ、見えるもの・・・・・の範囲が広かった。ただ視界が広いという意味ではなく、可視光線より外───赤外線や紫外線と呼ばれる範囲───を、常人よりわずかに広く察知できる特徴があった。だからこそ、その異常に気づいたのかもしれない。


あのバイクは止まらないのではなく───

止まれない・・・・・、のではないか。


『前のナンバー○○○○のバイク、左に寄って止まりなさい!』

───『宮沢!宮沢ァ!』

『止まれー、止ーまーれー!』


本部の制止も振り切り、宮沢は半ば祈るように叫んでいた。度重なる命令無視…始末書か、懲戒解雇も有り得るな…と、諦観の笑みを浮かべる余裕すら、今はなかった。

頼むから、止まってくれ。周囲の車両や歩行者も…バイクの乗り手も、無事なままで終わらせたいから。


いつの間にか降りだした雨が勢いを強め、追跡を断念しなければならない道路状況になりつつあった。だが…あのバイクが乗り手の意思とは関係なく止まれないとしたら、このままでは確実にスリップし事故を起こす。あの靄のようなものはなんなのか、それを確認しない事には、追跡をやめることはできない。


その時───前方を走るバイクが、バランスを崩した。


『いかん!オイ!立て直せ、オイッ!!』


スリップしたバイクは横倒しになり、路面を滑りながら道路の外へと弾き出された。


その先に


『あ───』


コンビニから出てきたらしい、学生達と少女の3人組───




一瞬の、出来事だった。




少女はバイクの全重量で押し潰され、その勢いのままコンクリートの壁に叩きつけられた。即死───その遺体は、見られたものではなかった。


楽しげに話していたひとときが、一転して悪夢へと変わった。

兄らしき青年は喉が裂けんばかりの慟哭をあげ…一緒にいたもうひとりの青年は理解が追いつかず放心していた。それは…宮沢も例外ではなく。

異変を察した本部が救急車を要請し、周囲を巡回していた他の白バイとパトカーも本部の命令で次々に現場に集まってきた。応援に駆けつけた別の白バイ隊員が、立ち尽くす宮沢を見かねて無線越しに声をかけた。


『おい、宮沢』


返事はない。


止められなかった。救えなかった。人が───死んだ。

宮沢にとって最悪の結果が、目の前に広がっていた。


『返事をしろ、宮沢ァ!』


白バイ隊員は宮沢の腕を掴み、現場から無理矢理遠ざけた。パトカーの影まで宮沢を引っ張っていき、ヘルメットのバイザーを上げて改めて声をかけた。


「宮沢、しっかりせえ」

「………じゃ」

「え、何?」

「───ワシが、殺したようなもんじゃ」


雨音に消えそうな声で、宮沢は呟いた。


ちょうどその時、バイクの乗り手が担架に乗せられ救急車の中へと運び込まれた。骨折など重傷を負ってはいたが…こちらはなんとか生きているらしい。


「…そういうことじゃなかろう。なんで深追いしたんじゃ、本部は追跡打ち切れ言いよったじゃろうが」


白バイ隊員は訊ねるが…見れば、バイクに取り憑いていたような黒い靄はもうどこにもない。つまりそれは、宮沢がバイクを深追いした理由を説明しきれないという事でもあった。


「…そうじゃな、打ち切れ言うとったの。打ち切れば…よかったんかの」


白バイ隊員は宮沢の様子からただの暴走ではないとは思ったが…予測や同情では警察官は務まらない。


「話はあとでええけ、一旦パトカー乗れ。…雨、冷えるじゃろ」


自分からは動こうともしない宮沢を、白バイ隊員は半ば無理矢理パトカーに押し込んだ。




───「あれ以来、白バイには乗れんくなった。…資格より、気持ちがな。勝手なようじゃろうが…本部は完全な懲戒処分やのうて、JITTE勤務での贖罪を命じた。危険な任務も多いJITTEは、脛傷モンでも構わんけぇひとりでも多ゆ駒が欲しいっちゅうこっちゃろうな。まさか楢崎までJITTEに来るとは思わんかったがの。…長船の事故も、嘘じゃ。ホンマは…あの日の事故現場を見に行っとった。何年も経って、何が残っているとも限らんが…ワシの中でもあの事故はまだ終わっとらん。バイクの運転手はもちろん…お前にも、あの子の兄貴にも、許してくれとは言えん。ワシは…自分ができることで、あの事故の真相解明と贖罪を続けるしかないんじゃ」


