[Episode.2-ミスマッチなセカイ•D]

───次の授業時間からは楢崎もなんとか回復し、カイナと共に授業へと合流してきた。市松はと言うと、やはりあの女子生徒に言われた言葉が多少なりとも引っ掛かってはいた。


「(カイナが悪魔、か。バカなこと言うなと思ったのは事実、だが…確かに妙だ・・・・・。今回の黒幕、なんてことはないだろうが…殿も気にされていた。もう少し観察しておく必要はあるだろうな)」


授業中だと言うのに、音楽室からの音楽は前の時間より音量を上げているらしい。先程は色々話していたので気にする余裕がなかったが…楢崎と市松・・・はもしや、と怪訝な表情になる。

そして、何より不思議だったのが───


「(…俺が睨みを利かせてるから、ってだけじゃねーな)」


音楽の音量が大きくなってから…楢崎への妨害が一切消えた・・・・・・・・・・・・。もちろんそれは、カイナに対しても、この時間から登校してきたミノリに対しても同じだった。楢崎もこれに関しては謎に思ったが…


その『謎』は、次の時間に解けることになった。





───楢崎達の次の授業こそ、音楽室に移動しての音楽だった。

チャイムが鳴って席に着き、姿を見せた音楽教師の姿は───


───「Hey you!My name is D・J・ユピテ~!Nice to meet you ~!」

「「うわぁやっぱり~っ!」」


ご機嫌なユピテの登場に、楢崎と市松の悲鳴が重なった。


「…えっ?」

「あれ?」


ただし…驚いた理由はそれぞれ別。だからこそ、何故悲鳴が重なったのかとお互いは顔を見合わせたが…その暇もなく、ユピテは唐突に大音量で地元プロ野球チーム応援歌のユーロビートアレンジを流し始めた。


「ちょ、ちょっと!"街の陽気なDJ"、なんで君が此処に…」

「No!!!!今は"先生のDJ"!!!!」

「いやなんでもいいんですけど、うるさくて会話もできませんよ!ちょっと音量下げてくれません!?」


しかし、ユピテは楢崎の訴えには応えず…ノリノリながらも注意深く音楽室全体を見渡していた。すると───


クラスから、厭な重さが消えた・・・・・・・・


すると、そこで何故かユピテは音楽を止めた。


「…えっ?」


思わず楢崎も耳を塞いでいた両手を離し、音楽室にいるクラスメイトを見渡すが…いじめに荷担していた女子生徒達の表情から、嘘のように邪悪さが抜けていた。


「…これは」

悪霊退散・・・・…まあ、一時凌ぎかもしれないけどな。さ、改めて音楽の授業を始めるZe☆」


ユピテは一瞬だけ真面目な表情を見せたが、すぐにいつもの笑顔に戻って教科書を開き───勢いのままに真っ二つに引き裂いてしまった。


「Noooooooo!!!!」

「あーあ、何やってるんですか"先生のDJ"!」

「No…今は"怪力馬鹿のDJ"…」


背表紙から2つに分かれた教科書を手に悄気るユピテを見て、クラスメイト達は久々に心から笑いあっていた。





───授業終わり、昼休み。

教室に戻る途中、楢崎と市松は連れ立って歩いていた。


「あれ、カイナは?」

「購買で昼飯のパン買うってさ。それよりケンゴ、あのユピテのこと知ってたのかよ」

「知ってるも何も…(職質常習犯なんですよ、騒音問題の)」

「ぶっは、マジぃ?何やってんだよあのらいz………っと、なんでもねーや」


何故か言葉を濁した市松に、今度は逆に楢崎が問う。


「市松こそ、あのDJと知り合いなんですか?まさか、あのドンチャン騒ぎに混ざっているとか…」

「そんな睨むなよぅ…そういうことじゃなくて、うーん…何て説明したらいいかなぁ…」


そこで通りかかったのは理科室の前。その時───


「(待ったケンゴ、あれユピテだ!)」


理科室に差しかかるギリギリの所で、市松が楢崎の肩を掴んで屈ませた。その位置は理科室の入口からは死角になり、廊下側の窓から顔を出して覗かれでもしない限りは視界に入らない。


「(ちょっとなんなんですかいきなり!)」

「(静かにしろって、もうひとりいるんだよ・・・・・・・・・・!)」


市松の言葉通り、理科室にはユピテ以外にも誰かがいるようだった。


「(でもあのDJ、音楽教師とか言ってましたよね?理科室になんの用が…)」


楢崎が市松に問うのとほぼ同時に、改めて理科室の中の会話が聞こえてきた。


───「此処なら誰もいません。よろしいですか?ユピテ様・・・・

───「ああ、手短に報告を」


それは…ユピテと、タマキの声だった。


「(なんであの2人が…)」


楢崎の頭には疑問ばかりが浮かんでいたが…市松は何も言わず、静かに様子を窺うばかり。そうこうするうち、ユピテとタマキの会話が進んだ。


───「やはり憑依型・・・のアンノウンが潜んでいます。ですが、ユピテ様の電磁結界・・・・には勝てず、一時的に出力を落とすようです」

───「ふん、どうしても一時凌ぎにしかならんか。根本こんぽんを叩かなければ問題は解決しない、その根本が何処にあるのか…心当たりはないか?フラウ・・・


フラウ、という名を聞いて、楢崎は思わず市松の方を見た。当の市松はしまった、と言わんばかりに焦りの表情を浮かべる。今まで何度か、市松がタマキを呼ぶ時に口を滑らせかけていた名前…それが「フラウ」であれば納得がいく。

そして


───「申し訳ありません、ユピテ様。あのアンノウンは予想以上に厄介な相手のようで、私達神族・・の目を掻い潜って未だ校内に潜伏しているようです。しかし、その場所までは…」

───「急いだ方がいい。俺が何度か抑制はしたが、仕留めていない以上は反動で揺り返し・・・・が起こるかもしれん。恐らくだが…俺の予測では、操り手は生徒に紛れている・・・・・・・・・・・・。そこを早く特定したいが、相手も俺の探知を警戒して、高度のカモフラージュ偽装をかけているようだ。ただのアンノウンではなく、高位の悪魔・・が絡んでいる可能性が高い。油断するな、フラウ」

───「分かりました。別ルートで霊兵も潜伏していた・・・・・・・・・ようですが、そちらとは別に調査を続けます」

───「市松だろう・・・・・?俺もシェーデル・・・・・から聞いてはいたが、手数は多いほどいい。協力が必要になるようなら、俺からも声をかける」

───「そうですね…相手に協力の意思があればいいのですが」

───「霊兵はティール・・・・持ち駒・・・で、俺とティールは旧友だ。あいつティールの性格は俺が一番知っている。人道を外れるような命でもなければ、あいつも納得するだろう」


…話の内容に知らない単語が多く、情報量の洪水に混乱しそうになる。だが…楢崎の中で一番解決したい疑問は、


「(市松、霊兵っt)」


そう聞こうとした市松は、楢崎の横から消えていて。


「あれ?」

───「おい!だぁれが持ち駒だ!」


いつの間にか、市松は理科室へと大股に乱入していた。


「(はぁ!?…ああもう、さっき隠れたんはなんやったんちやなんだったんだよ!)」


楢崎は苛立ちながらも…今聞いた会話の内容を無視して立ち去る気にはなれず、やむなく市松の後に続いて理科室へと足を踏み入れた。

最初に驚いたのは、タマキだった。


「えっ、市松だけじゃなくて人間・・まで…」

「よそよそしいですね、今まではセンパイなどと気安く呼んでくれていたのに、急に種族名ですか」

「それは…その…」


口ごもるタマキに代わり、ユピテがため息をついて楢崎に答える。


気配遮断・・・・か、やられたな」

「ハッ、アンタの索敵能力は十分知ってるんだよ。万一の対策をこんなところで使わせるなよな」

「成程、俺の警戒が甘かったようだ。安心しろ人間・・、追い返すことはしない。アンノウンに関わっている以上、お前・・はもう関係者だ。ならば以降もどのみち協力は必要になるのに、今だけ都合よく蚊帳の外にされるのも気分が悪いだろうしな」


そして、ユピテは再びタマキを見やる。


フラウ・・・、お前は先に戻れ。必要なことは全て俺が答える。あの教室に監視者・・・が誰もいないのはまずい」

「わ…分かりました、失礼します」


タマキは去り際に楢崎を横目で不安そうに見てから、足早に理科室から出ていった。


「さて…俺から強制はしない、お前が知りたいことから順に聞けばいい」


ユピテの言葉に、楢崎は先程から低く唸るばかりの市松を横目で見てから…


「そうですね…まず、君が市松に対して使った"霊兵"という言葉。市松と今後も協力して調査するのであれば、その説明をしてもらうのが第一でしょう」

「ううっ…そんな睨むなって…」

「やはり本人からの説明はなかったか。まあ、今からする話は初見で信じろという方が無理だろうな」


そう言うと、ユピテは楢崎達が入ってきたきり開け放たれたままの扉を指差し───自動で閉じた・・・・・・


「えっ…」

「今度こそ、関係ない人間に聞かれたくないのでな。出入口を封鎖し、電磁結界・・・・を張らせてもらった。お前も、疑問を全て解決するまで戻る気はないのだろう?」


当然だ、と返すより…今のはどう見ても人間業ではない、という驚きの方が勝っていた。それでも楢崎は、目の前の2mを越す大男から…敵意は微塵も感じ取れなかった。それどころか、…ユピテの口調こそ楽観的ではなくなってはいたが、その声の響きは何故か以前よりも優しくなっているように思えた。