宮沢の話を聞いても、やはり楢崎の心境は複雑だ。宮沢の白バイが直接の死因ではない。が…事故の原因そのものは、宮沢の追跡もまったく関係ないわけではない。その話を引き出したのは楢崎自身だが、やはり…目の前にあった美夏の凄惨な遺体を思い出してしまい、聞いていて気分が悪くなってくる。


「おい楢崎、大丈夫か?真っ青やんか」


心配そうに声をかける宮沢に、楢崎は吐き気を堪えながら話題を変える。


「…いえ、それより…話にあった、黒い靄みたいなのって」

「…信じてくれんでもしゃあないわな。じゃが、ワシは確かに…」

「逆です…この間、高校で起きた事件の潜入捜査をしていた時、黒い靄のようなアンノウンがいたんです。取り憑いた人間の意識を操るか、闇堕ちさせる不定形アンノウンではという見立てでした。ユピ…同行者の話では、悪魔?による使役ということでしたが、退治どころか捕獲さえできていません。未だに行方を追っている状況ですから、次の被害者が出る可能性は十分にあります。さっきまとめていたのは、それに関する報告書で…もしかしたら、自分が見たものと宮沢が見たもの、同一のアンノウンという可能性はありませんか」

「黒い靄…それホンマか楢崎」

「はい、この仮説通りなら…このアンノウンは10年経ってなお健在ということになります。それはつまり、生き残り・・・・…未だに誰にも倒されていない、厄介な相手ということにもなります」

「成程のぉ…確かに、長年捕まっとらんアンノウンがおらん、いう証拠もないわな」

「…その場合」


楢崎の声色が、一段と低くなる。


「その場合、責任の所在はどうなるんでしょう。事故を起こしたのかアンノウンに言動を操られたバイクだとして、あの子を轢き殺した罪は…アンノウンのものになるんでしょうか」

「それは───」


宮沢が何かを言いかけた時…JITTEの内部連絡用のスマホが鳴った。その呼び出しに、楢崎は思わず眉を潜める。


「え、自分は午後から休みって…」


しかし、呼び出し相手は…署長である古岡。無視するわけにもいかず、楢崎は肺の中の空気を全て吐き出す勢いのため息をついてから…やや緩慢な動作で呼び出しに応答する。


「はいもしもし…」

───「楢崎か、休みを取ってる中すまんな。今ちょっといいか?」

「ええ、まあ…野暮用・・・で署内に戻ってますから」

───「あ、じゃあちょうどいい・・・・・・

「はい?」


半分生返事のような応答を返す楢崎にも、古岡は構わず続ける。


───「GO-YO銃のアップデート・・・・・・の話だ。署内にいるならついでのつもりで、署長室まで来てくれるか」


なんてタイミングの悪い、と言いかけもしたが…署内にいる時に呼び出されたのは逆にタイミングが良かったのか。アンノウンの掃討は、いずれ祖母の死因を突き止める近道。その武器であるGO-YO銃が強化されるとなれば…この状況なら、向かわない選択肢はなかった。幸い、楢崎の用事自体は全て終わっている。半ば残業のようなものにはなるが…楢崎にとって優先されるべきは、休むことではないのだから。


「了解しました。少々お待ちを」

───「おけまる水産」

「それ他の人の前で言わない方がいいですよ」


それだけ告げると、楢崎は通話を切った。急に態度を真面目に改めた楢崎を不審に思ったか、宮沢は楢崎を心配そうに見つめた。


「楢崎、どねぇしたんならどうかしたのかよ

「署長から呼び出しです。まあ、ついでのつもりで来いとのことなので。失礼しますね」

「お、おう…ワシは構わんよ、はよ行きんさい…」


宮沢の答えを聞いた楢崎は、一礼してから対策室を後にした。





───その頃、電話を切った署長室には。


「おけまる水産ってなぁ…その仏頂面から飛び出る言葉じゃねーだろ」

「面白いかと思って」

「業務連絡に面白さとか求めてねーから!ったく…こんなんが署長って大丈夫なのかよこの地域は」

「ぴえん」


古岡の前には…今しがた古岡に文句をつけた男───空自の制服・・・・・に藍色コートを肩に掛けた男が、両腕を背もたれにかける格好で来賓用の長椅子に座り…その両脇には陸自の迷彩服・・・・・・を着た男が2人立っていた。その迷彩服の男のうち、背が高く体格のいい方の男が柔和な笑みを浮かべたまま古岡に声をかける。


「すみません、口が悪くて」

「あ"?」


コートの男は体格のいい男を一睨みするが、体格のいい男は全く気にも留めていない。その様子を見ながら、古岡は軽く首を振る。


「いや、わざわざのご足労感謝する───WAVE・・・・の方々」

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