「霊兵について話すならば、ついでに俺達…神族についても同時に話さなくてはならない。それでいいか?」

「ええ、どのみち聞くつもりでしたから。手間が省けます」

「了解した。まず、俺とフラウ…ここではタマキと名乗っているのだったな。俺達は神族───人間を見守り、時に脅威からも守護する存在。人ならざる、ヒトのかたちを持つもの。お前達人間と共に歩む、近くとも遠い"友"だ。人間とは異なる能力を持つが、俺達がお前達人間と敵対することはない。安心してほしい───雷の神族、雷神スリサズ・ユピテの名に於いて誓おう」


雷の神族…そうか、と楢崎は思い出す。

調書に記された名前ぎめい───三田サンダ雷蔵ライゾウ。確かに…サンダー・・・・と雷の漢字が入っていた、と。


「雷の…だから電気関連、そして音楽と繋がってくるのですか。電磁結界がどうのという話もしていましたが、もしかしてあの毎夜の集会は…」

「呑み込みが早くて助かる。音楽に関しては単なる俺の趣味だが、電磁結界については察しがついているようだな。音楽は趣味とは言ったが、俺の神力・・を電子音に乗せて、特定範囲に微弱電流の結界・・・・・・・を張ることでアンノウンの侵入を防いでいた、ということだ。まあ

、これも音楽を流している時のみ・・・・・・・・・・・の限定的な措置にしかならんが…ないよりはマシだろう。ここまでは理解してもらえたか?」

「まあ、大体は。一気に理解するのは難しいですし、認識違いがあれば都度訂正してくれれば。今の神力というのは、とりあえず君の…いえ、もうあなた・・・と呼称するべきか。その力という認識でいいですね?」

了解したオーケー、それでいい。なら、お前の知りたがっていた本題だ。霊兵というのは、俺の仲間…軍神ティール・・・・・・という神族に登用されている、過去の担い手・・・・・・。戦闘に特化した不死の兵士・・・・・。対アンノウンの補充的戦闘要員、とも言える」


ユピテの言葉を聞いて、楢崎は今度こそ市松を凝視する。


「不死、って」

「うあー、そこ先に言っちゃうのかよぅ…そーだよ、俺は、俺達霊兵は死なねー・・・・。だから、もし校内でアンノウンとかが出ても、人間には俺を盾にして逃げてもらおうって思ってたんだけど…」

「───そんなこと、できるわけないろうがだろう


楢崎が低く呟くと、意外な答えに市松は目を丸くした。


「なんでだよ、死にやすい人間が死なねー俺達を盾にするのは当たり前…」

「さっきの話聞いたろうが、目の前で亡くしちゅうがやぞ亡くしているんだぞ祖母を!死なんから盾にするらぁてなんてオレ・・そがなそんな真似するか!」

「ご、ごめんって…そんな怒るなよぅ…」


烈火の如く怒る楢崎をどうにか宥めようと慌てる市松だったが…


「…でも、ありがとな。やっぱりいい奴だよ、ケンゴはさ。勿論、俺達だって最初から死ぬつもりで戦うわけじゃねーし。死なねーってのは保険みたいなもんで、殿も俺達を信頼してくれてる。俺は…登用される時、殿に『友達がほしい』って頼んだんだ。だからケンゴも、できるなら今まで通り"友達"みたいに接してくれたら…な…無理か。俺、人間じゃねーもんな」


市松は寂しそうに苦笑する。楢崎を騙してきたような罪悪感もあって、距離を取られても仕方ないとも考えていた。


「…人間の方が恐ろしかったりするものですよ」


だが、市松のそれは杞憂だった。


「神族だろうが霊兵だろうが、自分はそんなこと・・・・・で対応を変えたりはしません。協力してアンノウンに立ち向かうというなら、自分達と肩を並べて共に戦うというなら、それはもう"仲間"…でしょう?そして"仲間"と"友達"の線引きは、そんなに難しいものではない。自分はそう考えています」

「それって…うわぁんケンゴ~!」

「だぁもう、暑苦しい!ちょっと、くっつかない!」


再び妖怪子泣き坊主と化した市松を引き剥がそうとしたが、まだ聞くべきことは残っている。


「もう昼休みも残り少ないので、とりあえず最後にいいですか?あなたの発言に出てきたフラウ、シェーデル、そしてティール。フラウが波久礼さん…波久礼タマキの事というのは分かりましたが、あとの2名は何者ですか?聞いた感じティールというひとが、恐らく市松の言う『殿』なのでしょうが…」


そこで…ユピテは心から疲れたように肩を落とした。


「本当に…お前には何も教えてないのが分かった。そうでなければ、神族に対して今のタイミングで聞かないだろうが…やれやれ」

「どういう事です?」

「シェーデル…お前には古岡・・と言った方が分かりやすいだろう。あいつは俺達よりずっと前に人間界に溶け込み、警察官として人間達の秩序を監視していた。今の警視総監は絶対人間主義・・・・・・らしいから、そっちに正体が割れているのか、折り合いが悪いかどうかまでは分からんがな」

「古岡署長も、神族…だと言うんですか…」


まさかの暴露に、さすがの楢崎も言葉を失う。しかし時間がないと念押しされた以上、ユピテも楢崎の納得を待たず次の言葉を紡ぐ。


「そして、軍神ティール。俺の旧友であり、霊兵達の総大将。天界軍の総隊長でもある、法と正義を司る神族。シェーデルとは表裏一体の性質を持つ…怒りの炎・・・・だ」

「怒りの…炎?」

「怒りのって言うけど、四六時中ブチキレてるわけじゃねーからな!殿は強くて優しいぞ!ケンゴは知ってるか分かんねーけど、最近『赤い翼の鳥人間・・・・・・・』って話題になってるだろ?あれが殿だ・・・・・!」

「はぁ!?」


市松から飛び出した、古岡シェーデルに関してに続く衝撃の真実に、最早どう返すかすら楢崎は分からなくなっていた。

しかし…これで確定したことがある。


赤い翼の鳥人間…軍神ティールは、こちら側・・・・の戦力だ、と。


「そう…ですか。自分も知らないうちに、そのひととはもう協力体制になってたんですね。それならそうと、署長も言ってくれればよかったのに」

「そもそも、ティールは数年にわたって昏睡スリープ状態だったからな。復帰リブートしたことを、シェーデルも最近まで知らなかったのだろう」

「スリ…えっ?機械…?」

「ああ、俺達神族は生命ではない・・・・・・。だから、こういう言い方のほうがしっくりくる気がしてな。まあ、そこはいいだろう。お前はティールにはまだ直接会ったことはないようだが、アンノウンを追っているならいずれ出会うはずだ。焦ることはない───」


そこまで言ったユピテが、急に顔を曇らせた。


「えっ、どうかしt」

「まずい、例のアンノウンが揺り戻し・・・・を起こした」


ユピテの言葉を聞いて、楢崎に纏わりついていた市松も即座に離れ、理科室の出入口へと弾かれたように駆け出す。


「それってやべーってことだよな、すぐ向かう!」


その背を、ユピテと楢崎も追う。


「迂闊だった、やはり音楽を止めてはいけなかった!結界は解除してある、急ぐぞ!」

「うわっ、ちょ!?」

「えっ俺も?」


ユピテは有無を言わさず楢崎と市松を小脇に抱え───


「───加速アクセル


まるで空を駆ける稲妻の如く、人の間を縫うように瞬速で廊下を走り抜け、凄まじい速度で楢崎達のクラスの前へと辿り着いた。雷神ユピテの移動速度に慣れない楢崎は、視界に星が舞うような目眩に参りかけていた。


「よ、酔う…」


しかし…そんな泣き言を言っている余裕はすぐになくなった。


───間もなく、教室の中から机が倒れる大きな音がした。


「な、何ですか今の音…」


慌てて教室に駆け込むと───


3人は目を疑った。


教室の中は倒された机が無造作に散らばり、その中央にはミノリがへたり込んでいた。

そのミノリを取り囲むように女子生徒達が立っているのだが…彼女達からは、得体の知れない黒いオーラが漏れ出ていた。


「あ、あぁ…」


恐怖で動けないミノリに、女子生徒のひとりが花瓶の水を浴びせかけた。


調子に乗ってんじゃねーよしんだほうがいいよ

マジウザいんだけどしんだほうがいいよ

なに被害者ですみたいな顔してんだよしんだほうがいいよ

お前と一緒のクラスとか最悪~しんだほうがいいよ

わかる~!私らのが被害者だわ~!しんだほうがいいよ


しんだほうがいいよ。しんだほうがいいよ。しんだほうがいいよ。

女子生徒達の言葉に被さるように、地を這うように響く低い声が耳に纏わりつく。

あまりに異様な光景に、市松とユピテも対策をしかねている。


「ど、どうすんだよユピテ、電撃でドカーンとかできねーのかよ…」

「ダメだ、憑依型だぞ!人間に直接電撃など当てられるか!」

「じゃあさっきみたいに電磁結界で弾き出すとかさぁ!」

「相手の出力が揺り戻しで上がりすぎた!この状況で排除するには、結界内の電力が高すぎて人間は耐えられなくなる!」


───しんだほうがいいよ。


そして、教室内には…先に戻ったカイナの姿もあった。教室の端に寄って、真っ青になってミノリ達の方を不安そうに眺めている。それに気づいた楢崎は、ユピテ達の横をすり抜けてカイナの元に駆け寄った。


「無事ですか、カイナ」

「俺は大丈夫だけどよ…これ、なんなんだよ…今までこんなことなかったじゃんかよ…」


そのカイナの様子を、市松はミノリ達の様子と交互に確認する。やはり、カイナが操り手だとは思えないが…


───「も、申し訳ありません…ユピテ様…」


その声は、倒された机の奥から。間もなく、机を蹴り避けてタマキが姿を現した。机をぶつけられた衝撃か、あちこちに血が滲んでいる。その横には、同じく机をぶつけられた衝撃で倒れている美鈴の姿もあった。


───しんだほうがいいよ。


「実力を見誤りました…ユピテ様の言う通りです…!このアンノウン、やはり相当ランクが高いようです…こんなに大勢を操って、しかも意識を乗っ取れるなんて…一体、何が従えている使い魔なのか…!」

「おいフr…じゃねーやタマキ!怪我を…」

「ウチはいいから、ミノリを…!」

「お前もボロボロなんだよ!見てられるか!」


───しんだほうがいいよ。


市松がタマキフラウと美鈴に駆け寄る間に、女子生徒のひとりがミノリの脇腹を蹴った。それに、周りの女子生徒も便乗する。


なんとか言えよ!ブス!しんでしまえ

生意気なんだよ!しんでしまえ

出ていけよ、クラスから!しんでしまえ

そうだ!出ていけ!しんでしまえ

いっそそのまま死ねよ!しんでしまえ


───しんでしまえ


これはさすがに看過できない、と楢崎が女子生徒の間に割って入ろうとするが…黒いオーラが煙のように視界を遮り、またオーラに触れた指先が熱をもって痺れるように痛み、両手に力がうまく入らない。


「どけ…って、言いゆうろうが言ってるだろう…ッ!」

「一か八か、電撃で吹っ飛ばすしか…だが、出力をどうする…!」


ユピテも片手に電気を纏わせ、どう状況を打破したものかと唇を噛む。ユピテの電撃は神族の雷霆、出力を相当に絞らないと威力が高すぎるのだ。


───しんでしまえ


その様子を見たカイナも、我に返って楢崎に告げた。


「っお、俺!校長呼んでくる!校長はアンノウン?とかの事知ってるんだろ───」


し ん で し ま え


「い"ぃ"ぃ"ぃ"や"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ッ"ッ"!!!!!!!!」


───思わず、カイナは言葉を止めた。度重なり死を望む言葉に…ミノリの心は壊れてしまった・・・・・・・


「っ!」

「あぁ、あぁ…いや、もう、もういやだぁ」


ミノリは虚ろな瞳でうわ言のように呟くと、ゆっくりと立ち上がって女子生徒達の壁に近づいていった。すると…先程まで立ち込めていた黒いオーラは嘘のように霧散し、楢崎がどうしても動かなかった壁は道を空け、ミノリはその間からよろめきながら抜け出してきた。


「あぁ…あぁぁ…うぅ………」

「待って、何処へ───」

「ぁ"、わたしで、さい、ご…うぁ、あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ーーーー!!!!!!!!」


ミノリは喉が千切れんばかりの悲鳴をあげ、教室から走り去ってしまった。


「っいかん、追うぞ!」


ユピテの号令に、楢崎は勿論、自然とカイナも従っていた。


「あっ、俺も…でも、こいつら放っては…ああもう、どうすりゃいいんだよ…!」

「市松も行って…ウチは大丈夫、美鈴もウチが見ておくから…!」

「っ、わぁったよ!」


そして、タマキフラウの後押しを受け、やや遅れて市松もそれに追従することになった。

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